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推しへ、新商品開発をしてきました

 夏休みに入った頃、水泥くんを通して庵主堂の店主である安堂 吉次郎さんから要請がきた。

 若い子にウケる商品を販売したいので是非とも意見を聞きたいとのこと。

 なるほど! それは願ったり叶ったり! 庵主堂閉業を阻止するためにも私は二つ返事で引き受けた。

 そして約束の日。水泥邸にやって来た私とニーナは水泥くんに迎えられ、イグサの香る客間へと案内される。


「お祖父ちゃん。橋本さんと佐々木さんが来てくれたよ」

「おう、恵介。ご苦労やったな」

「こんにちはー。お邪魔します」

「あ、お邪魔します。安堂さん、お久しぶりですね」

「そうやな。あ、前にくれた文化祭の写真めっちゃ良かったわ。おおきに」

「いえいえ」


 去年の文化祭で行った和菓子体験にて、お客さんによる創作練り切りの写真をアルバムにしてプレゼントをしたのだが、水泥くんからも聞いてはいたけど安堂さんはとても喜んでくれたそうで、私としても嬉しかった。

 そんな彼に座るように促され、畳の上に腰を下ろして正座をする。


「さて、恵介から聞いとるとは思うんやけど、若い子が好きそうな和菓子を作ってみたいんや」

「私らみたいな子どものアイデアで大丈夫なん……?」

「むしろアンタら世代の意見を取り入れたいねん。まぁ、昨年の文化祭のおかげで少しは増えてるんやけどな。それでもやっぱ目新しいものが欲しいんや」


 そう。文化祭にて参加してくれたお客さんに出来上がった和菓子を袋に入れるとき、一緒に庵主堂のチラシも入れたおかげか、庵主堂に若いお客さんが少しばかり増えたとの話を聞いている。

 そして文化祭の準備にて安堂さんが学校に来て、指導した姿が担任に高評価を得たらしく、今年から職業体験の授業に和菓子作りとして、学校から安堂さんに依頼がきたのだ。

 思いもよらぬ和菓子普及にいい流れがきてるのではないかと自信が持てる。


「目新しいもん言うてもなぁ……」

「ニーナの好きな甘いものって何?」

「生クリームやなぁ。吸いたいくらいには好きやで」

「そんな生クリーム好きなニーナにオススメなのはクリーム大福です」

「クリーム大福……食べたことあるわ。あれ美味しいよなぁ!」

「あー……確かにクリーム大福は知名度はあるが、うちの店にはないなぁ」

「出来ればただのクリーム大福ではなく、もう少し個性を持たせたらオシャレでいいと思うんです。コーヒークリーム、チーズクリーム、ストロベリークリーム。フルーツを入れてもいいですし、私個人的にオススメなのはピスタチオです」


 前世での情報と知識を使い、流行りそうなものを色々と言ってみる。

 庵主堂は和洋折衷菓子には挑戦せずに店を畳んでしまったのだ。新しいものを取り入れたいという気持ちはあるのでどうせなら和スイーツにも手を出して生き残って欲しい。


「ほぅ。なんでピスタチオがオススメなんや?」

「ピスタチオはナッツの女王と呼ばれ、栄養や健康にぴったりなものです。美容を気にする女子はピスタチオ好きも多いですしね。あんこ、ずんだ、などの豆を使うのがお得意な和菓子屋さんならピスタチオもモノに出来ると思うんです」

「モノに出来るからわからんが、なかなか面白そうやとは思うで。参考にさせてもらうわ」


 そう言って安堂さんはメモにしたためていた。庵主堂の存続のため、そして新商品のために私も頑張らねばならない。


「あとは食べ歩きが出来るものとかいいかもしれないですね」

「食べ歩き? クレープとかそういうのかな……」

「あー。私、生クリームクレープも好きやなぁ。でも、それをどうやって和菓子に取り入れるん?」

「クレープを取り入れるわけじゃないんだけど、今の時期だとアイスが欲しいところだから、どら焼きアイスとか。庵主堂のどら焼き生地も美味しいからそれにアイスを挟んで提供とか出来れば学校帰りの買い食いとかも出来て私的にはとてもいいなぁって思いますね!」


 学校帰りのアイスとかクレープとかたい焼きとか美味しいのは間違いない。

 庵主堂は食べ歩きの提供もなければ、カフェを併設してるわけでもないので基本的にはお持ち帰りのみである。なのでわざわざ袋を開けないと食べ歩きが出来ないので、最初からすぐに食べることの出来るものがあってもいいはず。


「すぐに食べる用にってことやな。……買い食いとか考えたことなかったから、それがすぐに実現出来るかは別として、アイスはえぇな」


 その他にもラム酒羊羹や和歌山名物のみかんを使ったみかんわらび餅、トマトやゴボウなどの野菜を使ったあんこなど変わり種も提案してみる。

 今まで和菓子一筋でやってきた安堂さんにとってはどれも新鮮に感じているらしく、たくさんメモを取っていた。

 色々と話をして数時間。安堂さんは満足気な顔でメモ帳を閉じる。


「いやぁ、色々勉強になったわ。やっぱ若い子の話は聞かなあかんな。わし、西洋のもんは疎いんや」

「こちらこそ色々聞いてもらえて嬉しいです」

「ほとんど絆奈の提案やったけど、私からしてもめっちゃ気になるもんばっかやったわぁ」

「僕もだよ。橋本さん、毎年東京に行くから流行りとかよく知ってるんだね」


 前世の知識とは言えず、とりあえず笑っておいた。

 でも、これでわかったことは安堂さんは若者の好みを知ることが出来なかったため、迂闊に新しいものへと手を出せなかったんだ。

 こうやって話し合いが出来たので、今世では上手いこと活用して欲しい。


「しかし、色々案を出してくれて有り難かったわ。なんで和菓子屋に生まれてこなかったんやろな? せっかくやから嫁に欲しいとこやで」

「!?」

「あはは、安堂さんは既に奥様がいらっしゃるじゃないですか~」

「いや、わしやなくて」

「お、お祖父ちゃん! そろそろみんな疲れたんじゃないかな!? 今日はこのくらいでお開きにしようよっ」

(水泥くんの慌てっぷりめっちゃおもろいわ……)


 水泥くんが慌てたように祖父の言葉を遮る。私は特に疲れてはいないんだけど、ニーナやお祖父さんのことを気にかけたのだろうか。本当にいい子である。


「そうかそうか。せやったら帰る前にお礼をせんとな……よっこいしょ。ちょっと待っときぃ」

「えっ?」


 ゆっくり立ち上がる安堂さんは一度客間から出て行く。彼の言葉に少し戸惑ってしまった。

 お礼、と言っていたので何かいただいてしまうのだろうか? そんな大したことはしてないから気を遣わなくてもいいのに。

 あわあわしていると、安堂さんはすぐに戻って来て、私とニーナに庵主堂の名が印刷された紙袋を差し出した。


「ほれ、受け取り。これでしか礼は出来へんが、味は保証するで」

「えっ、えぇんですか? わぁ、めっちゃ嬉しい! ありがとうございます!」

「こ、これは庵主堂の栗羊羹……!」


 ずっしりとした重みのある紙袋を受け取り、袋の中が見えたため思わず目を向けると、栗羊羹の箱が見えた。

 そんなお高い羊羹をいただいたのが申し訳ないのと嬉しいのとが混ざり合いながら感激の声を上げ、安堂さんに目一杯感謝する。


 それから一ヶ月経った頃。一先ず新しい商品が出来たと水泥くんから聞いた私は早速三人で庵主堂へと向かった。

 開店準備をしてる安堂さんを見つけて挨拶をする。


「安堂さんおはようございますー! 新しいのを出したって聞いて来ましたー」

「おぉ。来てくれたんか」

「ん? 新商品ってこれなん?」


 ニーナが指を差したのは店前の張り紙。そこには『アイスどら焼き始めました』と書かれていた。

 お! 手の出しやすいところから始めたんだね。それにすぐに出来るものを選んでくれたのは嬉しいものだ。

 これなら食べ歩きするだけで宣伝にもなるし、学校帰りの買い食いだって出来ちゃう!

 それにしても何だか冷やし中華始めましたみたいだね、と言ったらニーナから「冷麺やろ」って言われてしまう。あ、うん。関西はそうだよね……。両親は関東生まれだから許してほしい。


「嬢ちゃん達の意見をめちゃくちゃ参考にさせて一先ずこれから始めたろか思うてな」

「じゃあ、早速食べなあかんな!」

「僕達が初めてのお客さんだね」

「あー……今ちょうど一番乗りで買うてる子がおんねん」


 今日から販売でちょうど数分前に開店したばかりなのにもう最初のお客さんが来たの? って疑問に思ってたら数日前から店前でもチラシを配って宣伝していたらしい。

 あぁ、なるほど。それで気になった一番乗りのお客さんが来たのか。


「あんたらも知っとる子や。ほら、出て来るで」


 そう言って安堂さんが店の中へと目を向ける。そこから出て来たのはなんとゴミくんであった。


「ん? なんや自分ら遅かったなぁ。俺が一番乗りや」

「別に一番乗り狙ってたわけじゃないんだけどね……」


 なんでそんな誇らしげなのかわからないよ、ゴミくんよ。君は一体私達と何で張り合ってるんだ。

 あ、よく見ればアイスどら焼きと思わしきものが彼の手の中にある。


「てか、なんで芥田がこんなはよにおるん?」

「そんなん師匠の新作食うためやろ!」


 師匠!?

 ゴミくんの突拍子な言葉に恐らく私と水泥くん、ニーナは同じことを思っただろう。


「俺はな、師匠の弟子になるんや。それなら師匠の新商品は絶対一番乗りで食べなあかんやろ!」

「……お祖父ちゃん、そうなの?」

「いや、初めて聞いたんやけど未来の和菓子職人は大歓迎やで」

「! じゃあ、弟子にさせてくれるんすね!?」

「とりあえず中学、高校と無事に学校卒業してからやな」

「もちろんっすよ!」

「……芥田くん、とりあえず師匠のためにそのアイスどら焼きを食べ歩きして宣伝してあげたらどうかな?」

「そのつもりやし!」


 弟子になれるということにテンションが上がったのか、ゴミくんこと芥田くんはアイスどら焼きを一口頬張り「うめぇっ!」と言いながら去って行った。

 ……芥田くん。随分と変わったなぁ。あんなに人を虐めて馬鹿にして突っかかってきたのに。


「……とりあえずアイスどら焼きを食べようか」


 目的のアイスどら焼きを購入するために店内に入る。早速、アルバイトの店員さんに新商品を三つ購入した。

 注文してから店奥で用意し、すぐに提供されたどアイスら焼きはよく見てみるとアイスの部分はあずきアイスである。

 安堂さんに挨拶をして店を出た私達は早速食べてみた。

 よく知っているどら焼き生地に、あんこに使用しているあずきアイスが挟まっていて美味しくないわけがなかった。

 美味しい、なんで今までこれを出していなかったのか不思議なくらいに。

 三人で美味しいと言いながら食べていると、ふと彼のことを思い出す。


「……それにしても、芥田くんは文化祭の件で丸くなった気がするなぁ」

「まぁ、私らを不快にさせんかったら別にえぇけど……」

「きっと芥田くんも大人になってきたんだね」


 水泥くん、それは違う気がするよ。あれはまだまだ子どもだし、大人とは程遠い気がする。まぁ、わざわざ訂正するのも悪いから否定はしないでおこう。

 しかし、安堂さんに褒められただけで弟子になるとまで言うなんて。……いや、褒められることが少ないのか? その反動であんなに崇拝する勢いになったってこと?

 確かに芥田くんは悪ガキだったから怒られることは沢山あっても褒められてるところは見たことないな。

 ……だとしても重いよ、芥田くん。BLかよ……芥田×安堂(あくあん)かな……。


 そんな彼の将来が少し心配になる夏休みのある日であった。


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