推しへ、批判される未来の舞台に来ました
梅雨の時期、空は雨模様。もしかしたら雨が降るかもしれないと思い、折り畳み傘を手に私は新幹線の改札口で人を待っていた。
時間を確認してそろそろかなと、待つこと数分。待ち人がキャリーを引きながらやって来た。
「絆奈ー!」
「ニーナ! 芥田くん!」
待ち人は同郷のニーナと芥田くんである。二人と会うのは昨年の秋以来。大体半年以上振りだろうか。
本日はこの三人で水泥くんの出演する『天上生活の日々』略して天日々の舞台化である天ステの観劇に向かうのだ。
しかし、死に戻る前の記憶では天ステははちゃめちゃに酷い出来だったと批判されたとんでもない舞台である。
天日々ファンのニーナがガチ切れしてアンケートでボロクソに書いて出したくらいだ。
観てない私がハラハラするのもおかしいんだけど、この日を楽しみにしてわざわざ和歌山から来てくれたニーナに嫌な気分にさせてしまうのは申し訳なくなってしまう。前世でその評判を知っているせいで……!
でも、酷い出来だからやめようなんて言えるわけもない。こんなに楽しみに活き活きしてる子にそんな酷いこと言えないし、逆に「は? なんで始まってもないのにそう言いきれんの?」と喧嘩に発展してしまいそうである。
ニーナがガチ切れすると圧倒されちゃうくらいめちゃくちゃ怖いんだよ……。
まぁ、私はそれで鍛えられたってのもあって大概の人に喧嘩売られても怖くないんだけどね。ニーナに比べたら、って思っちゃう。
「久しぶりー! お疲れ様ー!」
「橋本、相変わらず元気そうやな」
「ほんまやわ」
「そりゃあ、ニーナ達と会えるのに元気ない方がおかしいよ」
「せやったらこっち帰って来んかい」
「はは……」
ごもっともな発言には返す言葉もないので愛想笑いするしかなかった。
そんなニーナのたっての希望で初日の一回目である夕方公演に決めたため、まだ今回の天ステの出来がどのような物かはわからない。だから不安で仕方ないのだけど。
せめて前評判さえ知っていればなー。ニーナに前もって心積りしてもらうことが出来るんだけど。
でも、まだクソ舞台とは決まっていない。前生ではキャストにいなかった水泥くんと白樺がいるんだ。少しはマシになるだろう。彼らの存在によってどこまで良くなるかはわからないけど。
ゲスト扱い以外では初めての外部出演になる水泥くんには成功してほしいとは思うんだけどね。せめてクソ舞台でも彼の評価はいいものであってほしい。
先にニーナ達の荷物を預けてから開場まで時間があるので少しだけ都心でショッピングやカフェでまったりしつつ、劇場へと向かう。
道中、ニーナの天日々への愛を沢山聞かされ、彼女の期待が物凄く上がっていることに気づき、心の中で焦りが生まれた。
期待すればするほど落胆は大きくなるから出来るだけ肯定するような相槌はせず、だからと言って否定もしない。
「絆奈、なんやあまり乗り気やないんちゃうん?」
「えっ!?」
「せやな。もしかして観たくないんか?」
「いやいやいや! そうじゃないよ、そうじゃないんだけど……ほら、ニーナの好きな作品だし、こういう実写化ってやつは当たり外れあるからちょっと不安だなぁって……」
「なんや、そんなこと心配しとったん?」
「心配するでしょ。ニーナだって好きな作品が酷かったら許せないだろうし」
好きな作品が汚された! って叫ぶのも目に見えてるし、今からニーナを慰める心構えもしておかないと。
「まぁ、確かに酷かったらめっちゃ怒るかもしらんけど、そんときは自分らと愚痴って遊んで発散するからえぇよ。それに天ステ自体も楽しみやけど、それ以上に水泥くんが活躍するんやで? そっちが一番の目的でもあんねんから」
天ステより水泥くんの存在が勝ってる! まぁ、そのくらいの気持ちでいてくれたら少しは天ステの出来が悪くてもなんとかなるかな。
ただ……水泥くんや白樺の演技次第の所もある。白樺に至ってはニーナの推しキャラだし。
劇場に着くと、ロビーでは物販が売られていた。パンフレットからブロマイド、Tシャツなど。
一先ず、パンフレットと水泥くんが演じるリヒトのブロマイドを購入しようと物販に並ぶことにする。
芥田くんは物販には興味がないらしく、先に座席に座りに行った。
せめてリヒト役の水泥くんのブロマイドとか買わないの? と言っても「何が悲しくて友人とはいえ男のブロマ買わなあかんねん……」と返されて、確かに芥田くんが水泥くんの写真持ってるのが想像出来ないなと納得してしまう。
買って応援するって方法なんだけど、そこは無理強いしてはいけない。
物販に並びながらお客さんの購入風景を眺めて、売り上げ具合など確認する。
やはりお客さんは原作ファンが多いので原作人気のキャラの売り上げが多そうだ。
天日々での一番人気キャラはニーナの推しキャラでもある拓真である。白樺自身も顔がいいし、イケメン枠の拓真はピッタリだ。
その次に人気なのは主人公や別のキャラ。水泥くんが演じるリヒトは人気で言うと上位ではあるが、拓真や主人公に比べると霞んでしまう。
それを差し引いてもリヒトのブロマは私の想像より捌けている気がする。やはり水泥くん追いも多いのだと思う。
「ニーナ、物販は何買ったの?」
「パンフと拓真ブロマとリヒトブロマ。絆奈は?」
「私も同じく!」
「なんや拓真のも買ったん?」
「推しの旦那だから写真見てたらつい買ってしまった……」
「あぁ……そういうや言っとったな。絆奈がずっと待ち望んどった推しのお相手さん」
買うつもりはなかったのだが、いざ自分が購入する番になったときにサンプルをちらりと見たらいつの間にか買ってしまっていた。
前世なら白樺のブロマは無視していたかもだけど、なんだかんだ関わりを持ってしまった仲ということと、推しとの絡みへの感謝の気持ちを込めての課金だ。……あと推しには私の活動はくれぐれも内密にしてくれという願いも込められている。
キャラメイクはパンフやブロマを見る限りとても良さげではあった。これは前回の人生でもそうだったらしく、ニーナだけでなく他に観劇した人達みんな「キャラメイクが良すぎたからアレで騙された」と口を揃えて言っていたくらいである。
確かにキャラメイクが良かったら中身も期待出来るって思っちゃうよね。それなのに、まさか上演したらとんでもないものになるとは誰も思わないもんなぁ。
物販を終えて座席へと向かうと、先に座っていた芥田くんはスマホをいじって誰かとメッセージのやり取りをしている様子だった。そして私達に気づくと機嫌良さげに話をする。
「やっと戻って来たやん。ちょうど今水泥とメッセで話しててん」
「本番前に迷惑かけてへんやろな?」
「そんなんするかいな。水泥に応援してやってんねんぞ」
「はいはい。そんで水泥くんはなんやて?」
「『ガッカリさせないように頑張るね』やって」
……現実にならないことを祈りたい。例え水泥くんと白樺がちゃんとした演技をしたとしても他の面子は変わりないみたいだし。
色々な不安が入り交じりながらも時間は止まるわけではないので、上演時間ちょうどに場内の明かりは消灯し、天ステの幕は上がった。
天上生活の日々という漫画が原作であるこの話の舞台は天上界。
死後に魂が向かう場所で、生前の行いを覗くことによってその魂の価値が決まり、次の転生先へと向かうための準備をする魂の診断というものがある。
主人公もその一人なのだが、彼を含め震災の影響で亡くなった人ばかりが天上界へ集い、魂の診断を受ける人がわんさかで長い時間待たされることになった。
そんな中、悪意を持った魂が自由を得るため、天上界の人の体を奪って暴れ回る行為……通称、魂の暴走が起こるのだが、主人公の活躍によって暴走を起こした魂を捕獲することに成功した。
その後、魂の診断を受けた主人公はまだ死ぬ予定もないのに死んでしまった魂だったようで、転生することが出来ないと言われてしまう。
原因解明するその間、天上界で働いてもらうことになった主人公は魂を捕獲したということもあって人手の足りない、魂の暴走取締官に任命されてしまった。
という感じで天上界のギャグありシリアスありバトルありの少年誌漫画である。
ちなみにニーナの推しである拓真は主人公の幼馴染みだけど、中学生時代に他界してしまい、転生せずに天上界で働くことを決めたイケメンくん。
明るく優しい性格だけど、実は主人公には恨みがあって、裏では主人公を陥れようと動く……というような少し訳ありのキャラである。
それを白樺が演じるので拓真の裏の顔は白樺にぴったりなんだよね。
水泥くんが演じるリヒトは天上界の住人の一人。魂の暴走によって身体を奪われてしまった被害者で、初めて主人公が助ける人でもある。
魂の暴走取締官になった主人公に色々教えたりする解説担当。性格は弱気で臆病なのだが、物語が進むことによって勇気や目標を持ち始め、大きく成長していくキャラとなる。
さて、問題の舞台内容なのだが、驚くことに身構えていた内容とは程遠い良作であった。……えっ? なんで?
普通に魅入ってしまって何も気にせず、気がついたら幕を閉じていた。
会場は気持ちのいい拍手で作品を讃え、私も自然と手を叩くのだけど、内心何があったのかわからずに混乱する。
……誰だ? クソ舞台だって言ってたのは? いや、時間が戻る前の観劇者達なんだけど……。
だって、一部の役者は前世と同じ面子だったはずなのに、違和感のない演技でしたけど? 全然噂に聞いてたほど酷い演技でもなかったし、エンディングも原作通りだったんだけど、一体何が起こったのか?
「めっっちゃ良かったわ……天日々の舞台がこんなにもえぇ出来になるやなんて……」
暗かった劇場内に明かりが点灯する。観客は少しずつ席を立ち、帰り支度をする者や物販に向かう者などが目に入る中、ニーナは感動して今にも泣きそうであった。今のニーナでこの反応なのだから、やはり今回の内容は前世とは別物なんだと思う。
なんで良くなったのかはわからないけど、別に悪いことじゃないし、ニーナも満足しているし、私もハラハラせずに終わったので良かった良かった。
「思っていたよりもいい舞台でびっくりしちゃった」
「俺も寝ずに観れたわ。アクションシーンとか迫力あったしなぁ」
先日、原作を無理やりニーナから押し付けられて漫画を読破したらしい芥田くんにも受け入れられたようで一安心である。
このあとは水泥くんと合流して四人で舞台出演おめでとう&お久しぶり会として夕飯を食べる約束だ。
きっと水泥くんと合流出来るのはもう少しあとになると思うので、その間近くをぶらつこうということになり、私達は一旦劇場から出ることにした……のだったが。
「あれ? 絆奈ちゃん?」
劇場からロビーへと出ると、ニーナでもない、芥田くんでもない呼び方で私の名を呼ぶ人がいた。
その声を聞いてびくりとなった私は恐る恐る声のした方へと向けば、そこにはやはりと言うべきか、推しが立っていたのだ。
あぁ、やっぱり! 推しの声を聞き間違えるなんてこと絶対にするはずがないから声でわかってしまった!
なんで推しがここに! という疑問は浮かんだけどすぐに解決した。だって事務所の後輩である水泥くんと白樺が出てるもんね。そりゃそうか。推しは後輩の舞台とか行くし、なんら不思議ではない。
「ね、寧山さん……いらしてたんですね」
「うん。二人が出てるからね。事務所の仲間と来てたんだけど、絆奈ちゃんが見えたから慌てて追って来ちゃった」
わざわざ追いかけなくて良かったんじゃないかなーー!? 事務所の人と一緒なんでしょ!?
「それは事務所の方に迷惑をかけてしまったのでは……」
「もちろん、ちゃんと一声かけて来たから大丈夫だよ。それに絆奈ちゃんも来るとは思ってたけど、まさか今日だとは思ってなかったからつい嬉しくて……」
はーー……。リップサービスが上手くなったね、推しよ……。はにかむ表情も可愛くて仕方ないし、今日も推しが生きてることに感謝しなければ。しかし、私じゃなかったら勘違いするから気をつけてね……。
「絆奈ちゃんはお友達と来てるんだよね? 確か、物産展にもいた学生時代からの友達の子だったかな?」
「あ、はい。そうです」
ちらり、とニーナと芥田くんを見たら二人はひそひそとこちらを見ながら話をしてるようだ。……変な勘違いしてなきゃいいんだけど。
「長時間絆奈ちゃんを独占しちゃうのはまずいね。それじゃあ、今日はこの辺で。じゃあね、絆奈ちゃん」
「はい、お疲れ様です」
手を振る推しに合わせて手を振り返して推しを見送る。推しが見えなくなったところで同郷の二人が何か言いたそうな視線を向けるので痺れを切らした私が口を開く。
「……な、なに?」
「相変わらずあの人は絆奈に関わるんやなーって」
(水泥の奴も難儀なもんや……)
「推し、私のことを友人と思ってるから……」
「ふーん。まぁ、それくらいならえぇけど」
それくらいって何が? まさかそれ以上の感情があるとか疑ってる? いやいやいやいや。ない。絶対にないから!
「と、とにかく外に出よっか! ねっ?」
変に突っ込んでしまうとさらに勘違いをしかねないので話を切り上げ、劇場に出ることを促して、近くを散策したり明日の予定などを話し合った。




