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推しへ、推しの旦那がいました

 五月六日土曜日。

 もうお約束ではあるが、本日は推しの舞台日です!

 何だかんだ当たり前になってきてはいるけど、やはり毎回推しの舞台を観るのは胸が高鳴ってしまう。


 今年の劇団影法師の都の公演タイトルは『幻想体験図書館』

 とある図書館の本を読むと、その世界に入り込むことが出来る幻想体験図書館というのが存在していた。

 図書館なのに自宅への持ち帰りは原則行っておらず、全ての書物は図書館内で読むことが決まり。

 しかし、誰もが気軽に訪れることが出来る場所ではなく次元の狭間にあるため、魔力を持った者しか足を踏み入れることが許されない。知る人ぞ知る図書館だった。

 ある日、次元の歪みが起きたせいで図書館内は大きな地震に巻き込まれ、次々と本が落ちてしまう。

 その衝撃で落ちた本から物語の登場人物が次々と溢れてしまい、図書館内でに逃げ惑う大騒動となってしまった。

 館長と司書が逃げた物語の登場人物を捕まえるために奮闘するストーリー。


 今回の推しの役はミステリアスな図書館の館長。マスカレードマスクを装着した紳士的な謎の男だが、司書に仕事を押しつけたり、振り回したりと司書使いが荒い。

 そんな彼を使い、優雅に華麗に登場人物を本の中へと帰すのだけど、去年のストーリーが酷かったから戦々恐々として観劇したらめちゃくちゃ良かった。

 去年のは一体何だったんだというくらい面白かった! 確か演出と脚本が去年だけ別の人だったからだろう。今年はちゃんと元の人に戻っていたみたいだから安心した。

 そして何より推しのマスカレードマスクがとても良かった……いやらしかった……えっちだった……ありがとう。ありがとう公式……白樺に見せたい姿だったよ。

 思わず心の中で合掌した。しなければいけなかった。

 アンケートも去年とは違い筆が進む進む。この調子でまた来年もよろしくお願いします。


 アンケート記入を終えて、スタッフの人に渡してから推しの面会列へと並ぶ。

 うんうん、今年も新規ファンが増えてるみたいだ。安心安心。

 パレードデビューもしたし、グリーティングに比べたら接触は少ないが認知度は上がる。こうやって将来的にはもっとファンがつくのだと思うと楽しみで仕方ない。

 そわそわしながら待っていると私の番がやってきた。


「寧山さん、お疲れ様でした」

「あ、絆奈ちゃん。待ってたよー」


 柔らかく笑う推しは今日も顔がいい。もはや眩しい。怯みそうになったが、いつものように手紙と差し入れを忘れずに渡した。


「絆奈ちゃん、本当にマメだよね……」

「事務所はプレゼントNGですからこういう所でないと渡せませんしね」

「そこまでしなくていいのに……って、何度言ってもダメだよね。いつも絆奈ちゃんから頂く物は好きな物ばかりなんだよ、ありがとう」

「寧山さんの好みに合うならば嬉しいです」


 まぁ、前世の知識があるので推しの好きそうな物は何となく把握はしているんだよね。

 そんな今回の差し入れは百パーセントのストレートみかんジュース。とてもフレッシュで美味しいから差し入れにもピッタリである。


「そういえば、高校入学したんだよね? おめでとう」

「ありがとうございます」

「初めて会ったときに比べると身長も高くなったし、成長が早いね」

「子どもだからそんなものですよ」

「うーん、相変わらず子どもらしからぬ発言するなぁ」

「それよりも今回の寧山さんの役凄く良かったです! マスカレードマスクつけてのあの演技、妖艶さがあって素敵でした!」

「あぁ、これ?」


 どうやらポケットに入れていたのか、舞台で使っていたマスクが取り出された。


「!」

「ちょっと視界が狭まるから大変なんだけど、僕もこれ好きなんだよ。格好いいよね」

「あ、あの! それつけて写真撮ってもいいですかっ!?」

「……こう?」


 お願いをしたらすかさずマスクを装着してくれた。衣装もそのままだったので、舞台で見たばかりの館長そのものだ。

 あ、あ、やばい。近くで見るとただならぬ色気が溢れている! そういえば、推しももう今年で三十一歳になるんだっけ。

 最後に見た四十五歳の推しに比べたらまだまだ若いけど、いい感じに熟し始めてる。いいぞ、いいぞ!

 心の中でガッツポーズをしながら役になりきる推しのピンショをデジカメで撮ることに成功した。

 写真を撮ったら彼は複雑そうな表情で「ツーショットは本当にいいの……?」と聞くものだから、大きく頷く。

 だってツーショットで自分が入るのは邪魔じゃないですか。推しだけでいいんです。


「それじゃあ、そろそろ私は……」

「あ、絆奈ちゃん。帰る前に自分の席に座ってて」

「え?」


 突然小声で何を言い出すかと思えば。自席で待機を言われるとは。

 ……まさか、いつものランチ逢い引き……? く、くそぉ、このままドロンするつもりだったのに。本当に去年言ったことを実行するのね……。


 昨年、推しは「面会だけはちゃんとするからこれからもご飯を一緒に食べて、パークの話をしてもいいかな?」という役者としてはとんでもないこと言い出したのだ。

 私は何度も役者とファンの距離感について説明したのに推しは私を一ファンの子としか見ていないようで、気軽に話せる友人のような妹みたいな存在らしい。

 何故、私が折れなければならないのかわからないけど、結局推しのお願いに拒めない私が悪いのだ。

 だから同性カップルに理解のある異性友達という己に課した設定で頑張りたいと無理やり納得しながら今日に至る。

 ……ただ、他のファンの子に睨まれないように祈るだけ。推しにファンの子と密会なんて某掲示板に書かれてしまったら、他の推しファンの子が離れてしまう。

 それだけは阻止せねば。そして私の顔が割れないようにしないと……。

 ただでさえ推しを腐った目でしか見ていない上にナマモノ創作者(推しカプの片割れが現れていないのでまだ手はつけられないが)だから常に私は危険な橋を渡っているのだ。

 なんと気が重いのかと溜め息混じりで一度自分の座っていた席に戻る。

 まだ少しだけ列が出来ている推しの面会を眺めながら、女性に混じって男性も少人数だけど面会に並んでいるのがわかった。

 男性ファンも増えてきてるのは良いことだ。推しは魅力的だからね、そういう目でも見ていいよ。モブねやも大歓迎だよ、最終的にしらねやになるなら。

 ん? 推しと似た年齢の男性ばかりと思いきや、若い子もいるなぁ。学生さんかな? 高校生か大学生くらいだろう。

 何だか目がキラキラしてる。舞台に感動したのかな。しかし、そこはかとなく白樺に似てるなぁ。

 そういえば白樺は大体私の三つ歳上だから今だと十八歳なのであのくらいの年齢だったね。そうそう、ちょうど右の唇の下にあるホクロの位置も同じで……。


「まさか……」


 いやいや、だって白樺と寧山が出会うのはパークだし、デビューと共演をするまであと六年だから……あぁ、いや、でも白樺に見えてきたなぁ。

 白樺はのちに寧山の事務所の後輩になる男で、彼にだけは小生意気なところがある。

 そして自分のファンにはどこか作り気味の笑顔を浮かべるという私個人的な解釈があるのであんな純粋な眼差しをするとは思えない。

 彼を凝視するとちょうどよく推しとの面会が始まった。初めてなのか、慣れていない様子でどこか可愛げのある感じ。

 暫くして面会が終わった彼は推しに頭を下げてその場から離れていく。そのときの顔は先程のように年相応のあどけない顔だったのが、スッと表情が消えた。


「!?」


 えっ、ちょっと、その変わり身の早さ何!? ていうか、その顔! 完全に白樺 譲じゃん!? うそっ! 本人なの!?

 白樺 譲。推しとは十二歳歳下。のちに寧山と同じ事務所に入り、推しの後輩となる彼は今から六年後のパークにて共演を果たす。因みに私の解釈により攻め。

 その後、二人の仲は深まり、二人で劇団を作り上げたり、ラジオを配信したりするほど仲良くなる。つまり推しカプの時代の始まりだ。

 しかし、ラジオでもイベントでも白樺はデビュー前に寧山と対話したという話を聞いた覚えがない。

 ……思い出せ、橋本 絆奈。白樺は本当にそんな話をしていなかったか? まだ役者ではない今の彼に関する話を思い出せ……!


『そういえば、ゆずくんの役者になるきっかけってなんだったの?』

『えー……大学の頃にたまたま観た舞台ですっごく素敵な演技をする人を見て、ですかねぇ』

『へー。どんな人?』

『さぁ……そんな昔のこと忘れちゃいましたよ。あぁ、でもマスカレードマスクをつける役でめちゃくちゃ色っぽかったですね』


 こ れ だ !

 頭を必死に動かして前世の出来事を思い返す。そして脳内に流れたのは前世のラジオで二人が話していた内容。まさに今この状況なのではないか!?

 白樺がきっかけとなる役者の名前を忘れるというのがガチなのか、照れ隠しなのかはわからないが、腐女子フィルターとしての予想では、目の前の人物とは言えずに名前を伏せたが、でも相手には何となく知って欲しいので当時の特徴を伝えるという回りくどいことをやってのけたのではないだろうか!?

 それでこそしらねやの白樺だ! ブラボー! 面倒臭いぞ!


「失礼します。橋本 絆奈様でしょうか?」

「えっ!? あ、は、はいっ」


 突然スタッフの女性に話しかけられて、びくりと身体が跳ねる。びっくりした。顔がにやけてなかっただろうか。


「寧山さんから関係者というお話を伺っております。こちら、寧山さんからです」

「えっ……? あ、ありがとうございます」


 スタッフさんが差し出したのは封のされた手紙だった。どうして手紙なのだろうかと戸惑いながら受け取ると、対応していた女性は「それでは失礼します」と去っていく。

 ……って、関係者って何!? 私ただのファンなんですけど!?

 何が何だかわからず、とりあえず手紙らしき封を恐る恐る開けてみる。

 そこには地図が書かれた手紙が一枚入っていた。


 絆奈ちゃんへ

 あからさまな待ち合わせ場所を言えないので、“わびさび”でご飯をしましょう。


 という文面の下には手書きの地図なのだが、これがとても下手くそである。やばい。

 そんな子どもの書いたような地図を頼りに目的の場所へと向かう。迷いながらも比較的近い場所だったので徒歩五分程度の場所を十分くらいで着けたのでホッと一安心した。

 どうやら指定してきた『わびさび』というお店は和食料理のお店らしい。店前に置いてあるメニューを軽く見てから何を食べようか一通り決めておく。

 それから入店しようと思い、携帯で時間を確認していたら「絆奈ちゃん」と後ろから呼ばれた。


「お待たせ。待っててくれたの?」

「あ、いや……メニューを見てて……」


 さすがに推しの地図がわかりづらくてさっき着いたばかりとは言えなかった。


「そうだったんだ。勝手にお店を決めちゃったけど、嫌いな物とかない?」

「大丈夫です」

「じゃあ、入ろっか」


 そう言われて共に入店した。人で賑わっているようではあったけど、着物を着た店員さんがすぐに用意しますと告げてから、数分も待たないうちに案内される。

 半個室の和室に案内されるとランチメニューである刺身定食を私は注文し、推しは海鮮丼を注文した。


「そうだ。去年の秋にパークに来てくれたよね。制服姿だったから修学旅行?」

「あ、はい。そうですね……」


 早速修学旅行の話を持ち出してきた……って、ん? 推し、私がいたことわかってたの!?


「あ、あの、私に気づいてたんですかっ?」

「もちろん。ちゃんと指も差したよ?」

「え、あれはそういうフリでは……」

「絆奈ちゃんに向けてだよ」


 推しーーっ!! 個別ファンサはやめてください!!


「……そこまでしていただかなくても大丈夫ですから」

「せっかく見に来てくれたんだからお礼くらいさせてよ」


 そのお礼が高すぎるんです……。お礼をするなら白樺との絡みをお願いします。切実に……早く本家から摂取したいんです。ていうか、まだ二人が出会わないので創作してもアップ出来ないんです……!


「……そういえば、寧山さんの面会で男性の方も増えましたね」

「あぁ、そうだね。同性のファンの人が増えてくれたら嬉しいなぁ」

「きっと寧山さんに憧れて役者目指す人もいますよ」


 白樺がきっとそうだと思うし。若い白樺は推しとどんな話したたんだろうなぁ~~! 気になるー!


「あ、確か、今日面会した男子学生くらいの子がそう言ってくれたよ」

「えっ!?」

「僕を見て役者を目指そうと思いますって。嬉しかったなー」


 な、なんと……絶対それは白樺だよ。男子学生って私が見た限り白樺くらいしかいなかったし。……やばい、しらねや案件なのにこれを共有したり吐き出せる相手がいない……辛い。

 握りこぶしを作って行き場のない萌えをそこへ注いで何とか奇声を発するのを抑える。ネタになるだろうから家に帰ったらメモっておこう……しらねやを出せるようになったら本にしよう……。

 そう固く誓っていたら注文した品が届いた。

 刺身定食はマグロ、ハマチ、タイ、サーモンにご飯と味噌汁、そしてお漬物がついている。

 推しの海鮮丼にはマグロ、ハマチ、サーモン、エビ、いくらなどが乗っていた。

 早速、いただきますと口にしてから刺身に手を付けてみる。見た目が綺麗な赤身だったマグロはその期待を裏切らない美味しさであった。


「どう?」

「美味しいです!」


 正直に感想を伝えると、良かった、と言わんばかりの笑みを浮かべる推し。本当に顔がいい。マグロの味を忘れてしまうほど。

 ……ていうか、私推しとご飯食べてる、何度も。慣れかけてしまったが普通に考えておかしい光景だよこれ。せめて私が白樺 譲だったら良かったのに。


「あ、絆奈ちゃん。携帯のアドレス教えてよ」

「え……」


 ピシッ、と動きが止まってしまった。

 そういえば店の前で時間を確認したときに携帯を見ていたことを思い出す。そのあと推しに声をかけられたんだ。

 つまり、携帯を所持していることがバレてしまった。


「寧山さん……私のアドレスなんて必要ないかと思うんですけど……」

「必要だよ。こうやってランチの待ち合わせするときに連絡取れる方がいいんだし」

「あー……」


 確かに、確かに推しのあの手書きの地図よりメールでやり取りする方がマシである。

 うぅ、でもな……推しのメアドゲットするつもりなんてこれっぽっちもないって言うか……ガチで接触厨になってるじゃん!

 もう一人の私が囁く。推しカプの相談役にもなれる異性友達になれるんだからメアドくらい交換するのも当たり前じゃない、と。

 冷静な私が思う。推しカプはあくまで妄想の中で、現実の推しは雪城さんと結婚するのだから推しカプ相談役になんてなれない! と。

 うぅ、急に腐女子に辛い現実が押し寄せてくる。


「……やっぱり、メアドは馴れ馴れしかったかな?」

「い、いえ! そんなことは! ほら、私ただのファンですから! ファンにメアド交換なんてやっぱり周りからしたら良くないと思うんです!」

「絆奈ちゃんは本当に徹底してるね。でも、ほら、ファンの前に僕達はお友達だし、兄妹みたいなものだから。周りには内緒で、ね?」


 照れくさそうに人差し指を立てて口元に当てる推し。顔がいい故にその破壊力は凄まじかった。

 なんだこの美人さんは! 照れながら人差し指を立てて口元に寄せるなんて……。そんな可愛いことされたら胸撃たれてしまう!

 ていうか、私の中の白樺が見たら絶対に(自主規制)したいって思うじゃん! こっちのHPはゼロなんだから!


「内緒……なら……」

「本当? ありがとうー」


 顔がにやけてしまうので口元を押さえながら、推しのお願いにノックダウンしてしまった私はおずおずと携帯を取り出す。

 こうして、推しとメアドを交換してしまった私は自分の携帯の中に推しの個人情報が入ったため、その価値がグッと上がってしまったのでなくなさいように今まで以上大事にすることになった。


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