推しへ、修学旅行に行ってます
待ちに待った秋の二泊三日の修学旅行。目玉は二日目のエターナルランド一日遊び放題である。
だからといって一日目と三日目が楽しみじゃないわけではない。ここもしっかりと満喫する予定である。
一日目は中華街。
事前に新幹線の中で私が真ん中の席、水泥くんは通路側、ニーナは窓側に座ってガイドブックを見ながら行きたいところなどを話し合っていた。そのおかげであっという間に到着したんだけど。
中華街はあちこちに食べるものがあるけど、食べ放題のお店も多い。ついつい惹かれてしまうがそこはぐっと我慢である。
何故ならば食べ歩き出来るものがあっちにもこっちにもあるのだから一つのお店で食べまくるのは勿体ない。
肉まんや焼き小龍包、杏仁ソフトクリームなどを食べながら中華街をふらふら探索したいしね。
到着した頃にはお昼真っ只中なので食べる準備はばっちりである。
「よし、じゃあ早速食べ歩きだね!」
「食べ歩きの北京ダック食うで!」
「ま、待って二人とも! こっちだよっ」
先走る私とニーナに地図を持った水泥くんが慌てて声を上げる。いかんいかん、ついはしゃいでしまった。
今世では初めての中華街だったし、前世でも数回くらいしか行ってなかったんだよね。
地図を持ったためガイド役になってしまった水泥くんの案内により、最初に辿り着いたのは焼き小龍包。
出来たてで中の肉汁も熱いため食べるのは一苦労なのだけど、美味しいのだから火傷しないように気をつけて食べることに専念した。
他にも餃子や肉まん、北京ダック。デザートにあんこやストロベリー、抹茶味のパンダまんやゴマ団子、杏仁ソフトなどを食べ歩いた。
途中で水泥くんはお腹いっぱいになったらしく、後半は私とニーナで食べていたけど。
「結構食べたねー」
「私もめっちゃ満足したわ」
「デザートも沢山食べてたもんね」
「いや、水泥くんが食わなすぎやねんて」
「そ、そうかな……?」
「あ、見て見て! あそこに中華服が着れるお店あるよ」
程よく満腹になった私達はこのあと何をするかと相談する前に目の前に中国衣装を着ることが出来るお店を発見した。
せっかくだから行ってみようということで入店し、店員さんの話を聞いて体験するプランを決める。
館内で衣装を着て、自分達で撮影を楽しむプランから、店員さんが髪をセットしたり写真を撮って印刷してくれるプランや衣装を借りてそのまま中華街を歩けるプランまで色々とあった。
しかし、学生のお小遣いではお高いプランは選べないので、一番お安い自分達で館内を楽しんで衣装を着るものに選んだ。
種類が多くてチャイナ服はもちろんのこと、漢服も色々とあるので困ってしまう。やはり人気はチャイナドレスのようだが、いまいち手が伸びない。
いや、他人が着てるのを見るのはいいのだけど、自分が着るとなると躊躇する。……ほら、スリットがねぇ?
足を出さないタイプとか、ズボンを履くタイプもあるらしいのだが、個人的には漢服に惹かれてしまう。
チャイナは結構創作的な意味で見慣れているし、それなら漢服のヒラヒラしたものが絵描きの参考資料にもなるし、それがいい気がしてきた。
「二人とも決まった?」
「悩むなぁ……」
「僕は一応、かな」
「じゃあ、水泥くん先に着替えていいよ。見るの楽しみにしてるから」
「そう? じゃあ、先に行くね」
そう言って水泥くんは先に着替えに向かった。残った私とニーナは男性よりも種類のある女性衣装を前にして、どれにするか再び悩む。
「ん~~」
「ニーナ、私これにしようと思うの」
「ん? あ、めっちゃえぇやん。チャイナドレスやないけどそういうのも格好えぇな」
「まぁ、チャイナドレスって結構コスプレ衣装とかあるからあまり着る機会のないやつがいいかなって」
そりゃあ、コスプレ用のチャイナドレスに比べたらこっちの方がしっかりしてるし、豪華なものなんだけど、漢装を身に纏ってみたいのだ。
「あ~。なるほど。じゃあ、私もそっち系にするわ。せっかくやから合わせたいし」
「いいの? ニーナの好きにしていいのに」
「選択肢が多くて困っとるくらいやからえぇよ。……せやから、私はこれにするわ」
これと決めたら決断の早いニーナはすぐに衣装を決めて、私達もそれぞれ着替えに向かった。
暫くして私は上が白の上着、下は青のスカートである漢服を着用してからフィッティングルームから出る。ポイントは波模様の刺繍だ。あとは控えめな花のヘアクリップを付けたくらいだろうか。
ニーナはまだ時間がかかっているらしく、その間に何か小物を借りることにした。
扇子や団扇、笛なども置かれていて、団扇は日本のものとは少し違ったものである。
持ち手や骨組みは合金や竹で作られ、円の中にはシルクに刺繍がされていたり、華美な装飾品が飾られていたり、持っているだけで映そうだ。
けど、今の自分の格好は比較的に落ち着きのあるほうなので団扇も花の刺繍をされたものにしよう。
そうして手にしたところでニーナが出て来た。
白の上着に袖は赤、スカートも赤で上下ともに花の刺繍が施されていて、ヘアセットもした彼女の髪にはかんざしも付けられている。
「わぁ~! ニーナ、凄い綺麗だよ! 宮廷にいそう! あと写真撮ってもいい? 悪用はしないから! 資料用に欲しいのっ!」
「……ちゃっかりしとんなぁ」
我ながらそう思う。だってなかなか機会がないんだもの。せっかくだし、細かいところまで知りたいし。
あ、でも先に水泥くんと合流しなきゃ。もう彼は着替え終わって、フォトスポットである館内を回っているそうだ。
ニーナと一緒に水泥くんの元へと向かうと、どうやら水泥くんは椅子に座って待っている様子だった。
「水泥くんお待たせ。待たせちゃったよね?」
「ごめんなぁ、時間かかってもうたわ」
「あ、ううん。女性は着付けやヘアセットで時間がかかるって聞いてたから大丈夫だよ」
水泥くんは緑の漢服で控えめな葉柄の刺繍が入っている。その手には笛が握られていて、店員さんに勧められたまま持たされたらしい。
「水泥くんの服いいね。ちょっと儚さがあって絵になるくらい格好いいよ」
「えっ、あっ、ありがとう……。その、橋本さんも……綺麗だよ……」
「そう? ありがとー!」
(ほんま漫画のネタみたいなやりとりやな……)
彼は元から育ちがいいのもあるので、少し品の良さが衣装を通して出ていた。笛を構えてる姿を是非とも写真に収めたいところである。
素直に褒めると水泥くんは顔を真っ赤にして私の衣装も褒めてくれた。社交辞令とはいえ嬉しいものである。
「まぁ、ちょっと地味やけど皇帝みたいな派手なやつでも良かったんちゃう?」
「それはちょっと……」
「ねぇねぇ、写真撮ろうよ。二人ともいい資料になるから」
「資料言うなや……」
その後、時間いっぱいまで写真を撮った。三人で撮ったり、一人ずつで撮ったり。
誕生日に買ってもらったデジカメで二人には色んなポーズをお願いしてシャッターを切らせてもらった。
ニーナにはくるりとその場で回ってスカートが膨らむ瞬間を撮らせてもらったり、水泥くんには儚げな様子で椅子にもたれかかってもらったりした。……水泥くんに至ってはめちゃくちゃ戸惑わせてしまったけど。
しかし、ポーズ指定めちゃくちゃ楽しい! カメコってこんな感じなのかな?
そんなこと考えながら写真をパシャパシャ撮ったいたら、ニーナが交代したいということで何枚か私の写真を撮ったのち、水泥くんとツーショットを求められた。
「もうちょい、二人くっついてくれへん? カップルみたいな感じで撮りたいねん」
「えっ!?」
ほほう。ニーナなりの資料が欲しいということか。それなら協力しなければ!
水泥くんには少し申し訳ないけど、身体をぴったりと彼に寄せてみる。その瞬間、びくり、と水泥くんの身体が跳ねたのがわかった。
うーん。やはり水泥くんはこのような接触は苦手かな。まだ恥ずかしいのだろう。でも、このままだと社会でやっていけるのか不安だな……。
「水泥くん、ちょっと自分固いわ。絆奈の肩に手を乗せるとかしてみてや」
「え、えっ!?」
やはりではあるが戸惑いの声が上がる。彼はシャイだからそれは難しい要求かもしれない。
無理しなくていいよと伝えようとしたら、気を遣うかのように肩に手を置かれた。そして遠慮がちに肩を寄せられる。
「ご、ごめんね、橋本さん……」
「いやいや、こっちこそ無理させちゃってごめんね」
「……別に、無理なんて……」
ぼそりと呟くように口にした言葉はちゃんと私の耳に届いた。無理をしていないのなら良かった。水泥くんは本当に気遣いの出来る子だ。
しかし、こう見ると彼は大きくなったなぁ。中学に入ってからあっという間に身長を抜かされてしまったけど、やはり男の子なのでこうなるのは当然と言えば当然ではあるが。
前世では小学校までしか記憶していなかったので、今では水泥くんの成長具合がよくわかる。
身長も伸びたし、手も大きくなったし、声変わりもした。シャイではあるけど小学生のときとは違い、心も強くなってるし、優しいし、いい方向に変わってきている。
私が少し関わっただけなのにこんなにも人の人生が変わるだなんて思ってもみなかった。
もし、彼を助けなかったら、きっと前世の彼のまま成長して、こうして同じ中学に通うこともなかっただろう。
前世のままだったら、水泥くんは一体どうなっていただろうか。前世では一度も考えたことなかったからこそ、せめて今世では楽しいと思ってくれたら嬉しいな。
それから満足に写真を撮り終えた私達は少し休憩をしようということで近くのカフェへ入る。
中国茶を飲みながら私は芋園、ニーナは豆花、水泥くんは仙草ゼリーを食べてまったりと過ごすことに。
ちょうどいい休憩タイムなので私は明日のエターナルランドについて話をすることにした。
「ところで、明日のエターナルランドについてなんだけど、二人とも行きたい所はある?」
「……」
「……」
あれ? 二人とも黙っちゃったけど何故? そんな言っちゃいけない話題だった? いやいや、そんなことはないはず。だってエターナルランドの自由行動も一緒に行こうって話したんだよ。だから地雷な話ではないはず。
「ふ、二人とも……?」
「行きたい所があるんは絆奈やろ」
「そうだね。橋本さんはあるんだよね?」
「あ、あはは……」
ぐっ。読まれてる。そりゃ行きたい所はあるけど、私だけの意見を聞いてもらうのは悪いから二人の行きたい所を聞いただけなのに。
「私は初めてやし、絆奈のオススメとかでえぇよ。気になるのがあったらそのときに言うし」
「僕も同じだから橋本さんの行きたい所でいいよ」
私の友は何故こんなにも優しいのか。有り難すぎる。
「私の行きたい所なんだけど……パレードが見たいの。夏から始まった新パレード」
エターナルランドは七月に開業十五周年を迎えた。それに合わせて新しいパレードが夏から始まったのだ。そして推しはアクターとしてパレードデビューをする。
前世ではもう少しあとでデビューだったのに早まったわけだ。起こらなかった出来事だからこそ何が何でも見てみたい。いや、明日出勤してるかなんてわからないけど。
すると友人達は「そうだと思った」という表情を向けてくる。
「えっ。何その顔。私まだパレードが見たいしか言ってないんだけど……」
「そのパレードに絆奈の推しとやらがおんねんやろ」
「……橋本さんのことだからそれ以外理由はないよね」
「うぐ……」
そりゃそうだけど。全部当たっているため否定出来ない。
とりあえず、二人の許可が出たので明日のパレードは絶対に見ることが決定した。推しの勤務だといいな。




