推しへ、クラブに入りました
(推しの供給が欲しい……)
最近、学校が色んな意味で忙しくて考える暇がなかったが、平穏が戻ると内なる欲が爆発してしまいそうになる。
だって、だって! もう推しに会ってから四年以上会えていない! 推しの情報も皆無!
正直言うと我慢の限界。辛い。推しの供給がない。非公式カプ作品もあるわけないし、飢えて死んじゃう。
教室で涼しい顔をしながら読書をしても、内容は頭に入ってこないし、いっそのこと発狂したくなる。
(せめて、せめてネット環境があれば……!)
寧山 裕次郎は二十四歳にパークのバイトを辞めて劇団に所属をする。
恐らく既に所属しているはずなので劇団のホームページにも写真が載っているだろうし、ブログにも紹介や写真などもあるはず。
だから! ネット環境さえあれば! 劇団のホムペを覗いて推しが見れるのに!
ガラケーが手に入るのも、パソコンが家に来るのも中学生以降。あまりにも長い。
しかし、その日私は重大な転機を迎える。
「それでは、今年入るクラブ活動を決めます」
「!」
そう。担任の言葉で思い出したのだけど、四年生になるとクラブ活動が始まる。そしてクラブ活動の中にパソコンクラブがあるということも。
パソコンクラブは主にパソコンの使い方やパソコンで出来る操作の練習、そしてゲームで遊んたり、検索をして好きなことを調べたり出来る活動。確かこの時代ではまだ新しい部類に入るクラブだったはず。
前世では六年生までマンガクラブに入って、絵を描いたり、オリジナルのマンガを描いたりと活動をしていたのでパソコンクラブは未経験だった。
あの頃はネットそのものをよくわかっていなかったから無理もない。
だからこそ、ネット環境が必要な今は入るべきクラブである。
「まだクラブを決めかねてる人は本日のクラブ見学に参加して決めてね。既に決まっている人は今からクラブ名を言うので手を挙げて教えてください」
言うまでもなく即行でパソコンクラブに手を挙げた。自分でも驚くような速さで。
それから二週間後。初めてのクラブ活動が始まる。
クラブ活動は月に二回。火曜日の放課後に行われていて、正直ネット中毒には物足りないんだけど、まだSNSなんてそこまで盛んではないので、今は我慢出来る。
早速、放課後のクラブの時間にパソコン室へと向かった。
席は自由に座っていいとのことなので、適当に出入口近くを陣取る。
教室自体はまだ新しくはあるんだけど、目の前にある箱型のパソコンを見ると時代を感じた。薄型じゃないタイプなんて久々に見たかも。
マジマジとパソコンを見ていると隣に人の気配を察知。
「橋本さん、隣……いいかな?」
「どーぞ……って、水泥くんっ?」
わざわざ聞かなくても好きに座ったらいいのに、と思ったけど、聞き覚えのある声に思わず二度見してしまう。
「水泥くんもパソコンクラブにしたんだ?」
「あ、うん。興味があって……」
良かった。彼にも一応興味があるものがあって。
……それにしても、前世では水泥くん何のクラブだったんだろ。さすがに他人のいたクラブまでは覚えてないからなぁ……元々パソコンだったのかな? まぁ、いっか。どっちでも。
そんなわけで初回ということもあり、パソコンの電源の付け方から教わり、パソコンで出来ることなどの説明を受けてからようやく自由に使える時間が来た。
(それじゃあ、劇団のサイトにアクセスっと)
劇団の名前である『劇団影法師の都』を打ち込み、サイトへ飛ぶ。
まずは劇団メンバーの確認。寧山 裕次郎、寧山 裕次郎……あ、あったあった。一番下だ。新人だからそうだよね。
あ~~最後に会ったときから四年経ってるけど、写真はやっぱまだまだ若いなぁ~~。早く熟して良きおじさんになってよ推し~~!!
そうだ、劇団のブログも確認しないと。寧山が劇団に入った頃まで遡らなきゃ。
マウスを巧みに使って、ブログを漁ると寧山の写真と記事のタイトルに『フレッシュな新メンバー加入!』と書かれていた。
そう。これだよ、これ。前世でもこのブログ見たから知ってるんだけど、寧山が劇団のブログ初登場の記事がこれなの。
来年には初舞台だから早く舞台に立つ推しが見たい……。
寧山 裕次郎。優しそうな表情が印象的で、笑ったときに出る目尻の笑いジワがとても好きなんだけど、しっかりしてそうな見た目に反して、中身はどこか抜けている。そこがまたいいのだけどね!
抜けているからと言って頼りないわけではない。仕事や演技はもちろんしっかりと出来るのだが、プライベートとか面会とかになると、どこかふわふわしている。
あと声がいい。やさしい声とおじさん特有の渋みのある声がまたいい。スタイルもいい。
……と、まぁ、四十五歳の寧山 裕次郎はこんな感じ。
まだ二十代の推しはここまでには至っていないだろうからゆっくり成長を見守ろう。
(見たことのある写真とはいえ、ちゃんと推しが今を生きているのが有難い……)
思えば三十路で死んでしまって自分のことしか考えていなかったけど、推しはあの後どうなっていたのだろう。
ただでさえ、悪いこと続きで心配だったから幸せな日々を過ごしているのを見たかった。
だから今度はちゃんと推しの死まで見届けたいし、それが出来なくても幸せな推しを最後に見れたら最悪死んでもいいとさえ思う。
……なんて、ちょっとセンチメンタルになってしまったけど、推しのことを最初から考えられる二度目の人生を謳歌しなければ!!
「橋本さん、何を見てるの……?」
「劇団のホムペ」
「劇団?」
「私の推し……応援したい人がいてね」
「好きな芸能人?」
「んーー……芸能人って言うにはまだ駆け出しなんだけどね。でも将来的には応援して良かったって思えるような人になるから」
「へー……」
「水泥くんは何してるの?」
「あ、僕はゲーム……ソリティアが楽しくて」
あ~~ソリティア懐かしい! つい口にしてしまうほど懐かしい! そして夢中になる! 私も初めてパソコン触ったときによく遊んでたなぁ。
「ゲームも楽しそうだね」
「うん、楽しいよ。ブロック崩しゲームもあるし」
ブロック崩しゲーム! それも懐かしい! 脱衣ブロック崩しとかあったよね。あ~~推しの絵を描いてそれを作るのも楽しそ~~!! 古のオタク活動したい~~!!
ハッ! いやいや、今は限られた時間の中でネットサーフィンをしなければならないのでゲームに現を抜かしている場合ではない。
慌てて劇団のブログに戻るのだが、寧山が加入してからまだ数ヶ月くらいなのですぐに読み終えてしまう。
写真もまだまだ少ないし、来年の舞台については公演するとしか記載されていないので、情報もまだ出ていない状況。
推しはまだブログ開設などもしていないので当分は劇団のサイトにアクセスするしかすることがないのだ。
悲しいが、久し振りに(ブログの写真だが)推しを見ることが出来たので(前世でも見たけど)今は良しとするしかない。
「はい。それでは時間ですので今日はこれくらいにしましょう」
パソコンクラブ担当の先生の言葉により初回のクラブ活動は終了した。
うーん、約十年ぶりのネット環境はあっという間だった。
「はー。もう終わりかー」
「……」
次は再来週かぁ。早くネット環境が家に欲しいところだけど、何とかならないものだろうか。




