推しへ、閉店回避に翻弄される一方で推しは友人達に不評です
「うぅ……」
「絆奈ってばどないしたん?」
「橋本さん、いつもゴールデンウィーク明けはこんな感じで……」
ゴールデンウィークが明けて、教室では机に項垂れる私の周りに最近名前呼びをし合える仲になったニーナと、もはや恒例行事だと割り切って苦笑いする水泥くんがいた。
唸り声を上げる私の状態を水泥くんが丁寧にニーナへ説明する。
「ふーん。絆奈は毎年ゴールデンウィークにその新人役者を追ってるんやね。せやけど、相手の距離感がおかしいと……」
「それで、今年はどうしたの? 一推しの役者さんとまた何かあった?」
「……役者とファンの距離を取ってって言ってるのに、それじゃあ、お友達としてよろしくねって……」
「……」
「……」
「役者とファンの距離ってどんなんだっけ? って、思うようになってしまって……もしかして、私がおかしいのかな」
「……なぁ、絆奈。それ、ほんま大丈夫なん? その役者危なない? ロリコンなんちゃう?」
「なっ!?」
「いや、さすがにそれはないよ……私中学生だし」
前世で結婚したお相手さんは美人さんだったし、そんな要素は見られない。
「妹のような存在で親族みたいな気持ちなんだって……」
「そんなん何とでも言えるで。女子中学生なんて大人からしたらブランドもんと一緒やし。こっちがどんなに言うても引き下がらんのやから怪しいわ。女の子を手玉に取って弄ぶような奴ちゃうん?」
「そ、そうだよ、橋本さん。危険だよっ」
「あはは、心配してくれてありがとう。さすがにそういう目では見れないから大丈夫だよ」
「いや、絆奈が大丈夫でも話を聞く限りめっちゃヤバそうなんやけど」
「橋本さん、女の子なんだからもう少し危機感を持った方がいいよ……」
うーん。推し、危ない人扱いされてしまってるな。いや、仕方ないのか?
「今度はまた来年のゴールデンウィークに行くん?」
「来年の公演が決まればそうなるね。……あ、でもその前にインパするのが決まってて……」
「インパ?」
「あ、インパーク。パークに行くって意味」
「つまり……エターナルランドに行くの?」
「うん、夏休みに」
「その推しっちゅーのが出勤してたら絆奈は会いに行くってことなん?」
「推しなので……精霊衣装を纏う姿は見たいよね!」
精霊グリでの推しは火の精霊、サラマンダーの役なんだよ。それがまためちゃくちゃ格好いいんだよね。だから出勤日が被ることを祈るしかない。
……来るときは出勤を調整するから教えてって推しが言っていたのを思い出すが、そんなこと出来るわけないし、情報流出をしてはいけないのだ。
「……とりあえず気をつけるんやで。めっちゃ言い寄られてるんやし」
「……」
「あはは、私これでも精神年齢は高いんだよ。ちゃんと注意するよ」
二人には訝しげな表情をされてしまったが、前世分生きてきた私にとっては精神年齢が高いというのは嘘ではない。
その日の夕飯のこと。お父さんが「報告がある」と神妙な面持ちで口にするので何かあったのかと思わず息を飲む。
「新しく陳列するお土産のことだが、試験的ではあるが庵主堂の和菓子を少し置かせてもらうことにした」
「本当!?」
「会議で頑張ってプレゼンしたんだぞ」
「お父さん凄い! さすが!」
「まぁ、決め手は味だったんだがな。あんこがしつこくない甘さで饅頭やどら焼きはその生地も美味しくて茶にも合ったし」
「水泥さんの奥さん、最初はお土産屋に出させてもらうのを凄く恐縮してたんだけどね、そこはお母さんが庵主堂の店主もひっくるめて説得したのよ」
「お母さんも凄い!」
これはいい流れだ。庵主堂の味はいいんだから広めてもらわないと!
しかし、それでもまだ不安要素は残るわけなんだけど……。土産屋に委託するだけでは足りない気がする。
客足が遠退いていく本店そのものもどうにかしなければ。じゃないと可愛い弟分の水泥くんが路頭に迷ってしまう!
「お母さん」
「なに?」
「水泥くんのお母さん、お店での悩みとかなかった? 売上があまり良くないとか……」
「うーん。まだそういう話は聞いてないわね。旦那さんが一生懸命跡継ぎのために頑張ってるのは聞くんだけど」
「そうなんだ」
とりあえずまだ大丈夫なのかな? しかし、油断はしていられない。もしものこともあるので今のうちに対策は練っておかねば。
「それにしても絆奈ったらそんなに庵主堂がお気に入りなのね」
「だって、潰れたら嫌だもの! だからもし、庵主堂の危機があればお母さん教えてね! 私、何とかしたいから!」
「絆奈がここまで言うとは……」
「まぁ、お友達のお家でもあるからね」
でも、こうなるのなら前世でもっと庵主堂のこと知っておけば良かった。客足が少なくなったのはいつ頃なのかとか、お客に来てもらうため何かしたのかとか。
やはり原因は近隣が洋菓子店ばかりなのもあるのかもしれない。
人は新しいもの好きだからお洒落なお菓子や創作性のあるケーキが陳列する洋菓子屋さんの人気はなかなか覆せないだろうけど、創業から和菓子一筋で何十年も頑張ってる和菓子屋さんもいいのになぁ
ん? 和菓子一筋……。そうだ、和と洋を取り入れたらいいんだ。確か、前世でもチョコレート大福とかドライフルーツ羊羹とかあったもんね。
だからあえて洋のものを取り入れて少しでも普通の和菓子屋と差別化を図り、注目してもらうのはどうだろうか。
時代が変わり、常に新しいものを取り入れなければ生き残れないのがまた悲しいんだけど。味は美味しいんだからまずは食べてもらわなきゃ始まらない。そのため、人の目を引くような新しいものを生み出さないと。
あとは……写真映えを狙ったり? 上生菓子とかそりゃもう美しいし。でも、やっぱり高級な生菓子だから敷居が高いかな。私でもそんなに口にすることないし。
和菓子は洋菓子に比べてお洒落な見た目というのは難しいなぁ。うーん。結局私一人があれこれ考えても庵主堂には伝わらないし、かと言って生意気に改善要求なんて出来ないもんね。
(とりあえず今は庵主堂の内情についてはお母さんからの情報を頼りにして、売上低迷の気配があったら提案してみよう)




