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推しへ、浴衣のお礼に行きました

 夏休みも終盤に入った頃、私は母と共に水泥邸へとやって来た。

 この間、水泥くんのお母さんから浴衣を借りさせてもらったことを母に話したら「せっかく出来たお友達なんだからお礼をしなきゃいけないわ!」と言われたので訪れたわけである。

 母の手には菓子折り。やり過ぎなのでは? と、思ってしまうが、本来ならば着させてもらった浴衣をクリーニングして返さなきゃいけなかっただろうし、それくらいしてもおかしくはないのかもしれない。

 水泥くんのお家を見て少し緊張したお母さんがインターホンを押す。暫くして水泥くんのお母さんが出て来た。


「あら? 絆奈ちゃん? 今日、遊ぶ日だったかしら?」

「あ、いえ。今日はお礼に……」

「初めまして、橋本 絆奈の母、瑞希と申します。以前、娘がお世話になったそうなので本日はそのお礼に参りました」

「そんな、お礼だなんて。こんな暑い中わざわざありがとうございます。よろしければうちに上がってください。絆奈ちゃんも良かった恵介と遊んで行ってもいいわよ」

「ありがとうございます」


 事前に挨拶に伺うという話をしていないにも関わらず水泥くんのお母さんは優しく自宅へ招き入れてくれた。

 お母さんと水泥くんのお母さんは二人で話をするとのことで、私は二階にいる水泥くんの部屋へと向かう。

 扉の前でノックをすると、中から「どうぞ」と部屋主の声が聞こえたのでドアを開けた。


「こんにちはー」

「えっ、え!? 橋本さんっ!?」


 夏休みの宿題中だったのか、勉強机に座っていた水泥くんが私の顔を見ると驚きに声を荒らげた。


「な、なんで……?」

「あはは、ごめんね。お母さんがこの間の浴衣を借りさせてもらったお礼がしたいって。今、下で水泥くんのお母さんとお話してるの」

「そう、なんだ。びっくりした……」

「もしかして忙しかった? 邪魔になるなら下に行っとくよ」

「あ、いや、全然! むしろ来てくれて嬉しいよ」


 勉強机から席を離れて部屋の真ん中に置いてあるテーブル前へと移動すると、私も向かい合うように腰を下ろす。


「本当に大丈夫? 夏休みの宿題中じゃなかった?」

「宿題はもう終わってるんだ。もうすぐ学校が始まるし、予習してただけだから」

「水泥くん偉いねー! それじゃあ、中学はもっと頭のいい学校に行くの?」

「ううん。中学は橋本さんと一緒の近くの学校だよ」


 あれ? 確か水泥くんは前世だと中学は別々だったはずなんだけど。でも、中学校は他の小学校と合体しただけなイメージだからむしろ同じ中学じゃない方が珍しい。

 ……もしかして、前世ではずっと虐められていたから、中学は同じ小学校の子がいない所に選んだのかな。

 しかし、現世では私が庇ったので虐められる心配がなくなったから、中学も別の学校にする必要がなくなったといったところなのだろう。


「そうなんだ! じゃあ、中学もよろしくね」

「うん」


 しかし、こんなに人間関係が変わると、その影響もガラッと変わるんだなぁ……今更だけど。

 それにしても、三年の頃は私の方が身長少しだけ高かったのに今では水泥くんの方が若干背が高い。恐らく、中学に入ると成長期もあってもっと伸びるのかもしれない。


「あ、そういえば橋本さんは中学に入ったら部活はどうするの?」

「部活……」

「中学もパソコン継続?」


 そういえば中学にもパソコン部があったなぁ。前世では美術に入ってたけど、あれも結構自由で楽しい空間だったし、何より初めての腐友達が出来た場でもある。


「中学は美術部かな」

「美術、部?」


 驚いた表情をしながら何故と言わんばかりの顔をする水泥くん。確かにそう思われても仕方ないかもしれない。

 でも、パソコンは大丈夫。中学に入ったら携帯を持たせてくれるようになるし、パソコンもお父さんの仕事用ではあるけど、使えるようになるからパソコン部に固執しなくていいんだよね。


「あ、中学になったらお父さんが家でパソコンを使うらしいからもうパソコン部はいいかなって」

「そうなんだ。それで別の部活にしたんだね」

「絵描くのも好きだしいいかなって。水泥くんパソコン部なの?」

「……僕も美術部にしようかな」


 おや? まさか中学も一緒の部活? 水泥くん、私に合わせなくてもいいのに。好きなことしたらいいんだけど、大丈夫かな?


「水泥くん、私に気を遣わなくてもやりたいことがあればそっちにしてもいいんだよ?」

「ううん。橋本さんと一緒の部活だと楽しいから」


 なるほど。確かに友達と一緒の部活なら楽しいし、続くよね。それに水泥くんはいまだに私以外の友達が出来てないので私がいない部活には抵抗があるのかもしれない。

 うーむ。はたしてこれでいいのだろうか。水泥くんはいい子なんだけど、社交性がない子に育たないか心配ではある……が、水泥くんは頭もいいし、前より明るくはなっているから、これからまた成長するよね。私の弟分だもの。


(それに水泥くん……モテそうなんだよなぁ。前髪が長いからちょっと目元が見えにくいけど、短くしたらきっと女子が放っては置かない気がする)


 まじまじと見ながら女子に囲まれる水泥くんを想像してみるが、慌てふためいている様子がすぐに浮かんだ。


「……? 橋本さん?」

「ん? あぁ、ごめんごめん! 中学になったらどうなるかなぁって考えてたの」

「気が早いよ」

「えへへ」

「そうだ、パソコン触る?」

「あ、いいっ?」


 自分から言い出すのを躊躇っていたけど、水泥くんから切り出してくれたのでパソコンを借りることに。

 まぁ、見るのは劇団のブログと推しのブログだけなんだけど。しかし、今回はそんなに更新が多くなかったのですぐに終わってしまった。


「ふむ、今日は少なかったなぁ」

「もう終わり?」

「そうだね、ありがとう」


 まぁ、仕方ない。そういうときもあるある。そもそも推しはこまめに更新する人じゃないし。


 そのあとは最近読んだ本の話や宿題について話をしていたら、お母さん達がやって来てそろそろ帰る時間だと告げられる。

 時間も確認していなかったので外を見てみれば、いつの間にか夕方になっていたことに気づき、水泥くんの家を出ることに。

 帰り道に母から話を聞いたら、水泥くんのお母さんと話が弾んだようで、所謂ママ友になったらしい。何でもお互いの子どもが初めての友達だから二人とも嬉しかったとのこと。……それについては申し訳ない。小学生の子とは話が合わない中身だからつい……。


 その日の夕食のこと。お父さんが何か悩んでいるらしく難しい顔をしていた。


「あなた、どうしたの? お仕事で何かあった?」

「んー……。いや、新しいお土産を増やしたいと思っているんだが、何にしようかと思ってな……」

(お土産……)

「お土産のジャンルは?」

「お菓子関連だな。売上が一番いいんだ」


 何となく前世の記憶を思い出した。確かにお父さんはお土産品で新しく増やそうと悩んでいたことを。

 その頃の私は父の仕事の話はあまり聞いていなかったのでその後どうなったのかはわからない。けれど、今なら確実にチャンスだと思った。


「お父さん! お土産のお菓子なら庵主堂をオススメします!」

「庵主堂? 確か、商店街にある和菓子屋さんだったな」

「あそこの和菓子はどれも美味しいから新しいお土産に入れてほしいの!」


 十数年後に客足が遠退いて閉店する未来がある庵主堂。それを阻止するには地元だけではなく、もっと他の人の目に触れてもらわなければならない。

 お父さんのお土産屋さんは一番人が集まる駅近に構えている。そこならば地元以外のお客さんの手にも取ってくれるはず!


「洋菓子で考えていたんだが、和菓子か……」

「もしかして、和菓子って沢山あるの?」

「いや、売れ行きを考えたら洋菓子が多いからな」

「それじゃあ、やっぱり和菓子も入れていいと思うよ。外国のお客さんも将来的には増えていくわけだし、洋菓子も美味しいけど、日本と言えばやっぱり和菓子も伝統的なものなんだよ。だからこそ推したいし、庵主堂の和菓子をもっと色んな人に知ってもらいたいの!」

「凄い推してくるな……。うーん、まだ何とも言えないが候補に入れておくのもいいかもな」


 ぐっ。中身が大人なのにプレゼン能力が低すぎる。全然父の理解を得られない。


「でも、絆奈の言うことは私も賛成よ。庵主堂のお菓子、私も好きだもの。それに今日ね、庵主堂の娘さんにご挨拶したのだけど、お店も商店街にしか構えていないそうで。それだと地元の人しか知らないのも勿体ないのよね。せっかくだから地域銘菓のアピールもしてみたらいいんじゃないかしら?」

「そうか……」


 お? お母さんも推してくれてる。これは少しお父さんも本気で考えてくれるのでは? やはり説得力のない子どもの言い分より、お母さんの言葉の方が強い気がする。


「お母さんもこう言ってることだし! 庵主堂をよろしくね! お父さん!」

「前向きに検討してみるよ」


 ……その言葉を聞くと、なあなあにされてるみたいであまり期待出来ないんだけど。

 しかし、庵主堂閉店阻止計画のために私は諦めるわけにはいかないのだ。


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