推しへ、初めて友達と夏祭りに行きました
早速、パソコンを立ち上げて、検索ワードで推しの名前とブログを打ち込んでアクセスする。
椅子に座る私の後ろには水泥くんもパソコン画面を覗き込んでいた。……人に見られるのは少し恥ずかしいが、別に同人サイトを見るようなやましいことではないのでそのまま続ける。
「ねやま ゆうじろう……って人が橋本さんの好きな人?」
「好き……って、いうか……まぁ、そうかな。応援したい人なの」
「ふーん……」
見ていなかった分のブログを纏めて見るが、三つくらいしか更新していないのですぐに終わった。
内容は美味しかったお店のご飯や、道中見つけた野良猫の話とか。……そんな日常を綴ってる推しが尊い。
それに前世より早いブログ開設なので全てが新しい供給である。
「この人、ゴールデンウィークに舞台に出てるだけ?」
「そうだね、今はそんな感じ。でも、今年事務所に入ったから他のお仕事もすると思うんだよね」
「違う舞台に出るとか?」
「それもあるし、推しの事務所はテーマパークのアクターとしても活躍してるからそっちに出る可能性もあるね」
まぁ、近々エターナルランドのアクターになるんですけどね。確か、最初はエントランスでの精霊グリでデビューするんだよなぁ。
パークでの推しには会いたいけど、まだ年間パスを買える身分でもないし、さすがにギャンブルがすぎる。
適当な日に行って、もし推しに会えなかったら一人でパークを回るしか出来ないし、大人ならまだしも子どもでそれは少し悲しい。
……自分が子どもなのが恨めしいな。
「……そういえば、今日は浴衣着てる人を見かけるけど、お祭りの日だっけ?」
ふと、近くの窓を見下ろせば浴衣を着る人達が歩いてるのが見える。
そういえば学校帰りにも何人かとすれ違ったときことを思い出した。
「そうだよ、今日から近くの神社で夏祭りが始まるから」
「あー。やっぱり。もうそんな時期かぁ」
祭りは確かこの数年行ってないな……。だから少し祭りごとに関しては無関心だった。
「……橋本さんはお祭りに行かないの?」
「最近行ってないねー。水泥くんは行くの?」
「僕は……橋本さんが行くなら行きたいかな、って」
ん? 何だか私に決定権を委ねられてる感じ? でも、少しそわそわしてる様子を見ると、夏祭りに興味がありそうだ。
ふーむ。水泥くん、私と一緒じゃないと行きたくないのかな? 六年生で成長したと言ってもまだまだ子どもなんだなぁ。
よし。じゃあ、この姉貴分の私が一肌脱ごうではないか!
「じゃあ、今から一緒に行ってみる?」
「! 本当!?」
「うん。もう見るものは見ちゃったし」
「そ、それじゃあ、行こうっ」
お祭りに行けるのがよほど嬉しいのか前髪から覗く目が少し輝いていた。
水泥くんのお母さんにおやつご馳走様でしたと声をかけると「あら、もう帰っちゃうの?」と尋ねられたので、水泥くんと共に夏祭りに行くことを伝えたら……。
「それなら浴衣を着ましょう。絆奈ちゃんのサイズもあるから是非っ!」
「えっ!?」
ということがあり、私と水泥くんは浴衣を着付けてもらうことになった。
最初に水泥くんが藍色の浴衣を着させてもらい、続いて私の番となったので、水泥くんと交代して別室へと案内される。
白地に金魚が描かれたレトロな浴衣に濃い紅色の帯。髪型も低い位置のお団子にかんざしまで挿してくれて、出来上がった姿はまるで別人であった。
「わぁ……あの、本当にいいんですか? ここまでしていただいて……」
「恵介のお友達だもの、これくらいいいのよ。元々その浴衣も小さい頃に私が一度だけ着たもので、娘が生まれたら着せようかと思って取って置いたんだけど、結局機会がなくて勿体なかったから着てもらえて嬉しいわ」
水泥くんのお母さんは本当に優しそうに笑っていた。着付けのときに聞いた話では前の家でも水泥くんは友達と呼べる人はいなかったらしく、私が初めての友達とのこと。
加えて、女の子だったこともあり、娘も欲しかった水泥くんのお母さんは更に私の存在を有難く思ったのだとか。
そのような背景を聞くと、前世で仲良くなれなかったのは何だか申し訳なくなる。
「恵介ね、最初はあまり学校に行きたくなさそうな雰囲気を出してて、休んでもいいのよって話しても首を振って学校に行ってたの。そしたらある日、そんな様子が消えて学校に行くのに躊躇いがなくなって、なんでかって聞いたら絆奈ちゃんの名前が出たのよ、友達が出来たって」
「そう言われると恥ずかしいですね……」
「でも、今まで一度も遊んだ話を聞かなかったからそこは少し心配だったのよね」
「あ、はは……家でお手伝いするのが好きでして、あまり遊ぶ機会もなかったもので……」
友達がいるのにその友達と遊ばないなんて確かに親からすれば心配するのも頷ける。
小学生とは遊ぶ感覚がズレるだろうからあえて遊ばなかった結果、要らぬ心配をさせてしまうとは、更に申し訳なくなった。
「本を沢山読むようになったのも、口数が多くなったのも、全部あなたの影響なのよね。改めて、ありがとうね。息子と仲良くしてくれて」
「い、いえ、私の方こそ仲良くしてもらっている立場なので……!」
「ふふ。絆奈ちゃんって想像していたより大人っぽいのね。さて、そろそろ行きましょうか。恵介が待ちくたびれてるだろうし」
「あ、はい」
親御さんにわざわざお礼を言われると擽ったく感じるが悪くは思われていないのは有難い。
そして準備を終えたため、水泥くんの部屋に戻る。
「恵介、絆奈ちゃんの準備が出来たわよ」
「あ、おかえり……っ!」
私の姿を見るや否や、水泥くんは固まってしまった。そんなに似合わなかったのだろうか? 私としてはなかなかイケると思ったんだけど。
「ほら、恵介。絆奈ちゃん、可愛いとは思わない?」
「えっ? あ、う、うん」
視線を逸らしながらも、言葉に詰まる様子の水泥くん。
無理やり言わされているのか、少しは女子らしく見えてくれたのか、どちらにせよ似合ってないと言わない限りやはり水泥くんはいい子である。
この調子で女性に優しい子に成長してくれるといいなぁ。
そんな困惑する水泥くんと共に訪れた神社の夏祭り。そこまで規模の大きいものではないが、屋台が出ているので近所の人達で賑わっていた。
夕方前のまだ少し明るい中、あっちでは金魚すくい、こっちでは水飴、向こうではヨーヨーすくいなどがある。
「思っていたより人が多いね」
「い、一応初日だからかな……」
まだこの姿の私に見慣れないのか、初期の人見知りを発揮させている水泥くんはあまり私に目を合わせないようにしていた。
(うーん……そんなに別人に見えてしまうのか)
(橋本さんが可愛すぎて直視出来ない……)
「そうだ。水泥くん、屋台で行きたい所とかある?」
「えっ、と……どこでも」
「それじゃあ、私の行きたい所でいい? 射的したいんだよね」
「あ、うん。いいよ」
水泥くんからの許可を得て、近くの射的屋さんへと向かった。あまりする機会がなかったし、めちゃくちゃ久しぶりだったので少し心躍る。
どうやら水泥くんは初めてだったようで、昔ながら使っているであろうピストルにコルクを詰める所から教えてあげた。たどたどしくて可愛いと思ったのは内緒である。
そして準備が出来た私から先に景品が並ぶ的へと狙いを定めて、一発目。……残念、外れた。
続けて二発、三発、四発、五発。結果は三発景品であるお菓子を撃ち落としたので、それらをいただくことが出来た。
次に水泥くんが銃を構える。三発目までは景品に当たりもしなかったけど、四発目にてようやく掠めることが出来た。
「水泥くん、最後の一発で決めちゃえー!」
「う、うん……」
そして、最後の一発を撃ち込む。パァン、と鳴った先で一つお菓子が撃ち落とされた。
「やった! ほんとに決めてくれたね! 水泥くん、すっごい!」
「え、でも、僕より橋本さんの方がもっと当たってたから……」
「水泥くんは初めてでしょ? 私は初めてのときは全く当たらなかったよ。だから一個でも撃ち落とした水泥くんは凄い凄い!」
「そう、かな。ありがとう……」
お。照れてる照れてる。相変わらず前髪でその表情は見えないが、何年も学校生活を過ごしてるわけだから多少は分かってきた私である。
「じゃあ、次行こう!」
最初はあまり行かなくなったから夏祭りは楽しめるか不安ではあったけど、何だかんだそのあとも私達は色々と楽しんだ。
ヨーヨー釣りでは私は一個も取れず、水泥くんが沢山取っていたから一個貰ったり、クジで枚数が決まるミルクせんべいでは大当たりを出したので一気に二十枚も重なった贅沢なおやつを貪ったり、りんご飴も食べたりした。
そろそろ暗くなりかけたので浴衣も返さなければいけないため、一度水泥くんの家に戻る。
水泥くんのお母さんに「せっかくだから一枚写真を撮りましょう」と言われ、水泥くんと並んで写真を撮った。
そのあとは水泥くんのお母さんに手伝ってもらい、浴衣を脱いで、お暇させてもらうことに。
「今日は色々とありがとう、凄く楽しかったよ。あ、お母さんにも言っといてね!」
「うん……こっちこそありがとう。あと、橋本さん……もし、良かったら……またうちに来てくれる? いつでもパソコン触りに来ていいし、お母さんも喜んでくれるから……」
「ほんと? 迷惑じゃないならまたお願いしてもいい?」
「うんっ」
なんと嬉しいことを! これで長期間休みの間、推しのブログチェックも出来るわけだ!
「本当にありがとう! あ、あと浴衣よく似合ってたよ。それじゃあね!」
そういえば水泥くんの浴衣について何も言ってなかったなと思い出し、一言褒めてから水泥邸を去ろうとすると……。
「橋本さんっ」
と、呼び止められた。どうしたんだろうと足を止めて彼を見ると、俯きながら必死に口を動かそうとしている。
「あの、その……橋本さんも、浴衣……素敵だったよ、可愛かった……」
「えっ、そ、そう? ありがとうっ。じゃ、じゃあね」
まさか面と向かって……ではないだろうけど、浴衣を褒めてくれるとは。無理やり言ってないってことでいいんだよね? お世辞じゃないよね?
何だかこっちも照れくさくなってしまい、足早に帰った。
子どもにああ言われてちょっとばかり舞い上がってしまうけど、あの歳で素直に他人を褒めるのは本当に良いことだと思う。
(しかし、水泥くんが和菓子屋さんの息子だったとは……もしかしたら将来は庵主堂を継ぐのかな? これからも贔屓にしなきゃ)
「いや、ちょっと待って……」
ハッとしてしまった私はその場で足を止めた。だって、だって思い出したの。確か私が二十五のときに庵主堂は潰れてしまったんだ!
当時は私も凄くショックだった。年々、和菓子離れが酷くなってきて売上も落ちたから泣く泣く店を閉じたらしい。
まずい。このままでは非常にまずい。あと十数年で庵主堂は閉店してしまう!
「これは……どうにかしなければ」
水泥くんの未来のために。そして私のためにも。庵主堂を閉店させないための運動を起こさなければ。




