表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/146

推しへ、今夜は精霊ディナーショーです

 精霊ディナーショー当日。ディナーなので夕方にエターナル城ホテルへと向かうのだけど、ご存知の通りエターナル城ホテルは利用者以外はお断りの選ばれし者しか入れないホテルである。

 こっちはご招待券なのでこれを係の人に見せたらホテル内へと足を踏み入れることが出来る。しかし、ペアご招待券なので白樺と一緒にホテルに向かわねばならない。

 そのため、パーク外にあるホテルの入館チェック門前で白樺と待ち合わせをした。

 今回、パークを楽しむようなカジュアルで動きやすい服を重視せず、ディナーショーということもあり、少しオシャレをさせてもらった。

 よそ行き用のワンピに、水泥くんからホワイトデーのお返しにと貰ったペリドットのネックレスを装着し待っていると約束の時間より数分遅れで白樺はやって来る。


「洒落っ気出しやがって」

「待ち合わせての第一声がそれですか」


 もっと他に言うことあるでしょ! 誘っていただきありがとうございましたとか! ……いや、白樺にそんな言葉が返ってくるなんて期待しても無駄なんだけど。


「……っつーかよ、そのスニーク公演のチケット誰から貰った?」


 急に白樺の目が鋭くなった。そして入手先を聞かれてドキッとしてしまう。正直に推しから貰ったと言うべきなのか、シラを切るべきなのか。


「えーと……これは……その……」


 ダラダラと冷や汗が流れる。というか、私がこれを入手するルートなんて限られるのだから嘘を言っても仕方がない。


「寧山さんか」

「……はい。その、ホワイトデーのプレゼントとして……」

「ふーん?」


 不機嫌そうな表情と威圧的な態度をさせられてしまい、やはり奴を誘うべきではなかったかと酷く後悔をしてしまう。


「まぁ、いい。俺を誘ったから今回はそれで許す」

「……はい」


 なぜ私が許してもらわなきゃいけない立場なのか。私はただ推しからチケットを貰っただけだというのに。ガチ恋すぐ嫉妬する……怖い……。

 しかし、白樺に強気でいてはいけない。私の秘密を知る奴だ。いつ推しにバラされるかわからないので白樺の神経を逆撫でにしないように生きなければ……。


「よし、行くぞ」

「はーい……」


 まだ会場にも着いていないというのに白樺と一緒にいると疲れるな……。けれど、このまま帰るわけにもいかないし、私が誘ったのもあるので腹を括ろう。

 門前のチェック係であるの従業員の人に精霊ディナーショーのスニーク公演チケットを見せるとすぐにホテル内の敷地へと通された。

 そういえば前回の訪問からそんなに経ってないんだよね。こんなに早く二度目のエターナル城ホテルに入れるとは……。


 会場となるダイヤモンドホールにて精霊ディナーショーが始まる。

 入口には何名かのホテルスタッフの人がチケットを確認し、席まで案内をしてくれるみたいだ。

 すでにスニーク公演開始十五分前。いよいよ私達が案内される番である。


「お待たせ致しました。チケットを拝見します」

「お願いします」

「はい、ありがとうございました。それではご案内致します」


 チケットを渡し、ホテルの人が確認すると私達はダイヤモンドホール内に入ることが許された。

 結婚式の披露宴としても使われるだけあって壮麗で煌びやか。見上げれば大きなシャンデリア。どこを見ても素晴らしい。

 そして傍らにはカメラマンや少人数の撮影スタッフ。あまりメディア公開をしないエターナル城ホテルだが、今回は少ないとはいえ撮影などが入る。

 モデルさんがいるのでこちらが映らないよう配慮はしてくれるので今回は自分が撮られるという心配はなさそうだ。


「こちらが橋本様のお席です」


 椅子を引いてもらい、私の座るタイミングで椅子を押されて着席すると、向かいにいた白樺も同じように座らせていた。


「本日は精霊ディナーショーにお越しいただきまして誠にありがとうございます。いくつか注意点がありますのでご説明させていただきます」


 丁寧に挨拶をすると注意点を話し始めた。今回のディナーショーはショーではあるけど、メディア以外の撮影、録音、録画などは全て禁止。

 ショー中は席から立ち上がらないこと。お手洗いやカトラリーを落とした際、または何か用があるときは挙手をするとスタッフが向かうとのことである。

 そして精霊達に話しかける行為、触る行為も禁止。精霊達がアクションを起こして応える分には問題はないが、ゲストからは原則不可。精霊の機嫌が損ねたり、ショーの進行を妨げる行為になるため。


 説明が終わり、しばらくしてからディナーショー開始の時間である。最初はコースの料理を楽しむのだけど、料理がまたとんでもなかった。

 プロシュートやフォアグラのテリーヌから始まり、パイ包みのスープや真鯛のポアレとか牛フィレ肉の赤ワインソースとかどれもこれも美味しくて仕方ない。

 エターナル城ホテルのコース料理だから当たり前なんだけどとてもお高そうである。

 ……まぁ、この精霊ディナーショーチケットのお値段も一人二万越えするんだよね。それでも完売になるくらい人気だし、通うのもなかなか大変である。

 それだけじゃなく、これで推しが当たらない可能性もあるからね……恐ろしいほどの運が必要なんだよ。


「お待たせ致しました。デザートは妖精の森にて摘んだいちごのムースケーキとピスタチオアイスクリームです」


 デザートがやって来ると、その見た目も美しく素晴らしいケーキとアイスクリームは写真に収められないのが惜しいくらい絵になる存在感。


「最初っから最後まで美味いもんばっかだな」

「そうですよね。さすがエターナル城ホテル……」


 デザートに手をつけてしばらくしてだった。優雅に流れていた心地の良い曲が切り替わる。どうやらお待ちかねの精霊達が登場するらしく、ホテルスタッフがこのダイヤモンドホールの扉を開けると、メインの四人が姿を現した。

 ゲストは拍手で彼らを出迎えると、四人はそれぞれのキャラとしてゲストに手を振ったりお辞儀をしたりする。


『皆様、本日は私達が主催する精霊ディナーショーにお越しいただきありがとうございます』


 ウンディーネに扮する雪城さんが挨拶をする。相変わらず綺麗だなぁ……。普段の雪城さんを知るとウンディーネの静かな美とのギャップがまたいいんだよね。


『いいなー。僕も料理食べたーい』


 シルフは相変わらず声優を使っての子役口パクである。いつも思うんだけど、声優に合わせて口パクするの凄いよね。


『あとでお前も食べさせてもらえるそうだ。それまで頑張るといい』

『ほんとー!?』


 うっ、推しのノームだ……シルフの面倒見てる……ママみが強い……尊い……。今日も生きてくれたありがとう、推し。心の中で合掌。


『はー……ほんっとーに美味そうなの食ってんだな。俺様にくれる奴いたら残しておけよー!』

『『サラマンダー!』』


 水泥くんサラマンダーが近くのゲストのデザートを覗き見て、観客から強請ろうとするが、すぐにウンディーネとノームに声を揃えて怒られる。

 不機嫌そうな顔をして『冗談通じねー奴らだぜ……』と呟いていた。


『では、私達は順番に皆様へご挨拶に伺いますのでそのままお待ちください』


 ウンディーネの言葉を合図に四人はそれぞれ散らばって各テーブルを回っていく。

 ふと、白樺から押し殺すような声が聞こえて、そちらに目を向けると白樺が身体を震わせ、口を押えながら笑いこらえていた。……なんでっ!?


「ちょっ……白樺さん、なんで笑いこらえてるんですかっ?」

「水泥のギャップくっそ面白すぎだろ? 笑いだって込み上げてくんだよ、こっちは」


 小声で尋ねてみたら水泥くんとサラマンダーのギャップに笑いそうになっているらしい。……え、今さら?

 白樺がサラマンダートリプルキャストになってもう二年経ってるのに今さらそのギャップで笑うの!?


「トリプルキャストなんだから互いの役くらい普段から見たりしないんですか?」

「見るけどその度に大笑いなんだよ。あの、変に真面目な奴がチャラい役とかウケんだろ」

「いや、私はちゃんと役を演じ分けてて凄いなって思うけど……」

「凄かねーよ。どうせ普段からああやってみてーっつ欲求でもあんだろ。あいつむっつりスケベなんだからよ」


 なんてことを言うの。そう言い返そうとしたら私達のテーブルに近づく人の気配を感じて、そちらへと目を向けた。

 相手を確認した瞬間、身体が固まる。だってタイミングが悪すぎるんだもの。……水泥くんサラマンダーが不機嫌そうにテーブルの横に立っていたのだから。


「楽しそうな話してんじゃねーか」


 どうやらテーブル回りのときはピンマイクはオフにされている様子だ。

 ……いや、そんなことよりも、水泥くん……演技だけじゃなく普通に怒ってるよね。なんでよりにもよって白樺がここにいるんだって言いたいんだよね。腕を組みながらムスッとしているし。

 でも、仕方ないんだよっ! 白樺に睨まれたくないんだよ! 社会的に死にたくないの!


「楽しそうな、じゃなく楽しい話だな。まぁ、サラマンダーさんの話じゃないんで気にすることないけど」

「俺様のことをチャラいって言ってただろ」

「そっから聞いてたのかよ。聞き耳立てるなんてストーカー?」

「テメェ……俺様をおちょくるつもりかよ? 本来ならテメェはチケットが取れなくて来れねーはずだったのに、女使ってまで乗り込むとか図々しいんだよ」

「あぁ?」


 ひぇ……二人ともいつものようにバチバチしあってるし、水泥くんは演じたままガチでキレてる……。ほんと君達はどうして顔を合わす度に喧嘩するの!? しかも、今はショー中だよ!

 私はどうすればいいのかあわあわしていると、水泥くんサラマンダーが私に目を向ける。目が合うとすぐにこちらに近づき、彼は私の肩に手を乗せて顔も寄せて来た。


「そのネックレス、よく似合ってんじゃねーか」


 耳元へ囁くその言動に思わず顔がボッと火を噴く。そりゃあ、水泥くんがくれたプレゼントだからちゃんと着けてるよという意味を込めて本人に気づいてもらえたらいいなとは思っていたけど、そこまでしなくてもいい!


「あ、ありがとう……」


 耳が擽ったいし、恥ずかしいし、すでにいっぱいいっぱいになりながらも小さくお礼を言えば、サラマンダーは幸せそうに笑みを浮かべた。その表情はサラマンダーではなく水泥くんの顔である。


「大事にしろよ?」

「え? あ、もちろんっ」

「いい返事だ」


 あ、嬉しそう……と思った瞬間、彼はすぐに役の顔に戻る。さすが役者。切り替えが早い。


「さて、色々と話をしたいが、他にも俺様を待ってる奴らがいるからこの辺でな」


 じゃあな、と軽く挨拶をするサラマンダーに私は軽く手を振る。そのまま彼は次のテーブルへと向かって行くのを見送ると、目の前の男がニヤニヤした顔をしていることに気づく。


「……なんですか?」

「な? あいつ、むっつりスケベじゃん?」

「違いますっ」


 白樺にあれを見られるのは恥ずかしさの極みである。水泥くんもよく堂々と出来るな……。顔を覆いたくなってしまう。


 恥ずかしさで赤くなった顔が冷めてきた頃、次にやって来たのはシルフであった。

 テーブルからひょこっと顔を出す子役の視線は既に食べ終えてなくなったデザートの乗っていたお皿。


「……ゆずくんだけご飯食べてずるい」


 羨ましそうな目が白樺へと向けられた。多分、今日のシルフは男の子かな?

 彼らは共演者でもあるからシルフ役の子は素で白樺に話しかけている。しかもゆずくん呼びとは。推しの影響なのだろうか。

 さすがにこの挨拶回りの最中のシルフは声優は使わず本人の声を使うようだ。

 アドリブになるのに大丈夫なのだろうかと心配ではあるが、シルフの後ろにはフォロー役のスタッフさんが付いているみたいなので何かあったら彼らがなんとかしてくれるだろう。


「悪ぃな。美味しくいただいたぜ」

「僕は食べられないのに……」

「仕方ねーだろ。お前は仕事だ。っつーか、お前ちゃんとシルフをやれよ」

「はーい」


 おぉ。白樺ってばちゃんと仕事についての注意もするんだ。……本番中でも素を出して来るお前が言うなよとは思うが。


「おねーさんはご飯美味しかった?」

「うん、美味しかったよ」

「どれが一番良かった?」

「うーん……どれも美味しかったから悩むなぁ……」

「デザートは?」

「デザートももちろん美味しかったよ」

「やっぱり? 僕がね、シェフの人にデザートはうんと美味しくしてねって頼んだからね!」

「そうなんだ。ありがとう、すっごく美味しかったよ」

「えへへ」


 ……シルフ可愛いなぁ。癒されちゃう。それにアドリブで頑張ってるから応援したくなる。

 つられて笑顔になる魅力があるシルフ。そんな彼の後ろにいるスタッフさんが「シルフ様、そろそろお時間です」と声がかかる。なるほど、時間配分までスタッフさんが管理してるわけか。


「それじゃあ、僕行かなきゃ。バイバーイ!」

「来てくれてありがとー」


 大きく手を振るシルフに手を振り返して別れる。白樺に「あの子可愛いね」と伝えると「愛想を振りまくのが仕事だからな」と夢のないこと言う。


「白樺さん捻くれ過ぎません?」

「よく言われる」

「改善しようとはしないんですか」

「そんな捻くれた俺が寧山さんと絡むの好きだろ?」

「……好きですね」

「俺も好き」


 互いに即答だった。だって、しらねやの白樺はそういう人間なんだもん。捻くれてなんぼな男だ。

 そうやって推しに構われるんだから白樺の難ありな性格はもう計算されたものなんじゃないのかなって思ってしまう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ