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名も知らぬ少女へ、駆け出しの僕に時間を使ってくれてありがとう

 初めての舞台公演。ゴールデンウィークということもあり、連日劇場は満席状態。新米の僕にとって自分の存在を知ってもらう唯一の機会。

 劇団影法師の都は根強い人気もある劇団で何とかそこへ入ることが出来た自分にとっては役者として大きな一歩を踏んだと思える。

 しかし、現実はそんなに甘くない。公演終わりのお客様への挨拶……所謂面会で自分の知名度なんて下のまた下なのだと実感した。

 やはり元から所属するメンバーの人気は凄くて、面会に列が出来るほど。それに比べて僕は駆け出しの新人役者。

 面会に来る人は全然いなくて、一番にやって来るのは友人達だった。

 そんな彼らがいなくなってから客席をウロウロしつつ、ようやく本命の面会に終えたお客様がちらほら挨拶をしに来てくれる。大体は劇団の古参ファンの方。

 劇団の新メンバーなので舞台の感想よりも本当に挨拶程度。ちょっとだけ拍子抜けな感じがした。


 三公演目終わりのこと。何となく段取りや劇団の雰囲気に慣れつつ、その日の面会も友人達が一番に来てくれた。

 けれど、今回はいつもとは違い、違和感を抱く。


(あの子は……)


 友人達の近くでこちらの様子を窺う小学生くらいの少女が視界に入ったのだ。

 最初はまさかこの友人達の連れか、その子どもなのではないかとも思ったけど、さすがに後者だと子どもにしては年齢が高い気がしたのですぐに違うと判断出来た。

 友人達との話も一段落して帰りを見送ると、少女は辺りを気にしながら意を決したようにこちらに近づく。

 こんにちは、と話しかけるとすぐに少女からも返事がきた。

 他のお客さんの子だろうか、それとも共演者の子だろうかと考えたが、どうやら少女は僕のファンだと名乗る。

 聞けばバイト時代にお世話をした子らしく、僕のことを覚えていたみたいで偶然この舞台で僕が出ると知ったから観に来たのだと。


 初めてのファンだと伝えたら何故か畏まられてしまった。小学生にしては何だか大人びている。

 でも、驚いたのはそのあとだ。矢継ぎ早に舞台の感想を述べてくれたのだから。初めての舞台だから役に対して沢山考えていたこともあり、少女にもその話を聞いてもらおうとしたが、新幹線があると言ってすぐに帰ってしまった。

 帰る様子から一人で来たように見えるが、新幹線というと都内から来た子ではないのだろうか。どちらにせよ、もう少し話をしてみたかったので残念ではある。

 あんな可愛らしい少女がわざわざ一番に僕の所へやって来るなんて。最初から僕を目的に観に来てくれるのは友人以外にいるとは思わなかった。


 ……いや、いたのかもしれない。確か、僕扱いでチケットを予約してくれた人が今日の公演に一人だけ。

 きっと、この少女ではないが、橋本 絆奈という方が予約電話の時点で僕扱いとお願いしたらしい。

 恐らく劇団の古参の人によるサービスなのかもしれない。

 けれど、面会が終わったが、その名前を名乗った人はいなかった。恐らく僕に挨拶する時間がなかったのか、しなくてもいいと思ったのか。

 それは自分の実力不足なので仕方ない。せめてお礼だけでも言いたかったのだが、初めてのファンの子から頂いた差し入れを片手に楽屋へと撤収した。


(そういえば、僕個人の差し入れは初めてだ……)


 自分の鏡前で差し入れを見つめながらぼんやりとそう思った。

 皆さんで分けてください、という劇団全員用の差し入れなら昨日楽屋で貰ったくらいで、個人で頂くのはこの日初めてである。


「……」


 抱えていた紙袋の中身を確認すると手紙と菓子折りが入っていた。菓子折りの中身はみかんゼリーのようだ。

 そして手紙。この場合はファンレターと受け取っていいのだろうか? それだったらこちらも初めて頂いたものになる。

 手紙の中身が気になり、家で読むまで待てずに封を開けた。

 中には小学生が書いたとは思えない丁寧な字で今回の舞台を観に行く切っ掛けが綴られている。

 五年前お世話になったと書いてあるけど、エターナルランドでのバイトのことなのは間違いないが、その頃の記憶がしっかり刻まれているのも凄いと思う。

 成人の僕でさえ何をしたのか思い出せないのに、今よりも幼い少女が僕を覚えているなんて。

 あ、しかも和歌山から来ているんだ。だから新幹線か……。ん? まさか彼女一人で? いや、さすがにそれはないとは思うんだけど。両親と別行動でもしていたのだろうか。

 そして文末には少女の名前が記載されていた。

 橋本 絆奈、と。


「……えっ」


 まさかあの子が僕扱いでチケットを取ってくれた子?

 あまりにも信じられなくて、もしかして名前が違うのかなと思わず予約名簿で僕扱いのチケットを取ってくれた人の名前を再度確認する。


 ……やはり一字一句間違いはなかった。どうやらあの少女がチケットを予約した橋本 絆奈なのだろう。

 まるで観劇慣れしているような子だったな。両親からそう勧められたのだろうか。どちらにせよ、しっかりしている子なのは確かだった。


「次の公演も楽しみにしてますって言ってたなぁ……」


 夜公演も頑張ろうと思いながら小さなファンから頂いたみかんが丸ごと一個入っているゼリーを早速一つ食べることにした。


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