推しへ、今世初めての面会です
時刻は十二時三十三分。
舞台は既に開場していて、受付でチケットを差し出す。
このチケットは寧山扱いで予約しているもの。こういう劇団はチケットバック制の可能性もあり、それだと役者からチケットを買うことで推しへのギャラに繋がる。
チケットバック制でなくても人気の役者として証明される数字となるので役者扱いでチケットを購入するのはすごく大切なことなのだ。
そんなチケットを受付のお姉さんが子ども一人なのを気にしながらももぎって半券になったチケットを返してくれた。
子どもが舞台を観に行くなんて、しかも一人で、となると、少しばかり大人の目線がこちらに向けられてしまう。
やはり子どもというだけで、私は目立ってしまうのだ。仕方ない。大人になるのを待つなんて私には出来ないのだから。
しっかりトイレも済ませて早々に着席する。席は大体真ん中の端。通路側だった。
お隣のお姉さんは劇団のファンの方らしくキャイキャイとお友達さんと盛り上がっている。最初に私を見たときは二度見されたけど。
そして、ドキドキしながら、待ちに待った推しの初舞台が幕を開けた。
『夢を売る人々』という劇はオムニバス形式のお話。
夢を買う商人がいるという噂から物語は始まる。商人は夢ならば何でも買い取るらしく、その代わりその夢を売った者は夢のことを忘れてしまうという話。
幼い頃の夢を売る者や、夜な夜な見続ける悪夢を売る者、そして“夢”という名が付く人を売る者などなど。
推しである寧山は、幼い頃の夢である画家を目指して生きていたが、どれだけ努力しても売れないし、名も広めることも出来ない男の役。
それに嫌気が差してきた男はある日夢を買う商人に出会い、画家という夢を売る。
その結果、画家になるという夢の記憶がなくなった男は急に生きる意味を見い出せなくなり、自らその命を断つという内容であった。
幕を閉じると、会場内は役者や舞台に関わる人に拍手を送る。もちろん、私も。
とても面白かった。推しがいるからというのもあるが、劇団そのものの空気も良かった。
このあとは劇団員達の面会が行われる。役者達の準備が終わるまで暫くの間、座席に置かれていたアンケート用紙に舞台の感想を書き殴った。
そもそも、劇団影法師の都の舞台を観るのは初めてだったので、興奮が治まらない。
でも、観られて良かった。だって、十年もしない内にこの劇団は解散してしまうから。
別に内部分裂したとかではなく、劇団の座長が役者を引退するため、誰かに引き継がせることもなく劇団を終わらせたのだ。……ファンは賛否両論あったみたいだけど。
(よし、書き終えた!)
アンケートを書き終えた頃、丁度よく役者達が客席へと現れる。あちこちに散らばった団員達にファン達もそれぞれの推しであろう人の元へぞろぞろと向かって行く。
恐らく人気の二枚目役者と思われる人の周りが一番ファンが多い様子。
それよりも私は推しの姿を探した。キョロキョロ見渡すと、端の方に男女数名のグループと歓談しているのを見つける。
良かった。早速ファンの子が付いてるみたいだ。もし、誰も推しの所へ行ってなかったら追いとしてはそれはとても辛くて胸が締め付けられただろう。
とりあえず彼の近くまで向かい、話し終わるのを待った。
暫くしてからグループは寧山に手を振り、出口へと向かう。
他に彼に話しかける人がいなさそうなので、動いてみることに。
推しが私の存在に気づいたのか、目が合うとにっこり相手は優しげな笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「こ、んにちはっ」
「……一人かな?」
「あ、はい!」
ううううぅぅぅ!! 緊張する!! 私、若い頃の推しと話してる!!
「誰か探してる? それとも共演者の子どもかな……」
ぐっ! ファンの子だと思われていない! いや、でもそうか。こんな子どもが初舞台の公演ですぐにファンになるなんて思わないもんね……。
「あの! 私、寧山さんのファンで……!」
「えっ? 僕の?」
「はい。私、実は小さい頃、寧山さんのバイト先でお世話になって……。それでたまたま見たこの劇団のチラシで寧山さんを見つけて、舞台を観たいなって思って来ました!」
「そうなんだ。今回の公演が僕の役者としての初舞台になるんだけど、早速こんな可愛い子が初めてのファンの子で嬉しいよ」
いやいやいや、可愛いだなんて! みすぼらしい格好したくないだけなので! 追いとしては他の追いにもダサいファンが付いてるなんて思われたくないので!
……って、え? 初めてのファン?
「あれ……さっき話してた人達はファンの方じゃ……?」
「あぁ、さっきの人達は学生時代の友達だよ。初舞台だから観に来てくれたんだ。だからファンとはまた違うかな」
「えっ、えっ……? 私が初めて……?」
「うん。そうだよ」
緊急事態発生! 緊急事態発生!! 推しの初舞台であるこの公演は既に本日で三回目のはずなのにまだ推しにファンが付いていない! いや、そういうものなのか? でも、早ければ劇団のブログを見て早々に推しになってもおかしくはないはずなのに!?
「……こんな、子どもが初めてを奪ってごめんなさい……」
「えぇっ!? 謝ることじゃないんだよ? 僕は嬉しいんだから」
ね? と子どもをあやすように口にする推しは優しかった。
歳を重ねた頃の推しも優しいが、この頃から備わっていて追いとしては嬉しい限りです。
「舞台は楽しんでくれた?」
「それは! もちろんです! 短い話が幾つかある短編が一つの大きなお話になって、商人役の人の悪役顔が凄く怖かったですし、登場人物の過去に触れるときの音楽も合っていて引き込まれそうでしたし、寧山さんの悲壮な演技も初舞台とは思えない迫力でした! 特に画家の夢を忘れてしまったあとに家に戻って、画材道具などを興味なく捨て去るシーンとか!」
でも、演技の経験が少ないので声がこもっていたり、素人っぽさが抜け切れなかったりしたけど、これは成長するので今はそういう時期ということで。
「君……まだ小学生だよね? そこまで感想言ってくれるんだ」
え。小学生くらいなら言えると思うんだけど。それともちょっと喋りすぎた? やばい。そういえば時間配分とかも気にしてなかった。
周りに寧山に話しかけたいという人が何となく集まって来たみたいだし、恐らく一番の推しとの面会が終わって、次に話しかけたい人として私の推しがピックアップされたのだろう。
「あ、えっと、私そろそろ新幹線の時間がありますのでこのくらいで! あ、あとこちら差し入れです! また次の公演も楽しみにしてますね! では、失礼します!」
「えっ? 新幹線って……あ、ちょっと!」
若干早口で捲し立てるように手にしていた差し入れを押し付けると、すぐにその場から立ち去った。推しを独占するのは良くないもんね。それは悪いファンの例だ。うん。




