推しへ、今年の文化祭の出し物が決まりました
今年もやって来た。学生の身分では絶対に避けられない文化祭の出し物決め。
中学の頃から思っていたが、何故か文化祭の度に前世と同じ模擬店にならないのだ。
既にクラス替えすら前世通りにならないから恐らくクラスにいる人が違うのなら出し物も変わってくるのだろう。
まぁ、新鮮でいいといえばいいのだけど、私的には避けていた模擬店……いや、出し物がある。
それが演劇だ……。
観劇は好きである。むしろそれが趣味なところあるし、推しを鑑賞してるので大好きなんだけど、舞台に立ちたいとは微塵も思わない。
だって素人だから。百歩譲っても演劇部なら許せる。むしろ発表会みたいなものだし。それなのにただ生半可な気持ちで演技をしたいとか言うパリピのために演劇をするのは大反対だ。
……まぁ、何が言いたいかというと、私のクラスの出し物が演劇に決まってしまったわけで……。
もちろん反対をしたが、多数決で負けてしまった。数が多いからって正義ではないんだからね!
それでも希望は捨てなかった。演劇をするということは多目的ホールを使用するということで、使用希望者が多ければジャンケンで決める決まりがある。
演劇部は当然の権利なので争いには加わらないが、演劇をしたい組が他にもいれば避けられないのだ。
そう期待したんだけど、期待してたのに……希望者が多くなかったので争いは起こらなかった。悔しい。
「それでは、無事に催し物が演劇に決まったので、本日は演目を決めたいと思います」
文化祭実行委員が教卓に立ち、進行を始める。クラスメイトは半分以上がノリノリでみんな手を挙げて演目タイトルを次々に発言していく。
書記係となるもう一人の文化祭実行委員が黒板に書き出し、いつの間にか半分以上埋めていった。
シンデレラ、ロミオとジュリエット、白雪姫、などなど。どれもプリンセス役やプリンス役をやりたがる生徒の案で、ぶっちゃけると王道すぎて面白みがない。
主役をやりたがる生徒が目立つための舞台にしか見えなかった。
もちろん、そう思うのは私だけではなく、他にも感じていた子がいたのだろう「ありきたりやなぁ」「もっと誰も知らないストーリーにしない?」「オリジナルなものとかは?」と声を上げる者は多く、私もうんうんと頷く。
「……では、橋本さん。図書委員ですし、何かいい物語はないですか?」
「えっ!?」
まさかここで私が名指しされるとは思わなかった。いやいや、だって私以外にも図書委員いるでしょ! ……と、思ったが、確かに私の方が真面目に仕事してるから当然の名指しだと理解する。
「なくはないけど……演劇向けかはわからないし、それならプロから演目を借りていいか相談するのはどうかな?」
「プロ?」
「劇団だよ。色んな舞台のプロだし、いつもオリジナリティ溢れる舞台をやってるわけだから、ありきたりじゃないし、シナリオを借りてもいいか相談するのもありなんじゃないかなと」
我ながらなかなかいい案を出したのでは? クラスの反応も悪くない。ただ、主役級をやりたがっていた子達は残念そうに唇をとがらせていたけど。
「じゃあ、その手配は橋本さんにお任せしますね」
「えっ!? なんで!?」
「言い出しっぺなので」
「……」
なんと横暴な文化祭実行委員なのだ。こんなことが許されるのか?
……いや、でもこれはチャンスかもしれない。つまり私の好きな劇団の演目をオファーしてもいいってことだよね? 成功するかはわからないけど。
「やるだけはやってみるけど、プロだから断られる可能性が高いよ?」
「そのときはそのときで。とりあえず来週の文化祭ミーティングまで結果を教えてください」
「はーい」
こうして、私に演目オファー係を託されてしまった。都合のいいように押しつけられたが仕方ない。
帰宅して早速、劇団影法師の都にメールを送った。私の好きな演目のひとつでもある『七夕に願った夜 ~頂点目指してバトルロワイヤル~』の演劇許可とシナリオを貸していただけないかの依頼メール。
言葉遣いや文章も丁寧に打ち込んで何度も確認したのちに送信した。
この演目なら人数も多いので舞台に立ちたい人が沢山いても何とかなるだろう。
それから返事はすぐに返ってきた。ダメ元ではあったが、劇団の座長直々に全ての許可を出してくれたのだ。
シナリオもファイルに添付してくれているので台本もすぐに出来上がるだろう。
座長さんは文化祭に自分の劇団の演目を使ってくれるのが有難いと書かれていたが、むしろ感謝をするのはこちらの方である。
本来ならば金銭が発生するだろうに座長さんは無償で提供してくれたのだから頭が上がらない。
次の週のミーティングでクラスメイト分の台本を配った。人数分作った私は褒められてもいいはず。ちまちま頑張ったのだから。
文化祭実行委員に言われる前にここまでしたのだから、さすがに私の決めた演目に反対する人は少ないだろう。反対すると自分で台本を用意せざるを得ないのだから。
「せやけど、やっぱりあたしはシンデレラやりたいわ~」
もちろん反対する人はいたが……。
「では、台本を人数分用意してください。時間がないので準備期間の入る四日後までに」
「えー? それはちょっとなぁ……」
「出来ないなら軽々しく口を出さない! 既にこのクラスの準備は遅れてるんですよ!?」
「……」
文化祭実行委員がばっさりと切り捨てた。演じたいだけの甘っちょろい人間はそこまでしやしないのだろう。
それ以上の反対意見はなく、あとは役割だ。話し合いの結果、公平に表舞台に立つのと裏方をやるのとローテーションで行うことが決まった。
裏方に回るつもりの私として残念ではあるが、演技をしたい人間が多いこのクラスでは大方賛成だったので諦めるしかない。
そのため、前半後半で役者が変わるためダブルキャストで行う。
キャストと裏方の割り振りは話し合っても時間がないため、くじ引きで決めることになった。
私の担当は……悪役の一人である織姫と照明係。
本家では推しが彦星役をやっていて、中身が織姫ぞっこんラブのド畜生な性格で色々と性癖に刺さったのが懐かしいが、その彦星の相手役だ。……荷が重い。
その後の準備期間は約二時間分のシナリオを五十分くらいに収まるよう台本のセリフやシーンを削ったり、照明の色や調整をしたり、役の動きなど猛練習であった。
ていうか、台本のセリフ削りなどほとんど私がやったんだけどね。舞台を直接観たのは私だけだからって上手いこと言われて……まぁ、おかげで好きなようには出来るけど、その代わりやることが多い。
準備をしながらバイトも行くし、私ながら頑張ってるほうだと思う。
夏休みだって文化祭の準備に時間をかけた。今年の文化祭が多分今までより一番時間を注いだし、精一杯努力しただろう。
夏休みも終盤を迎えた頃。長期間休みが明けたらいよいよ準備期間も数える程しかなくなる。私のクラスは教室でそれぞれ自由に作業を進めた。
何人かでセリフ合わせをしたり、衣装制作したり。中には未だセリフを覚えていない者もいれば、夏休みだからと準備期間を半分も参加しない者だっている。
そういう奴らに限って演劇を立候補した奴らなのでさすがに私もストレスのあまり物理でものを言わせたくなってきた。
多目的ホールは別のクラスが今は使用しているのでもう少ししたら私達のクラスが使っていい時間になる。
そうしたら全体練習が出来るのでそれまでの私はサボり気味の奴らの衣装制作に回っていた。
なんで、私が……と思うも、推しの舞台だったからセリフはもう覚えてしまったのでやれることをやるしかないのだ。
まぁ、サボりの奴らは最終的に内申に響くので今のうちに遊んであとで後悔しろと胸の中で高笑いするしかない。
「……めっちゃ大変そうやな」
そんな殺伐とした心を持ってしまった私の教室にニーナが様子を見に来てくれた。
ニーナのクラスはお化け屋敷らしく、そちらも衣装やオブジェなどの制作が大変らしい。
「ニーナ……来てくれて嬉しい……心が荒みそうだった。……休憩?」
「せやね。休憩がてら絆奈んとこの進捗はどないかなって思うて来たんやけど……ヤバそうやな」
「うん……まぁ、病みそうではあるけど間に合わないわけじゃないんだよ。ニーナも大変なのに来てくれてありがとう」
「私んとこは絆奈のクラスほどヤバくないで。まぁ、程よく仕上がっとるし」
「そうなんだ。でも、お化け屋敷は楽しみだなぁ、絶対行くからね」
「私も絆奈の演技しっかり見とくわ」
「うぇ……それはやだなぁ……」
正直演技経験がないから人に見られたくはないんだけど、せっかく推しの劇団から借りた演目なので失敗はしたくないし、下手をすれば劇団の名が傷ついてしまう!
いくら来年で推しの劇団が最後とはいえ、素人なりにいいものを作らなければ。
そう心に誓いながらも文化祭まで残り一ヶ月を切ったのだった。




