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推しへ、せめてアポを取ってください

 とうとうこの日が来てしまった。文化祭当日。我がクラスの演劇はギリギリながらようやく納得出来るものに仕上がったと思う。

 サボり気味の奴らは夏休み明け早々に担任に怒られたのでその後の準備時間にはサボらず来てくれるようになったから少しばかり私の心が軽くなった。

 私達の舞台はちょうど十二時から始まる予定で、午前中はゆっくり文化祭を回る時間もなく、衣装や立ち回りなどの最終チェックで忙しない。

 しかし、夏休みの準備期間中はサボる者達がいたせいでギスギスしていたクラスだったが、担任に注意をされた子達が反省して残りの準備期間は遅くまで参加していたので、少しずつクラスも受け入れて何だかいい雰囲気になってきた。


 開演まであと十分。舞台袖からちらりと客席を覗いて見れば、そこにはしっかりと客席が埋まっていた。

 恐らくあの中にニーナはもちろん、お父さんやお母さんも来ているはず。しっかりビデオに収めるから任せておけと意気込む父の言葉を思い出し、少しげんなりする。

 やめてとお願いしたいところだが、母もノリノリだったし、娘の晴れ姿(悪役だけど)が観たいのだろう。止めることが出来なかった。

 それにしても予想以上の集客である。確かに午前中に一部のクラスメイトによるチラシ宣伝を行ってはいたのだが、ここまで集まるとは。

 そりゃあ、子どもの舞台を観にきた親も沢山いるし、他のクラスの子もいるだろうけど、あんな数を見てしまったら急に緊張してきた。

 これはダメだと自分を奮い立たせるように頬をぱちんっと軽く叩いて気合いを入れ、前半は照明係なので急いで持ち場へ向かう。


 いよいよ『七夕に願った夜 ~頂点目指してバトルロワイヤル~』の舞台は幕が上がった。


 場所は七夕の日の病院の庭。患者に人気者の看護師が少し席を外している間、笹の葉に短冊を飾ろうと集まる病院患者の前に織姫と彦星が現れ、彼らは立派な笹に指を差す。


「一番上に短冊を飾れば一つだけ願いを叶えてやろう」


 そう口にする彦星。真偽は不明だが、叶えたい願いのない患者なんていなかった。

 最初は話し合いをするが、一人が試しに自身の短冊を飾ると言い出したのがきっかけで我先にと患者達が言い争い始める。

 醜い人間の争う姿を娯楽として見物する織姫と彦星はバトルロワイヤルに負けた人を次々と見下しては嘲笑するのだが、そこへ看護師が慌てて戻ってきた。


 ここで暗転し、役者と裏方がチェンジする。もちろん、時間をかけずにスピーディーに。私も急いで立ち位置に向かった。


 役者が変わり、物語の続きが始まる。

 争って倒れる患者と今も掴みかかって相手を負かそうとする患者に看護師が必死に止めるも、彦星からルールを聞いた看護師はそのただならぬ雰囲気からみんなを助けるために自身の書いた短冊を患者一人一人に見せ、優しい声で尋ねた。


「私の願いを叶えてもらうのはダメでしょうか?」


 誰もが己のことしか短冊に書いていなかったのに、看護師の願いは『みんなが無事に退院出来ますように』と綴られている。

 頭の冷えた患者達は看護師の願いに誰もが頷いた。中には反対する患者もいたが、看護師が「身体の健康が何よりも大事です」と宥めたためそれ以上の反論はなくなった。

 さて、ここからが悪役の一人である織姫の見せ場である。


「なぁによ、それ! ぜんっぜん面白くないわ! 余興にすらならない! そんな綺麗ごとな最後なんてつまんなくて三流ものよ! もっと人の醜い争いが見たいのよ、私はっ!」

「今を必死に生きて、元気になるために頑張る患者達を見世物にしないで。醜いのは貴方がたでは?」

「おのれ! 我が愛しの織姫になんて口を聞くのか! 貴様のような下賎な者の願いなど叶えてやらぬわ!」

「もういいわ、こんな奴らの願いなんてくっだらなくて笑っちゃう! 帰りましょ、彦星っ! 興醒めだわ。せっかく願いを叶えてあげようとしたのに、せいぜい後悔するといいわ!」


 負け犬のごとく全力で吠えながら織姫と彦星が退場する。誰一人願いを叶えることは出来なかったが、患者達に大きな怪我がないことに安心する看護師。

 患者同士はギクシャクしながらも互いに許し合い、他人を蹴落とそうとしていた己に恥じた。

 時は流れ、七夕の事件に関わった患者はみんな退院し、何度目かの七夕を迎えた看護師は一番上の笹に『みんなが元気に退院しますように』という短冊を提げて、舞台は幕を下ろす。


 大きな拍手が多目的ホールに響いた。最後はクラス全員舞台に立ち、感謝の言葉を述べて再び舞台袖に帰っていく。

 舞台が終わると、ふと緊張の糸が切れてしまった。演じてる間は役に集中し、金切り声を上げていたけど、客席を見る余裕なんてなかったな……。

 拍手してくれたけど、観に来てくれた人は少しでも楽しんでもらえたのだろうか。どんな目で観てくれたのだろうか。そして劇団の顔に泥を塗るような出来にはなっていなかったのだろうか。

 不安な部分もあるが、やり切った達成感の方が強いだろう。

 きっと、推しも舞台に立つ度に毎回こんな気持ちになっているのかな。

 それならばやはり感想はしっかり伝えるほうがいいよね。これからもしっかり推しに感想を伝えないと。

 あとはクラスの出し物も終わったことだし、早く片付けてニーナのお化け屋敷に行かなきゃ。


「橋本さん、お客さんが入口で待ってるわよ」


 舞台裏での撤収作業中。そろそろ片付け終わりそうだなという頃、担任の先生が私を呼び出した。

 ニーナが迎えに来てくれたのだろうか? と思い、舞台裏から出て、次の演目待ちをする客席を抜け、入口に向かうとそこには予想外の人物が待っていた。


「絆奈ちゃん、お疲れ様」

「なっ……! な、なんで!? え、えぇっ!?」


 寧山 裕次郎。何故、推しがここにいる!? えっ、ここ都内だっけ!? いやいや、ここは西日本。和歌山県ですけど!


「あはは、凄く驚いてるね」

「夢……これは夢なのか……?」

「ううん。夢じゃなくて、ちゃんとここにいるよ」

「なんで……寧山さんが……ここに……?」

「座長がね、文化祭でうちの劇団の演目を使ってくれる学校があるからどうせなら観てみたいし、誰かビデオ撮って来てくれないか? って話が出ててね、依頼者の名前を聞いたら絆奈ちゃんだったからそれなら僕が行きたいって立候補したんだ」


 つい、顔を覆ってしまった。もしかしたら劇団内でそういう話はするだろうとは予想していたけど、観たいなんて言うとは思わなかった……が、そうだよね。酷い出来だったら困るもんね。

 それを確認したいのかもしれない。うぅ、急に緊張してきた。つまり、推しも舞台を観たってことだよね?


「素人が舞台を上演するだけでなく、寧山さんの劇団の演目を借りて本当に申し訳ないです……」


 深々と謝罪する。まさか推しが遥々と文化祭に来るなんて思わないじゃん。しかも演劇を観られるなんて……死にたい。


「な、なんで謝るのっ? 僕としては凄く楽しませてもらったし、むしろうちの演目を選んで公演をしてくれて嬉しいんだよ」

「素人が舞台に立つなよ、って思いませんか?」

「思わないよ。それで演劇に興味を持ってくれたら嬉しいし。団員達も観たいって言ってたくらいだからね」

「……学生の出来なので期待はしないでもらいたいです」


 ビデオカメラが入っているだろう推しの鞄を見て、これを劇団のみんなが見るのかと思うと恥ずかしくて仕方がない。


「あの、わざわざ遠い所までありがとうございます」

「絆奈ちゃんもいつも来てくれてるんだからお礼を言うほどじゃないよ。絆奈ちゃんこそいつもありがとう」


 ぐっ。推しのほんわかスマイルが眩しい!


「……このあとすぐ帰られるんですよね? 時間は大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だよ。せっかくだから文化祭も見て回りたいし」

「あ、そうなんですね。じゃあ、楽しんでくださいね」


 これ以上推しに無駄な時間を使わせたくはない。なのでさっさと話を切り上げようとしたら推しが申し訳なさそうに口を開いた。


「……絆奈ちゃんと回りたいんだけど忙しいかな?」


 なんだと……? 文化祭を推しと回る!? なんて乙女ゲームイベントなの!? いやいや、困る! 絶対に困る!


「あ、えっと……片付けがあって……」

「終わるまで待ってるよ」

「え、でも、寧山さんの時間が勿体ないですし……」

「初めて来る場所だから迷っちゃいそうで、絆奈ちゃんがいてくれたら安心するんだよね」


 そう言われてしまったら突き放すことが出来ず、愚かな私は「十分ほどお待ちください」と伝え、急いで片付けを終わらせた。

 お待たせして申し訳ないと謝罪をすれば彼は「全然待ってないよ」と微笑んでくれる。

 これ、絶対乙女ゲームならイベントスチルになってただろう。


「あの……行きたい所はありますか?」

「絆奈ちゃんが案内してくれる所ならどこでもいいんだけど、絆奈ちゃんは行きたい所はないの? せっかくの文化祭だから行きたい所は沢山あるんじゃないかな」

「あ、それじゃあ、ひとつだけ。友達の出し物に行こうと思ってた所が……」

「じゃあ、そこに行こうか」


 ニーナのお化け屋敷に行きたかったのでちょうど良かった。しかし、この状況を見たらニーナはなんて言うのだろうか……。




「これは……一体どういうことやねん!」

「……色々ありまして」


 お化け屋敷に向かうと受付に立っていたニーナが推しと二人でやって来た私を見て、驚きながらも説明しろと言わんばかりに私の手を掴んで推しから距離を取り、詰め寄ってくる。

 ニーナによく推しの写真を見せていたせいで顔を覚えてしまったから言い訳は出来ない。


「まぁ……あとで聞かせてもらうわ。とりあえずうちんとこに入ってくれるんやろ?」

「もちろん!」

「せやったらこれ使うから一人一個持ちや」


 そう言って渡されたのが子どもが使うような光る玩具の銃。引き金を引くと銃が光り、光線の音が鳴る。


「……これは?」

「対お化け銃や」

「対お化け銃」

「中には恐ろしいもんがうようよしとるからな。襲われないようにこれで撃ってゴールを目指すんや」

「えっと……お化け屋敷だよね?」

「お化け屋敷やで」

「え、でも、普通お化け屋敷に銃って使わないよね?」

「丸腰だとやられてまうやん。それに普通のお化け屋敷やとつまらんやろ?」

「……斬新なお化け屋敷ではあるね」


 まるでホラーアクションゲームだなと思いながら銃を受け取った私は推しの元へ戻り、銃を一丁差し出した。


「ここのお化け屋敷はどうやらお化けを撃っていかなきゃいけないみたいなのでこちらをどうぞ」

「へぇ、面白そうだね」

「じゃあ、お二人中へどーぞ」


 ニーナが入口の黒いカーテンを開き、真っ暗な教室内に入る許可を出したので私と推しはゆっくり中へ侵入する。

 外はまだお昼すぎで明るいはずなのにカーテンを閉じられると、上も下も右も左も真っ暗になった。

 光が漏れないようにしっかり黒い布で全体を覆っていてなかなかの本気度が窺える。

 あちこち叫び声なども聞こえるから恐怖度も高いのかもしれない。


「ううぅぅ~……」


 唐突に聞こえる女性の呻き声。後ろから聞こえてきたので後ろを振り向けば、暗い空間に慣れ始めた目が白装束姿の髪の長い女をとらえた。


「わ、わ!」

「おおっ!」


 初っ端で背後から脅かすとは思わず、銃の存在を一瞬忘れてしまったが、すぐに銃を向けて引き金を引くと女性霊はさらに大きな叫び声を上げて逃げていった。


「……文化祭とは思えないクオリティの高さだね」

「演技のプロがそう仰るのならそうなんですね……」


 しかし、この状況で言うのもあれだけど、推しの驚いた声が聞こえたのは良かったかもしれない。暗すぎて顔が見えにくいのが残念ではあるが。


「じゃあ、先に進もうか」

「はい」

「あ……あ゛ぁ~……あ゛ー……っ」


 続いて前方からは異様に顔のでかい被り物をした男が現れる。顔をよく見れば眼球が剥き出しで黒焦げだった。まるで火事で焼けたような風貌の男に私と推しは慌てて銃を撃ち込む。


 その後、進んでいくとゾンビのような男が出て来たり、ぬりかべのような妖怪が出て来たり、キョンシーまで出て来たりとなんだか和洋中ホラーごちゃ混ぜなお化け屋敷ではあったが、銃を撃ちまくってはなんとか迷路のような道を抜けてゴールへと辿り着いた。


「お。おかえりー。どうやった?」


 お化け屋敷から出るとそこにニーナが待っていた。相当自信があるのかにんまりした顔である。


「面白かったよ! 面白かったけど……ホラーてんこ盛りなお化け屋敷だなぁと」

「メイクとか被り物とか結構手が込んでて普通に舞台に上がってもいいんじゃないかなって思う出来だったよ」

「役者にそう言われると自信出るわぁ。まぁ、うちのクラス手先器用なのが多かったからどうせなら派手にしてこ思うてな! それとついでに銃もぶっぱなそうかってなってん。おもろかったなら良かったわ」


 なかなかにスリルのあるお化け屋敷だった。ニーナもイキイキしてただけある。お化け屋敷もいつの間にか行列も出来ているし、繁盛していて何よりだ。


「私まだ店番やから離れられへんけど……二人はこのあとも文化祭見て回るん?」

「えーと……?」

「そうだね。もう少し時間があるから僕はそのつもりだよ」

「……です」

「ふぅん?」


 ニーナがジト目で見てくる。違うんだ、違うんだ親友よ。私は推しと文化祭回れてラッキー! 嬉しいー! とか思ってないんだ! 私だって不本意なんだよ! ……って、この状況では何を言っても信用しがたい。

 ちゃんとあとでニーナに説明しなきゃいけないなと思いながら私は彼女の元から去ることにする。


 それから推しと向かったのはゲーム系のブースだった。所謂、九枚のパネルにボールを投げてパネルを抜いた枚数に応じて景品が貰えるというもの。

 一度プレイをしてみたが、なかなか難しくて三枚しか当てられなかった。

 そして推しはというと、一枚も当てられなかった。コントロールが苦手なのかフレームにすら当たらない。下手にもほどがある……。

 他にも水の張った水槽の中にあるコップの中にコインを入れるコイン落としゲームもしたが、こちらは二人共に惨敗であった。


 そうしているうちに時間が過ぎていき……。


「あ、そろそろ新幹線の時間だから僕はこの辺で帰るね」


 二人揃ってゲームの景品であるお菓子を色々頂き、一段落したところで推しの帰る時間が迫っていることを告げられる。

 ただでさえ推しと同じ空気を吸ってるだけで頭を下げたくなるし、息が詰まりそうだったので良かったと心の底から安心した。

 いつもランチする時間より長かった気がするし……。


「そうなんですね。わざわざ来ていただいて本当にありがとうございました」

「こちらこそ案内もしてくれたし、舞台も観ることが出来て良かったよ。ありがとうね」

「舞台は忘れてください……」

「絆奈ちゃんの織姫凄く良かったんだけどなぁ……。思い通りにいかずに声を上げる所なんて遠くまで声が響いたと思うし」

「いや、本当に恥ずかしいので……」


 これ以上思い出させないでくれ、推し。自分でもわかってるから。プロとアマチュアの演技なんて雲泥の差なのだ。


「それに寧山さんの演技に比べたら大根役者ですから」

「そんなに謙遜しなくていいのに……」


 困ったように笑う推しだったが、少し黙ったあと、こほんと喉の調子を整えてから推しの雰囲気が一気に変わった。

 まるで舞台に立っている姿のような、それこそあの彦星の役みたいに不敵に笑みを浮かべ、愛しい人には全てを捧げるかのような目つき。


「そなたの声は全人類が平伏すほど愛らしいのだ。もっと私に我儘を言っておくれ」

「っ!?」


 紛れもなく彦星のセリフだった。生の推しによる彦星のセリフを目の当たりにした私は一気に顔の熱が上昇する。

 顔もいい、声もいい、ビジュアルもいい。推しの演じてるものは全部いいからもちろん性悪な彦星だって最高に決まるのだ。


「な、何言ってるんですかっ!」

「いや~、絆奈ちゃんの織姫を見てたら僕も久々に彦星を演じたくなっちゃって」


 そのお茶目さもくそ可愛すぎる推し! 早く白樺に見せてくれ!! 頼むから! むしろ白樺の前で言って「誰に向かって言ってるんですか」って言われてそのまま押し倒されてっ!


「じゃあね、絆奈ちゃん。また今度」


 そんな私の気持ちも露知らず、推しは爽やかに駅へと向かった。さすが、推し。後ろ姿も良き。

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