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推しへ、尾行を阻止されました

「……絆奈さん、一体何してるの……?」

「!!」


 三人を尾行し始めてすぐのこと。背後から急に聞いたことのある声が耳に入り、びくりと肩を跳ねさせて勢いよく振り返ると、そこには深月ちゃんが苦々しい表情で私の後ろに立っていた。


「み、深月ちゃん!? えっと、これはね……」

「どういうことですか?」

「えっ?」


 変な姿を見られてしまったと思って誤解のないように深月ちゃんに説明しようとした矢先、すでに誤解してしまったのか、深月ちゃんは声を震わせるように呟いたあと、ずいっと詰め寄って来た。


「妹ポジションは私だったはずだよねっ!?」

「え、ええっ!?」


 一体どういうこと!? 話が見えないんだけど!? そう訴えると、興奮気味の深月ちゃんは少し我に返ったのか、咳払いをひとつして語った。

 なんでも本日はコスプレの衣装に使う布を買いに来ていたのだが、途中で私を見つけて声をかけようとしたら絆ちゃんがいて少し躊躇ってしまったとのこと。

 一言だけでも話そうかと悩んでいたら絆ちゃんに「お姉ちゃん」呼びをされていた上に私がストーキング紛いの行動を始めたので、深月ちゃんは彼女とは一体どういう関係なのか問い詰めに来たらしい。


「絆奈さんに妹さんがいらっしゃらないのは存じてますし、絆奈さんの妹ポジションと言えばこの私、進藤 深月では!? それとも絆奈さんは若い女学生がお好みなの!? そういえば初めて会ったときは私も中学生だったわけだし……」

「違う違う! 誤解だよ!」


 どうやらあらぬ誤解を受けてしまった。JC、JK好きだと思われるのは変な目で見られそうでさすがに困る……!

 一先ず、暴走しそうになる深月ちゃんに必死に事情を説明をした。

 とはいえ、過去を戻ったとは言えないし、プライバシーに関することなので、絆ちゃんとは友達で歳が離れてるから「お姉ちゃん」と呼んでるだけと伝え、そんな友達が別の私の友達と会う約束をしたので、上手く仲良く出来るのかを心配して後を追っていたとざっくりに伝える。


「……つまり、私の妹ポジションは奪われないということ?」

「う、うん? 多分、そういうことになるのかな……。でもそこまで妹ポジに拘らなくても……」

「いいえ! これは大事なことです! 絆奈さんの妹というこのポジションは友人よりも親友よりも近い存在。身内と言っても過言ではないの」


 過言だと思うよ!? そう言いたかったけど、あまりにも真剣な面持ちなためその言葉を飲み込んでしまう。


「身内というくくりになれば、姉妹ならではのことだって沢山出来るし……」

「姉妹ならではのこと?」

「一緒にお風呂とか、手を繋いで就寝するとか、服を交換したりとか……」


 指折り数えて口にする深月ちゃんによる姉妹ならではのことだけど、はたして普通の姉妹はここまでしているものなのだろうか。一人っ子には思い浮かばないことばかりだ。


「そんな特典が盛り沢山なこのポジションは凄く大事だし、誰にも譲るつもりはないからねっ!」


 力強く説得しようとする深月ちゃんに圧倒されるも、私はふいに思ったことをぽつりと呟いた。


「今上げたくらいのことなら別に妹ポジじゃなくても深月ちゃんが相手ならどれも問題ないけど……」

「……!」


 ボッと火がついたように顔を赤くする深月ちゃんの表情は驚いているようにも見えた。すぐに頬を押さえて火照る熱を見せまいとするが、少し遅い。


「き、絆奈さん……そういう積極的なことは私以外には言わないでね……」

「私、そんな積極的なこと言ったの……?」

(だって、洗い流しっこしたり、指を絡ませたり、肌着を見たり出来るってことだし……!)


 深月ちゃんなら大丈夫だよって意味なのにどこに積極性を感じたのだろう……。

 そう思ったところで私はハッと絆ちゃん達のことを思い出し、先程彼女達がいた場所へと目を向けるが、すでにそこには三人の姿はなかった。早速見失ってしまったようだ。


「絆奈さんと一緒にいた方はさっきどこかへ行ったみたいだよ」

「う、そうなんだ。……大丈夫かなぁ」


 今からでも探せばすぐに見つかるのではないだろうか。そう思って深月ちゃんとはここで別れようとしたけれど、そんな私の考えを読めたのか、深月ちゃんは真顔で告げる。


「絆奈さん、過保護は良くないと思うよ」

「はい……」


 シスコン兄貴を持つ妹の発言には説得力がある。……まぁ、あの兄貴は過保護というか歪んだ愛だったけど。そう思うと深月ちゃんはあんな兄貴に似ないで本当に良かったと何度も思ってしまう。


 深月ちゃんもああ言ってることだし、絆ちゃんのことは気がかりだけど、推しと雪城さんが相手ならまず問題はないと思うので、絆ちゃんから緊急の連絡をくれるまで大人しくしておこう。


「じゃあ、私の予定もなくなったから深月ちゃんさえ良ければちょっとお茶でもどうかな?」

「ぜひっ!」


 家に帰ると絆ちゃんに何かあったときが大変なので、出来るだけこの周辺にいていつでも動けるようにしておかないと。

 せっかく深月ちゃんとも偶然会えたので試しにお茶をお誘いしてみると前のめりになるほど近づいてはうんうんと目を輝かせながら大きく頷いてきた。


 場所を移して、深月ちゃんと一緒にカフェにて一休みをすることにした。

 今回、深月ちゃんに教えてもらったお店なんだけど、彼女によるとチョコレートケーキが絶品とのことで、実際に注文して出て来たチョコレートケーキは深月ちゃんの言う通り凄く美味しかった。

 ココアスポンジに軽い口当たりのチョコレートクリームが挟んで、そのケーキを包み込むように少しほろ苦いビターチョコレートがかかっている。

 こじんまりとしたお店ではあるけど、まだオープンしたばかりのお店で内装はノスタルジックな雰囲気。


「オススメのチョコレートケーキも凄く美味しいし、お店もいい雰囲気だし、深月ちゃんいい場所知ってるんだね」

「うんっ! 絆奈さんが喜んでくれそうなお店は普段から色々調べてるからね。気に入ってもらえたら私も嬉しいっ」

「もちろん気に入ったよ。ありがとう、深月ちゃん」


 お礼を伝えると、彼女は本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。相変わらず素材がいい、天使を通り越して女神レベルの微笑みだ。


「そういえば、深月ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」

「はいっ、なんなりと!」

「深月ちゃんはどうして私が好きなの?」


 今さら、と言われたらそうだとしか言えないんだけど、今まで尋ねたこともなかったなと、ふと気がついたのだから仕方ない。

 そんな私の疑問に目の前の彼女は少し恥ずかしげに落ち着かない様子を見せた。


「と、唐突に聞いちゃうんだね……」

「なんとなく気になっちゃって。あ、でも言いにくかったらいいからね?」

「言いにくいなんて! ただ、ちょっと改めて言うのは恥ずかしいなって思って……。じゃあ、絆奈さん、聞いてくれますか?」

「うん」

「絆奈さんは私の拙いコスプレにも褒めてくれて、ノームさんについても話をしてくれたり、さらに兄の元へ行くこともない唯一の人なの。そして一番最初に大阪で兄の誘いを断った姿が凛々しくて、思えばそのときにはすでに私の中では絆奈さんのことでいっぱいで毎日絆奈さんのこと考えてた。もしかしたら一目惚れに近いのかもしれないね。東京で再会したときも兄達から私を守ろうとしてる絆奈さんの背中は凄く頼もしかったのもよく覚えてる。でも、兄のせいで絆奈さんに怪我をさせてしまったのは今でも凄く後悔してるの。私も絆奈さんみたいに強くなりたいって思ったし、好きな人を馬鹿にされないようなレイヤーになりたいって強く思えるくらい大切な人。優しくて、勇敢で、可愛くて、格好良くて、憧れる所も多くて、私の名前を呼ぶ声も素敵で、私を見るその瞳も星の欠片が散っている様に輝かしくて……」

「そ、そのくらいでいいよ……」


 自分で聞いておきながらあれなんだけど、凄く恥ずかしい! いや、確かに深月ちゃんも恥ずかしいのだろうけど、私も恥ずかしい!

 もっとさらっと答えるのかと思っていたらなんか出会いから遡って話を始めるんだもの!


「今ので伝わった?」

「うん、もう十分なくらいに……。聞いてる方も照れくさいけどそこまで言ってくれて嬉しいよ」

「まだまだ言い足りないけど……絆奈さんが十分と仰るなら」

「言い足りないんだ……」

「もちろんっ。例えば私が辛くなったときや、どうしたらいいかわからなくなったとき、一番に思い浮かぶのは絆奈さんだよってこととか」


 そこまで私のことを考えてくれているとは。嬉しいやら恥ずかしいやらだけど、それだけ私のことを好いてくれてるというのもよくわかる。

 ……水泥くんもそうなんだろうか。ぼんやりと考えながら長年彼の好意に気づかなかったことを申し訳なく思った。


 それからは深月ちゃんと話に花を咲かせてカフェの一時を楽しんだ。次にコスプレする衣装の話や大学生活の話など。

 その後、深月ちゃんが衣装製作に使う布を買うとのことでそれに同行させてもらったり、服を見たり買ったりして、久々に女同士の時間を過ごした。

 合間に絆ちゃんから連絡はないかしっかりと確認したけど、特にメッセージや着信などは入っていなかった。


 そうしている間に時刻は夕方。そろそろ絆ちゃん達も解散する頃合いだろう。名残惜しいが深月ちゃんとはこの辺でお別れをしよう。


「それじゃあ、深月ちゃん。私、そろそろお迎えの準備をしなきゃだからそろそろ行くね」

「あ、そうなんだね。もっと一緒にいたかったけど、絆奈さんを困らせたくはないので了解です。今日はお付き合いしてくれてありがとうございます!」

「ううん。こっちこそありがとう。深月ちゃんと色々と行けて楽しかったよ。また遊ぼうね」

「光栄です!!」


 パッと満面の笑みを見せる深月ちゃんと別れ、絆ちゃんからの連絡を待っているとすぐにメッセージが届いた。今終わったよ、とのこと。

 落ち合う場所を決めて絆ちゃんと再会すると、彼女はにこやかな表情をしていた。

 大丈夫だろうかと心配も僅かにあったが、やはり元親子なだけあって問題なく終わったように見える。


「絆ちゃん、お疲れ様。どうだった?」

「うんっ。すっごく楽しかった!」


 念のために尋ねてみれば、彼女は明るい笑顔を見せて本日の感想を伝えてくれた。

 ショッピングに行ったり、ご飯を食べたり、公園にあるボートに乗ったりと本当に親子で過ごした休日のように思えてなんだか微笑ましく感じる。


「パパもママもずっと笑ってて凄く嬉しかったんだけど……やっぱりあたしはどうやっても二人の子どもになれないんだって思っちゃった……」

「絆ちゃん……」


 楽しければ楽しいほど現実を突きつけられたのだろう。絆ちゃんの表情に少し陰りが出来た。そう思わせてしまうなら推しと雪城さんと遊ぶのはまずかったのだろうか……。


「……それで、あたしこれからのことを考えたの。パパとママとこれからもずっと一緒にいたいから……あたし役者さんになる!」

「えっ!?」


 まさかの宣言。しかし、あまりにも突然だったので私は驚きのあまり瞬きを繰り返す。


「役者になれば二人ともっと話が出来る機会が出来るもん」

「き、絆ちゃん。役者って言ってもそう簡単に上手いことがいかない方が多いよ? それでも考えは変わらない?」

「……うん。だってあたしはそれ以外目指すものが見つからないから」

「そっか……」


 そう言われてしまったら私からはもう何も言えない。推しと雪城さんと会うために役者を目指すなんてなかなかない理由だけど、これからどうしたらいいかわからなかった絆ちゃんにとってはどんなことであれ目標が出来たのはとてもいいことである。

 それならば唯一彼女の境遇を知っている私が精一杯応援しなければ。


「私、応援するよ。絆ちゃんが役者になって寧山さんと雪城さんと一緒にステージに立てる日を楽しみにしてるから」

「うん! あたし頑張る!」


 一先ず、絆ちゃんがこれ以上の絶望を抱くことなく前向きに今を生きる道を選んでくれただけでも嬉しいことである。

 せめてこれからの人生は彼女にとって幸せでいてほしいし、私に出来ることならなんだってしてあげたい。それが絆ちゃんをこの世に生まれるのを阻止した私の贖罪でもあるのだから。


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