追伸、その後の私達は【END1-2】
あれから数年、色々ありました。順に追って説明すると、まず白樺の話になる。
水泥くん経由で話があると言われて、なぜ鍵垢のメッセージからではないのか気になったが、水泥くんの監視の元、白樺と会うことになった。
推しが手術室に入ったとき以来の顔を合わせではあるが、また何か言ってくるのだろうか。内心びくつきながら話とはなんなのか尋ねると。
「悪かったな……」
「……へ?」
白樺が私に謝るとは一体何事なのか。天変地異の前触れなのか!? あわあわしていると、白樺がぼそりとかなり小さな声で呟いた。
「……だから、ブロック解除してくれ……」
「……あ」
思い出した。私、勢いで白樺ことシロザクラさんのアカウントをブロックしていた。自分の心の平穏のために白樺のツイートは見ないように自衛をしていたんだった。
そうか、だからSNSのメッセージも送れなかったわけか。ご丁寧に表のアカウントもブロってたんだった。
「ご、ごめんね……すっかり忘れてた……」
「マジで頼む……」
今思えばあんなに弱々しい白樺を見ることはそうそうなかっただろう。
確かに最近シロザクラさんの呟き見ないな~とは思ってたけど、元々彼女(彼)は呟くのにムラがあるので深くは考えおらず、数ヶ月くらい放置してた……ほんとごめん……。
あとは深月ちゃんに恋人が出来たことを報告させてもらったらすぐに電話がかかってきたので、その電話に出たらかなり動揺していた。
『き、絆奈さん! こ、恋人って……恋人って本当ですか!?』
「う、うん。深月ちゃんにはちゃんと報告しようと思って……」
『ワンチャン私がいけると思ったのに! 誰ですかっ!? まさか、前にイベントにいたあの失礼な輩じゃないよね!?』
白樺のことか……。さすがにそれは違うよ! と伝えて、深月ちゃんの会ったことない人というのを教えると、ぼそりと彼女は呟いた。
『どこの馬の骨とも知れない男……。わかりました。その人が絆奈さんの恋人に相応しいかどうか私がジャッジするので今度会わせてください!』
「ジャッ、ジャッジ!?」
まさかの深月ちゃんチェックが入ることになり、水泥くんには大変な目に遭うような気がして心配だったんだけど、後日、水泥くんと会った深月ちゃんは色々と難癖つけたり、質問などして私に相応しいか彼女なりのテストをした。
その結果、認めないと言っていた深月ちゃんは最後には弱々しく認めたくないと呟いていた。
「私、絶対に絆奈さんのこと諦めませんから! 私のたった一人のお姉様なんです! 必ず奪ってみせますから!」
「うん、頑張ってね」
余裕の表情を見せる水泥くんと敵意剥き出しの深月ちゃんを見ると、深月ちゃんが折れない限り絶対に仲良くしてくれないやつだと察した。
他には楽しみの一つである同人誌即売会にて、私は彼女と出会った。
「すみません……あの、一部ずつ頂けますか……?」
目的を持った足で私のサークルの前で足を止めたのは見覚えのある顔。思わず名前を呼ぼうとしたが必死に飲み込む。
彼女は絆ちゃんではなく、元の身体の持ち主であるネココさんこと大河内 音色だ。
向こうは私と会ったことは覚えていないだろう。でも、この出会いが当初の私が一番望んでいたものだった。
しかし、その姿を見ると目頭が熱くなる。泣いてしまいそうなのをぐっと堪えて私は精一杯の笑顔を作った。
「ありがとうございます! 中身の確認は大丈夫ですか?」
「はい。サークルカットを見たときから全部買いたいと思ってましたので」
絆ちゃんと同じように笑った彼女は購入した私の作品を抱え、頭を下げてすぐにお隣のサークルさんへと移動した。
また彼女と前世のように繋がれるかは今はわからないけど、ここまで来たらその可能性は高いかもしれない。
その日を楽しみにする反面、絆ちゃんの姿がチラついてしまってネココさんに申し訳なかった。
雪城さんはイベントなどでよく一緒にお仕事をするスタッフさんと結婚した。結局、今世では推しと最後まで恋愛に発展することはなかった。それが良かったのか、駄目だったのか、私が判断することは出来ない。
ただ、雪城さんはとても幸せそうだというのがわかり、すぐに子どもも出来た。
生まれた子どもを見に来てほしいという彼女のお誘いがあり、私は雪城さんの自宅へお邪魔した。
彼女の腕の中には新しい命がキャッキャッと笑いながら私を出迎えてくれた。
「女の子ですか?」
「えぇ、名前は絆ちゃんよ」
そう名付けたいと言っていた雪城さんの言葉を思い出す。
でも、この子は私の知っている絆ちゃんではない。違う絆ちゃんになるんだ。
複雑な気持ちでその赤子の前に指を差し出すと、彼女は無邪気な笑顔でその指をきゅっと掴む。
「絆奈ちゃん、少しの間抱いててくれる?」
「え? いいんですか?」
「えぇ。お菓子があったのに用意するのを忘れたからそれを取ってくる間、お願いね」
「あ、えっと、お構いなく……」
雪城さんから赤ちゃんを託され、大事にしなければとしっかり抱きかかえる。
「あうー」
随分と人懐っこい子だ。母がいなくなったのに泣かないし、愛らしい笑顔を振り撒いている。
「絆ちゃん……どうしてるかな」
ぽつり、呟くと腕の中にいる絆ちゃんが無垢な目でジッと私を見つめたあと小さな手を二つ、私の顔へと伸ばした。
「だー、ぶっ! だぁーよっ、う!」
私の両頬を優しく添える絆ちゃんは何かを訴えているように見えた。
『これ、元気になるおまじない。……小さい頃に元気がなかったときはいつもママがこうしてくれたの』
ふと、絆ちゃんと別れてしまう前のことを思い出す。確か彼女もこうやって私のほっぺたを包んでくれたんだっけ。
そこで私はハッとした。目の前の赤子と絆ちゃんが重なった瞬間だった。
「絆……ちゃん?」
「う!」
ぺちぺち、と可愛らしい手が私の頬を叩く。満足気に笑っている様子を見て、私はボロボロと涙が溢れた。
「絆ちゃん……絆ちゃん……ごめんね、ありがとう……また会えて嬉しい……」
消えてしまったあの日から後悔が拭えなくて、もう二度と会えないと思っていた。でも、また再会出来た。それが嬉しくて彼女を抱き締める。
それに応えるように絆ちゃんも私に抱きついてくれて、共に再会を喜んでくれた。
そして水泥くんと付き合い始めてちょうど一年経った日、水泥くんからディナークルーズに誘われた。
記念日とかを大事にしたい子なんだろうなって思ったらその当日に「ドレスコードがあるから着替えようね」と言われて、そのままカクテルドレスやアクセサリーをレンタルされ、髪までセットされてあれよあれよという間に私はドレスアップをしたわけである。
こうして、ダークスーツを纏う水泥くんに連れられ、ディナークルーズを満喫することになった。
美味しいご飯を食べ終えると、水泥くんから船外に出てみない? と言われ、散歩がてら外に出ることにした。
海の上から眺める都会の明かりは溜め息が出るほど綺麗でずっと見ていたくなる。
「橋本さん、手を貸してくれる?」
夜景を眺めていると、突然水泥くんが私の手を求めた。手を繋ぎたいのかなと思って右手を差し出せば「反対の手がいいな」と謎の要求をする。
右と左で何が違うのかと首を傾げながらも左手を差し出せば、水泥くんは私の手を取った。
しかし、手を握ることはせずに、彼は私の薬指に指輪を通した。
「み、どろくん、これ……」
まさか。これはまさか! 一気に胸の鼓動が増し、水泥くんに指輪の意味を尋ねようとした矢先、彼は私の手を取ったまま片膝をつく。
「橋本さん、僕と結婚してください」
「!!」
プロポーズ! ガチのプロポーズ!? え、早くない? まだ一年しか経ってないよ? しかもシチュエーションがあまりにも良すぎているため水泥くんが王子様に見えてきた。なに、このロマンチストな王子様は!
「み、水泥くん……その、本気で?」
「本気じゃないとここまでしないよ」
「いや、でも、決心早くないかな……ほら、まだ付き合って一年しか経ってないから……」
「一年も、経ったんだよ。本当なら付き合ってすぐにでもこうしたかったけど、橋本さん混乱するかなって思って」
今でも十分に混乱してるよ……? 私の中では早くても数年とかじっくり時間を重ねるのかと思っていたんだけど……。
「ファンの子を気にしながら橋本さんと付き合うのはもうやめたいから。婚姻さえすればファンに報告することも出来るからようやく枷が外れる。じゃないと役者を辞めるしかないんだよね」
「そんな理由で役者を辞めるのはさすがに……」
「全然そんな理由じゃないよ。真剣に考えてる。……もしかして、僕との結婚は嫌?」
「いや、嫌じゃないよ!? 嫌じゃないけど、簡単に結婚を決めてないかなって……」
「橋本さん。僕が君を好きになってからの目標のひとつに家族になることが入ってるんだよ。だから僕はずっと前から考えてたし、付き合えるようになってからはすでに覚悟を決めてる。それでも問題がある?」
水泥くんの人生計画が私の思っていたよりも先に進んでいた。この子の中でどれだけ私の存在が大きいのか、まだ私にはわからない。
「問題、ないよ。水泥くんが後悔しないなら、お受けします」
こうして、私は水泥くんと結婚が決まった。それからは挙式などを決めたり、故郷に帰って家族に挨拶したりと忙しい日々を送ることになる。
その際、ニーナは自分のことのように喜んでいたけど、芥田くんは今度は自分の番かというような強ばった顔をしていた。頑張れ、芥田くん。
そして、時は流れ、ついに結婚式を挙げることになった。
『皆様、長らくお待たせ致しました。本日の主役、新郎新婦の入場です。どうぞ盛大な拍手でお迎えください!』
沢山の拍手と共に入場する。隣には水泥くんこと恵介くん。
しかし、司会の声を聞いてすでに感極まった私は口元に手を当て、涙を流した。
だって……念願だった自分の結婚式に推しを司会に呼ぶことが叶ったのだ。実現するとは思わないでしょ。
『どうやら新婦は幸せのあまり涙を流してしまいましたが、皆様優しく見守ってあげま……えー……僕の写真より新郎新婦の写真を撮ってあげてください』
「「新婦の要望ですので」」
パシャパシャと写真を撮る音が響く中、司会近くのテーブルには私が予め頼んでいたニーナを率いる推し専用の写真係を配置させてもらった。ありがとう、私の推し写真係。
最初、恵介くんは推しに司会をさせることを渋っていた。
私に告白したからだろうかと思ったが、フラれただけでなく結婚式に呼んでさらに司会を頼むのは傷口に塩を塗るものだと言われて、私は躊躇ってしまった。
でも、結婚式の司会をする推しを見るのが夢だったから、簡単には諦められなくて、断られるのを承知で私は推しに頼んでみることにした。
推しは……二つ返事で引き受けてくれた。
本当にいいのか何度も確認したけど、推しは『絆奈ちゃんの晴れ姿を見るだけじゃなく、司会まで託してもらえるなんて有難いことだよ』と言ってくれたので、そのままお願いした。
『新郎新婦は共に私の大切な友人でもあります。そんなお二人から司会を任されたので責任は重大ですが、司会の特権としてお先に二人へこの言葉を送ります。……水泥くん、絆奈ちゃん、本日はご結婚おめでとうございます!』
推しが私と恵介くんに向けてとても優しい笑みを浮かべながら祝言を述べた。
嬉しくて、感激して、隣には恵介くんがいて、一気に幸せが押し寄せた私はまた泣いてしまった。
「絆奈さん、始まったばかりなのにそんなに泣くとあとから大変だよ」
「だって……もう、夢みたいなことばっかだから……。私、死んじゃうかもしれない」
「死なないよ、僕が守るから。絶対に」
もしかしたら前世と同じように数年後には事故に遭う可能性だって大いにあるのに。絶対、なんてあるのかわからない。
でも、こんなに未来を変えてしまったのだから今度は三十代より先の時代を彼と共に歩きたいと強く願った。
END1 水泥 恵介ルート




