推しへ、一人舞台観劇のため両親を説得しました
パソコンクラブの日を楽しみに日々学校に通い、伸び伸びと自由な学校生活を送っていた。
それから年が明けて一月。恒例の家族からのお年玉を有難く頂き、気づけば私の貯金額は七万円を超える。
娯楽を楽しめないのが残念だけど、既に展開の知っているものには費やせない。
本当ならばちゃんと支払いたいのだけど、まだ自分では稼げないのでいつかまた漫画など収集したいものである。
あとは特に遊びに行くこともないし、お小遣いを使う機会があまりないのが幸いだ。
そこへ、一通の手紙が届いた。
「!! これは……!」
それは推しが入っている劇団からの手紙。
いつの日だったか、パソコンクラブにて公演案内を希望する手続きを行った。そうすると公演の案内が送られて来るし、先行予約も受け付けてくれるのだ。
急いで封筒を開けると、中には思っていた通り、公演のチラシと案内の書かれた手紙が同封されていた。
五月のゴールデンウィークに行われる劇団影法師の都による次の公演は『夢を売る人々』というタイトル。
チラシには出演者の名前と写真、あらすじや公演日などが記載されていた。
「よ、ようやく……ようやく推しの初舞台が……!」
思わずチラシを持つ手が震える。心臓もバクバクしてきた。
逸る気持ちを抑えながらも私はまだ喜びに舞い上がるわけにはいかない。
何故ならば、ここからが超難関なのである。
「お父さん、お母さん。お話がございます」
家族が揃う夕食時。食べ終わるのを見計らって私は真面目な顔と口調で二人に話を切り出す。
そう。両親の説得である。
残念ながら中身は大人と言えど、今の橋本 絆奈はまだ十歳。一人で観劇どころか和歌山から東京まで一人で向かうなんて親ならばなかなか許さないだろう。
「ど、どうしたんだ? そんな改まった口調で」
「絆奈?」
「今年のゴールデンウィークに一人で舞台を観に行きたいの」
「「舞台?」」
二人の驚く声が揃う。それもそのはず、いつも本を読んでいるばかりの娘が突然舞台に行きたいと言い出したのだから。
「近場で何か催し物とかあったかしら?」
「いや、大阪なんじゃないか?」
「東京なの」
そう告げると、お茶を飲んでいたお父さんが思いきり吹き出した。そのまま噎せてしまったのだろう、げほげほと咳き込む父に母が背中をさする。
「とっ、東京だって!?」
「東京で何の舞台を観るの?」
「これ……」
おずおずと両親の前に差し出す、劇団のチラシ。それを見た二人は難しい顔を浮かべる。
「……あまり大きくない劇団よね」
「わざわざ観に行くほどとは父さんは思えないんだが」
「私は観たいの! どうしても! 絶対に、絶対に!」
説得は難しそうだけど、ここは絶対に引けない。このために今まで我慢してきたのだから。
「大阪ならまだしも……東京はねぇ」
「舞台なら父さんが近くのを連れて行くからこれはやめなさい」
「これじゃなきゃダメなの! 私が観たいのはこれ!」
「絆奈、せめてもう少し大きくなってからにしましょう。それからでもいいじゃない」
「ダメッ! 舞台はナマモノなの! この舞台はこの日しかやらないの! 公演ごとに違ったものが観られて、その日にしか観れないものだってあるし、全く同じものなんて絶対にないんだよ!」
私は必死だった。いつもは我儘なんてそうそう言わない娘がこのときばかりは聞き分けないのだから両親も戸惑っているだろう。
「絆奈がここまで言うなんて……。でも、この子ももう五年生になるし、いつもしっかりしてるから大丈夫じゃないかしら?」
「お母さん……!」
「駄目だ。父さんは反対だ。一人で東京なんて行かせるわけにはいかない」
母が折れてくれた。それなら父も、なんてのは甘い考えだった。いつもは私にめちゃくちゃ甘い父が断固として反対する。
「私、ちゃんと調べたよ。一人で行けるようにちゃんと新幹線の時間とか目的地の場所までとか全部!」
「駄目だったら駄目だ。お前にはまだ早い」
「お父さん、お願い! 私、どうしても観たいの!」
「諦めなさい!」
どうしても頷いてくれない。こんなにもお願いをしているのに聞き入れてくれない。
こっちも思わず頭に血が上る。
「っ……! お父さんなんて大嫌いっ!!」
「ぐっ!」
どうやら精神的にダメージを受けたのだろう。父は胸を掴んでは俯いた。
そんな父を見捨て、私は部屋へと立てこもる。母の呼ぶ声が聞こえたが、そんなのはお構いなしだ。
(仕方ない……強行突破するしかないな)
説得出来なかった場合はそのつもりだった。でも、出来れば両親の許可を得て、心置きなく観劇したかったのだけど、失敗したのなら仕方ない。
幸いにも母は折れたので多少気持ちは軽かった。
とりあえず舞台のチケットを確保しなきゃ。そんなに競争率が高いものではないのでまだ安心なんだけど、それはそれで複雑なオタク心である。
(電話予約したいけど……親のいない隙じゃないと難しいだろうな)
この劇団は今はまだ電話予約のみの時代。携帯もないので家の固定電話じゃないと予約が出来ないから、さすがに両親のいる中で電話はかけられないので二人が家にいないときにやるしかない。
それから暫くは父を無視した。頑なに駄目だと反対するのだからこっちだって怒るのは当然だ。
もちろん、父の言い分もわかる。親ならば子どもを一人で遠くに行かせるのは少なからず危ないと思うものだ。
それでも、私なら大丈夫だと言われるため、今まで真面目にしっかりとした娘として生きてるのにそれを信じてくれてもいいでしょうよ。
父に声をかけられても、つーんと無視をした結果。見る見るうちに生気がなくなっていた。
だけど、私は意地になる。それだけ本気なのだから。
それから一週間後。
「……絆奈が本気で舞台に行きたいのはわかった。その強い思いに父さんも許そうと思う」
「!」
夕飯時に父から口を開いた。根負けした父に勝ったのだと今まで目を合わせなかった視線を彼に向ける。
「許すから……だから! 父さんを無視しないでくれ~~!!」
「「……」」
泣きべそをかく父に母と共に哀れんだ。なんと情けないことか。
何はともあれ、両親共に一人観劇の許可が降りたので、あとは舞台の日を楽しみにするだけだ。




