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推しへ、文化祭の準備は順調です

 それから月日が経ち、文化祭の準備期間に入り出した頃。外部の人を学校に入れる手続きを終え、先生からも許可を得たため、本日の放課後は庵主堂のご主人である安堂先生の和菓子作りの指導が行われる。


 家庭科室に場所を変えて、まずは衛生面の大事さから学ぶ。食に関わる人の言葉は説得力もあるし、安心安全に食品を口に入れるため、手洗いや消毒、調理場などの清潔は徹底することをしっかり頭に入れた。

 そのあとはいよいよ練り切り作りが始まる。基本となる練り切りの餡は家でも出来るような電子レンジを使った簡単に作れるものを教えてくれた。


 白餡に火取りという水分を飛ばす作業をするのだけど、これがまた難しいらしい。確かに焦げないように管理をしながら白餡を取り出しては混ぜて、水分がまだあるようならまたレンジに入れて、混ぜて、を繰り返す。これでもまだ簡単な方法とのこと。

 手に餡がつかなくなれば火取りは終わり。今度は繋ぎとして入れる求肥を作る。白玉粉に水を合わせて溶かし、レンジに入れて掻き混ぜて、再びレンジへ。そうするとお餅みたいになってきた。これがいちご大福とかに使われるお餅の部分になるもの。

 そのあとは十対一の割合で白餡と求肥をしっかり混ぜてからバットの上にちぎって広げ、粗熱を取る。そして再びひとつに纏めてから同じ工程を二度、三度繰り返した。滑らかな餡の出来上がりである。

 あとは色素を使って着色をつける。今回は秋をイメージした紅葉を作ることに。

 朱色と黄色の練り切り生地を作り、二つをくっつけて色の境目を指でぼかし、色を馴染ませる。

 綺麗なグラデーションになったら平らに潰し、中身の餡玉を乗せて包んでいく。綺麗に均等に包むのが難しい。

 ここからは形を整えて、ヘラや三角棒などで紅葉の葉になるよう切り込みを入れてから指で摘み上げて葉先の尖りを作る。

 最後にナイフなどを使い、葉脈を入れていく。そうすると紅葉の練り切りが完成した。


「自分では作ったとは思えない……」


 完成品を両手で掲げながらあまりの出来の良さに惚れ惚れしてしまう。初めて作ったわりにはなかなか上出来だと思う。


「ほぅ。君、初めてなんか? なかなかにいい出来に仕上がっとる。色合いも上手くて綺麗やわ」


 安堂先生も出来上がった作品を見ているようで、その中で気に入ったのがあったのか、凄く評価している。

 水泥くんから聞いたのだけど、彼は優しいのだが本職に関することはなかなか褒めることは少ないらしい。

 そんな庵主堂の主人が賞賛するとは素質がある子なんだなと声がしたほうへ向けば、なんとあの因縁つけまくりなゴミくんの練り切りであった。


「あ……ありがとうございます」


 当の本人はまさか褒められるとは思っていなかったのか、少し照れ臭そうであった。

 確かに安堂先生の言う通り、ゴミくんの紅葉は素人とは思えない立派な出来である。自画自賛した私の紅葉よりも形も色合いのセンスもいい。


「ほんとだ。私のより綺麗だね」

「……ハッ」


 せっかく素直に褒めたのに鼻で笑われた。いつも私に負けているせいもあってか、どこか自慢げである。勝った気でいるようで申し訳ないのだが、私はこれっぽっちも悔しくないのだ。


「よし。そんじゃあ、今の要領で今度は自由な発想つこうて練り切りを作ってみてくれへんか?」

(自由な発想……)


 なるほど。これで安堂先生が言っていた新しい発想に繋がるのかもしれない。

 せめて何かヒントとか刺激になるようなものに出会えたらいいんだけど、私にはそこまでのものは生み出せそうにないので推しをイメージした練り切りでも作ろう。

 推しはどこかふわふわしていて、何を考えているのかわからないようで、何も考えてなさそうな……なんだかディスってるみたいになっちゃった。

 そんなイメージで出来上がったのは雲である。そう。雲。

 優しく笑う姿を込めて白くてふわふわな雲にしました。……この出来がなかなかに酷いが。いや、だって、雲だよ? あのもこもこをどうやって再現したらいいの? とりあえず丸い練り切りをくっつけるという無理やり再現したけど、なんか……紙くずみたいだな。


(ゴミくんは何作ってんだろ……)


 安堂先生が褒めていた彼は一体何を作ってるのか、ちらりと覗いて見れば……なんと、そこには練り切りでケーキを作ってるではないか! わ、和菓子でケーキだって!?


「カッカッカッ。お前さんは発想もなかなかに面白いなぁ! これはわしも見習わんとあかんわ」

「……っす」


 なんということか……ゴミくんの意外な才能が明らかになった感じなのでは?

 手先の器用さ、そしてセンス、絵描きとしては私も持ち合わせていると自負しているのだが、この練り切り作りにおいては私の上をいっていると思われる。

 あ、ゴミくんがこっち見た。


「……下手くそ」


 私の作品を見るや否や、にやりと笑いながらその言葉を吐き捨てる。まったく、本当に性格の悪い情けない男だ。怒る気も失せる。

 最後には庵主堂店主によるプロの技をみんなの前に披露した。そのスピード、形、色、全てが長年詰んだ経験を現したかのような作品で和菓子職人でもありながら、芸術家のような存在である。


「ひとまず、みんなに教えられるのはここまでや。今度はこのクラスのみんながしっかりと和菓子作りを教えてやってほしいんやけど、無理に上手く教えなくてえぇ。大事なのは楽しんでもらうことや。仕事でもないのに嫌な思いして作るんはつまらんからなぁ」


 こうして、最初はあまり真剣に取り組んでなかったクラスは本物の職人の腕を目の前で見たからなのか、模擬店へのやる気が芽生えたようで、準備期間中は積極的に取り組んでくれた。

 入口には暖簾をかけようということで暖簾を作り、参加者用のエプロンを作り、そして練り切り作りを練習していく。

 文化祭が近づくにつれて、活気づくのが嬉しくなってきた。

 そんな中、練り切りの出来の良さはやはりゴミくんが断トツで、本人も結構楽しくやっているから何だかんだ和菓子体験を推して良かったなと安心する。


 クラスの準備は順調。では、美術部はというと……こちらも概ね順調であった。

 今年はフェイクスイーツのキーホルダー販売を行うために部員達は各々好きなフェイクスイーツを作っていく。

 ニーナはシュークリームやドーナツ、水泥くんは桜餅や三色団子、私はクッキーやアイスクリーム。

 本当はマカロンとか作りたいところなんだけど、まだ今の時代は爆発的な流行をする前なのでそこは諦めた。

 大流行するのを知っているからこそのジレンマではあるが、今作ってもまだ見慣れないので購買意欲までは湧かないだろう。


「それにしても二人ともフェイクスイーツ上手いねー」

「めっちゃ試行錯誤って感じやけどなぁ。絵描く以外は専門ちゃうから」

「僕も、こういうのは初めてだから」

「いやいや。ニーナは白鳥タイプのシュークリームとかも作るくらいだから凝ってるし、水泥くんもやっぱり和菓子屋さんの息子だからか桜餅も上手く再現してるもん」


 二人の作品を見て、思ったことを言う。ニーナは夏の花のようにパッと笑顔が咲き誇り、水泥くんは恥ずかしそうにまごついた。


「えっ、あ、ありがとうっ」

「そう言うてくれたら自信出るわー。ありがとぉ。でも、絆奈のもめっちゃ上手く出来とると思うよ。なぁ、水泥くん?」

「あ、も、もちろん」

「あはは、ありがとうー」


 そんなつもりではなかったのだけど、やはり人に褒められて悪い気はしない。何だか照れくさくなってしまった。

 すると、ニーナはこそこそと水泥くんに何やら話をしていたのだが、残念ながら私の耳には入らない。


「……もう一声、なんか言ったりぃや」

「えっ……と」

「? どうしたの?」

「い、いや、そのっ……橋本さんの作ったものが、本当に可愛く出来てるなって……」

「ほんと? じゃあ、こんな感じでもうちょっとアレンジしながら作ってみるよ」

「う、うん」

(うーん、めっちゃもどかしいわ……)




 文化祭の準備期間はいつも忙しいけど、その分やりがいがある。

 一日の終わりには明日はあれしようこれしようなんて考えるのだけど、その日はそこでふと思い出したことがあった。

 いつも推しに舞台感想の手紙を送ると、早くて一ヶ月で返事が届くのだが、今回は数ヶ月経っても返事がない。

 まさか、これは、もしかして……!

 推し、ようやくファンとの距離感を理解したのでは!? やった! 長かった! この日をどれだけ待っていたことか!

 まぁ、仕事も順調ではあるので忙しいのだろうけど、無理に手紙を送られてもこっちも申し訳ないし、過剰ファンサービスである。


(推しのパークでの知名度は少しずつ上がっているし、この調子で頑張ってもらいたいなぁ)


 文化祭までもう少し。私も頑張らないといけないなと気合を入れて布団に潜った。


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