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推しへ、アクシデントがあることをすっかり忘れていました

「あら、お二人はお付き合いされているんですか?」

「「違います」」


 次にやって来たのは雪城さんウンディーネ。まさかそう尋ねて来るとは思わなくて、白樺とハモるように否定する。


「それは失礼致しました。お互いに好きだと言い合ってましたのでてっきり」


 にっこり笑うウンディーネは絵画のように美しいけど、会話を半分耳に入っていたようでドキリとしてしまう。

 さすがにしらねやの話をしてましたなんて言えるわけないし、公の場で少しとはいえ危ない会話をしてしまったことを反省する。


「あ、あぁ、好きっていうのは、デザートの話でして……」

「そうだったんですね。デザートはお口に合いましたか?」

「はい、美味しかったです」

「あなたはどうでしたか?」

「美味かったでーす」

「それは良かったです。他の方とはお話しましたか?」

「サラマンダーとシルフが来てくれました」

「では、あとはノームだけですね。間もなくいらっしゃると思うので楽しみにしてください。あの方は口数が少ないですが、きっとあなた方とお話するのを楽しみにしてますよ」

「はいっ、楽しみにしてます」

「同じく」

「ふふっ。では、私は次に参ります。お二人に水の加護がありますように」


 秀麗な雪城さんウンディーネが美しい所作でお辞儀をし、次のテーブルへと向かう。

 いつ見ても明るく姉御肌的な雪城さんがお淑やかなウンディーネを演じると別人みたいで役者って本当に凄いなと改めて思った。


「はー……ウンディーネはやっぱり綺麗だなぁ」

「そりゃそうだ。容姿端麗じゃなきゃウンディーネ役は出来ねーからな。オーディションの条件にも入ってるし」

「……そういう話は聞きたくなかったなぁ。美醜の基準なんて人それぞれだし」


 知ってはいたけど、現場を知るアクター本人から生々しいパークの裏側を聞かされると夢が壊れる。


「でも、綺麗だって思っただろ。そういう感動を与えるためにも中途半端な役者は使わないだけだ。役者ってのは演技が上手けりゃそれでいいわけじゃねーんだよ。その役に見合う容姿ってのも重要だ。見た目ってのは良くも悪くも人に大きな印象をつけるもんだからな」


 これは驚いた……白樺でもまともなこと言うんだ。いや、確かにそうなんだけどね。うん、役者だもん。見た目も大事だったりするよね。


「まぁ、美醜の基準は人それぞれって言うのは同意するぜ。俺、雪城さんは顔は整ってるとは思うけど美人とは思わねーし」

「はあっ? 嘘でしょっ!?」

「だから、基準は人それぞれなんだろ?」

「いや、そうだけど……それでもあんな完璧な人を美人と思えないなんて逆に誰が美人な」

「寧山さん」


 私まだ喋ってる途中なんだけど? いや、それにしてもちょっとは期待していたとはいえ、そんなしらねや二次創作みたいな台詞はさすがにないかーって思ったらしらねや二次創作みたいな台詞を言ってきた。

 さすがガチで推し至上主義の男は違う。推しのために役者の道に進んだだけある。

 そりゃあ、推しも美人だよ。推しゆえにフィルターがかかってるけども。でも、白樺の言葉には完全に同意なので全力で頷く。


「確かに美人さんですね」

「当たり前だろ」

「こんばんは、歓談中に申し訳ない。挨拶に来させてもらったんだが、何を話してたんだ?」


 そこへ、推しノームがやって来たため、びくりと身体を跳ねた。

 やばい、今日は色々とタイミングが悪くない? 話の内容は聞かれてない? いや、推しは美人だって話だから聞かれても問題はないのだけど、困らせるのは目に見えるし。


「ちょうどノームさんは美人だなって話をしてましたよ」


 わざわざ言うのか白樺よ! しかもにっこりとわざとらしく。推しを困らせる気満々だな! けど、そこがいい!


「……。それは……初めて言われたな」


 演技なのか素なのかわからないが困ってる。さすがに私は推しを困らせたくないので思ってても口にしないけど、親しい後輩で好きな子ほど虐めたい白樺だから出来ることだ。


「ノームさんが美人だってことは結構有名ですけどね(俺らの中では)」

「……そうなのか?」


 ちらりとこちらに目を向けられた。そう尋ねられたら答えは一つしかないんだよ。


「はい、その通りです。顔も整ってますし、綺麗です」

「そのような褒め言葉はウンディーネに向けられるものだと思っていたが……」

「もちろんウンディーネさんも綺麗ですし、美人さんですよ。そしてノームさんも美人さんだねって会話をしてたんです」

「なるほど。人の好みはわからないが、そういうふうに感じる者もいるのか。しかし、私としては格好いいと言われる方が嬉しいが」

「「もちろん格好いいです!」」


 またしても白樺とハモった。やはり彼は生き別れの兄とかではないだろうか?

 そんな私達に推しノームはくすりと小さく微笑んだ。そうそう! この表情がまた美しい! 表情をあまり変えないノームの感情が少し漏れるこの顔!


「仲睦まじいようで羨ましいな」


 ……羨ましい? 誰が? あまりピンと来なかったのだけど、推しの視線が私に注がれるのでハッと気づいてしまった。

 もしかして推しは白樺と仲のいい私が羨ましいのかもしれない! つまりしらねやルート入るのでは!? 誤解だし、不本意ではあるけど、しらねや創作のネタをありがとうございます!


「さて、私はそろそろ行こう。話をしてくれてありがとう。私も楽しませてもらった」

「あ、はい。ありがとうございました」

「どうも」


 どうやら時間だったらしく少し名残惜しそうに推しは去って行った。推し……今日も顔がいいな。

 白樺もさぞかし満足しただろうと思って、彼に目を向ければなぜか不機嫌そうな表情の白樺が私を睨んでいた。……なんで!? この一瞬で何が君の機嫌を損ねたの!?

 ハッ! まさか白樺は私と仲睦まじいと言われたことが不愉快だったのか!


「なんでそんな顔するんですか……」

「寧山さんに構ってもらってムカつく」

「平等な扱いでしたけど!?」


 もうやだ、白樺面倒臭い!! 私を敵視するより、推しとの絡みを沢山ちょうだいよ!

 相変わらず白樺の扱いが難しいと思っていると精霊達の挨拶回りが終わったのか、四人が合流して終わりの挨拶を始めようとする。


 そういえば、前世ではこの精霊ディナーショーについて何かあったような気がするんだけどなんだったかな。

 一時、SNSで盛り上がっていた出来事……。私が思い出せないということは大したことじゃないのかもしれない。しらねやに関することではないのは確かだ。


『皆様、改めまして本日は精霊ディナーショーにお越しいただきまして誠にありがとうございます。皆様と少しでも素敵なひと時を共に楽しめて私達も……』


 雪城さんウンディーネが挨拶をしている最中、突然ダイヤモンドホールが揺れ始めた。

 最初は小さな揺れだったので周りのゲストも気づくか気づかないかくらいのもので、私も「ん?」と思ったのだけど、次第に揺れは大きくなり、ゲスト達も騒ぎに声を上げる。……地震だ!

 天井の大きなシャンデリアも落ちてくるのではないかと不安を煽るように大きく揺れている。

 そんな中でもホテルのスタッフはこういうときの対応もしっかりと叩き込まれているのだろう、ゲストにテーブルの下に隠れるよう声をかけるが、グラスが落ちて割れたりしてパニックになる人も多いし、ゲストの悲鳴に近い声の方が大きくてなかなかスタッフさんの声が届かない現状である。


『皆さん! 落ち着いてテーブルの下に隠れてください! 身を守ることを第一に考えましょう!』


 そこへ、マイクを通してゲストに指示を出す推しの声がホールに響く。凛とした頼りのある声にゲストも彼の指示に従って次々と自分達が使っていたテーブルの下に潜り込む。

 そこでようやく私もハッとしてこんなことをしてる場合じゃないと気づき、すでに白樺が潜っているだろうテーブルの下に潜ろうと向かうも、揺れのせいでバランスを崩してしまい倒れてしまった。


「いたたっ……」


 バランス感覚が悪くなってしまったのか、こんなことでよろめくなんて。

 這いつくばってテーブルの下に行こうと軍隊の気持ちで這っていると、すぐ近くで「橋本さん!」「絆奈ちゃん!」と同時に私の名を呼ぶ声が聞こえる。

 顔を上げればなぜか推しと水泥くんが私の元へ駆け寄って来てた。マイクは地震のせいなのかオフになっている……って、なんで来たの!? 君達どうして隠れてないの!? その身が商売道具なんだから一番に避難してくれないと困るんだけど!?


「ふ、二人とも何やってんですか! 早くテーブルの下に潜って!」

「え、ちょっ」

「うわっ」


 まだ揺れが続く中、身体を起こして火事場の馬鹿力を発揮し、二人をテーブルの下に避難させるため、腕を引っ張って無理やり押し込めた。

 そして私もテーブルクロスを捲ってそのまま揺れが収まるまでテーブル下に潜り込む。

 私、白樺、水泥くん、推しの四人という少し窮屈な状態ではあるが、避難しないよりはマシである。


「……寧山さんが来たと思ったらなんで水泥までいんだよ」

「仕方ないでしょう。嫌なら出てってください」

「二人とも騒がないの」


 地震だというのにあの二人は緊張感がないなぁ……そりゃあ、推しも注意をするよ。

 そうしてる間にも揺れは収まったようで、推しが「様子を見るからみんなはまだ待ってて」と言って先にテーブルから出て行った。


「皆さん、まだそのまま隠れてください! もうしばらく待ちましょう!」


 推しの姿が見えないのでわからないが辺りを見回しているのだろうか、カーペットが彼の足音を消しているので判断出来ないけれど。


「恐らくもう大丈夫だと思います。皆さん、一部の床はグラスが割れて破片が落ちてますので辺りを確認しながら出て来てください」


 推しの声を聞いてペラリとテーブルクロスを捲り、グラスが落ちてないかを確認して、テーブルの下から這い出ようとすると、スッと目の前に手を差し出された。見上げればそこには推しが……。


「えっ?」

「手を取って」

「じ、自分で立てま、すっ……!?」


 お断りをしようとしたら手を引かれ、私の意思は関係なく立たされてしまった。ひぇ……顔が近い。


「無事で良かった」

「あ、その、ありがとうございます……」


 必殺の微笑みにノックダウンしそうになる。顔がいいんだからもう少し距離を考えてほしい!


「ノームさーん。俺にもー」


 そこへムスッとした白樺が自分もとテーブルの下でしゃがみながら強請っている。さすが白樺。チャンスがあればグイグイ行く所嫌いじゃないよ。

 推しもそんな白樺を見て小さく笑いながら「はいはい」と呟き、彼の前に手を差し伸べた。


「どうぞ」

「どーも」


 推しの手を取り、白樺が立ち上がる。その様子を見ていると、水泥くんが心配そうに声をかけた。


「橋本さん、大丈夫? さっき転んでたけど怪我とかはなかった?」


 ……転んだ所を見られてたか。だから心配になって駆け寄って来たわけだ。恥ずかしいけど、私よりも自分の身を心配してほしい。


「私は大丈夫だよ。それよりも水泥くんも危ないんだから自分の心配をして先に避難しなきゃ」

「大事な人を目の前にして避難出来ないよ」

「……そういう恥ずかしいことを言われると困るんだけど……」


 しかし、サラマンダーの格好で水泥くんに戻るのはなかなかに新鮮だった。

 それから推しと水泥くんの二人は「他のお客さんの様子を見てくるよ」と言って、ホテルのスタッフさんと共にテーブルの下にいるゲストに手を差し伸べたり、怪我はしていないかのケアに回ったりしに行った。

 少し離れた所では雪城さんがシルフの子を守るように抱き締めている様子が見えたので、彼女はシルフの子をずっと守っていたんだなと理解する。そして同時に私は思い出した。この地震の出来事を。


 前世でもこのスニーク公演にて地震が起こったのだけど、そのときは確か推しが雪城さんとシルフを守っていたって公式の抽選にて当たったゲストがSNSにて呟いていた。

 その呟きはバズってノーム×ウンディーネ尊いと盛り上がっていたんだ。……そうか、私が忘れていた内容はこれだ!

 でも、写真動画撮影がNGだったから証拠はないし、スニーク公演ゆえに他に見たって人が現れなかったから周りからは少し疑われていた。

 とはいえ、当時の二人は夫婦だったし推しならやりかねないと思ってたんだけどね。

 しかし、今世では当の本人は私の方に駆け寄ってしまった。ねやゆきイベントを潰してしまったってことじゃないの!? 私が転んだせいで推しの目に入ってしまったのかもしれない。

 ……これは、やってしまった。ねやゆきに発展する可能性があった事件じゃん! 情報も少なかったし、しらねやに関することじゃないからうっかりしていた……。


 こうして精霊ディナーショーのスニーク公演は終わり間際ということや、怪我人は誰一人出なかったということもあり、すぐに解放された。

 最後までしっかり終えることが出来なかったのは残念ではあるけど、ある意味貴重な体験が出来たと思うべきだろう。

 アクシデントにも怯むことなく指示を出していた推しとか録画出来ないのが悔しいけども。

 ともかくアクターも無事で何よりである。役者としては大事な商品でもあるのだから怪我でもしたら大変なので、今後は周りばかり目を向けずに自分の身も守ってほしいところだ。


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