推しへ、未来の奥さんと推しの過剰サービスで死にそうです
「「絆奈、誕生日おめでとう!」」
「ありがとう!」
朝目覚めて、すぐに両親から誕生日のお祝いの言葉をもらった。携帯を確認すれば水泥くんとニーナからも誕生日祝いのメールが届いていたのであとでゆっくり返事をしよう。
八月三十日。エターナルランド旅行二日目。本日、私の誕生日でもある。
気持ち早く起きて準備を終えた早々に朝食を食べるため、朝食会場となるブッフェ式のレストランへと向かった。
『ウィザードシェフ』ここのレストランはブレックファスト、ランチ、ディナー共に毎シーズンテーマを変えながら行うブッフェスタイルのレストランで、オーナーシェフが魔法使いでもあるという設定。
今シーズンのテーマは『サマー&フラワー』夏と花をテーマにした食事が用意されている。
例えばエディブルフラワーを使い、ビオラやバラ、パンジーなど色んな花をあしらったサラダや生春巻き、いなり寿司、パスタなどに乗せたりしていた。
他にはサーモンを薔薇の形にしたりというユニークなものもあれば、バラジャム、ハイビスカスティー、もちろんデザートにもエディブルフラワーのゼリーやケーキなどもある。
夏のテーマには主に旬の食材を使っていて、ゴーヤ、トマト、ナス、アジ、アユ、桃、スイカなどなど。
朝食なのでそんなに色んな種類が食べられないのは残念だけど、何を食べても美味しいので朝から幸せを噛み締める。
桃のジュースとか朝から飲むのは贅沢に感じちゃってつい二杯分も飲んでしまった……。
食べ過ぎないように注意をしながら二日目のインパの準備をする。たった一日ではあったけど、いいお部屋だったなぁ。
前世ではレストラン系はよく利用したけど、ホテルは常に安値を探して泊まっていたからとてもリッチな気分だった。
支度を終えてチェックアウトした私達は荷物を預け、いざ入国へ!
ゲートを潜り、ガイド役の導きの人に今日自分が誕生日だということを伝えた。そうすると、バースデーシールをいただくことが出来る。
少し子どもっぽいのだが、誕生日インパはなかなか出来ないので見えやすいように胸元の服の上からシールを貼り付けた。
バースデーシールはランダムで二種類。ケット・シーのケートとクー・シーのクーリュの絵柄がある。今回私が貰ったのはケートの方だ。
さて、準備はばっちりだと意気込み、早速精霊グリに推しが出勤しているか確認する。
「……いない、かな」
どうやら今日のサラマンダーは推しではない。やっぱり休みかな、ちょっと残念だなぁ。まぁ、休日ならば仕方ないので考えを切り替えなければ。
さて、最初はどこに行こうかとマップを広げて、決めたのは恐怖の魔女の森エリア。
一番に向かったアトラクションは『グローリーキャッスル』
このアトラクションは廃城となったグローリー城を馬車に乗って一周する観光ツアーというものなのだが、実は馬車は呪われており、引いていた馬も幽霊なのか途中で消えて、勝手に馬車は走る。
そしてグローリー城内まで侵入すると、そこは幽霊のオンパレード。あの手この手で馬車に乗ったゲストをあちら側へ連れて行こうとする。そんなホラーアトラクションである。
アトラクション内は脅かし要素もあり、小さい子には勧められないが、大人でもなかなか恐怖を覚えるもので、お父さんなんて驚きまくっていた。
そんなアトラクションを終えて、馬車から降りるとお父さんはお母さんの腕を掴みながらブルブル震えていた。
「……昨日乗ったウォーターライドより怖かった」
「あなたこういうのもダメだったわね」
(お父さん、なかなかにいい反応してくれるなぁ)
「絆奈、次はどこ行きたい?」
「……休憩させてくれぇ……」
小声で要求する父にやれやれと思いながらも、アトラクション以外のものにしようと時間とショースケジュールを確認する。
「あっ。それじゃあ、あれが見たい! アクア・リズム・スプラッシュ!」
魔法の大噴水エリアで行われている水上ショーのアクア・リズムの夏バージョンであるアクア・リズム・スプラッシュ。パークオタクの通称アリスは通常より飛び出る噴水の水量が多く、水浴びパレードとは違い、小雨ほどの水を浴びることが出来る。
ガッツリ濡れるのが嫌いな人にとってはオススメだし、しかも通常はアクターやアクトレスを使わないこの水上ショーに夏だけ特別にウンディーネが登場して更に盛り上げるのだ。
これならお父さんもゆっくり見れるだろうから問題はない。
ショー開始十分前くらいに到着出来たけど、やはり夏休みだから人は多い。でも、高く吹き上げる水上ショーを見る分には何も不満はなかった。
暫くするとどこからか女性の声が響き渡る。
『皆々様、本日はようこそエターナルランドへ起こしくださいました。私、ウンディーネがこの照りつく光の元にお集まりいただいた皆様のために、美しい音楽と素晴らしい水の舞を少しアグレッシブにお見せしたいと思います』
その声と共に大噴水を囲うように設けられたステージの上に彼女は立つ。興奮で気持ちが昂る……はずだったのに、彼女を見るや否や今までの気持ちが吹き飛んだ。
何故ならばウンディーネのアクトレスを見て私は思い出した。
推しを幸せから遠ざけた原因。雪城 愛歌がパークのアクトレスだということ。そして、推しの結婚相手であり、離婚する未来があること。
推しの悲しい運命がこの先に控えていると思うと胸が強く締めつけられた。冷や汗も吹き出してしまう。それほど、私は雪城 愛歌が苦手なのだ。
雪城 愛歌は寧山 裕次郎の五歳年下。二人はパークで出会い、付き合い、結婚する。あと六年後にはそうなるだろう。
しかし、噂ではその子どもは寧山の子ではなく、付き合い当初から二股していた相手の子であるという話。
確証がないので何とも言えないが、推しがSNSで顔を隠さずに誤爆して子どもの顔を晒したことがあり、それを見た人達の間ではどうも推しに似ていないのだという。その写真はすぐに消されたけど密かにファンの間で囁かれ続けていた話だ。
某掲示板では雪城 愛歌は別の男とホテル街に行く姿を目撃したという書き込みもあるが、真偽は不明である。
証拠のないものを信じるのは良くないことなのだけど、不安要素しかないし、結果的に前世では離婚しているのが真実。
もちろん、離婚の原因は知らないから全て憶測だし、もしかしたら平和的に決めたのかもしれないから幸せじゃないと決めつけるのも良くない。良くないのだけど……。
(そのあと、明らかに演技の質が落ちた……。推しが動揺しているのは間違いない)
前世では四十代を迎えてもとても若く見えていた。もちろん今の彼女は二十三歳なのでもっと若いのだけど。
モデルのようなスタイルの良さ、歌姫と呼ばれる歌唱力、誰もが一度は見惚れてしまう愛らしい笑み、スペックが高い故に強い批判も浴びることもある。それでも彼女は媚びることはない。
このままでは推しはバツイチになってしまう。一体どうすれば推しが幸せになれるのか、全く思いつかない。
雪城 愛歌と寧山が付き合わなければいい? でも、それを私がどうすることも出来ない。それにあんなにもハイスペックな人を選ばない人いる? 無理みが強い。
「絆奈。……絆奈?」
「あっ! な、なに?」
「もう、ショーは終わったわよ」
お母さんに声をかけられて急に現実に戻された。ハッとした私の目の前にはショーが終わり、人が散り散りになっている様子が。
「あ、あはは。つい見蕩れちゃった」
「確かに綺麗な人だったなぁ。お父さんも目が離せなかった」
「あらぁ? 水のショーより綺麗な女性しか目に入らなかったって?」
「い、いや! そういうわけじゃないからな!?」
(お父さん……)
その後、他のアトラクションにも乗ったりしたけど、ふとしたときに雪城 愛歌のことを思い出して楽しめることに集中が出来なかった。
別の人とくっつくのがいいのかもしれないけど、彼女以上の人なんていなくない!? 白樺 譲が攫ってくれたらいいのに! でも推しは白樺より先に雪城 愛歌と出会っちゃうから!
そんな感じで考えごとばかりしていたら、気づけば帰る時間が近づいていた。そろそろ帰ろうかという父の言葉に頷き、エントランスへと向かう。
精霊グリは相変わらず人気があり、ふとサラマンダーのアクターは誰かなと無意識に確認すると……。
「!」
推しがいた。てっきり早番かと思っていたんだけど、まさか午後からだったとは。
「絆奈? どうしたんだ?」
「あ、待って! 最後にサラマンダーのグリーティングがしたい!」
「昨日したとこじゃないか」
「でも、今日は誕生日だからお祝いしてもらいたいの!」
そう。今日は私の誕生日。キャストしか誕生日を祝ってもらえてないんだ。バースデーシールだってついてるんだし、アピールしたいし、推しからのお祝いの言葉も欲しい。
「それもそうね。あれくらいならまだ新幹線には間に合うでしょ」
「ありがとう、お母さん!」
許可をもらえたところでサラマンダーグリに並び始める。昨日よりかは待ち時間が少なく、すぐに推しと再開することが出来た。
「お。来たな」
「よ、よろしくお願いします!」
昨日と同じように推しが近づいて来た状態で家族と一緒の写真を撮ってもらった。肩に置かれる推しの手が汚れたりしないか心配にはなる。
「ありがとうございました」
「ん? お前、今日が誕生日なのか?」
「あ、はいっ」
「そうかそうか。誕生日おめでとう! よし、それなら特別に俺様ともう一枚ツーショットで撮ってやろう」
「えっ、は、えぇっ!?」
いやいや。今なんて? 誕生日だからもう一枚撮るのはまだいいとして、ツーショット!? 推しと!? 待って! 面会でもツーショは避けてるのに!? 家族と撮るならまだいいけど、ツーショなんて夢女子みたいだし、自分が邪魔だから地雷なんです!!
「いや、あのっ」
「ほら、カメラを見ろ」
「ではいきますよー。はい、チーズ!」
お断りをしたいけれど、そんな雰囲気ではないし、せめて家族と撮りたいと申し入れようとするも無理やりカメラの方へと身体を向けられた。
肩に腕を乗せられてしまった私は固まってしまい、そのままキャストさんの合図により推しの顔を見ることなくカメラを見つめる。
シャッターの切る音が聞こえて、上手く笑えたか分からないまま撮影が終わった。
「よし、いい誕生日になったか?」
「は、はい」
「じゃあ、またな」
にっこりと笑った表情をする推しはサラマンダーではなく、紛れもなく推しの顔であった。いや、待って待って待って! その顔いいけど! 今のあなたはサラマンダーだから! 中の人出さないで!! でも、ありがとうございます!!
もう、雪城 愛歌のことはすっかり頭の中から抜け落ちてしまったが、いい誕生日の締めくくりにはなった。ありがとう、推し……私は幸せです。だからこそ推しにも幸せになってもらいたいんです。
あぁ、神様。どうすれば推しが幸せになれる人生を送れるのでしょうか。そのためなら私は何でも頑張りますから……。




