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絆奈ちゃんへ、初めて出会った日のことを覚えてるよ

 五月五日土曜日。

 劇団影法師の都の公演期間真っ只中の本日は彼女がはるばる和歌山からやって来る日である。

 もちろん、いつも通りの本気の演技で挑むつもりだけど、やはり人間なのでデビュー時からいつも応援してくれる子が来てくれると知るといつもよりやる気が出てしまうのだから困ったものだ。

 いかんいかん、やる気を出しすぎるのも演技に影響が出てしまう。あくまでもいつも通りに演じないと。


 今年の劇団影法師の都の公演は『怨返し』

 両親を早くに亡くした男は五歳年下の妹のために一人で朝から晩まで必死に働いていた。妹も就職をする歳になり、共に仕事に精を出していたある日……妹は職場で自殺をしたと連絡が入る。

 どうやら屋上からの飛び降りらしいのだが、家での妹の様子や遺書もないので男は自殺とは思えなかったが、結局自殺として処理された。

 男は今の仕事を辞め、妹が勤めていた会社に入り、妹の死の真実を知る。彼女は社内虐めにあって、屋上の飛び降りも虐めた人間の手による殺人だった。

 それを知った男は妹の虐めに加担した相手を一人ずつ怨返しという名の復讐をすることに。


 僕の役は妹が勤めていた会社の先輩。表ではいい顔をして社内の評判はいいが、妹が社内虐めにあっても見て見ぬふりをしていた。彼女から相談を受けても頑張れとしか言わない面倒ごとを嫌う男。

 その結果、兄に首を絞められ、助けを乞うも妹にしたように頑張れという言葉を冷めた目と共に残されてしまい、絞殺される。

 なかなかの屑っぷりのある役で普段演じないから楽しい役だった。


 彼女、橋本 絆奈の座っている席は把握しているので終演後の挨拶に彼女の様子を見てみると、笑顔で拍手をしていた。今回の舞台も楽しんでくれたかなと少しばかり安心する。

 一旦、舞台袖に引っ込んでから恒例の面会の準備をするが、今回の衣装はスーツなのでわざわざ脱ぐほどのものはなく、汗を拭うくらい。

 客席に出ると気づいた人がわらわらと集まって列を作る。初めて舞台に立った頃に比べるとファンの方が増えてきて有難いことである。

 あとはテーマパークで仕事をするようになったからだろうか。上手くいけばファンがついてくると先輩に教えてもらって、今思えば確かにと思うが上には上がいるので慢心してはいけない。


「お疲れ様です」

「あ、今回も来てくれたんだ。ありがとうー」

「はい」


 面会も中盤に差しかかった頃、一人の男子学生がぺこりと頭を下げた。彼は最近、ファンになってくれた大学生の子らしく、僕の演技を見て役者を目指したいと言ってきた。

 役者としてはまだまだなところがあるのに面と向かってそう言われると嬉しくもあり、この仕事を選んで良かったなとも思う。


「今回の寧山さんの役めちゃくちゃ腹立つ役で面白かったですっ」

「そう思える演技は出来たかな?」

「もちろんです。寧山さんの素はこんなにのほほんとしてるのに不思議なくらいですよ」


 それはよく言われる。だからこそなのか、違う性格や人物になってみたかったのでこの道を選んだ。

 色んな役になりきると新しい自分が発見出来たり、この役ならこう考えるなっていう新しい発想にも繋がる。それがまた面白い。


「そういえば、この前のクリスマスにしてた舞台の帰りに飯を食いに行ったら寧山さんがいて、プライベートだと思ってそのままにしてたんですけど……」


 あぁ、去年のクリスマス時期に出演した舞台か。確か、絆奈ちゃんが後ろにファンの子がいるって言ってたっけ。

 確認しようとしたらあからさまになるからと言われて止められたんだったなぁ。そうか、あのときのファンの子がこの子だったのか。


「その……こう尋ねるのは失礼かと思うんですけど、一緒にいた人は彼女ですか?」

「え? あぁ、恋人ってこと? 違うよ。彼女はデビュー前からの知り合いでお友達なんだ」


 それにまだ高校生だから異性として見るには若すぎる。なんて言えばいいのか、絆奈ちゃんは娘にしたら大きすぎるし、妹にしたら小さすぎるとは思うけど、何だかんだで長い付き合いになるんだよね。ある意味親戚の家族みたいなものかな。

 デビューしてから毎年欠かさず舞台に足を運んでくれてるから……もう六年になるのか。


「そうだったんですね。ファンと付き合ってるのかとばかり……」

「あはは、さすがにそれはないかな。今は仕事で勉強する日々だし」


 この手の話はよく聞かれる。好きな女性のタイプは? と尋ねてくる子もいれば、今までお付き合いしてきた女性はどんな人ですか? などなど。

 恥ずかしながら生まれてこの方三十一年彼女はいない。もちろん、好きな人がいなかったわけじゃなく、学生時代ならではの恋のひとつくらいはしたこともあるし、思いきって告白もしたが、フラれてしまう。

 理由が「優しいけど異性じゃなく友達にしか見れない」とのこと。

 うーん、思い出したけどちょっと苦い思い出だ。

 まぁ、それ以来トラウマではないけど、恋愛は少し遠のいていた。

 そうしているうちに夢が出来て、今はそのために突っ走っている日々だから学生のときのような好きな人のことを考えて一日を過ごすことはない。

 あぁ、でも演じる役では恋愛に絡んだものも少なくはないんだよね。


「俺も……いつか寧山さんと同じ舞台に立てるように頑張ります」

「ほんと? 頑張ってね。楽しみにしてるよ」


 照れくさそうに語る彼の夢を応援すると、やはり恥ずかしかったのか、そそくさと帰っていった。若いなぁ。


 それから十分も経たない頃、初めて僕のファンになった絆奈ちゃんとの面会が回ってきた。

 彼女はいつも舞台後にアンケートをしっかり書いてくれるから、面会は毎回終盤になる。


「こんにちは、お疲れ様でした」

「こんにちは、どうだっだ? 今回の舞台は?」

「表と裏の顔の演技が凄くて一人二役やっているのかと思いました。首を絞められて死ぬまでの様子の緊張感が伝わってこちらもドキドキしましたね。あとスーツ姿が凄く格好良いのでピンショをください!」

「あ、うん。いいけど、今回もツーショットしなくていいの?」

「はいっ」


 彼女はいつも写真を撮るときは一緒に写らない。写ろうとしないのだ。大体写真を頼む子は一緒に撮りたがるのに僕だけの写真でいいって言う子は実に稀である。

 せっかくの思い出の写真に自分を残さないのだろうか。今回も少しばかり残念に思いながら写真を一枚、絆奈ちゃんのデジタルカメラに収めた。

 ふと甘い柑橘系の匂いが鼻を掠める。嗅いだことのあるそれは絆奈ちゃんから漂わせていることに気づき、去年のクリスマスに彼女にとプレゼントした香水だと理解した。

 さすがに今この場で僕がプレゼントした香水について話すのは良くないだろうと考え、言葉を飲み込む。


「あ。こちらいつもの差し入れです」

「本当にいつもありがとう。そういえば去年の差し入れに万年筆を用意してくれたよね? クリスマスだからって奮発しなくていいのに」

「いつもいい演技を観劇させていただいてますので」


 今回の差し入れを受け取りながらいつも思うのだけど彼女は年下には見えないほどしっかりしている。何度彼女から注意を受けたことか。

 僕のことを心配しながらも呆れずに応援してくれているのだから有難いことだ。


「絆奈ちゃんらしいね。でも、凄く気に入ってるよ。だからほら、今回の舞台で小道具にも使わせてもらっているし」


 胸ポケットから絆奈ちゃんが差し入れをしてくれた万年筆を取り出す。それを見た彼女をは驚いて目を丸くさせた。


「え、え、あの、舞台にそれを……?」

「うん」

「ファンからの差し入れとか言わないでくださいね……」

「特に聞かれることがなければ言わないけど……聞かれたら暈した方がいい?」

「お願いしますっ」


 そう言われたら約束を守るしかない。彼女は何を心配しているのかはわからないが、確かにファンからの差し入れですってわざわざ伝えるのも感じが悪いのかもしれない。

 絆奈ちゃんも自分が差し入れしたものだってことを知られたくない様子なので口にしないでおこう。


「じゃあ、私はこれで失礼します」

「うん。またね」


 そう言って彼女と別れ、次の面会者と話をする。あっさりしているけど、後ほど絆奈ちゃんとはランチをするので今はそれが楽しみだ。

 開演前に絆奈ちゃんにランチをする場所をメールしたのであとは落ち合う予定である。


 それから暫くして客席には役者の関係者だけが残った。同じパークでアクターとして働く仲間も来てくれたので軽く挨拶を交わす。


「寧山さん、お疲れ様~」

「あ、雪城さん! 来てくれてありがとー」


 その中の一人である雪城 愛歌。彼女は僕の五歳年下ではあるけど、パークで働く年数は僕よりも上で仕事上は先輩である。

 彼女とはパレードで共演することになり、よく他の共演者とご飯に行くことが多かった。

 その歌声は誰にも負けないほど人の心に響くのだから正直なところもっと高い目標だって目指せるのかもしれない。しかし、彼女をは頑なにそれを拒み、パークに固執する。

 何故かと問えば子どもが好きだから。それだけの理由だった。事実、雪城さんは子どもと関わるのが好きでよく自らも子どもへと構っている。それがまた微笑ましい。


「これからお昼よね? 一緒に行く?」

「あー、今回は先約があるからまた今度でいいかな」

「そうなの? それじゃあ、また現場でね」

「うん、お疲れ様ー」


 彼女に手を振り、またパークでの仕事帰りにご飯に行こうと約束をする。

 一通り挨拶も終わり、そろそろ絆奈ちゃんと落ち合わないと待たせてしまうので少し足早に劇場から出た。

 今日のランチに選んだのはうどん屋さん。こじんまりとしたいかにもサラリーマン御用達の狭いお店ではなく、席によっては和室に案内されることもあるゆったり出来るお店なので急いで食べてお店を出なきゃという焦りはない。


 お店に辿り着き、店員さんに連れが先に来ていることを伝えるとすぐに案内をしてくれた。

 どうやらほぼ満席の様子で絆奈ちゃんは運良く待たずにすんだらしい。


「お待たせ、絆奈ちゃん」

「あ、寧山さん。……お疲れ様でした」


 既に何度もこうして公演後のご飯を共にしているのに彼女は辺りを警戒している。恐らく、共演者や他のファンの子に見つからないようにしているのだろう。

 僕からしてみれば既に絆奈ちゃんとは役者とファンの壁を越えた友人のつもりなんだけど、それで納得してもらえなくて、どうしたら彼女が気兼ねなく僕と接してくれるのだろうといつも悩む。

 しかし、メニューを見ていないところを見るとどうやら彼女は既に注文をすませたらしい。それならば僕も早く決めないとと思い、メニューを眺めてすぐに親子丼とうどんのセットを頼んだ。


「あ、あの……寧山さん。今日、雪城さんいらっしゃってましたよね……?」

「うん、来てくれてたよ。絆奈ちゃん、彼女のこと知ってたんだ?」

「えぇ……そりゃあ、もう……」


 雪城さんは去年から舞台に来てくれるようになって、僕も彼女の外部があればお邪魔させてもらっている。

 まぁ、確かにパレードで共演しているから知っててもおかしくはないし、そういえばブログで彼女のライブに行ったことも書いてたっけ。


「えーと、せっかく同僚の人が来てくれたのにご飯は彼女と一緒のほうが良かったんじゃないんですか?」

「あぁ、確かにお昼ご飯は誘われたけど、絆奈ちゃんとの約束が先だからね」

「いやいや! そこは同僚を取りましょう! むしろ無理に私と食事しなくてもいいんですって!」

「別に無理はしてないけど……絆奈ちゃんとご飯を一緒にするのを僕は楽しみにしてるからね」

「じゃあ、じゃあ、もし恋人が出来たらその人優先にしてください! 例え私とのご飯の約束が先だろうと!」

「え? う、うん。わかった」


 何故そこまで必死になっているのか僕にはわからないけど、きっと彼女なりに僕を心配しているのだと思う。

 確かクリスマスのときも彼女を大事にしてと言っていたなぁ。誰かと付き合うなんて今のところ特に考えてないからいつになるかわからないのに絆奈ちゃんはしっかり者の心配性だ。


 初めて出会ったときもそうだったな……。

 絆奈ちゃんと初めて会ったのは実はデビュー公演のときではなく、彼女がもっと小さい頃。

 僕はデビュー公演で彼女と初めて会ったと思っていたんだけど、彼女から直接パークでお世話になったと聞いていたのだが、そのときはいまいちピンとこなかった。

 でも、のちに彼女と面識があったことを思い出すきっかけが起きる。

 それは絆奈ちゃんが中学生の頃だったかな。彼女がご家族と旅行でエターナルランドに訪れていて、その時代はエントランスで精霊グリーティングを行っていた僕にも会いに来てくれた。

 そのとき、手帳の落し物が見つかり、一度中を確認してみる。ゲストの落し物か、従業員の落し物か調べるために。

 見た感じ従業員のメモのようには見えなくてゲストの落し物だろうと判断した僕は最後のページを捲ると、個人情報欄に持ち主と思われる名前だけが記入されているのを発見した。

 名前は橋本 絆奈。あの子の落し物だとすぐにわかったが、それと一緒に写真が挟まっていることにも気がついた。

 そこにはパークバイト時代の僕が小さな少女と二人で一緒に写真を撮ったもので、それを見て僕は当時のことを思い出す。


 僕がエターナルランドでアクターではなく、アルバイトとして働いていたときのこと。

 小さい子どもが一人で辺りをキョロキョロとしていたため声をかけたことがあった。業務上そのような迷子を見つけることは少なくはない。

 そのときの少女は迷子で一人だったからか泣いてしまったけど、それでもしっかりハキハキ喋っていて感心していたため記憶にも残っていた。


「お名前、言えるかな?」

「はしもときずな。ごさいです」

「偉い。よく言えたね。パパとママとはいつ離れたのかな?」

「さっき。きずながここにきたいっていったから、そのときにいなくなったの」


 ならばまだ近くにいるだろうと少女を肩車して両親を探した。案の定、両親は少女を探していたようですぐに見つけることが出来て、業務に戻ろうとした僕に彼女は口を開く。


「おしゃしん、いっしょにとってくださいっ」


 元々、エリアのドリンク販売担当でしかない僕と写真を撮りたいなんて言ってきた子は後にも先にもこのときの少女だけ。


 だからすぐに手帳に挟まっていた写真を見て、絆奈ちゃんがあのときの少女だと思い出した。

 そのあとすぐに近くの従業員に声をかけて落し物を届けてもらったわけだ。


「……懐かしいなぁ」

「えっ?」

「絆奈ちゃん、初めて会ったときもしっかりしてたなって」

「あぁ、寧山さんのデビュー公演ですね」

「ううん。もっと前の絆奈ちゃんが小さいときにパークで迷子になったときだよ」

「えっ……覚えないんじゃ……」

「実は昔に絆奈ちゃんの手帳を拾ったときがあったでしょ? それでゲストのものか判断するために中身を確認したらそのときの写真が入っていて、それで思い出したんだよ」


 小さく笑いながら「あのときの絆奈ちゃんは泣きながらもしっかり名前を言ってたもんね」と、ちゃんと覚えている証拠にそう伝えると、目の前の少女は一気に顔を赤くして両手で顔面を覆った。


「なんでそんなこと思い出すんですかっ……!」

「えっ? だって印象深かったし、僕と一緒に写真を撮りたいって言ってくれた子は絆奈ちゃんだけだったよ」

「黒歴史っ!」

「あの頃は一緒に写真を撮ろうって言ったのに今は一緒に撮ってくれないよね。それはちょっと寂しくはあるかなぁ」

「いいから忘れてくださいっ!」


 からかうつもりはなかったのだけど、普段は真面目な絆奈ちゃんが真っ赤になる機会ってあまり見れないのでこれは貴重な体験をしたなと思ってしまった。


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