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推しへ、友達の家に初めて行きました

 ゴールデンウィークでの舞台が終わってから、私は昨年と同じように感想の手紙を送った。

 ……また推しからお礼と今回の舞台の裏話が綴られた手紙が返ってきたけど。それはそれで嬉しいような、やはり距離感がおかしいという複雑な気持ちではある。

 まぁ、そのうち彼は忙しくなるし、そうなればきっと手紙なんて書く暇もなくなるだろうから推しが有名になるまでの間だけだ。


 それでも推しによる自身の対応が気になり、もやもやしながらゴールデンウィークが終わると、また水泥くんに「何かあったの?」と尋ねられてしまう。

 いや、応援してる人がね、私を子ども扱いして役者とファンの距離感が少しおかしいんだよと少し愚痴ってしまった。水泥くんは怪訝な表情をしていたと思う。


 あ、そういえば、舞台から一ヶ月経たないうちに推しがブログを開設した。前世ではあと数年以上は先だったので嬉しい変化である。

 まぁ、ブログ更新は一週間に一度くらいかな。本当は毎日してほしいところではあるけど。

 この頃はまだ普及してはいないが、二十年もしないうちに日常をもっと簡単に呟けるミニブログが流行する。

 推しは確か三十代後半くらいにはそのミニブログも始めるからそこへ辿り着くにはまだまだ先だ。


 そして、世間では夏休みに入ったばかり。小学校生活最後の夏休みと思うと時の流れとは早いもの。

 そんな夏休み中、私は水泥くんと共に学校の図書室に来ていた。

 今の期間は夏休みの図書室開放日で、図書委員の私と水泥くんはこの日、本の受付担当日のため登校している。まぁ、数時間ほどで解放されるのだけど。

 とはいえ、あまり使用している生徒は少なくて数えるほどの利用者しかいない。

 そもそも普段から図書室にいる私でも理解するくらい、図書室を利用する人が少ないのだ。

 私が毎年図書室の本貸出ランキング一位を取るくらいだから張り合いもない。

 気づけば、図書室にはもう図書委員の私と水泥くん以外誰もいなくなってしまった。


「……暇だねぇ」

「あと一時間だけど、もう誰も来ないのかな?」

「そうじゃないかな。はぁ……図書室開放もいいけど、パソコン室も開放してほしいなぁ」


 今年もパソコンクラブ継続中なんだけど、推しがブログ開設したものだから、こまめにブログを覗きたいのに、夏休みが邪魔をしてパソコンに触れるのが一ヶ月以上先になる。


「……橋本さんって家にパソコンないの?」

「うん。だからパソコンクラブにいるの」

「そうなんだ……操作するの早いからてっきり家にあるのかと……」

「あはは……物覚えがいいのかもね~。あーぁ、推しのブログチェックしたいなぁ……」


 まぁ、前世で培ってるものがあるからね……とは、言えないので適当に誤魔化す。


「……。あの、ね、もし良かったらうちに来ない? 家にパソコンあるから……」

「えっ? 水泥くんの家パソコンあるんだ? それなのにパソコンクラブに入ってるの?」

「あ、いや、最近買ってくれたんだ。僕がずっとパソコンクラブにいるからもっと得意になれるようにって」

「へー。子ども想いだねー。でも、いいの? 私が使っても?」

「うん。橋本さんならいいよ」


 神! 神様がいる! ほんとこの数年でここまでいい子に成長するなんて! いや、根っからのいい子なのだろうね。


「ありがとうー! それじゃあ、いつ行ったら大丈夫っ?」

「いつでも大丈夫だよ。このあとからでも大丈夫だし……」

「ほんとー!?」

「!?」


 確かにすぐにでも行きたいけど、本人からそう言ってくれるのは有難くて、思わず手を掴んで目を輝かせた。


「あ、あのっ……橋本さんっ」

「ん? あ、ごめんねっ! つい……痛かった?」

「いや、全然……」


 あ、顔を赤らめて目まで逸らされてしまった。

 そうだ、彼はウブなのだからこんなスキンシップは慣れてないだろう。ちょっとやりすぎてしまったか? 気持ち悪がられないかな? 別にショタコンじゃないからねっ!?


「あ、あっ! それじゃあ、お昼ご飯食べてから行っていいかな? 待ち合わせはいつも分かれ道でバイバイするとこで!」

「う、うん」


 やっぱりやめるなんて言われたくはないので半ば無理やり約束を取り付ける。

 これで二週間ぶりに推しのブログが見れるー!


 それから図書委員の仕事を終えて、一旦家でご飯を食べてから友達の家に遊びに行って来ると母に伝えて出て行った。

 普段、図書館くらいしか足に運ばない私の口から友と言う単語を聞いて母は大層驚いたのだけど、そういえば家に友達を呼んだことがなかったなと思い出す。

 そして待ち合わせの時間ぴったりに指定した場所へ向かえば、水泥くんは既に待っていた。


 彼の家に向かうと、なんと立派な日本家屋に辿り着いたので、水泥くんのお家は私が思っていたよりもお金持ちさんなのだと理解する。

 恐縮しながらもお家にお邪魔すると、水泥くんの部屋がある二階へと案内された。

 築何十年と経っているであろう家の外観とは違い、中は洋室の作りで比較的新しく感じる子ども部屋。恐らくリフォームをしたのだろう。


「……あれ? 水泥くんって関東から越して来たんだよね? 何十年も前から住んでるみたいな家だったけど……」


 そうだ。水泥くんは確か二年生の頃に転校して来たからてっきりアパートとかマンションとかに住んでるイメージだったんだよね。


「お母さんが和歌山出身で……だからここは元々お母さんとおじいちゃん、おばあちゃんの家。それで東京で仕事してたお母さんがお父さんと出会って、それから結婚して僕が生まれたんだ」

「あーなるほど」

「でも、おじいちゃんの仕事、後継者がいなかったからお父さんが仕事を辞めて、おじいちゃんの仕事を継ぐためにこっちに引っ越して来たんだよ」


 ははぁ、そういうことかぁ。後継者問題って言うのは未来でも問題になっているんだけど、いつでも大変なんだね。

 話を聞くとお祖父さんはまだ現役でお仕事をしながら今もお父さんに技術などを教えているらしい。

 どんな仕事かはわからないけど、きっと継ぐには大変な技術がいる仕事なのだろう。


「お父さんが頑張って立派に継げるといいね」

「うん」


 そこへ、部屋にノック音が。

 暫くして扉が開く。そこには水泥くんのお母さんがお盆にお茶やおやつを持って入って来た。


「突然ごめんなさいね。恵介が突然お友達を連れて来るって言うものだから何も用意出来なくて」


 そう言うと、小さなテーブルの上に氷で冷えたお茶と栗羊羹、それにカステラが置かれた。


「本当ならケーキとかの方が良かったと思うけど、今うちにあるのは和菓子くらいしかなくて……」

「いえ、お構いなく! 私、和菓子も大好きですので、ありがとうございます」

「ありがとう、お母さん」

「いいのよ。何かあったら遠慮なく呼んでちょうだい」


 優しげに笑いながら水泥くんのお母さんは部屋を出た。

 前に水泥くんとすれ違ったときに彼のお母さんも一度見たけど、あのときと同じで優しそうな人という印象は変わらない。

 せっかく用意してくれたのでパソコンを触らせてもらう前に先におやつをいただくことにした。


「それじゃあ、早速。いただきまーす」


 まずは栗羊羹から。用意された竹の爪楊枝を使い、食べやすい大きさにカットして一口頬張る。

 上品で甘さ控えめの羊羹に美しい色合いの栗が素材そのものの甘味を出していてとても美味しい。というか、私この羊羹食べたことある気がする。


「……どう?」

「すっごく美味しい!」

「良かった。うちの和菓子なんだ」

「え? 水泥くんのお母さんの手作り!?」

「あ、じゃなくて、お祖父ちゃんとお父さんの仕事が和菓子屋で……庵主堂っていう和菓子屋さんなんだ」


 庵主堂という名前を聞いて思わず食べる手を止めた。だって知ってるんだもの。ていうか、私の好きな和菓子屋さん!


「そうなの!? えっ! 知らなかった! あれだよねっ? 商店街の所にある和菓子屋さん!」

「う、うん。そうだけど……知ってるの?」

「いや、もちろん! むしろ地元で有名な和菓子屋さんだもん! それに私の好きな和菓子屋さん!」


 前世でもよく食べた和菓子屋。あそこのお店の餡子がとても好きでいくらでも食べられちゃうからよく買っていたものだ。

 どら焼き、羊羹、カステラ、お饅頭、挙げたらきりがないんだけど、どれも絶品である。

 え。でも、待って。今食べた栗羊羹……結構お高めのやつだったのでは……?


「こ、こんな高価なもの食べちゃって良かったのかな……?」


 思わず声が震える。だってこの栗の入ってる羊羹は確か個別包装では売っておらず、丸々一本のみで販売されていたはずだ。そして栗入りなので普通の羊羹よりお高めなのも覚えている。

 ……前世で奮発して一本全部齧り付いた記憶もあるし。


「お母さんが出してくれたからいいんだよ。美味しいって言って食べてくれた方が僕も嬉しいし、それに橋本さんの好きな和菓子屋さんがお祖父ちゃん達のお店なのも嬉しい」

「そ、そうかな? じゃあ、遠慮なくカステラも……」


 確かに残す方が勿体ないし、次にカステラにも手を付ける。

 庵主堂のカステラも頻繁に食べていたので味もよく覚えているし、前にお父さんがお土産に買って来てくれたから記憶にも新しい。

 そして一口。新鮮な卵を沢山使っており、しっとりとしていて底にある粗目がまた美味しい。


「やっぱカステラも美味しいなぁ……」

「僕、水まんじゅうも好きかな」

「あ~! わかるわかる! 見た目的にも夏にはぴったりだもんねぇ」


 美味しい和菓子を味わいながら、食べ終えたあとも和菓子話をしていると、自身の目的を思い出した私は水泥くんに「そうだ、忘れてた! パソコン! いい?」と確認を取り、水泥くんのパソコンを拝借することになった。


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