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推しへ、お返しはひとつでいいです

 三月十四日。この日はホワイトデー絡みの予定が二つも入っていた。

 一つ目は水泥くん。バレンタインデーの一週間後に『ホワイトデーのお返しがしたいんだけど夕方以降の予定はある?』と尋ねられた。

 まだ休みの調整が出来るので大丈夫だと返事をし、夕方に水泥くんと会う約束をする。

 彼によると本当は一日私と過ごしたかったらしいのだが、パーク勤務な上に代わってくれる人もいなかったのでオンステ終わりに会いたいとのこと。


『白樺さんなんて絶対嫌がらせで代わってくれなかったし……』


 と、電話越しで白樺の愚痴を零していた水泥くんが少し可哀想だなと思いつつも「楽しみにしてるから頑張ってね」と労う意味も込めて言葉をかけた。


『うん……ありがとう。橋本さんに会えるのを楽しみにしてるよ』


 と、声でもわかるほど嬉しそうな声色でそう告げるのだから私のことを恋愛的な意味で好意的であると知った今、なんだか凄く恥ずかしくなってしまった。


 そして二つ目の予定が推しである。推しからは水泥くんのお誘いから一週間後にメッセージが入った。


『ホワイトデーの日、ちょうどお休みだからお返しもしたいので絆奈ちゃんの予定は空いてるかな? 良かったら会ってくれると嬉しいな』


 はぁ~~。これってお返し渡したら、はい、さようならで終わるかな? お返しなんていいから、推しの好きな子に時間を使ってあげなよ……。

 意中の相手からチョコ貰えなかったとかないよね? あげたくてもあげることが出来ないとかじゃないよね?

 返事に悩みながらも『夕方は予定がありますのでそれまでだったら大丈夫です』と返した。


『それじゃあランチをご馳走するよ。また決まったら連絡するね!』


 と、返事が来てすぐには解放されないやつだと察した。正直な所、天月さんの件から半年も経っていないこともあり、推しと二人での交流は少し躊躇いつつある。

 私には疚しい気持ちはないのだが、リアコからすると当てつけられていると思われるのかもしれない。

 しかし、推しにあなたのリアコから目をつけられたくないのでお断りしますなんて言えないし、実際に殺されかけたとも言えるわけもない。

 結局、推しの厚意でもあるため、私はただの友人として見られるように努めるしかないのだった。


 そういうわけでホワイトデー当日を迎えた私は昼頃に推しが指定した駅前で推しを待つこととなった。

 今回は私の家の近くの最寄り駅ではなく、栄えた駅なので車で出迎えることはないはずだ。

 ……そう信じてはいるものの、もしかしたら……なんて考えてしまう。

 もし、車で来てまた車に乗せられて、さらに天月さんのようなリアコに発見されてしまったらまたとんでもないことになりそうで身が震えた。

 しかし、数分後、推しはちゃんと駅の改札口から出て来てくれたので今回はノーマイカーだったから一先ず安心した。


「こんにちは、絆奈ちゃん」

「こんにちは、寧山さん。わざわざお返しのためにお時間を作っていただきありがとうございます」

「それは僕の台詞だよ。絆奈ちゃんとの時間を過ごせるわけだし」


 うぅ、相変わらず推しの微笑みが眩しい。神様仏様のように後光が差している。


「それじゃあ、早速ランチの場所へ案内するよ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 推しに案内され、連れて来られたのは徒歩数分にも満たない場所。そこは都内でも屈指の有名五つ星ホテルである。テレビとか雑誌とかSNSとかでよく見るホテルだったため、思わず息を呑んでしまった。

 エターナル城ホテルとはまた違った敷居が高いホテルだ。

 別にホテルランチが初めてなわけじゃない。何度か行ったことあるけど、それはまだカジュアルで行きやすいホテル。


「あの……寧山さん、ドレスコードとかないです? 大丈夫ですか、ここ?」

「大丈夫だよ。僕も行ったことあるから」


 にっこりと笑う推しを見て、推しがそう言うのならそうなのだろうと半ばヤケになりつつあった。

 そのまま推しに続き、ホテルへと足を踏み入れた私はエレベーターへと乗り込み、高層階でもある五十階へとボタンが押された。

 よく見るとボタンの隣にはいくつかのお店らしき名前が書かれている。恐らくこの中のどれかに向かうのだろう。


 しばらくしてエレベーターは目的の階へと到着し、降りるとすぐに推しは「ここだよ」とお店の前で止まった。

 お店を見ると鉄板焼きのお店らしく、外観と五つ星ホテルの中ということもあり、瞬時に高いお店だと判断する。

 言葉を失う私を他所に推しはお店に入って、予約していたことを伝えると席まで案内された。


 カウンター席に座り、目の前には鉄板と直接焼いてくれるシェフ。そのシェフのバックには五十階からの景色が眺める大きな窓がある。

 何も注文していないのにシェフは早速野菜を焼き始めた。……これは予約時にコース注文してるのでは?


「絆奈ちゃん、飲み物は何がいい?」

「えっ? えっと……お茶で……」


 ドリンクメニューを渡されるが、お酒を飲む気分にもなれないので無難なウーロン茶を選ぶ。

 そうしている間に旬の焼き野菜を皿に盛られ、次に海老を焼き始めた。ただのちっちゃい小海老でもなければ海老フライの海老でもない。……あれは伊勢海老だ。

 しばらくして前菜やご飯など用意され、アスパラや蓮根、椎茸など焼き野菜を摘んでみるが、旬なだけあって美味しかった。

 甘みを感じたり、大きかったり、鉄板で焼いただけなのになぜこんなに美味しいのか。

 もう野菜だけでいいやって思っていたところに伊勢海老がドンとやってくる。ひぇ……なんとご立派な。


「……凄いですね」

「でしょ? 美味しいよ」


 ……そういえば前にSNSでこんな伊勢海老の写真をあげてたな。見るからに高そうだから場所の特定をしても多分食べに行けないなと諦めたんだっけ。

 伊勢海老はぷりぷりしてとても美味しかったです、はい。いやぁ、満足です。ほんと、とても満足。気持ち一杯。……それなのに、なぜ目の前のシェフは肉を焼いているのだろうか。


「あの、寧山さん……メインって伊勢海老なんじゃ……」

「お肉もあるよ」


 にっこり笑って答える推しだが、私にとっては笑えない。苦笑いで返したけど、一体このコース料理はおいくらするんだ。

 最初から置かれていたメニューはドリンクのメニューだったし、わざわざメニュー表をくださいと言うわけにはいかない。


「お待たせしました。国産牛フィレ肉です」


 うわぁぁぁぁっ!! このコースお高いんでしょーー!?

 鉄板で美味しそうな匂いと共に焼き上げられたお肉が綺麗にお皿に盛りつけられ、山葵と塩も添えられている。

 一口サイズに切ってくれたお肉の赤身がこれまた美しい。


「美味しい……」


 お肉は蕩けるように柔らかく、塩も山葵もどちらをつけても美味しい。ご飯が進む……!

 シェフはいつの間にかいなくなってバックの景色がよく見えるようになった。


「口に合って良かったよ」

「こんな凄いお店なのに口に合わないわけないじゃないですか」


 そもそもバレンタインのお返しにしては凄く高いお返しである。

 だってこっちは手作りのトリュフだったんだよ? いや、もちろん安物のチョコじゃなくいい感じのチョコとか素材はいい物を揃えたけど、ここまでのお返しをされるほどではない。

 推しにこのコースはいくらですか? なんて聞けるわけもないし、男として歳上としての威厳もあるだろう。私がそんなことを聞くのは失礼にあたるのではないか?


「実はね、絆奈ちゃん。もうひとつ絆奈ちゃんにプレゼントがあってね……」


 え。これ以上また何かあると言うのか。もうやめて……推しの金を私に使わないで……!

 喉まで出かかった言葉を必死で飲み込むと、推しは私の前に一枚の封筒を差し出した。


「? これは……?」

「中、開けて見て」


 まるで驚かせようとしているようなにこにこ笑顔にずっと見つめていたくなるが、封筒の中身も気になるので封を開けた。

 中にはチケットが二枚。チケットには『精霊ディナーショーペアご招待券』と記載されていた。


「精霊……ディナー、ショー……?」

「うん。この前販売が始まったばかりの新しいショーだよ」


 うん……うん。知ってる。近々エターナルランドで始まる新しいショー形式だ。

 期間は一ヶ月も満たない短いもので、エターナル城ホテルの宴会場を使ったディナーショー。

 ゲストがディナーを楽しんでいる中、精霊達がお邪魔して共に楽しい一時を過ごすそんなショーだ。

 前世ではショー開催前からの注目されていたこともあり、あっという間にチケットは売り切れになったものである。

 あのときはチケットは取れず悔しかったんだけど、今世こそはと思い、今までのチケ運の高さを信じてチケ取り戦争に挑んだ先週。

 その結果……物の見事に惨敗となって不貞腐れていたのだ。

 だけど、今私が手にしているのはそのチケット。しかも、日付がディナーショー開始日の前日。所謂メディア向けに行われるスニーク公演である。


「こ、これ……はっ!」

「もしかしてチケット取れてた?」

「い、え、全然ダメでした……」

「それじゃあ、ちょうど良かったよ。プレビュー公演だからカメラとかも入るけど、絆奈ちゃんを映すことはないはずだから」


 スニーク公演だからそうだもんね。メディア向けの一般人を投入したり、抽選招待された人、または出演者の身内が集まったりするそうだ。

 死に戻る前も今回も行けなかったディナーショーに参加出来るチケットが今まさにこの手の中に!


「あ、あ、ありがとうございます!」

「喜んでくれた?」

「はいっ、もうめちゃくちゃに!」


 むしろホワイトデーのプレゼントはこれだけで十分なのに! ランチしなくても一番のお返しかと!

 でも気になることがひとつ……。


「これ……ペアチケットなんですね」

「うん。まぁ、ペアじゃなくても入れるけどね」


 さすがにこんな凄いディナーショーを一人で行くのはなかなかに勇気がいる。誘える人探してみようかな。


「ちなみにこの日は僕と雪城さんと水泥くんの出演なんだ」


 つまり雪城さんも水泥くんも誘えないということか。……結構限られてくるなぁ。今世では役者達と距離が近過ぎる故に同担の友達も作りづらいし。そうなると最有力候補は絆ちゃんかな。


 ディナーショーの相手を考えながら推しとのホワイトデーランチを終え、帰り際に「来年のバレンタインもよろしくね」と言われてしまった。


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