推しへ、勝手に約束を取りつけないでください
五月四日土曜日。
六年生になった私は再び劇団影法師の都の舞台を観るために東京へと降り立った。
もちろん今回も両親の許可を得ての遠征だ。……父は少し渋っていたが、昨年許しを与えたので今年はダメなんて言えなかったのだろう。
去年の反省を活かして、今回はちゃんとインスタントカメラの用意だってしている。これで面会のときに写真が撮れそうなら撮れるので抜かりはない。
(あれからもう一年かぁ~。早かったような遅かったような……)
ニコニコしながら去年と同じ劇場に向かい、初舞台に立つ推しを思い出した。
そして、お礼の手紙と年賀状を貰ったことも記憶に新しい……が、正直心臓に悪い。
今日観る公演は十二時から。去年より一時間早いため、今回はこのまま直接劇場へと向かうので、お昼ご飯は舞台が終わってからになる。
今回の舞台のタイトルは『BAR小夜子の夜』でBAR小夜子というスナックで働く人達のお話。BAR小夜子は所謂オカマバー。みんな派手な女装姿で登場するので推しも女装姿である。
金が稼げるし、中性的な顔だから客の人気が出るだろうという理由でオカマバーの仕事を始めた若者が自分の容姿が一番上だと思い、周りを馬鹿にしながら働くもママや先輩達の人気に適わず、プロの腕を見せつけられたり、ある日チーママの娘が乗り込んで来て、父がオカマバーで働いてることを知りショックを受け、父娘喧嘩したり、妻子持ちの客に惚れてしまった従業員の葛藤などBAR小夜子で色んな珍事件が起こる。
今回の推しは妻子持ちの客に惚れたオカマさん役。
よく来てくれる妻子持ちのお客さんに少しずつ惹かれながらも相手は妻子持ちであり、同性には興味がないので思い切って告白しようかとも思いながら推しは葛藤する日々を過ごす。
それに気づいた小夜子ママが心の整理がつくまで休養をしなさいと無理やり休ませられる。
どうすることも出来ない推しはある日フラフラ散歩をしていると、公園で妻子と遊ぶ幸せそうなお客さんを見て、自分ではあんな顔をさせることが出来ないと気づき、前向きに少しずつ彼を諦めようとするちょっと切ない話。
しかし、公式から女装と同性愛者のオカマという濃厚な役を見せてくれるわけで。これには私も内心ガッツポーズをしたのだ。
未来に描くであろう、しらねや本のネタに出来るな……。とても美味しい役を演じてくれてありがとう、推し。
もう少し熟してからの女装が見たかったけど、実はまた四十代頃に女装する役を演じてくれるからそれも楽しみだ。
そんな濃い内容の話が終わり、幕を閉じると面会の準備に入る。その間に私は舞台のアンケートを書き綴った。
暫くしてから役者達が続々と出て来る。男性役者はほとんどがオカマバーで働く女装姿で出て来るが、中には恥ずかしいのか、ヅラを取ったりしている人もいるようだった。
(推しは……と)
辺りを見渡すが推しの姿が見えない。あれ? と思ったが、役者が面会時間に出て来なかったら今回は会うことが出来ないということなので、もしかしたら推しは今回出て来ないのかもしれない。
面会出来ないなら予め案内されるはずなんだけど、推しがいないのなら仕方ない。受付で差し入れを渡してお昼ご飯を食べに行こうと思い、出口に向かおうとした。
「あっ! 待って! 絆奈ちゃん!」
背後からよく知った声が聞こえて、慌てて振り返る。
そこにはヅラを取り、メイクも落としているが衣装は女装のままの推しがいた。
「あ、寧山さん! お疲れ様です」
「良かったー。もう帰っちゃうと思って焦っちゃったよ」
「メイク落としたんですか……?」
「あー……うん。いや、インパクトある感じだから絆奈ちゃんには好まれないかなって……」
「そんなことないですよ! 綺麗でした! お客さんのことが好きで好きで思いを抱える所とか私の胸も締め付けられるくらい苦しかったですし!」
正直言えばメイクもヅラもないのは惜しいけどしょうがない。結構味のある役を役者経験の少ない推しが頑張ったのだからそれは評価しなければ。
「あははっ。そう言ってもらえるなら良かったかな」
「それにしても、私のこと覚えてたんですね」
「え? そりゃあね。覚えないわけないよ」
「……はは」
やばい。認知されてる! 一年も間が空いたのに! いや、それもそうか……新米役者の最初のファンが子どもなんだし、忘れる方が難しいのか。
「あ、あと、これ。差し入れです!」
「あぁ、そんな気を遣わなくていいのに。わざわざありがとう」
今回も差し入れと手紙を渡した。中は紀州南高梅の梅干し! なんと、個包装されている贅沢な梅干しである。
推しはスイーツも好きだけど、和食系も好きなので梅干しも好まれるはず。
「それと、その、出来ればお写真一枚いいですか?」
「うん、いいよ。どうぞ」
「ありがとうございます! はいっ、それじゃあいきますねー!」
「えっ? ええっ? 僕一人? 一緒に撮るんじゃなくて?」
「はい、チーズ!」
戸惑う推しに返事することなく撮影合図の声をかければ推しは狼狽えながらもピースをした。
ボタンを押してカシャッと音が聞こえると撮影は完了である。
「ありがとうございましたー」
「え、絆奈ちゃんも一緒に撮るんだよね……?」
「そんな何枚も撮るなんてマナーの悪いこと出来ませんよ?」
「いやぁ……でも……」
「あ、すみません長々と! それじゃあ私そろそろ出ますね」
「えっ、待って待って。もう新幹線の時間?」
「いえ、十七時発ですのでまだ時間があります」
「あ、まだ大丈夫なんだよね?」
「? 一応新幹線の時間までは余裕ですね」
「ご両親とはこのあと合流?」
「あ、私一人で来てます」
「えっ」
「えっ?」
「一人で来たの……? 新幹線に乗って? 前回も?」
「はい。あ、別に慣れてますから問題ないんですよ!」
前世を含めたらもはやちょっと出かけるくらいの気持ちだし。
そんなつもりで答えたのだけど、推しは暫く何か考えてから口を開いた。
「……お昼ご飯もこれからだよね? 一緒に食べよっか」
「はい……って、ええっ!?」
今なんて? あまりにも軽く言うので簡単に返事をしてしまったが、いきなり推しは何を言い出しているのか!?
「面会時間が終わるまでだから三十分くらい待たせちゃうけど、向かいのカフェで待ってくれるかな?」
「えっ、いや、すみません、それはちょっと……!」
「それじゃあまたあとでね」
「ちょっ……!!」
待って待って! 話を聞いてよ推し!
断ろうとしているのに推しはそそくさと私から離れて違う場所に移動し、別のお客さんに声をかけられ談笑が始まる。
今すぐにでも駆け寄って、ごめんなさい、行きません! と言いたいのに、それでは面会の妨害になってしまう。
どうしようどうしようと焦りながら、結局私は諦めて劇場を出ることにした。




