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推しへ、ファンをやめます

 翌日、泣いてばっかだったせいで目は腫れるし、頭も痛い。気分は最悪。警察にも行かなきゃなので仕事も休みにさせてもらったりと朝から溜め息ばかり。

 でも、ずっと気がかりだった推しについては水泥くんが朝に連絡をくれた。

 推しは無事に手術を終えて命に別状はないが、しばらくは入院するとのこと。やったー! なんて手放しで喜べるはずもなく、安堵の溜め息を吐くしか出来なかった。


 推しが生きていて本当に良かった。良かったけど……しばらくは仕事も休まなければならない。役者はその身体が商売道具だというのに、私のせいで傷をつけてしまった。

 謝って許されることではないだろう。出来ることなら過去に戻ってやり直したい。なぜ、こういうときは無情にも時は進むのか。

 推しが怪我をせずにすむのならもう一度生まれたときからでもいいから戻ってほしい。……私が願ったところでどうしようもないのだけど。


 予定通り事情聴取をすることになった。天月さんはすでに捕まっていて、本人も推しを刺したことを認めているとのこと。

 しかし、永遠と「あの女が悪い。全部あいつのせい」と私に対して悪態ついているらしい。

 あの人はもうダメだ。きっともう何を言っても通じないし、相容れないんだと思う。

 天月さんは推しを傷つけたのだからそれ相応の罰を受け、償いをするべきだ。


 私も、ケジメをつけなければ。






「……失礼します」


 病室の扉をノックしてゆっくり開ける。そこにはベッドに座って読書に耽ける推しがいた。

 彼が私の顔を見ると、嬉しげな笑みを浮かべて私の名前を呼ぶ。


「絆奈ちゃん! 大丈夫だった? 怪我はない?」


 なぜ大怪我を負った推しがそんなことを聞くのか。それよりも自分の身体を気にした方がいいのに。


「私は……大丈夫です。それよりも寧山さんの怪我の方が……」

「あぁ、うん。でも、僕も大丈夫だよ。そんなに深くなかったみたいだし」

「けど、入院生活……ですよね?」

「そうなんだよ、早かったら二週間くらいだけど、もしかしたら一ヶ月もかかる可能性もあるらしくてね」


 参ったなぁ、って少し苦笑いでぼやく推しを見て罪悪感が大きくなる。

 パークだってお休みになるわけだし、下手をすれば次の舞台を降板することだって有り得る。

 仕事がなければ収入だってなくなるのだから、推しの生活に大きく響くだろう。

 申し訳なさ過ぎて顔を合わせたくない。けど、しっかりと推しに謝罪をしなければ。


「寧山さん……この度は本当に申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる。こんなことで許されるわけではないけど、詫びる気持ちはきちんと見せないと。


「絆奈ちゃん、顔を上げてよ。僕は君のせいだなんて思ってないから」


 下げていた頭をゆっくり起こすと、推しは困ったような表情をしていることに気づく。

 しかし、一歩間違えれば彼はここにいなかったのかもしれない。そう思うと胸が痛んだ。


「例え、寧山さんがそうだと言っても私はそう思いません。寧山さんを巻き込んだのは私なので」

「僕は巻き込まれたとは思っていないよ。僕が勝手に動いたことだしね」


 ……確かに。私は推しに逃げるように言ったのに、彼は逃げるどころか私を庇うように前へ立ったんだ。


「……どうして、避難してくれなかったんですか……寧山さんを巻き込まないようにしたかったのに」

「純粋に君を助けたかったからだよ。僕は僕よりも絆奈ちゃんが危ない目に遭う方が嫌だったんだ」

「私のことは良かったんです。でも、寧山さんが怪我をしたら役者として死活問題にもなるのに……!」

「怪我の程度によってはそうかもしれないね。だけどね、例え目が見えなくなろうが、声が出なくなろうが、足が動かなくなろうが、僕は絆奈ちゃんを助けたいんだよ。君が五体満足でいてくれたらそれでいいんだから」


 良くない、それは良くない! どうしてそんなに献身的なのか。ただのファン兼友人にそこまでする必要なんてないのに。


「寧山さん、他人のためにそこまでしなくていいんです。あなたがこんな目に遭うと沢山の人が悲しむんですよ。それこそ、寧山さんの好きな相手だって……」


 そう、そのファンの子だって推してる役者が事件に巻き込まれた上に怪我をしたなんて知ったら凄く悲しむだろう。


「確かに、凄く悲しんでくれてるね。心配もかけさせてるし」

「ですよね。その人にも申し訳ないです」


 その人も私のせいだと知ったら恨むだろうか。例え恨みはしなくとも、いい思いをしないのは確かだと思う。


「……ねぇ、絆奈ちゃん。まだわからないかな?」

「え……?」


 先程の困り顔とは打って変わるような真面目な顔つき。そして意味深な言葉はまだ私にはなんのことか理解出来なかった。


「絆奈ちゃんを助けたいと思うのも、自分の身を顧みないのも、僕が絆奈ちゃんのことが好きだからだよ。僕がずっと想っていたファンの子って言うのは君のことなんだ」

「……えっ?」


 頭が真っ白になった。推しは一体何を言っているのか。何かの冗談なのか。だとしたらその冗談は笑えないし、今の状況で言うべきことじゃない。


「寧山さん……そういう冗談は困ります」

「冗談なんかじゃないよ」


 いつものようににこにこ笑う顔ではない。舞台の上に立って演技をするような迫力で、それだけ真剣なのだと空気からすでに伝わってくる。

 私は……推しに告白されているというの? 前世からの推しに?


「……なおさら、困ります。他を当たってください」

「絆奈ちゃん……」

「失礼、しました……」


 逃げるように病室から出て、すぐに家に帰った私はベッドに潜り込み、先程の推しの言葉と顔を思い出す。

 本気、なのだろうか。推しが私のことを好きだなんてにわかに信じ難い。

 推しが雪城さんじゃなくて、ファンの子を好きになったと知ったときも戸惑ったのに。なぜよりにもよって私なのだろう。


 好きだと言われて真っ先に感じたのは絶望。私は推しと恋仲になりたいわけでもない。そういうふうに見ていたわけでもない。私はただ推しを応援したいだけなのに。

 こんなことになるはずじゃなかった。どうしてこうなったんだろう。何を間違えてしまったのか。

 やっぱり、推しとの距離が近すぎたんだ。それがいけないんだ。そのせいで私は推しと付き合いたいと勘違いさせてしまったのかもしれない。

 友人だって言って接していたから、恋愛感情は絶対ないと思ってたのに!


「もう、やめなきゃ……」


 近いなら離れなければ。元より推しに怪我させた私は厄介なファンなのだから昨日からずっと考えていたケジメをつけよう。


 橋本 絆奈。只今をもって寧山 裕次郎のファンをやめます。






 入院して二週間。術後の経過は良好なので来週には退院出来る。これでまた舞台やパークに立てると安心した。とはいえ、無理はしないように、とのこと。

 仕事仲間に迷惑をかけてしまったし、三人回しのノーム役を頑張ってくれた仲間の二人にはお礼を言っても言い足りないくらい感謝している。


 入院始めの頃は腹部の傷の痛みで少し苦しかったり、暇を持て余していたんだけど、ゆずくんがよくお見舞いに来てくれたり、差し入れに本など買って来てくれたりしたおかげで有意義に過ごしたと思う。

 ぶっきらぼうな態度ではあるけど、言葉の端々には僕を心配したり気遣ってくれる優しさを感じた。


 しかし、気がかりなのは絆奈ちゃんのことだ。最後に会ったのは手術した翌日。憔悴しきった彼女は僕が想像していたよりも自分を責めていて、申し訳ないくらいだった。

 彼女のせいだなんて思っていないのに。そう伝えても絆奈ちゃんはバツ悪そうに、自己嫌悪に陥っているようだった。

 確かに彼女は僕の安全を優先して指示を出していたくらいに守ろうとしていた。けれど、大事な子が凶器を向けられているのに自分の身のことまで考えられない。

 刃物から彼女を遠ざけて、出来ることなら包丁を取り上げることが出来れば格好良く決まったのかもしれないけど、さすがにそこまでの反射神経は持ち合わせてなかった。

 その結果、絆奈ちゃんが悲しむことになってしまったのだから情けない話である。

 それだけじゃなく、僕がなぜここまでのことをするか彼女にはそろそろ知ってほしくて、絆奈ちゃんに対する僕の気持ちを告げたけど、彼女の反応は全くいいものではなかった。

 さすがに……タイミングを誤ったのかもしれない。


 あれ以来、彼女の姿は見ていない。もちろん、彼女から連絡が来ることなんてない。

 こちらから声をかけてみようかとも思ったが、入院中に何してるんですかと言われかねないので退院するまで我慢する。

 ……思えば、彼女から連絡が入ることなんてほとんどないわけなんだけど。

 近しい関係のつもりなのに、絆奈ちゃんの心はいつだって遠かった。

 彼女は僕を必死に応援するのに、僕が彼女に近づこうとするといつもガードを張られてしまう。

 僕の気持ちでさえも「他を当たってください」と言われる始末。さすがにその言葉はこたえた。


「さすがに早かったのかしらね」


 お見舞いに来てくれた雪城さんに絆奈ちゃんとの経緯を説明すると、難しい顔をしながら呟いた。


「でも、そう言わないと僕の行動を理解してもらえなさそうで余計に自分を責める気がしてね……」

「寧山さんもそれなりにアピールしてるのに、絆奈ちゃんの反応がいまいちなのは私も気にはなっていたけど……まさか推してる役者に告白されて少しも靡かないのも珍しいわよね」

「ファンだって言うくらいだから少なからず好感はあるのに、やっぱり恋愛する相手ではないってことかな……」

「そうかもね」


 あまりにもはっきり言うからちょっと自分に自信が持てなくなりそう。

 そもそも僕は彼女の好みのタイプにすら掠らないのだろうか? ずっとファンでいてくれているから少しは期待をしていたんだけど、期待していた自分が恥ずかしい。


「好きな役者と好きな相手って別だったりするじゃない? 絆奈ちゃんの場合そういうのかもしれないけど、どっちかと言うと、彼女は自分なりのルールを設けて寧山さんに信仰してる部類にも感じるのよね」


 信仰、と聞くと少し恥ずかしくもある。そんな神仏のように見られているせいで恋愛対象になれないのは結構辛いものなんだけど。

 そして自分なりのルールを持ってるということも心当たりが凄くある。

 彼女は役者とファンはこうあるべきだ、というマイルールを持っているようで、度々強い線引きをする。

 それでも僕は何度か「友人」という理由をつけて線を跨ぐのだけど……もしかして、そのせいで絆奈ちゃんに嫌われたりしたのだろうか?

 そうでもしなきゃあまりにも彼女が遠いというのに。


「僕はどうすれば良かったんだろう……」

「んー。相手は強敵よね。役者というのが彼女を繋ぎ止め鎖にもなるけど、寧山さんからしたら足枷にもなってるし……」


 雪城さんと共に溜め息を吐き出す。怪我よりも胸の方が痛くて仕方ない。


「まぁ、今は辛気臭い考えはやめましょ。そういうことは退院してから考えるのよ。またパークや舞台に立てるようになれば絆奈ちゃんに会えるんだから。彼女のことだし、なかったことにして会いに来てくれるかもしれないわ」

「なかったことにされるのは嫌だなぁ……」

「そうでもしないと向こうも気持ちの切り替えが出来ないんじゃないかしら」

「絆奈ちゃん……会えるかな……」

「寧山さんの役者デビューから応援してくれる子でしょ? あなたに幻滅しない限り大丈夫よ」


 そう元気づけられ、一先ず「うん……」と答えるしかなかった。とにかく元の生活に戻らないことには始まらない。


 そして退院してからはすぐに現場復帰することが出来た。最初は不安だったけど、問題なくこなせて一安心である。

 仲間には心配をかけてしまったけど、復帰出来たことを共に喜んでくれた。


 しかし、復帰してからというもの、絆奈ちゃんがパークに来てくれることはなかった。


 今までなら少なくても一週間に一度は来てくれたのに。まるで最初からいなかったみたいに忽然とその姿を消してしまった。

 幻滅しない限り大丈夫だと言っていた雪城さんの言葉を思い出す。

 あんなことを言ってしまったから彼女は僕に愛想を尽かしてしまったのだろうか。

 それとも、まだ自分のせいだと気に病んで僕と顔を合わせたくないのだろうか。

 その両方かもしれないけど、日に日に彼女のいない寂しさが膨らんでいく。

 連絡を取ってみても返事どころか既読した様子もなくて、こんな形で絆奈ちゃんとの関係が終わってしまうのかと思うと、息が詰まりそうで仕方なかった。


 退院して一ヶ月。絆奈ちゃんの姿は相変わらず見ることはなかった。

 今まで定期的に彼女を見ていたから気づかなかったんだけど、僕が舞台やパークに立って誰かを元気にすることが出来るのと同じように、僕もまた彼女の姿がそこにいるだけで笑顔になれたのだ。

 絆奈ちゃんに会いたくて、どうしたら彼女と会えるのか考えた。

 連絡が取れない今、会うことすらも出来ない。いつも彼女が現場に来てくれるので僕から彼女に会うことなんてほとんどないのだ。

 手紙に書かれている住所を頼りに家に向かうことも考えたけど……さすがに非常識だろうか。気持ち悪がられてしまっては元も子もない。


 そこでふと思い出した。彼女の職場を覗くのはどうだろうか。

 いつか行ってみようと思っていて結局一度も行っていないけど、自宅に向かうよりかはマシだろう。


 絆奈ちゃんに会いたくて、声が聞きたくて、彼女が勤めているであろうベーカリーショップへと向かった。


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