推しへ、同郷との飲み会です
それから一時間後だろうか、水泥くんと合流したのは。合流して早々お疲れ様ー! と三人で水泥くんを囲んで、まるで千秋楽を迎えたような扱いをする。まだ公演は始まったばかりなのに。
そして、チェーン店の居酒屋で同郷飲み会が始まるのだった。
私と芥田くんはビール、ニーナはレモンチューハイ、水泥くんはウーロン茶。
芥田くんもビールいける口なんだって思ったら庵主堂の店主である安堂さんとよく飲むからいけるようになったそうだ。
「そんじゃあ、まずは久しぶりに私らの再会と水泥くんの天ステ出演を祝して乾杯や!」
「「「かんぱーい!」」」
みんなそれぞれジョッキやグラスを手にしてぶつけ合えば、一口ぐびっと飲んでいく。いや~、観劇後のビールは美味しいなぁ!
「それにしても水泥くん、リヒトの役めっちゃ良かったで」
「ありがとう。天日々の大ファンである佐々木さんにそう言ってもらえると自信が出るよ」
「まぁ、前もって水泥くんには下手な演技したらあかんでって釘刺しといたからな」
「そのおかげでプレッシャーが凄かったんだけどね……。佐々木さんは絶対お世辞とか言わないだろうし、本気で批評すると思ってたから」
水泥くんの言う通り、ニーナは天ステについてはガチで評価する子だったので世辞は言わない。そんなニーナもこんなに嬉しそうなのだから世間の評価も絶対にいいはずだ。あとでSNSで確認しとかなきゃ。
「俺はこの間、新奈から漫画を読まされたんやけど、拓真と身体を乗っ取られたリヒトとのアクションとかめっちゃおもろかったで」
「そうそう! 拓真がめっちゃマジになってリヒトを取り押さえようとしてたん良かったわー。まぁ、その役を主役に取られるんやけど」
主役がリヒトを取り押さえる前に一足先に拓真と魂の暴走の被害者であるリヒトが戦う場面がある。
つまり白樺VS水泥くんという図なので、後々この二人の絡みが好きな人達はSNSで発狂すると思うんだよね。
「確かに、あのシーンは一番本気になった所かもね。……僕も拓真役の白樺さんも」
水泥くんの様子から察するに、二人がバトルをするってことは半分演技で半分マジなのかもしれないな……。頼むから本番中に怪我しないでもらいたい。
「それにしても他の人達の演技も凄かったね。この舞台がデビューだって人ばかりだったみたいだし」
「そう、そうなんだよ……。本当はもっと酷かったんだ……」
「えっ?」
「ちょっと愚痴になるけど、聞いてもらっていい?」
はぁ、と大きな溜め息。そんな水泥くんを見たら色々あったのだろうと思って私達は何度も頷いて彼の心情に耳を傾けた。
水泥くんはこの数ヶ月、天ステについて凄く大変な思いをしたそうだ。座長は主人公である初舞台の子だけど、天日々に関しては未読。それに関しては仕方ないし、原作を全て読めとまでは言わなかったけど、演技がどうにもキャラとは違いすぎる。
主人公役の子以外も演技に難ありな役者がちらほら。むしろ舞台経験者が水泥くんと白樺しかいないし、台本も確認したらエンディングが原作とは全く違うものになっていて、頭を抱えてしまったそうだ。
練習をしてもなんだか学生のお遊戯会感が否めなくて、しかも舞台演出家は顔さえ良けりゃいいみたいな人らしく、あまり稽古に関わらないという問題児。……よく仕事が出来たな、こいつ、と思わずにはいられない。
このままではお客さんに見せられない出来になると、唯一メンバーの中で原作を知るたった一人のファンである水泥くんが動いた。
まずは和歌山の実家に置いていた原作の漫画を両親に連絡して送って来てもらい、稽古場で役者に読んでもらうことにした。せめて自分の演じるキャラくらいは知ってもらうために。
「まぁ、みんな気になってたみたいだからすぐに漫画を見てくれたから役作りの手助けにはなったんだけどね」
それから脚本家に台本の訂正を依頼。しかし、何度頼んでも書き直してくれなくて、このままじゃ原作ファンも納得しないのにと焦る中、座長を始め漫画を読破した他の役者も台本の最後に納得いかないと共に抗議をしたそうだ。
このままでは役者達がボイコットをしかねない。そこまで来たところで脚本家は折れてエンディングを原作と同じようにしたとのことだ。
そもそもなぜエンディングだけ変えたのかというと、舞台だけのオリジナリティを出したかったとのこと。……原作を使ってる時点でオリジナリティとか言うんじゃないよ。そんなのはただの二次創作でしょ。
役者の演技に関してはもうめちゃくちゃ練習したとのこと。演出家は頼りにならないので自分達で納得出来るまで稽古をした。それこそ遅くまで、休日でも自主練するくらいに、まるでドラマである。
白樺もなんだかんだ与えられた役割はしっかりこなしていたし、台本訂正の抗議にもいたんだって。
白樺にしてはちゃんとしてるんだと思ったら「寧山さんが観に来るっつってたし、つまんねーもん見せられるかよ」と、いかにも奴らしい理由であった。
想像以上に大変だったんだっていう気持ちと、水泥くんのおかげで天ステがここまで改善されたのかと思うと本当に彼には感謝しかない。
「水泥くん、本当に凄いね……水泥くんがいなかったらきっととんでもない出来になってたと思う」
「そんなことないよ。やれることをやっただけだし」
「でも、自分のことでいっぱいいっぱいになるのにそこまでする余裕はないはずだよ」
「まぁ、佐々木さんに釘を刺されたけど、僕以外が良くなかったら全体の評価としても良くないし、それに橋本さんにも酷いものを見せたくなかったからね」
おおう……白樺の理由と同じじゃないかそれは。わざわざ私の名前を出さなくてもいいと思うんだ……めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか!
「絆奈、顔赤いで」
「ビール飲んでるからねっ」
そう言い訳するしか出来ない。お願いだからからかわないで、親友よ……。
「そういえば明日は何するの?」
「明日はなー、師匠に頼まれた有名和菓子屋の視察に行って……あとはなんやったっけ? なんか食う言うてたな」
「パンケーキや! めっちゃ美味い所あんねんて!」
「あぁ、それやそれや。パンケーキな。東京しかないから新奈が行きたい言うててな」
「あと天日々グッズ買いにアニメショップに行くんよ。天ステ効果でグッズがよう出とんのや」
「……と、まぁ、こんな感じで私が案内するの」
「そうなんだ。いいなぁ、僕は明日も公演だから一緒に行けないのが残念だよ。しかも明日帰るんだよね? お見送りにも行けなくてごめんね」
そう。水泥くんは明日も天ステ公演があるので明日は遊べないのである。だからニーナと芥田くんと会えるのは今日だけ。
「まぁ、その分今はめっちゃ酒飲んで楽しむしかないわな! 水泥、じゃんじゃん飲むんやで! 俺の奢りやないけど」
「いや……僕、アルコール弱いし明日も公演だからお酒は飲めないけど……」
「気持ちの問題や! 気持ちの!」
芥田くんが水泥くんの肩に手を回してビールのおかわりを頼む。絡み酒なのかな……。あれはちょっと面倒臭そうだな、なんて思いながら少し遅くまで居酒屋で盛り上がった。
翌日、昼前にニーナと芥田くんと合流し、まずはニーナの要望であるパンケーキを食べに行った。
ふわふわぷるぷるとした存在感の大きいパンケーキはまるで空気のように軽くて、見た目とは違いあっという間にぺろりとなくなってしまう。
そのあとはアニメショップ。天日々のグッズなどが一箇所に集まったコーナーが設けられて、ニーナは大好きな拓真のグッズを色々と購入していた。
芥田くんはアニメショップ自体あまり来ないから最初は興味本位でぐるっと見回っていたのだけど、すぐに飽きたらしくニーナの元へ戻ってからはずっと彼女の後ろを「飽きたー」と言いながらただ歩いていた。……親にくっつく子どものようだ。
ニーナが満足したところで今度は芥田くんの要望でもある和菓子屋巡りに出かける。
安堂さんに頼まれて、いくつかの店舗に寄り、一番人気の商品を購入したり、店内で陳列されている商品がどんな物があるのかチェックしたりと、首都での和菓子屋の様子を芥田くんは必死にメモを取ったり、店員さんに聞き込みなどをしていた。
「芥田くん、すっごいメモ取ってるね。全部安堂さんに頼まれたの?」
「ん? あー……頼まれたんは人気の和菓子を買うことと、庵主堂になさそうな商品をチェックすることなんや。こっちは俺が勝手に調べとるだけ」
「そうなの? 勉強熱心なんだね」
「まぁ、色々知りたいって思うとったしな」
和菓子の世界は厳しいとは聞くし、なかなかにハードだとも聞く。それでも芥田くんは安堂さんの元で頑張ってるみたいなようで、なんだかんだ続いてるのだからもはや才能なのか、天職なのか。
「芥田くんはやっぱり和菓子職人になるのは変わらないの?」
「せやなぁ。体力めっちゃ使うし、しんどかったりするけど、練り切りは相変わらず楽しいし、師匠の技を見るのも楽しいし、師匠との繋がりで色んな人と出会うのも楽しいんよな」
「稔、これでもめっちゃ頑張っとるんやで」
「これでもってなんやねんな……」
ニーナも頑張りを認めてるようだし、芥田くんが立派な和菓子職人になる日が楽しみである。いつか食べられるといいなぁ。
そんなふうに二人の目的を達成したところで、ニーナと芥田くんの帰りの時間となってしまった。
お見送りは私一人。水泥くんは恐らく公演の真っ只中だろう。
「あっという間だったね」
「やっぱ一泊じゃ物足りひんなぁ。もう一泊すれば良かったわ」
はぁ、と溜め息を吐くニーナ。確かに前回の物産展なんて一週間滞在だったから、それに比べたらすぐである。
「まぁ、また来ればえぇやろ。俺も付き合ったるし」
「そのときはまた言ってね! 楽しみにしてるからっ」
「自分はそろそろこっちへ顔出さんかい。瑞希さんもよう言うてたで」
「あ、あはは……推し事がなければ……いつか……」
ニーナの視線が冷たく刺さる。だって……推し事が忙しいんだよなぁ~~!!
でも、またちゃんと合間を見て帰らなきゃだ……お父さんとお母さんも気になるといえば気になるし。
「まぁ、えぇわ。今度はこっちで会えるか故郷で会えるかわからんけど、また遊んでや。じゃ、そろそろ行くわ」
「またな、橋本。水泥にもよろしく言うといてや」
「うん。またね、ニーナ! 芥田くん!」
改札口に入り、新幹線のホームへと向かう二人が見えなくなるまで手を振る。見えなくなると急に静かになったことを実感し、なんだか寂しくなってしまう
それにしても二人の仲は変わらず良好なようで良かった。最初は上手くいくかわからなくて若干不安もあったけど、なんだかんだお似合いのようで安心だ。
「……さて、帰ろうか」
次はいつ会えるだろうかと考えながら踵を翻し、帰宅しようとした矢先のことだった。スマホが着信を知らせる。
誰からなのだろうと確認すると、そこには絆ちゃんの名前が表示されていた。
「絆ちゃん?」
どうしたのだろうと、その電話に出てみれば何かに怯えて焦るような絆ちゃんの声が聞こえた。
『お、お姉ちゃん……っ!』
「絆ちゃん……? どうかしたの?」
なんだか様子がおかしい。声が震えていて、ただごとではない気がした。
『た、すけて……お姉ちゃん、お姉ちゃん……』
「! 絆ちゃん、今どこっ!?」
助けを求められている。何か事件にでも巻き込まれたのか、そう思うと血の気が一気に引いた。
こうしてはいられないと、私は絆ちゃんのいる場所を聞き出し、急いで向かうことにした。
そのため、一旦電話を切るのだが、その際に彼女は気になる言葉を残す。
『あたしが……いなくなっちゃう……』
なんだか嫌な予感しかしなかった。絆ちゃんの存在は稀有なものだ。元々絆ちゃんの身体ではないことを考えると、元に戻ろうとしているのではないか。
焦りを覚えた私は絆ちゃんの元へと走り出した。




