推しへ、文化祭は楽しいです
本日は待ちに待った文化祭。ちょっとだけ早起きをして、最後の準備のため学校へと向かう。
暖簾のかかった教室の扉に入ると、中には机をいくつかくっつけて、テーブルクロスをかけた大きなテーブルという作業台が四スペースほど作っていた。
教室の後ろのほうには仕切りを設けており、そこでは参加者には見えないように私達が基本の練り切り生地を作る場所にしている。
何故ならば、材料を作るところから参加者にやってもらうと時間がかかってしまうので、生地はこちらで用意し、参加者には色素を使って見本となる練り切りを一つ、そして自由に思い描く練り切りを一つ、作っていただくことにした。
そして出来上がった練り切りはプラスチックの和菓子容器に入れてお持ち帰りが出来る。
ちなみに自由に作ってもらう練り切りについては本人の許可が取れたら写真に収めて、後日庵主堂の店主に見てもらおうと考えていた。
これで何かしら安堂先生の刺激を与えられて新しい和菓子に挑戦してくれると嬉しいんだけど。
ここの文化祭は十時から十二時、十二時から十四時、十四時から十六時にそれぞれ担当を振り分けられていて、私は十時からの午前を担当することに。
エプロンに三角巾をしっかり着用し、和菓子体験『もみぢ庵』開店です! 楽しく盛り上げていくぞ!
「よっし! やるぞ!」
「ハッ……偉そうに」
……まったく、オープン早々に水を差すのをやめてもらいたい。
どういう運命の悪戯かはわからないが、くじ引きでゴミくんとペアで練り切り作りを教えることになったのだけど、正直に言えばめっちゃ萎える。
「絆奈ー。来たでー」
「お邪魔します」
「ニーナ! 水泥くん! いらっしゃーい!」
そこへ一番目のお客さんであるニーナと水泥くんが来店。友人権限として私が担当することにした……まぁ、ゴミくんも一緒だけど。ニーナと水泥くんにちょっかい出さないか心配ではある。
続いて来店した同じ二年生の男子二人組と共に和菓子体験スタート。
エプロンと三角巾を着てもらい、しっかりと手洗いに消毒をしてから、作業台という名の机を合体させたテーブルに囲うように座らせる。
見本となる紅葉の練り切りをゴミくんが披露した。ただでさえクラスで一番上手い彼の練り切りは、この短い期間で更に磨きをかけていて、よっぽど適性があると思われる。
ゴミくんの見本を見たあとで体験者達も紅葉の練り切りを作り始めた。私は細かい指導に回る。
「なかなか難しいな……これ。そういえば、水泥くん和菓子屋の子やったらめっちゃ上手いんちゃうん?」
「いや、僕は見たことはあっても作ったことないから……」
「……」
ニーナと水泥くんの会話を聞いたゴミくんが何故かこちらを見て、ふふんと自慢げな表情で笑う。
何が言いたいのだゴミくんよ。和菓子屋の息子より上手く出来るからって鼻が高いのかい?
まぁ、ゴミくんにしては珍しく突っかかってこないので少し安心なんだけど。
しかし、私の不安は違うところで生まれてしまった。
「……なぁ、あいつホモ女ちゃう?」
「ほんまやな。うわぁ、俺ら変な目で見られるんちゃう?」
おおーっと! ここで本人に聞こえるようなひそひそ声でニーナの風評被害! なんなんだこいつらは。自意識過剰なのか? ニーナが興味あるのは二次元だけなのでナマモノは論外なんだよね!
「……」
「佐々木さん……気にしないで」
水泥くんが優しく宥めてくれている。いいぞ、いい子だね水泥くん。
さて、私がここでブチ切れていいものか。だって文化祭で私のクラスの出し物でもある。私のとった行動でクラスに迷惑をかけるのでは?
クラスの子とニーナ、どっちが大切かだなんて天秤にかけるまでもない。よし、やっちまおう。
「ちょっと、君達」
「おい、お前ら。俺の言ったこと忘れたんか?」
な、なにー? ここでまさかのゴミくんに言葉を遮られるだとー!? 何なのこの子! そこまで私の邪魔をしたいの!?
「俺は言ったやんな? 楽しんでやるのが大事やって。周りを不快にさせるんやったら出てってもらうで」
えっ? ええっ!? ゴミくんどうしたの! あなたそんなキャラじゃなかったよね!? ていうか、今まで周りを不快にさせた君が言う!?
ほら、訳わかんなくてニーナと水泥くんがポカーンってしてるじゃん!
「……わ、わりぃ」
「わかればえぇ」
ゴミくん頭でも打ったのかな……。
結局何が起きたのかわからないまま、最初の一回目の和菓子体験は終わった。
使った道具を片付けている間に一応ニーナを助けてもらったことについてお礼を言っておくのが筋だと思い、ゴミくんに声をかける。
「芥田くん、さっきはニーナを助けてくれてありがとう」
「……いつもの呼び方やないねんな」
ゴミくんは大層驚いた顔をしていた。そりゃそうだ、ゴミくんと呼び始めてからずっと芥田くんとは呼んでいないのだから。
「お礼を言うのに失礼な呼び方は出来ないでしょ?」
「せやな! 俺は恩人や。有難く思うんやで」
「……。なんで助けてくれたの?」
「安堂さんも言っとったやろ。楽しくやるのが大事やって。それを邪魔する奴が許せんかったんや」
どうやら、私の思っている以上にゴミくんは庵主堂の店主を尊敬しているらしい。一番褒められたし、懐いたのだろう。
つまり、ニーナのためと言うよりは安堂先生の教えを守ったということが正しいと言える。
……まぁ、どんな理由だろうと結果的にあの失礼な男子達を黙らせてくれたのだからいいか。
「それに、お前絶対キレとったやろ」
「そうだね」
「じゃあ、俺が注意しても問題ないやん。ちゃんと俺の勇姿を安堂さんに報告しときや」
「……はは、そうだね」
頭を打ったのかと思ったが、やはり違っていたようだ。ゴミくんはゴミくんである。自分を褒めてくれた安堂先生に更に褒めてもらいたかった故の行動だ。少しばかり納得した。
和菓子体験は常にどの回も満員で、待ち時間が増えるほどだった。
様子を見に来た担任の話によると、屋台やカフェの模擬店は多いが、このような体験型は今までの文化祭の歴史からして少ないらしい。だから物珍しいのもあるとのこと。なるほど。
忙しくはあるけど、閑散とするよりかはいいことなので、交代の時間まで張り切って仕事をする。
そして午後。担当の時間が終わった私は文化祭を楽しむため、お昼が担当の水泥くんとニーナが運営している屋台へと向かった。
屋台といえば屋外。正門から続く屋台の列は二人のクラス以外の模擬店も沢山ある。
フランクフルト、ドリンク、たこせん、綿菓子などなど。どこも活気があるようで、その中から水泥くんとニーナが担当するヨーヨー釣りと焼きそばの屋台を探す。
途中でソースの香ばしい匂いがした。焼きそばか、それともたこ焼きか。香りを頼りに進むと焼きそばの屋台を発見する。お客さんも並んでいて繁盛している様子。
鉄板に麺とソースが絡み、焼ける匂いがそそられるも、その屋台には二人の姿が見えない。
それじゃあ、ヨーヨー釣りかなと思い、近くにあると信じて辺りを見回せば、焼きそばの向かいの屋台がヨーヨー釣りであった。
「あ、絆奈やん」
「橋本さん」
「いたいた! 来たよ~」
ヨーヨー釣りの店番をするニーナと傍でヨーヨーをポンプで膨らませる水泥くんがいた。
「向かいの焼きそば屋、凄い繁盛してるね」
「あっちは料理上手が集まっとるみたいで、予算と戦いながら食材の調達をして、手間暇かけて美味いの作るって豪語しとったからなぁ」
「あー。それは絶対美味しいね。私もあとで食べてみるよ」
「それより、絆奈。ヨーヨー釣りしてかへん?」
「するする。せっかく来たんだもの。一回お願いします」
ニーナにお金を支払おうとしたら「ちょい待ち」と言われて、何故かニーナは水泥くんの腕を掴んだ。
「水泥くん交代や」
「えっ。僕はヨーヨー作りだけなんだけど……」
「ずーっと、ヨーヨー作んのも飽きるやろ。ほら、代金受け取って、こより渡しぃや」
「えっ、でも……」
「はよしぃな。お客さん待たせるやろ」
水泥くんがオロオロした様子で私を見ると、決心がついたのかゆっくり頷く。
ニーナと担当を交代した水泥くんにお金を渡すと、釣り針のついたこよりを受け取る。
「じゃあ、早速」
ヨーヨーが沢山浮かぶ小さなプールの前でしゃがみ込み、どれが取れやすいのか吟味する。
……あの、赤いヨーヨーがいいかな? よし、決めた。
ゆっくりこよりを下ろして、Wの形をした釣り針を輪ゴムに引っかける。そのままゆっくり持ち上げるのだが、簡単に切れてしまい、狙ったヨーヨーはボチャンッと落ちてしまった。
「あ」
「あ~残念やなぁ」
「惜しかったね」
「……確か前もこんなことが」
そうだ。水泥くんと一緒に夏祭りに行った日だ。そのときも確かヨーヨー釣りをしたのだけど、一発でこよりが千切れたんだっけ。
「私、ヨーヨー釣りの才能がないのかもしれない」
まぁ、それは仕方ないが一個も取れないのはちょっと悔しい。一体何がダメだったのか。
「そういえば水泥くんはヨーヨー釣り上手かったよね? 小学校の頃、沢山取ってたもんなぁ」
「あ、そうなん? じゃあ、もう一個サービスするから水泥くんに教えてもらいや」
「えっ!?」
水泥くん、今日はニーナに振り回されてるなぁ。でも、二人がそこまで仲良くなれて私としては嬉しい。クラスが離れてるからちょっと寂しいけど。
「ほら、なんか助言とか言ったり」
「え、と……じゃあ、これとか、取りやすいんじゃないかな?」
そう言って水泥くんが指差すのは青い色のヨーヨー。彼が言うのならば間違いない。いざ、尋常に勝負!
「あ、橋本さん。二個ぶんの輪っかが引っかかってるからそのまま引き上げるのはまずいかも」
「えっ、ど、どうしよ……」
「手前の引っかかってる輪っかを外して……」
「水泥くん。分かりづらいから絆奈の手を取って教えたり」
「て、手っ!?」
水泥くん、今日は沢山驚いてるんじゃないかな。ニーナに良いようにされている気がする。
「水泥くん、難しいなら無理しなくてもいいよ?」
「あ、いや、無理じゃないけど……」
「じゃあ、はよしてあげな」
「う、うん。ごめんね、橋本さん。ちょっと触るね」
彼は立ち上がって隣にしゃがみ込むと、私の手を取っては余分に引っかかっていた輪ゴムの一つを上手く離す。
そのまま引き上げた青いヨーヨーをお椀の中へと手早く入れた。すぐに手は離され、ただされるがままではあるが、何となく自分も釣り上げたような気分になり、嬉しくなる。
「やったぁ! 水泥くんありがとう! ……水泥くん?」
隣の水泥くんにお礼を言って横を向けば、彼は片手で顔を覆っていて、深く息を吐いていた。
「どうしたの? あ、疲れちゃった? ごめんね、気を遣わせちゃって」
「あ、いやっ……! そうじゃないんだ。橋本さんにヨーヨーを取れるようにしたくて緊張しただけで……」
「でも、顔赤いよ。熱とかじゃないよね?」
僅かに頬が赤いのが見える。もしかして風邪気味だったらどうしよう。ちょっと心配になって尋ねてみるが、彼は思い切り首を横に振った。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと休ませとくから絆奈はそんなに気にせんでえぇよ」
「そう?」
「ほら、そろそろ焼きそば買いに行ったほうがえぇんちゃう? 段々人が多なってきとるし」
「そうだね。じゃあ、私行くよ。水泥くんもヨーヨーありがとうね!」
「あ、うん。こちらこそ来てくれてありがとう」
青いヨーヨーを片手に二人の店番をしているヨーヨー釣りを去ると、次に目の前の焼きそば屋へと並んだ。
十四時からは美術部のフェイクスイーツキーホルダー販売の担当なのでニーナと水泥くんと一緒に商品を袋に入れたり、お金の受け渡しをしていく。
これも朝から結構繁盛していたため十六時になる前には全部が売り切れてしまった。余ると思っていただけに嬉しい誤算ではある。
「まさか全部売れるとは思わなかったなぁ」
「女子のウケが良かったみたいだね」
「午前くらいから人が多かったみたいやし、途切れることはなかったらしいで」
それは有難いことだ。しかし、前世では確か売れ残りが結構あったはずなんだけど、どうしてだろ?
今世と前世の違いといえば……チラシ、だろうか?
売れ残りを少しでも減らそうと思って、前世では文化祭のパンフレットにしかフェイクスイーツの情報が載っていなかったので宣伝不足があったのかもしれないと考えた。
そのため、みんなの作ったフェイクスイーツの写真を撮って、それをチラシにし、入口で配ってもらったのだ。
どうやらそれが上手くいったのかもしれない。
「よし。それじゃあ、そろそろ片付けの時間だね」
「せやなぁ。今年も盛り上がったわ~。そんじゃあ、私は表の張り紙外して来るわ」
「うん、お願い」
フェイクスイーツ販売の場所として使った教室を片付けてから各々の模擬店の片付けをするため、急いで飾り付けや机の位置を戻したりする。
「あの……橋本さん」
「ん? なぁに?」
「……これ、橋本さんに」
もうすぐで片付けが終わる。そう思ったところで水泥くんに声をかけられた。何かわからないことでもあるのかと思ったが、彼は私に桜餅のフェイクスイーツキーホルダーを差し出す。
「えっ? これは……」
「前に、橋本さんが褒めてくれたから嬉しくて……橋本さんにあげようと思って作ってたんだ」
綺麗に色付けされた桜餅のキーホルダー。水泥くんの作ったフェイクスイーツの中では一番のお気に入りなので、万が一それが余ったら私が購入しようかなと思ってたんだけど、まさかこうして手に入れることが出来るとは。
「わざわざ私のために用意してくれたなんて嬉しいよ、水泥くんありがとう!」
「こっちこそ……喜んでくれて嬉しいよ」
照れくさそうに笑う水泥くんはどこか可愛くて本当にいい友達を持ったなとしみじみ思うのだった。
こうして、今年の文化祭は無事に幕を閉じることが出来た。




