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推しへ、推しの奥さんになる予定の人とエンカしました

 五月のゴールデンウィーク。いつもの都内にある劇場へ向かった私はすぐに席に着いて、椅子に置かれていたチラシを確認する。今回の公演チラシを見つけて、あらすじを軽く目を通した。


 今年の劇団影法師の都の公演タイトルは『道化の執行者』という法で裁けない人間を執行する殺人ピエロの話。

 何らかの理由で裁けなかったり、判決が軽くすまされた人間をピエロの面を被った男が一人ずつ執行という名の殺人を犯していく。

 そんなある日、執行した現場を一人の女性に目撃される。その場から逃げ出すも、女性は追ってきてピエロの男に感謝を述べた。「あなたのおかげで私の全てを狂わせた男から解放されました。ありがとうございます」

 その日から彼女は男の前に何度も現れる。面を付けるときも付けてないときも。

 いつしか女性がこの世のものではない者ということに気づき、奇妙な関係が生まれる。その関係が執行することしか道のなかった男に僅かな光を与えてくれた。

 しかし、一方的に執行するピエロの男には幸せな未来なんてなかったのだ。


 今回の推しの役どころはピエロ男をずっと追う熱血警察官。管轄外なので首に突っ込むなとよく怒られるが、捕まえるために自主的に深夜パトロールをする。

 それでもいつも未然に防ぐことが出来ずに、勝手なことばかりする警察官は無理やり休職させられてしまい、することがないので公園を散歩していると面の付けていないピエロの男と出会うのだった。

 熱血警察官の推しが必死にピエロ男を探しているのに、その犯人と友人になりつつあるのがまた最高なんだけど、今回は推しよりもピエロ男と幽霊の子との不器用で優しい関係性がまた良くて胸を締めつけられる。

 最後のほうでピエロ男の素性を知り、捕まえる前に死んでしまった友人の前で嘆く推しはスタンディングオベーションするくらい良かった。

 今回は悲しいストーリーだったため、終幕後の客席は拍手と鼻を啜る音で響き、私もずびずび泣いてしまいながらも恒例のアンケート記入に勤しむ。


 アンケートを提出し、いざ推しの面会へと向かうと明らかに去年より列が長く出来ていた。


(増えてる……!)


 やはりパークへ勤務している効果なのか、去年よりも彼のファンと思わしき子達が増えている。

 しかし、パークで働いていることを口外していないのに彼女達はよく見つけてくるなぁ。

 エターナルランドはいわゆる中の人というのを公表しない。テーマパークにありがちな『中の人などいない』からだ。つまりパークで勤務する人も守秘義務があり、パークで働いていることは言ってはならない契約がある。


(それにしても……パークグッズが目立つなぁ)


 去年も少しばかり感じていたが、パークを勤めてからの推しのファンにはパークグッズを身に付ける子が多いのが見受けられる。

 まぁ、別に悪いわけではない。決まりもあるわけではないから悪いことではないのだが、劇団の中でパーク勤めは推しだけ。……だから、推しの列だけパークグッズを身に付けた人が圧倒的なので異様な光景なのだ。

 それになんか匂わせてる感じがして……いや、普通はわからないだろうけど、わかる人にはわかるから! これじゃあ何のために推しが口外してないのかわからない!

 前世でもよくこの光景でもやもやしていたけど、やはりこればかりは本人達のマナーに関わるんだよな……。なんていうか、パークの推しも知ってますよ! っていうアピールが強くて苦手である。

 軽く溜め息を吐いて面会に並んでいたらいよいよ私の番になった。


「お疲れ様ですー」

「あ、絆奈ちゃん。今年も来てくれてありがとう」

「今年は凄い熱いキャラでしたね。一番声量があった分大変だったんじゃないんですか?」

「そうだね。普段あそこまで大声出さないからそれはそれで楽しかったよ」

「そうなんですね。あ、こちらいつもの差し入れです……」

「ほんと律儀だよね、いつもありがとう。あ、そういえば絆奈ちゃんあの日誕生日だったよね。会えて良かったよ」


 推しよ、何故私が口にしないようにしてるパークの話を持ち出すのか。守秘義務があるでしょ!?


「え、えぇ……先日はどうもありがとうございました」

「あの日は午後勤務だったから一応前日にも絆奈ちゃんにまた明日って伝えてみたんだけど、気づいてくれて安心したよ。しかも誕生日だったから僕も嬉しくなっちゃって」

「あの……そういう話はここでは、ちょっと……」


 いくらパークとは口にせずとも他のファンの耳に入れば気づいてしまう可能性がある。そうなれば、舞台の話よりパークの話ばかりしてしまう恐れがあるだろう。ここは劇団の舞台なのでパークの話はせずに舞台の話をしてほしい。


「じゃあ、お昼ご飯のときにでもまたお話しようか」

「い、いえっ、ほんと、そういうのやめましょっ」

「友達なのに?」

「今はファンと俳優です……」

「うーん……なかなか頑固だね。あ、そうだ。ちょっと絆奈ちゃんに意見を聞きたいことがあるんだけど」

「え?」

「今度、新しいパレードのオーディションがあって受けようかどうしようかって」


 その話を聞いて混乱した。推しがパレードで役を得るのはもう少し先だったはず。暫くは精霊グリのみやっていたのにまさか早々にノーム役を担当する可能性があるということなのだろうか?


「う、受けましょう! もし、出来るのならノームがいいです!」

「ほんと? じゃあ受けてみるよ」

「はい、ありがとうございます!」


 簡単に引き受けてくれたのが嬉しくて思わず心の中でガッツポーズをした……が、そうじゃない。そうじゃないんだと私はハッとする。


「……じゃなくて! そういう話もダメですってば!」

「それじゃあ……」

「あ、写真! そうだ、写真お願いします!」

「えっ」

「はい、チーズ! ありがとうございましたー!」

「え、またこのパターン!?」


 間髪を容れずにパーク内の情報を漏洩するし、お昼ご飯を共にするつもりだったらしい推しは本当に友人ポジションでいるつもりなんだろう……。

 しかし、さすがにもうそんなことはさせられない。私は急いで推しのワンショだけ撮って、面会を無理やり終わらせた。


 もうあるとは思えないけど、お昼ご飯をするお店が推しと再び一緒にならないように私は東京駅で昼食をすることに決めた。さすがにここでのエンカはない。


「……お寿司さんいいなぁ」


 主要駅だからか、やはりピークを過ぎても人はあちこちいる。そんな中、駅構内にあるお食事処が集まったエリアにてカウンターでお寿司を食べる回らないお寿司屋さんを前に足を止めた。

 今ならまだギリギリランチの時間でランチセットとして少しお安めにお寿司が食べられる。

 せっかくだからいいお寿司を食べたいので、私は暖簾をくぐり、入店した。

 ちょうど他の女性客の隣に一席空いてるらしく、カウンターの端に座ると、すぐにランチセットを注文。


「……はぁ」


 それにしても推しはいつまで兄のつもりで接するのだろう。こちらとしてはどう対応したらいいかわからない。


「どうしたの? 悩みごと?」

「えっ? ……!?」


 唐突に話しかけられびっくりした私は慌てて隣の女性へと顔を見やれば、更に言葉を失ってしまった。

 モデルのような足の長さ、透き通るような声、誰もが二度見をしてしまうほどの美しさ。そんなハイスペックな人を私は知っている。


(雪城 愛歌……!!)


 えっ? うそ? 推しから遠ざかったと思ったら雪城 愛歌とエンカしちゃうの!? なんで!?


「あぁ、驚かせてごめんね。ただ純粋に悩みなら聞いてあげようかなっと思っただけよ。私、子ども好きだから」

「そう、なんですね……」

「えぇ、だから話せるなら言ってみて」


 あなたの未来の旦那さんについてなんですけど! とは、さすがに言えない。しかも初対面で推しのことで悩んでいるなんて言えるのか?


(……でも、凄く期待した目でこちらを見てくる)


 子ども好きというのは初耳だけど、溜め息を吐いてしまった手前、気のせいですよなんて言えないので、とりあえず話すだけ話してみようか……。


「……実は、応援している役者さんがいまして……」


 全て雪城 愛歌に話をした。デビュー前から偶然彼にお世話になったこと、デビューしたのをたまたま(という設定で)知ったということ、それから一番のファンになったのだけど、推しが子ども扱いする上に役者とファンの距離を取ってくれないこと、それを伝えてやめるように促しても友達という関係を提案されたこと、などなど。

 そうしているうちにランチセットのお寿司十貫握りと赤だしが届いた。


「驚いちゃった……まだ子どもなのにしっかりした子ね。確かに役者とファンの距離感は大事だわ。贔屓をしているって思われても仕方ないし」

「で、ですよね!」

「そもそも友達って言われても困るわよね」

「そうなんですっ! 私はただのファンでいたいのに、そんな見返りが欲しいわけじゃなくて……」


 雪城さんめっちゃわかってくれる……。そうなんです。私、困ってるんです!


「ていうか、もう関係者枠で扱うべきよ」

「えっ」

「そうすれば面会でも堂々と話せるし、何なら面会出来なくなった場合は客が捌けてから挨拶出来ちゃうから周りを気にすることもなくなるわよ」

「い、いえ! 私は普通のファンでいたいんですっ! 関係者なんてもってのほか!」

「じゃあ、役者とファンの距離が一定になる方法教えましょうか?」

「なんですか?」

「きっぱりと役者の舞台に行くことも手紙を書くこともやめること」

「えっ……それは……」


 つまり推し活動をやめるということ。それは、さすがにそれは出来ないことだった。


「近い役者の距離を取るには自分から離れなきゃいけないのよ。だってファンの子が手紙や面会や舞台にまで来てくれるってことは役者にとって嬉しいことでもあるし、回数を重ねたら距離も近くなってもおかしくはないの。もちろん、役者によるわよ。こんなことを言うのもあれだけど、沢山お金を落としてくれるファンはもちろん大事にしたいわ」

「で、でも、私は全通とかしてないのでそんなにお金落とせてないです……」

「駆け出しの頃から応援をしててファン第一号なら役者は大事にしたいものよ」

「私は別に……」

「……なるほど、本当に役者と関係を持ちたいとは思わないのね。それもそれで珍しいわ。こんなに純粋に応援してくれるのだから」


 すみません……不純なんです。推しの作品は全部観たいし、推しカプをしっかりじっくり拝見したいだけなんです……。


「でも、その様子からして自分から離れるのは無理そうね。だったらいっそのこと受け入れるしかないわよ。一度近くなったものはそんな簡単に離れられないんだから」

「それでは推しに変な噂が立ってしまうんです……」

「……人より目立つ職業ってね、どこでも嫌な噂はあるものよ。多かれ少なかれ、真実でなくてもね」


 一瞬、雪城さんの顔が憂いていた。確かに彼女にも嫌な噂は色々聞く。そんな人の言葉はどこか重く感じた。

 しかし、すぐに彼女の表情は明るいものに変わる。


「でも、あなたは子どもながらしっかりしてるし、役者の恋人になりたいとかじゃなかったら大丈夫よ。むしろ相手の厚意とかを断り続けるほうが失礼なものなんだから子どものうちに甘えておくのもいいわよ」

「甘え……」

「まぁ、その役者は役者の心構えがちょっと足りないけど、成長していくうちに理解はするでしょうね」

「そう、ですかね……」

「話を聞く限り私は大丈夫だと思うわよ。危なくなったら何がなんでも離れることだけど」

「危なくなったら?」

「例えば……ホテル街に連れて行かれたり」

「そ、それは絶対ないです!」


 むしろそれは地雷案件!! しらねや派だから! というか、推しの好みが目の前の人ということを考えても絶対にない!!


「あなたの求めるような答えではないけど、あなたがしっかりしてるから私は大丈夫だと思うわ」

「いえ、ありがとうございます、雪城さん」

「えっ?」

(あっ!)


 し、しまったーー!! 名乗ってないのに名前を呼んでしまった!!

 思わず口元に手を当ててしまい、雪城さんの目付きが少し鋭くなる。


「私のこと知ってる子だったのね?」

「あ、あのっ! 一方的に存じ上げていただけでして! でも、このお店に入ったのはたまたまなんです! 決して尾行して入ったとかそんなんじゃなくて……!」

「ふふっ、わかってるわ。そう言うと逆に怪しくなるわよ」

「うっ、すみません……」

「でも、私を知ってるってことはあなたの追ってる役者は私の知り合いか、またはパークのアクターかってことね」

「仰る通りです……」

「こんな役者思いの子がファンだなんて羨ましいわ。私もあなたみたいな可愛い子のファンが欲しいもの」

(わ、わっ……!)


 小さく笑いかけるように顔を覗き込んで、私の髪を耳にかけるよう撫でられてしまい、思わずドキッとしてしまう。何だか恥ずかしくなってきた。


「さて、私はそろそろ行くわ。お食事の邪魔をしてしまってごめんなさいね」

「い、いえ、こちらこそ本当にありがとうございました!」


 会計を終え、席を立った雪城さんは優しく微笑みながら手を振って店から出て行く。最後までぺこりと頭を下げて見送ったあと、緊張もあってか早くなる心臓の鼓動は暫くは止まらなかった。

 それにしても本当に綺麗な人だった。しかも優しかったし、素敵だし、あれは女性も魅了されてもおかしくはない。


(……結局、推しとはどうすればいいのだろう)


 面会でお昼ご飯を誘うような人だから……さすがにそこまで受け入れるのは苦しい気がする。でも、断り続けるのも失礼って言われると……一度は頷くべきなのだろうか。

 結局、来年また考えようと美味しいお寿司を食べることにした。


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