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推しへ、修学旅行インパしました

 修学旅行二日目。

 前日にエターナルランド近くのホテルに泊まり、移動時間はそんなにかからないため、十時頃にはインパすることが出来た。

 パレードはお昼からなのでまだ少し時間があるため、何か一つアトラクションに乗ることにした私達は恐怖の魔女の森エリアへ向かい『ラストディナー』というアトラクションに乗ることに。


 ラストディナーとは外観が高級レストランのアトラクション施設で、ゲストはこのラストディナーという名のお店の客としてディナーをいただくため、長テーブルのある個室席へと案内される。

 しかし、席に座るとレストランの店員が「これからショーが始まりますので逃げられないため……いえ、安全のために足を固定させていただきます」と言いながら本当に足首だけを拘束されてしまう。


「え、待って待って。これめっちゃ怖ない?」

「足だけ拘束されるの……?」

「うん。これ楽しいよ」


 少し怯える友人達の様子を楽しみながら前世ぶりのラストディナーを満喫する。

 そして部屋は暗くなり、女性の叫び声が響く。すぐにパッと明るくなるが、同席をしていた女性客……まぁ、仕込みキャストなのだけど、彼女がテーブルに伏せた状態で更にテーブルクロスは赤く染まり、息絶えていた。

 そこへ紳士そうな見た目の男が現れ、自分がヴァンパイアだと自己紹介をする。もちろん、女性客を襲ったのもこの男。

 自身の食事のために人間を誘き寄せる餌としてレストランを乗っ取ったヴァンパイアだが、人間に恐怖を与えるため、再び室内を暗くさせると、部屋が少しずつ傾き始めるのだった。

 そこまでの傾斜ではないし、足首は固定されているので落ちることはないのだが、真っ暗の中の出来事なので何が起こっているのかわからないまま、暗かった部屋は少しずつ明るくなる。

 室内にいたはずなのに、気づけば外の景色が見えていた。月や星の明かりが頼りで見える視界にはちゃんとヴァンパイアもいる。どうやら椅子に座った客とテーブルがレストランを抜けて高い空まで浮いていたのだ。

 実はこの部屋、テーブルと椅子以外は全体がスクリーンのようになっていて、部屋一面に映像が流れるようになっている。

 ヴァンパイアの悪戯により、人が立ち入れない恐怖の場所へ連れられ、恐ろしいドラゴンに食べられそうになったり、恨み言を口にするゴーストに追われたり、そんな目に遭うと、少しずつ朝日が射してきた。


「ちっ。どうやら遊びすぎたようだ。お前達は実に運がいい。今回だけは見逃してやろう。ただし、次はないと思え」


 そう告げると一気に周りが暗くなり、激しい轟音と揺れが響く。暫くして音と揺れが止むと、電気が付いた。そこは元の部屋でヴァンパイアと最初に襲われた女性客は姿を消していたのだった。

 ここでアトラクションは終わりとなる。


「凄い迫力だったね。足を固定されるとは思わなかったけど」

「せやな。でもあのヴァンパイアめっちゃイケメンやったわ」

「ニーナ、好きそうだなって思ったよ」


 ラストディナーの一番の人気どころはヴァンパイアのアクターである。容姿端麗な男性アクターが担当するので彼らに落ちる女性は多いことで有名だ。

 そのためループするゲストも珍しくない……が、推しがいないので私がループすることはないのだけど。

 ちょうどアトラクションが終わった頃、時間はパレード開始三十分前に差しかかった。

 そろそろ待機しておきたいなと二人にパレードに向かっても大丈夫かを尋ねると、無事にOKをもらったので、パレードが行われる誇り高き城下町エリアへと移動する。


 パレード待ちの人は思っていたよりも多い。やはり夏に始まった新パレードだからだろう。

 もちろん座り見の最前列は全部埋まっている。せめて立ち見最前を取りたいところだなと思いながらパレードルートを歩きながら探して行く。

 所々立ち見の最前で空いてる場所はあるのだが、一人か二人くらいの隙間である。ううん。惜しい。

 諦めずに探してみると、ちょうどよく三人が余裕で入れる場所があった。パレードルートとしては中間ルートになるだろう。

 ツイてる~。そんな感じでウキウキしながら立ち見の最前を三人で陣取った。


「思ったより人が多いねんな」

「うん、これだと前に座ってる人達はいつから並んでるんだろう」

「ガチ勢だとオープンしてからすぐに待ってるよ」

「「えっ!?」」


 信じられないという顔をする二人の言いたいことはよくわかる。私も最初はそう思ったし、でも推しのためならオープンから地蔵するのも耐えられた。


「いい場所で、最高の推しの姿を見たいから朝から頑張るんだよ」

「……絆奈もそうなんか?」

「いや、私はまだやってないよ」

「まだ、ってことはする予定があるんだね……」


 仕方ない、仕方ないんだよ。それがアクターオタク、アクオタの過ごし方なんだ。

 友人達に変な目で見られるので、話を逸らそうとお昼ご飯は何にしようかと話題を振ってみる。

 ガイドマップを広げて、二人の意見を聞きながら昼食の候補を上げていく。ついでにそのあと行くアトラクションも決めていけば、ちょうどパレードルートのスタート地点が盛り上がり始めた。

 恐らくアクターが喋っているだろう。マイクを通した声が遠くで聞こえる。

 精霊アクターはシルフのみ声優起用でそれ以外はみんな生声なため、声を聞けば推しがいるかどうかわかるのだけど、まだフロートすら遠いのでこちらのスピーカーはオフ。音声はなく、パレードの音楽のみが流れるだけ。

 今年の夏から始まった『サラマンダー・シークレットファイヤーマジック』このパレードはサラマンダーが先導に立ち、他の精霊達には内緒でゲストにお得意の火の魔法を見せつけるというもの。

 しかし、実は後方でウンディーネ、シルフ、ノームのフロートが出て、調子に乗ったりしていないかを見張るため彼を追っているのだ。

 ……待って。今気づいた。これ、サラマンダー主役パレードじゃん! えっ! 推し来て! 絶対見たいんだけど! 見ないと死んじゃう!


『お前ら! この俺様、サラマンダー様がすげぇもん見せてやんぞ!』

「!」


 近くのスピーカーから声が聞こえた。間違いなく推しの声である。

 え、ちょ、マジ? 私、今世に入って推し率百%なんだけど運良すぎて死んじゃわない? またトラックに轢かれたりしない!?


「……絆奈、なんで顔隠してんねん」

「推しの声が聞こえて死にそう……」

「声でわかるんだ……」


 まだ姿も見ていないのに顔を両手で覆ってしまった。いや、推しのサラマンダー役はグリで見てたけど、パレード出演は初だし、ヘッドセットマイクを通して聞く推しの声に感動すら覚えるのだ。

 そうしている間にフロートがこちらへと近づいてくる。

 今パレードの主役であるサラマンダーのフロートが先頭でやって来た。

 慌ててデジカメの準備をして、推しの勇姿を残すために構える。

 サラマンダー専用フロートに乗っているのは紛れもなく推しのサラマンダーであった。

 褐色肌メイク、赤毛のポニーテールウィッグ、そしてトカゲの尻尾。推しってだけでよく似合う。

 精霊グリでは近かった推しが今では見上げなきゃいけない距離になり、パレードのフロートに乗ってみんなの視線を独り占めにしている。

 これで更に知名度が上がると思うと興奮しないわけがない。

 デジカメで写真を何枚も連写で収めながら、しっかりと己の眼にも焼きつけなければいけないので推しをガン見する。


『!』


 ……待って。今、目が合った気がする。いや、それはないか。こんな人が多いのにそんなお花畑な思い込みはやめておこう。


『お前ら、俺様の凄い魔法をよーく見ておけ!』

(ひぇ……!)


 台詞のあとにフロートから激しく火が吹き出してパレードは盛り上がっていく。

 しかし、私はそれどころではない! だって推しがこっち方面に指差ししてきた! ドキッてした! アイドルじゃん!? やばい! 顔がいい! たまたまこっちにポーズを取ってくれたのが有難い!

 

「やばい……推し尊い……」

「画面見ずに連写しとるけど、ちゃんと撮れとるんかそれ」

「……」


 あっという間にサラマンダーのフロートは通り過ぎてしまったけど、とても幸せな時間であった。

 しかし、パレード自体はまだ終わりではない。少し離れた後方に他の精霊達のフロートがやってくるのだ。


『まったく、あの方の粗暴な態度はどうにかならないものかしら』

「!」


 本物の精霊の如く美しい声。その声を聞いてすぐにウンディーネのフロートに立つアクトレスを見上げる。

 聞き間違えるはずもないその声は雪城 愛歌のものだった。

 雪城さんは声良し、スタイル良し、顔良しのパーフェクトな人で難関とも言われるウンディーネのオーディションを一発で合格し、デビューがパレードという経歴の持ち主であり、推しの未来の奥さんでもある。

 そうだ。推しが早くにパレードデビューするということは雪城さんと共演も早まるということで……。つまり、お付き合いやら結婚が早まる可能性があるのでは!?

 えっ! どうしよう! 早まるのは困る! ただでさえこの問題だけは私ではどうすることも出来ないのに! でも、離婚する運命なのを見過ごせないし、どうしたら推しが幸せになれるの!?

 ……待てよ? 雪城さんが他の人の子どもを作らないために、浮気しないように見張ってるんだよって推しに言えばいいのか!? ちょっとでも危機感持って束縛してくれたらいいんじゃないのかな! 今度それとなく言ってみよう!

 心の中でそう決心した私はその後に続くフロートもしっかりと楽しんでいると、一番見たかったパレードはあっという間に終わってしまい、最後に拍手を送った。


「良きパレードであった……」

「良かったやん。絆奈の推しの人めっちゃ絆奈見とったし」

「ははは。あれはたまたまこっちを見ただけだよ」

「何言うてんの。めっちゃガン見しとった上に指差されとったやん」

「えっ、いや、それはないよ……」

「だって向こうは絆奈のこと知っとるんやろ?」

「そうだけど、人が多い中で見つけられるわけ……」

「でも、あれは確実に橋本さんに向けられてたよ……」


 いやいやいや! そんな馬鹿なこと……ない、はず。

 だって人が多いのに私を見つけるわけないし、パレードなんだからそんなファンサするわけ……ある、のか? あの推しなら有り得るのか!?


「推し……ちゃんと仕事して……」

「あれくらいえぇんちゃうん? それが仕事やろ」

「違うんだよ! 私が欲しいのはファンサじゃなくて、しっかりと仕事をこなす推しなんだよ! 見返りはそれでいいのに!」

「……面倒臭いファンやな。あれくらいしっかり受け取っときぃな」

「私は推しの幸せを願うファンでいたいんです。過度なファンサは他のファンの子にも影響を与えるのです。悪い意味で」

「考えすぎなんちゃうんか……。なぁ、水泥くん?」

「……」

「なぁ、水泥くん。聞こえとるん?」

「えっ、あ、あぁ、うん。聞こえてるよ」

「?」


 パレードも終わったのでご飯を食べることになった。選んだお店は『ペリズエターナルハウス』

 ここは火の妖精であるペリが主人のレストランで、洋食メインのお店。ハンバーグやパスタ、グラタンやシチューなどが味わえる。

 私は半熟の目玉焼きが乗ったハンバーグとライス、ニーナはカルボナーラ、水泥くんはシチューにパンを食べた。

 でも、水泥くんがパレード終わりからどこかおかしい。心ここに在らず、といったような感じで声をかけてもすぐには反応してくれなくなった。

 疲れてるの? と問えば慌てて首を振るし、ニーナも「自分の立ち位置を理解したんやろ」と、ぼそっと呟いていたのだけど、私には理解出来なかった。

 ニーナは水泥くんの問題だから、と言うだけでやはり何のことかわからずにいる。

 心配しながらもアトラクションに連れて行くと、ライドやシアターを楽しんでいる間、彼も楽しんでくれたし、少しずつ惚けることもなくなった。


 気がつけばあっという間に日が落ちてきたので、ホテルに戻る前にお土産屋さんに行き、人混みの中で必死にお土産を買った私は予め決めておいた待ち合わせ場所に向かう。

 結構早めに切り上げたので一番乗りかなと思い、二人を待とうとしたのだが、すでに待ち合わせの場所には水泥くんが待っていた。


「水泥くん早かったね。お疲れ様! お土産買えた?」

「あ、うん。何とか買えたよ」

「やっぱりこの時間だと人が多くて、混んじゃうね」

「そうだね。佐々木さんは大丈夫かな……」

「ニーナなら大丈夫だよ。揉みくちゃにされても自力で出られるから」


 人混みに負けるような子じゃないからなぁ、ニーナは。

 それにしても水泥くんはもう大丈夫なのだろうか。ちょっと聞いてみようかな。


「水泥くん、もう大丈夫そう?」

「えっ?」

「ほら、途中でボーッとしてたから……。何かあったら言ってね。気を遣わせたら申し訳ないし」

「あ、ううん。大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてただけだから」


 楽しいはずの修学旅行で考えごととは。悩みでもあるのだろうか……。

 こういうのって聞いていいのか判断が難しいよね。でも、気になるし、前世の年齢と足せば私は人生の先輩でもあるから相談には少しくらい乗れると思うのだけど。


「言いにくかったらいいんだけど、相談は乗れるからいつでも言ってよ」

「……ありがとう。でも大丈夫だよ。ただ、卒業したらこうやって遊べないんだなって思って」

「あ、高校は違う所なんだね」

「うん。……僕ね、都内の高校に行くことに決めたんだ」

「……えっ!?」


 なんと。まさかの展開。いや、そりゃあ、高校になったら学校が変わる可能性はあったんだけど、まさかの県外……しかも都内だったとは。

 ニーナは高校でも一緒だっていうのは前世から知っていたから、水泥くんと学校が違っても県内には変わりないと思っていたのでちょっと驚いてしまった。


「やりたいことがあってね、気軽に会えなくなると思うと急に寂しくなっちゃって」


 やりたいこと。和菓子屋の息子だからその修行なのだろうか? でも、それなら実家で出来ることだし……。違うプロから学ぶとか? うーん、なんだろう。


「やりたいことって何?」

「それは……ちょっと恥ずかしくて言えないんだ。でも、自信が持てるようになったらちゃんと橋本さんには知ってもらいたいかな」

「そっか。高校の間だけ?」

「ううん。出来ればそのまま都内で頑張りたいかな」


 じゃあ、ずっと東京住みになるってことなのか。うぅ、羨ましい……。私も早々に引っ越ししたい。


「私ね、高校卒業したら東京で一人暮らししようと思ってるの。だから数年後また会えるよ!」

「そう、なの……? 橋本さんも?」

「だってほら、私、推しを追ってるわけだし。いつでも推しを追いたいから」

「あぁ……そう、だね……」


 水泥くんの声がワントーン下がってしまった。推しのために引っ越しするから呆れてしまったのだろうか。

 やりたいことために上京する水泥くんとはワケが違うもんね。純粋な水泥くんとは違い、不純で申し訳ない。

 そう思っていたらちょうどニーナも戻ってきたので修学旅行二日目はこれにて終了となった。

 推しにも会えたし、今日はラッキーだったなぁ。


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