推しへ、バレンタインイベントに来ました
二月某日。バレンタインイベントという名目のAnother Lifeのファンイベントが行われる日。舞台公演とは違い、トークショーと撮影会というほぼ接触イベントと言っても過言ではない。
試作してバッチリだったトリュフチョコレートもしっかり用意したし、緊張でしかない私はなんとか劇場へと辿り着く。
たった一日、二部しかないイベント。心してかからねば。
物販は前回の舞台公演で販売していた物の再販に加えて、各面子の撮影チケットとバレンタインブロマイドが販売されている。
バレンタインイベントというだけあってブロマイドは各メンバー正装姿でバレンタインチョコを渡す、バレンタインチョコを受け取るなどのシチュエーションがあったりする。
もちろん、アナライメンバー全員の写真を買いましたが、みんな決まりすぎて眼福過ぎる。
推しの顔は相変わらずいいし、燕尾服が似合いすぎて尊い。雪城さんは真っ赤なドレス姿で美しいし、白樺は推しに向けての表情だなっていう笑みを浮かべてたし、水泥くんは写真でも凝視出来ないくらいまだ心の整理がつかないけど、素材がいいから格好いいと素直に思ってしまう。
しかし、みんな色気増し増しである。ファンを殺す気なのかもしれない。ブロマイド見たファン達みんなキャアキャア言ってるもの。
そして撮影チケットは各メンバーにつき三枚までなのでもうここまできたらアナライの箱推しと言ってもいい私は全員分×三枚を課金する。
ブロマイドを堪能しつつ、いよいよ始まるバレンタインイベント。主役の四人が早速舞台の上に現れる。
最初はトークショーから始まるそうで四人が椅子に座りながら仲良しフリートークが始まった。……水泥くんと白樺に至ってはことごとく仲の悪さを挟んでくるのだけど。
旗揚げ公演の二人の仲の悪さがファンの前で晒したせいで二人のカップリングを嗜む方々が『仲悪いのも逆にいい!』とか『喧嘩ップル最高!』とか好評だったりする。
絡みがあるだけで大歓喜だからね、腐女子は……。好きな組み合わせが仲悪くても逆に美味しいって思っちゃうんだよね。
『バレンタインイベントにちなんでバレンタインの話をしたいんだけど、みんな印象に残るバレンタイン話とかある?』
推しによってフリートークのお題が印象に残るバレンタインの話になった。
『私はねー、あげる相手なんていなかったから女子でバレンタインチョコを渡し合ってたのよね。色んなチョコをみんなで摘んで、こんな人と恋をしたいとか語り合ってたものよ』
『女性ならではっていう体験だね。男性ではなかなか出来ないことだし』
うんうん。女子でチョコレート交換とかあるよね。メンズには出来ない特権だ。私もニーナに交換したりしたもんね。
『寧山さんは? 私達の中では一番の人生の先輩なわけだし、インパクト高いバレンタイン話のひとつやふたつあるでしょ?』
『ハードル上げるなぁ……。僕はね、中学校のバレンタインの日に何人かのクラスの女子から貰った義理チョコがあるんだけど、コンビニのチョコ菓子の箱の裏にメモが貼っていて『ずっと好きでした』って書いてたんだよね。誰がくれたかわからなくて謎のまま終わっちゃったんだけど、なんで好きでしたって過去系なんだろうなぁって』
『好きじゃなくなったからに決まってんじゃないですか』
『ゆずくん、はっきり言うのやめて』
『正直者なんでつい』
推しのバレンタインの思い出が不憫で可哀想で可愛い。そしてここぞとばかりに推しに絡む白樺は最高である。
『それじゃあ、ゆずくんは? 何か思い出はある?』
『俺は寧山さんとは違ってモテてましたから、沢山チョコ渡されましたね』
『僕を引き合いに出すのはちょっと遠慮してほしいな……。でも、ゆずくんは確かにモテそうだもんね、格好いいし。お返しとか大変だったんじゃない?』
『え? しませんよ、そんなこと。勝手にチョコを押しつけてくるのになんでお返しなんかしなきゃいけないんですか』
『白樺くん、もっとオブラートに包むとかしなさいよ。女性の敵になるつもり?』
『受け取っただけでも優しいほうですけど』
……さすが白樺だ。女性の敵だ。女の子の気持ちを踏みにじるその物言い、炎上ものだよ。顔だけしかいい所なくない? よくこの世界に生き残れるよね?
『白樺さん、もう少し思いやりを持つべきですよ』
『へー。大人しい顔してえげつねーこと考えてそうなお前はさぞかし面白いネタを持ってんだろうな?』
『あなたに比べたら面白味はありませんけど、小学生の頃から好きだった人に中学に入ってから義理チョコを貰ったことですかね?』
『誇らしげに言うなよ、義理のくせにつまんねー!』
……水泥くん、それ、私のことじゃないよね……? いや、小学校からの付き合いで中学校でチョコあげたのって私しかいなかった……。待って、それをここで言う? 恥ずかしい。死ぬ。
そんな感じでトークショーは盛り上がり、バレンタインにちなんだ話はそのあとも繰り広げていく中、時間は過ぎて撮影会の時間となった。
各メンバー別室での撮影で、予め物販で購入した撮影券に記載されている番号順で行われる。
私のように他のメンバーと撮影している間に順番が回ってきてもスタッフに伝えるとその都度対応してくれるとのこと。
客席で座って待ち、スタッフさんに番号を呼ばれた人から劇場を出て別室へと案内される中、ざっと周りの様子を見てみる。
推し一人だけの撮影券を持ってる人もいれば複数人分の撮影券を持ってる人や私のように四人の撮影を控える人もいる。
メンバーそれぞれの撮影券を確認してみれば、番号が一番早いのは雪城さんだ。そう思ったところで私の番号が呼ばれた。
客席のあるホールを出て舞台裏への扉前まで案内されてると、そこで待つことになる。恐らく中では私の前の人との対応中だろう。
しばらくして中からピピピと音が聞こえた。スタッフさんが扉を開けて「お疲れ様でーす」と声をかけているところを見ると、撮影と面会を兼ねたものだからタイマーを設定していると思われる。
前の人が出て来ると、スタッフさんに案内されて入れ替わるように中へ入った。
「あ、絆奈ちゃーん! 来てくれたのねー!」
「はい、もちろん!」
「よろしければお写真お撮りしましょうか?」
「あ、大丈夫です。私がピンショで撮りますので」
スタッフさんが写真を撮る役を買って出てくれたけども、ツーショを撮るつもりはないのでお断りさせてもらう。
スタッフさんは「わかりました」と答えるとタイマーだけセットして次の人を呼びに出て行った。
「えー? 一緒に撮らないのー?」
「私、雪城さんだけの写真が欲しいので」
「そうなのね。でもちょっと残念だわ」
残念そうに呟く雪城さんだけど、私はあはは、と愛想笑いをする。雪城さんとツーショだなんて身体の作りが違いすぎて見比べてしまうので写真が見れなくなっちゃうから勘弁願いたい。
撮影のリクエストをしてもいいとのことなので、せっかくだから雪城さんにモデルのポーズをしてもらったり、手でハートを作ってもらったりと撮影券分の写真を撮ったあとは、死ぬ気で頑張って作った差し入れのバレンタインチョコを彼女に渡した。
「雪城さん、こちら例の物です……」
「あ、手作りっ?」
「は、はい……」
「本当に作ってくれたのねっ。絆奈ちゃんあんまり乗り気じゃなかったから心配してたんだけど、ちゃんと用意してくれて嬉しいわ。ありがとうっ」
やっぱり女の子からのバレンタインチョコっていいわよね~と呟きながらチョコの入った袋を嬉しそうに抱える雪城さんはなんだか可愛くて見えた。
「じゃあ、これは私からね」
そう言うと彼女の私物のバックから可愛らしくラッピングされた包みを渡される。
「え? 雪城さん……こちらは?」
「私から絆奈ちゃんへのバレンタインチョコよ。あなただけ手作りなんて不公平だもの」
「じゃ、じゃあ、雪城さんの手作りってこと……?」
「えぇ、もちろん。ちゃんと味見もしたから心配しないでね」
「あ! ありがとうございますっ! 私もしっかり味見しましたけど、口に合わなかったり体調に異変があったらすぐに食べるのをやめてくださいねっ?」
「わかったわ。でも大丈夫だからそんなに心配しなくてもいいのよ」
いやいや、心配するに決ってるでしょ。私はプロじゃないのだから。
でも、雪城さんの手作りチョコはかなり嬉しかったりする。雪城さんお菓子作り得意みたいだし。
そこでタイマーの音が鳴り響き、スタッフさんが扉を開ける。
「お疲れ様でした」
「あ、では失礼しました」
「ありがとう絆奈ちゃん、またねー」
互いに手を振り、私は再び客席へと戻った。それから間もなく白樺のほうの撮影番号を呼ばれ、ゆっくりする間もなく別のスタッフさんに案内される。
今度はロビーの一角にある衝立で囲われた場所へとやって来た。仕切りがあるだけなので中の様子はわからないが声はよく聞こえる。……まずいなぁ、名前を呼ぶとき気をつけさせないと。
しばらくするとタイマーが鳴り、スタッフさんが衝立の中へ入って前の人を連れ出す。そしたら今度は私の番が回ってきたので、スタッフさんの案内の元、衝立の中へと入った。
「お。えに」
「しーっ!」
私を見るや否や縁と口にする白樺に向けて思い切り唇の前に人差し指を立てて、口にしないでと必死に伝える。
というか私のすぐ後ろにスタッフさんがいるというのに、本当にこの人はいつもいつもその名前で呼ぼうとする!
「カメラお預かり致しますよ」
「あ、大丈夫です大丈夫ですっ。私が撮りますので」
「そうでしたか。では、失礼致します」
スタッフさんが衝立の外へ出て行く。しかし、安心は出来ない。所詮仕切りで囲われただけのこの空間。ロビーであることは間違いないし、別室に案内するスタッフやお客さんが通ったりもする。
絶対にこの人に縁と呼ばれるわけにはいかない!!
「えに」
「橋本 絆奈です」
「はいはい。……っつーか、なんであんたが俺んのとこに来てんだよ?」
「写真が欲しいからです」
「はぁ……なに? お前もツーショがいいってやつか?」
嫌そうな顔でわざとらしい溜め息を吐き捨てる白樺。恐らくこれまで何人ものお客さんにツーショットを頼まれたのだろう。
しかし一応私もお客さんなんだけども、その態度はいかがなものか。もしかして他のファンの子にもその態度じゃないよね?
「いえ、ワンショです。しらねやで描きたいものがあるので」
「そういうことは早く言えよなっ」
小声でぽそっと呟けば、さっきまでの面倒臭いという表情から一転、ノリノリのウキウキで身嗜みを整え始める。しらねやを餌にすれば白樺は結構チョロいよね……。
「どんなポーズをご所望で?」
「壁ドンを二パターンと足ドンで」
「滾るなそれ」
簡単に受け入れてくれたので安心した私はスマホをカメラモードに切り替えた。
早速、白樺はすぐ傍の壁を使って、片手で壁ドンするパターンと両手で壁ドンするパターンと、片足で壁ドンする足ドンをやってのけた。
恐らく白樺の目には推しの幻覚を見ているに違いない。だって奴の目線が推しへと向けるものになっている。
片手壁ドンだとそっと優しく添える感じで甘くさせたいときに使いたいもので、両手タイプは切羽詰まった感じで圧が強そう。修羅場やシリアスなシーンに使いたい。
それにしても足ドンのガラの悪さが白樺らしくてなかなかにいい。こんなのやられたらビビっちゃうけども。まぁ、やらせて見たはいいが、足ドンさせたらただのヤンキーみたいだ……。
「撮れたか?」
「ばっちりでした。ありがとうございます。あとこちらはお望みのお高いチョコレートです」
とりあえずいい写真は撮れたので差し入れに購入しておいたお高いチョコレートが入った小さな紙袋を白樺に渡す。
「……ちっせぇな」
「いや、それ一粒だけでもお高いやつですからねっ?」
二粒も入ってるんだから! それ以上は困るよ、金銭的にっ!
そう言おうかと思ったところでタイマーが鳴る。白樺撮影終了のお知らせである。
スタッフさんもすぐにやって来たので、コホンと咳払いをして、口にしかけた言葉を抑え込む。
「それでは白樺さん、失礼致します」
「今の写真ぜってーに活かせよな」
「はーい」
新刊も待ってるという視線が痛いほど突き刺さるのだけど、私は気づかない振りをしながら衝立に囲われた空間から出て行った。




