推しへ、文化祭の模擬店が決まりました
秋には文化祭。準備期間なども含め、クラスで行う模擬店を決めるには主に夏である。
去年は巨大迷路を作ったし、美術部では絵葉書にイラストを書いて販売したりした。これがなかなか楽しかったなぁ。
巨大迷路は複雑すぎて制作したクラスも半分は迷いに迷ったし、設定した時間内にゴールをしたら景品も貰えるというのも激アツであった。
絵葉書販売もオリジナルイラストを描くのも腕が鳴ったし、久々に子ども向けな動物キャラを描くのもいい気分転換になったんだよなぁ。……推しカプばっか描いてたから。
しかし、今年の文化祭の催し物については考えがある。これは何がなんでも実行したいのだ。いや、実行しなければならない。
教壇前には文化祭実行委員が今年の文化祭についての説明をし、そのあと出しものの案についてクラスのみんなに問いかけた。
「それでは、クラスの出し物について話し合いたいと思います。案がある人は」
「はいっ!」
我先にと挙手をする。ここは先手必勝。言い出した者勝ちだ。
「……はい。橋本さん」
「和菓子体験を希望します」
自信満々に答えるとクラスが少しざわつく。耳を傾ければ「甘味処じゃないのん?」「体験ってこっちが教えなあかんってこと?」という言葉が聞こえる。
そうだよなぁ。カフェ系とか屋台系とかが人気だもんね。でも、私はこれを推す。
全ては庵主堂廃業回避のためのプランなのだ。
「若者による和菓子離れが深刻化となりつつあるので、日本の文化が衰退しないためにも私は和菓子の良さを広めたいと思っております」
それっぽく、それっぽく言ってみた。そのためなのか、「おぉ」という感心の声も上がる。掴みはオッケーなのではないか?
「せやけど、和菓子なんて作ったことないのに人に教えるなんて出来るんか?」
おおっと、ここで隣の席のゴミくんによる邪魔が入った! ふふふ、私がただ和菓子が好きなだけで和菓子体験をしようなんて言うと思ったのか!
「もちろん、私達は和菓子作り……上生菓子の作り方を知らなければ成り立ちません。でも、アテはあります。私がプロから直々に教えを請い、私がみんなに伝授していけば出来るはずなので。ここまでのことを私に任せてくれたらいいです」
そのアテというのは水泥くんのお祖父さんでもある庵主堂の店主。もちろん、会ったことも話したこともないけど、そこは頑張って説得するつもり。
そりゃあ、文化祭のために伝統や技術を簡単に教えるなんて難しいかもしれないけど、庵主堂の協力があればいい宣伝にもなるのだ。
「他に意見がある人は?」
文化祭実行委員の人がクラスに問うと、それ以上の発言はなかった。ひそひそと聞こえるのは「準備も楽そうやし、えぇんちゃう?」とか「橋本さんに任せていいのなら……」という声。
ふむ。もしかしたら他の模擬店案がいくつか出るのかと思ったけど、やる気がないのかそれとも面倒臭いのか、反対意見や他の提案の声がないのは少し拍子抜けな気もする。
「私達文化祭実行委員も橋本さんの提案には反対はありませんので、特に何もなければこのまま和菓子体験をこのクラスの出しものに決定したいと思います」
どうやら私の案は採用されたようだ。よし、と己の思い浮かべるプランがまず一歩踏み込めたことを静かに喜ぶ。
「なぁ、ほんまにお前が出来るんか? もしアテっちゅーのが協力してくれへんかったら? もし、手順を上手く覚えられんくて、適当な作業工程を俺らに教えたら? 自分、どう責任取るねん」
隣の席が突っかかってくる。いや、いつものことか。というか、何なんだ。そのもしもシリーズは。
協力してもらえなかったら、というのはまだしも私は君より精神年齢は上なんだから手順を覚えられないなんてミスは犯すはずがない。
「あのね、私はこの和菓子体験に人生懸けてるの。そんな生半可な気持ちで挑んでないんだから。だから失敗なんて絶対ないよ。まぁ、もしダメだったら全力で土下座でも何でもしてあげようじゃないの」
「その言葉忘れんなや」
「望むところよ」
どうやらゴミくんは私の失敗を望んでいるようだ。しかし、私は絶対に成功させなければならない。これが上手くいけば和菓子の知名度だけでなく、協力してくれた庵主堂の知名度も上がるわけだ。
そうなればお客さんだって少しは増えるし、興味を持ってくれるはず。店を畳まなくてすむかもしれない!
そうとなれば善は急げということで、学校終わりに早速水泥くんに掛け合ってみることにした。
「そんなわけで私は和菓子作りを教えてもらいたくて、今からでも水泥くんのお祖父さんにお話したいんだけど、やっぱり前もってアポを取ってからのほうがいいかな?」
「えっ……と、多分今からでも大丈夫だと思うよ」
「それにしても変わった案を出したんやな……」
どうやら水泥くんとニーナのクラスは屋台をするとのこと。ヨーヨー釣りと焼きそばの二店舗。絶対楽しいだろうなぁ。
いや、今は他のクラスの模擬店に現を抜かしてはならない。私はまず自分の模擬店が成功することに集中をしなければ。
水泥くんとニーナと共に商店街にある昔ながらの老舗、庵主堂へと訪れた。お客さんは年配の人が二人くらい。うーん、少し寂しい。
「じゃあ、祖父を呼んでくるから待ってて」
「うん、ありがとう」
水泥くんが店の奥にいるであろう店主であるお祖父さんを呼んでいる間、私とニーナは店内の商品を見ていることにした。
羊羹、カステラ、饅頭、みたらし団子、色んな商品が並んでいて夕飯前なのもあるので、見ていてお腹が減ってくる。
「私、このお店初めて来たわ」
「あ、そうなの? 私ね、好きなんだよ。庵主堂の和菓子」
「いや、和菓子が嫌いやないんやけど、わざわざ食べようっちゅー機会がないねんな」
「そう。若い子ってそうなんだよ。和菓子より洋菓子に手を出しちゃうの」
「自分も若いやん……」
ごもっともなツッコミなんだけど、これでも前世の年齢+今の年齢を合わせたら四十を超えてしまうんだよね。
……ん? 前世の推しの年齢に近くなってる!? 凄い、同年代になれるのか……今の推しはまだ二十代だけど。
「なんで洋菓子が手を出しやすいんだと思う?」
「そりゃあ、ケーキ屋さんのほうが近くにあるし、あと見た目がオシャレやしね。和菓子って似たような見た目ばっかやし、あとお高いイメージやなぁ」
「うん、やっぱりそう思っちゃうよね。ケーキは色んな材料とセンスを使って素敵なものを作るけど、和菓子もね、上生菓子なんかは特に芸術作品そのものなんだよ。同じ材料だとしても四季に合わせて見た目が変わるし」
「凄いんやけどなぁ……あまり身近に感じられんねんな」
「うーん。お歳暮とか贈り物っていうイメージも強いよね。やはりもう少し若者向けに改造してもらわないと難しいかな」
どら焼きを前にしてしゃがみ込む。ケーキのような優しいスポンジ色ではないが、この茶色の生地は綺麗に丁寧に焼かれたどら焼きの皮である。
しかし、中に餡が詰まっているだけでオシャレかと問えばケーキには劣ってしまうのが悲しいところ。もちろん中身が大事なのはわかっているが、美しい洋菓子を隣にしてしまえば選ばれるのはその洋菓子が多いだろう。
「例えば、そう。和洋折衷菓子」
「?」
「和と洋のお菓子を合体させるの。例えばどら焼きに生クリームとか、チョコレート大福とか」
「あー。確かにそういうのあるらしいけど口にしたことないなぁ。でも、美味いのは確かやと思う」
「でしょ? そんな感じにしたら珍しいのもあるし、洋菓子好きの手も伸びると思うの」
「ほぅ。なかなか面白い話をしとるんやな」
後ろからしゃがれ声のお爺さんに話しかけられた。いつの間にいたのか、庵主堂のお客さんだろう。しかも話を聞かれていたらしい。
「やっぱハイカラなもんが若い子のウケがえぇんやろなぁ」
「新しいものが好きなんだと思うんですよね。庵主堂の定番な和菓子もいいんですけど、やっぱり目を引くには新しいもの、または珍しいものも欲しいところなんです」
「ふむふむ」
「ごめん、橋本さん。祖父は今出かけてるみたいでもうちょっとしたら戻るって……あ、お祖父ちゃん!?」
ちょうどそこへ水泥くんが戻ってきた……って、今私の後ろにいるお爺さんに向かってお祖父ちゃんって言った?
……つまり、庵主堂の店主?
「おぉ、恵介。来とったんか」
「えっ、えぇっ!? 水泥くん、こちらの方が庵主堂の……?」
「うん。祖父の安堂 吉次郎。庵主堂の主人だよ」
な、なんだって!? この気さくそうなお爺さんがっ!? 私、もっと気難しい人だと思ってた! いや、その前に私店主の前で失礼なこと言ったよね!?
まずい、とあわあわしてる私をよそに水泥くんとニーナは「苗字は水泥やないん?」「あぁ、水泥は父方の姓で安堂は母方の姓なんだよ」なんて話をする二人。
ま、まずは謝らないと!
「あ、あの、ご主人とは露知らず……生意気なことを申してすみませんでした……」
深々と、そりゃもう深々と頭を下げた。頼みごとをしに来たというのに何故に上から目線のことを言ってしまったのか。
いや、要望ではあるんだけど。でも、さすがにタイミングが悪い。
「ホッホッ。なぁに、願ってもないお客様のご意見や。耳を傾けるのが店の主やろ。それで、恵介。わしを探しとったんか?」
「あ、うん。そちらの橋本さんがお祖父ちゃんにお願いがあるって」
「ほぅ? こんな若い子がわしに何のお願いなんや?」
話は聞いてくれるようで一先ず安心した。とりあえず、ことの経緯を彼に伝える。和菓子体験のために力を貸して欲しいと。
「ほー……祭りごとに和菓子作りをする場を設けるんか」
「はい。もっと和菓子のことを身近に感じてもらいたいんです。お時間を取らせないように一生懸命覚えてクラスに伝えますのでお願いしますっ。もちろん、お店の宣伝もさせていただきますので!」
「カッカッカッ! 店の宣伝まで言ってくるとはなぁ。まぁ、宣伝は別にえぇ。面白そうやし引き受けたるで」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
なんと早い返事なのか。もし、駄目だって言われても簡単には諦めるつもりはなかったのだが、まさかこうもすぐに了承してもらえるとは思わなかった。
だって、凄く時間がかかると思っていたし、一分もかからずにOKが出るだなんて物凄く運がいいのでは?
「橋本っちゅーたら夫婦共々お世話になっとるからなぁ。お父さんのほうは土産屋にうちの商品を置いてくれたり、お母さんのほうは娘の友人になってくれたりとありがたい限りや。そこのお嬢ちゃんの頼みなんて断ったら罰当たりになってまうで」
お父さんとお母さんに感謝! おかげですんなりと頼みごとを聞いてくれる。これはいい成果だし、あとは私がしっかりと作り方を覚えるだけ。
「ちなみに何を作りたいんや?」
「練り切りです」
「クラスに伝授する言うてたな。せやったらわしが学校に行って直々にみんなに教えたるわ」
「えっ、えっ、いいんですか? お忙しいのでは?」
「まぁ、わしが多少いなくても何とかなるくらいには恵介の親父さんが頑張ってくれるやろ。それにどうせやったらプロの技を見てもらいたいからなぁ」
「是非、お願いします!」
これは願ってもやまない収穫である。確かに私が一朝一夕で覚えた技をクラスに見せるより、現役の和菓子職人の腕を見てもらったほうが遥かにいい。
「良かったやん、絆奈。これなら文化祭も上手くいくやろ」
「正直、一番難関だと思ってたんだけどね」
「お祖父ちゃん、ありがとう」
「なぁに。世話になっとるし、恵介の友達なら一肌でも二肌でも脱ぐに決まっとるで。それに、面白いアイデアも教えてくれたし、こっちも若い子の新しい発想を勉強させてもらいに行くわ」
水泥くんのお爺さんも乗り気なようでこっちとしてはとても助かる。
彼には連絡先を交換させてもらい、先生の許可が出てから後日学校に来てもらうことを約束した。
実は私も和菓子を作るのはもちろんのこと、上生菓子を作るのは初めてなので凄く楽しみである。




