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推しへ、手書きだけはやめてください

 推しに舞台の感想をしたためた手紙を劇団の住所へと送ったのは一ヶ月前のこと。

 初夏を迎え、学校から帰って来た私は郵便受けを開けて、自分宛の手紙が届いていることに気づく。


「手紙……?」


 全く心当たりがなく、誰から来たのだろうと差出人の名前を探す。

 そこには“寧山 裕次郎”と書かれていて、私は目を擦り、何度も差出人の名を確認したあと固まってしまった。


「……はあああああっ!?」


 急いで自分の部屋へと向かい、心を落ち着かせようと深呼吸をする。

 ベッドへと腰を下ろし、恐る恐る差出人の名前を今一度確認するが、やはりそこには推しの名前が書かれてあった。

 何故!? 何故推しの名前がっ!? なんで住所知ってるの!? ……って、推しに舞台感想の手紙書いたときに自分の名前と住所書いてたんだった!

 しかも、本人と思われる直筆だし……宛名ラベルの印刷とかじゃない。


「一体、何が……」


 ハッ! もしかして、私が書いた手紙が不愉快だったからもう送ってくるなという注意喚起なのか、それともわざわざ手紙を送り返したのか。

 うぅ、開けるのが怖い……。こんな子どもがわかったようなことを書くなとかだったらどうしよう。出過ぎた真似をしてしまったのだろうか。


「……確認、しなきゃ」


 うだうだ言っても始まらない。そもそも推しは優しいはず。……いや、今の若かりし頃の推しが歳を重ねた推しの中身と同じとは言いきれない。

 何が入っていても、何が書かれていても、私は推しの自慢出来るようなファンでいたいのでその全てを受け止めねば。

 意を決して開封すると一枚の手紙が入っていた。


“橋本 絆奈様

 先日は舞台にお越しいただきありがとうございます。初めて壇上に立つ故に、経験不足の未熟者でありながらも一番に感想を伝えてくださったことはとても嬉しく思います。

 後日送っていただいた感想の手紙も読みましたが、初めての役を貰ったこともあり、手探りだったので手紙を拝見したことで少し自信が出ました。

 役に対する気持ちと、今の僕の立場が少し似ているため感情移入がしやすかったのですが、激情する所は難しかったです。次、またあなたに観てくださることがあれば今回よりもっと自信を持って役に挑みたいと思います。

 あと、僕の扱いでチケットを購入してくださってありがとうございます。差し入れのみかんゼリーも美味しくいただきました。和歌山から足を運んでくださったこと、貴重な時間を僕のためにあててくれたこと、本当に嬉しいです。”


「……ひぇ……」


 待って。待って待って待って! 普通に! 普通の! お礼の手紙じゃないですか!? 嘘でしょ!?

 駆け出しとはいえ、役者が浮かれてホイホイと筆を取らないで!! それ目当てで中身のない手紙を書く構ってちゃんだっているんだからねっ!?

 いや、別にファンに手紙を書くなって言うわけじゃないんだけどね?

 ファンにファンレターありがとうってハガキを出す役者もいるし、年賀状出してくれる人もいるし……まぁ、プリント印刷がほとんどなので手書きで書いてくれる人はそんなにいないはずなんだけど。


(……本当に私がファン第一号だったから手紙や差し入れが嬉しかったのかもしれない)


 手紙が来たことは嬉しいけど。嬉しいんだけど! 私はこのようなファンサが欲しいわけじゃなくて、ただひっそりと応援したいだけであって、早く推しカプを生で拝みたいだけで、その恋路を応援したいだけの腐女子なの!


「リアコって思われないかな……」


 リアコ……つまりリアルで恋しているという意味。俳優やアイドル追いには必ずと言っていいほど、ガチで恋愛感情を抱いている子もいるのだ。

 ファンサをすればするほど、そのような子が増えるし、下手をすればそのリアコに睨まれることだってある。

 私は腐女子なのでリアコに睨まれるほど怖いものはない!


「……さすがに向こうの住所までは書いてないようで安心した」


 もし、推しの住所が書かれていたらと思うとハラハラしてしまう。

 今は余裕があるからお礼の手紙を書いているのだろうけど、自分の住所を書いていたら悪質なファンに突撃されるかもしれない。

 まだ今の時代だと個人情報を軽く見ている可能性もあるから気をつけてもらわないと。

 色々不安に思いながらも私は推しからの手紙を大事に鍵付きの引き出しに入れた。


 しかし、半年後の新年を迎えた私は再び衝撃を受けることになる。


「う、ううううそでしょ……」


 年賀状を取りに郵便受けを開けて見ると私宛の年賀状が数枚あった。

 一枚は担任から。そういえば先生は年賀状書いてくれる人だったなぁと思い出す。

 一枚は水泥くんから。十二月に彼から年賀状を送ってもいいかと尋ねられ、快く了承して私からも年賀状を書くことを約束した。

 そして問題の最後の一枚が……推しからである。

 いや、私も推しへ年賀状は出したよ!? お年玉年賀状が推しに当たりますようにと願いながら! でも、推しは出さなくてもいいんじゃない!?

 推しからの年賀状を見る限り、子ども向けな可愛い干支のイラストが書かれた年賀状に“昨年はお世話になりました。また絆奈ちゃんに会えるのを楽しみにしています”と手書きされていた。


(“絆奈ちゃん”って……!!)


 とうとう推しに名前を書かれてしまった。普通なら嬉しいと思うところだが、私にとっては勘弁してくれというのが本音。

 推しは私の推しだけど、レスポンスが欲しいわけじゃない。一方的に応援したいだけであって、推しカプの壁になりたいだけなのに!

 本当にお願いだからただのファンにここまでしなくていいからね……。推しはそこまで頑張らなくていいんだからね!?


(次の公演で面会出来たときにでも伝えとこ……)


 まさか年賀状まで来るとは思わなかったけど、私は再び推しの年賀状を鍵付きの引き出しへ大事に保管した。


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