推しへ、悩んでばかりです
「へっくし!」
熱くなった身体を冷ますように夜風に当たったけど、すぐに冷えてしまい急いで自宅に戻った。真っ直ぐベッドに向かって倒れ込み、さっきまでのことを思い出す。
「私……水泥くんに……告白された……」
何かのドッキリかと思った。でも彼はそんなことを言う人間じゃない。あんな冗談を言ったりはしないし、指に口付けなんて……と、思い出したところでボッ! と顔に火がつき、両手で顔を押さえてうわ~っと呻きながらベッドでのた打ち回る。
「水泥くんが……あの水泥くんが……」
ていうか、私人生で告白されたの二度目なんだが、今世に来てモテ期が到来なの? 深月ちゃんのときは返事はいいから姉になってほしいと言われ、水泥くんは異性として見てから返事がほしいと言われたけども、どちらもすぐに返事をさせてくれない。……お断りするのがわかってるから、なんだろうけど。
深月ちゃんに至っては想いを伝えたけど今のままで十分だって言うのでそれで了承したが、水泥くんに関してはいつ返事をしたらいいのかわからない。
「……ニーナ、起きてるかな」
こういうときは心の友である親友のニーナに相談したい。新年を迎えたわけだからまだ起きてる可能性もあるのだろうけど、さすがにこんな時間に電話をするのは申し訳なく感じる。
でも、今すぐ聞いてほしい気持ちがあるので、メッセージで聞いてみようとスマホを取り出した。
『あけおめー! ニーナまだ起きてる? 電話出来たりする?』
送信して一分足らずで既読がついた。おぉ、ニーナまだ起きてるっぽい。彼女の返事を待っていると、メッセージじゃなくすぐにニーナからの着信が入り、慌てて通話ボタンをタップする。
「もしもしっ?」
『絆奈~あけおめー! 新年早々電話やなんてどないしたん? まさか挨拶のためだけに、とかちゃうやろ?』
さすがニーナ。よくわかってらっしゃる。まぁ、電話よりメッセを飛ばしてる方が多いもんね。
「いや~……相談っていうか……とんでもないことが起きたっていうか……」
『なんやのそれ? まどろっこしい言い方せんとちゃんと言ってみぃな』
実は……と、水泥くんに告白されたことをニーナに話す。電話の向こうの親友は驚くと思いきや、なぜか深い溜め息が吐き出された。
『やっとかいな。あいつも随分焦らしたもんやな』
「えっ、ニーナ知ってたの!?」
『知っとるも何もわかりやすいやろ』
いやいやいや! 全然なんだけど! なんでわかるの!? そう伝えたらニーナは『稔でさえも気づいとるで』と言うので芥田くんも!? と、さらに声を上げる。
「待って……えっ? いつから? 君達はいつから水泥くんが私のことを好きだって知ったの?」
『稔は知らんけど、私は中学んときに自分らの関係性を見てすぐにわかったわ』
「中学……? え、そんな前から……?」
『あんたら小学校からの付き合いやねんからそんときからかもしれんやろ』
「うっそだぁ……」
もしかして、私が虐めっ子達から水泥くんを助けたのがフラグになっていたの?
いや、でも小学生の頃だよ? あれから十何年も経ってるし、他に目移りするでしょ普通?
だってあの水泥くんが……小学生の頃は図書室で過ごしたり、同じクラブだったり、同じ委員会だったりして、何かと私のあとをついてくる弟のような彼が……。
「てっきり水泥くんは推しのことが好きなんだ思ってたのに」
『なんでそうなったんや』
「え、だって水泥くんが一人前になった自分を見てほしい人がいるって言って推しを真剣に見つめてたから……」
『それ、絆奈のことや。そんでその推しをライバルやと思うて睨んどったんちゃうん?』
「そんなまさか。だって水泥くんは修学旅行で推しのパレードを見て同じ道を選ぶ子だよ?」
『同じ土俵に立って絆奈に見てもらうためや』
はぁ、と溜め息がまた聞こえた。さすがにそれはないでしょ。それじゃあ、まるで私の気を引くために役者の道に行ったみたいじゃないかと問えば『せやで』ときっぱり言う。
『あんな、水泥くんはいーっつもあんたのこと考えて生きとったんや。水泥くんは優しい子やけど、特に自分と関わっとるときがいっちゃん優しいんやからな?』
なぜニーナは全てを知っているかのように答えてるのだろう。そんなに彼がわかりやすい行動をしていたというのだろうか? 一番長く水泥くんと過ごした私は気づかなかったのに?
『そんで、水泥くんの告白に自分なんて答えたん?』
「えーと……答えを与えられなかったというか、返事は男として見てからしてほしいって言われた」
『あー……まぁ、そうなるか。そう言わんかったら断っとったんやな』
「だって水泥くんは友達だから……」
『やったら水泥くんの言う通り、友達の枠を捨てて一人の男性として見たりぃや。いくら時間かけてもえぇ。長年拗らせるくらいに想い続けとったんやから向こうも待てるやろ。そん代わり真剣に考えたり。私が言えんのはそんくらいや』
真面目な口調で話すニーナに私も腹を括る気持ちでわかったと返事をした。
年明け早々大きな悩みが出来てしまい、それからというもの水泥くんから特に連絡などはないまま気がつけば一月が終わろうとしていた。
私は推しのためにパークに行ったりするけど、水泥くんサラマンダーを見かけると告白のことを思い出してなかなか直視出来ずにいた。これはまずいのでは? パレードやショーに集中出来ない。
きっと水泥くんも気を遣って連絡してないのだろうけど、役としての彼を遠くで見ることはあってもプライベートで会うことはしてなくて寂しいような恥ずかしいようなで、もやもやしてしまう。
近いうちに水泥くんと直接話をしてちょっと色々整理したい。
そう思っていた矢先のこと。アナライの公式SNSが更新された。バレンタインイベントについての詳細である。そこでハッと思い出した。
そう、そうだ。そうだった! 二月にアナライがファンイベみたいなことをするんだった!
舞台じゃないんだよ……トークイベしたり、撮影会したり、若手俳優がしそうなそんな感じのを。
なぜそんなことになったのかは私にもわからないんだけど、公式のSNSのお言葉によると『撮影イベントやトークイベントをしてほしいという要望が多かったのでお試しで開催することにしました!』と仰っていた……まぁ、あのアカウントを動かしてるのは恐らく雪城さんだろうけど。
というか、まさか演劇もないイベントが行われるとは思っていなかった。
もちろん、抽選チケットも無事に当たりましたとも。夜の分が。今回は一日だけの昼、夜のみで、さらにおひとり様どちらか一回だけの参加と制限がついたため両部とも参加は禁止である。
それでも倍率ヤバそうだったけど、なんとか入手出来たわけだ。それにしても現世はチケ運が良すぎる。
個人的にはトーク会がめちゃくちゃ楽しみなんだよね。主にしらねやのトークが。白樺、いいネタ頼むよ。
しかし、問題は撮影会だ。これがどんなふうに行われるかによって撮影会は参加するか逃げるかが決まる。
今回の会場は旗揚げ公演のときとは少し収容人数が少ない劇場。こういうときの撮影会というのは大体が舞台上で順番に行われ、お客さんが座席でその光景を見ているという公開処刑形式である。
今はなかなかないが、面会くらいならそれぞれのお目当ての人の所へバラけてるので、そこまでの人数に見られるわけじゃないけど、舞台上となったら話は別だ。他のファンの人にも見られるというのはなかなかに恐ろしい。
ただでさえ、役者の扱いによっては推しのファン以外からも睨まれるだろうし、最悪の場合第二、第三の天月さん(リアコモード)に絡まれる可能性もある!
そんなわけでイベントの詳細を確認してみることにする。
えーと……『撮影会につきましては各役者それぞれ別室にて対応させていただきます』か。マジか! なんて神対応!! ありがとう運営! ありがとうアナライ! お金積みます!!
その他の注意事項としては『差し入れは撮影会時にお願いします』とか『手作りの飲食物はのお控えください』など、良識があれば問題ないものばかり。
……ということは、特に約束も何もしてなければ次に水泥くんと会う可能性があるのはこのファンイベかな。
うーん、それはそれで逆に気まずい気がするけど……悩んでも仕方ない。なるようになる!
なんて思ったのも束の間、しばらくスマホから目を離していたらメッセージが色々と届いていた。
『絆奈ちゃん、イベントの差し入れは手作りチョコでよろしくねっ』
というハートの絵文字付きの雪城さんからのメッセージを初め……。
『公式のお願いで手作りは控えてって書いてるけど、絆奈ちゃんは信用してるから手作りのチョコを持って来てくれたら嬉しいなぁ』
っていう推しのメッセージにどうしてそんなことを……と呟きながら顔を両手で覆っては天を見上げ。
『縁さんっ。私、お高いチョコレートが食べたいですっ!
でも、寧山さんに変なもん渡したら承知しねーから』
と、前半シロザクラさん、後半白樺という要求なのか脅迫なのかわからないDMがSNSから飛んできて、なんだか胃が痛くなってきた気がするし。
『橋本さん、去年のホワイトデーで僕が言ったこと覚えてる? 来年のバレンタインチョコは橋本さんの作ったものが食べたいなぁって話』
とどめを刺すように一番の悩みの種である水泥くんから去年のホワイトデーの話を持ち出して手作りチョコを求めてきた。
告白してからずっと連絡しなかったのにこういうときはするのね! でも、確かにホワイトデーに約束してたね、私……。
去年の私は確か、来年の私に任せようとか能天気なこと考えてたっけ……まさか、こんなことになるなんて思いもしなかったけど。
約束まではしてないとはいえ、次は手作りチョコを渡す、みたいな雰囲気になってたし、少なくとも水泥くんには用意した方がいいよね。
そうなると雪城さんにも凄く欲しがってるから彼女にも用意するべきか……あまり気が乗らないけど。
でも、雪城さんにも用意したとなると、推しが自分だけ渡されないと知る可能性が大いにあるし、絶対落ち込む気がする……推しにも手作りを用意しなきゃ、なのか?
さすがに一推しに手作りは……っていうか、あとの二人にも言えるけど、役者にド素人が作った食べ物を渡すなんて有り得ない……!
私がショコラティエになってたら売り物のチョコを製造出来るのに今から出来るわけないし!
「……役者が一般人に手作りチョコを頼むなんて正気の沙汰じゃない」
ぽつりと呟くも「友達なら普通でしょ?」っていう推しや雪城さんが言いそうな言葉が頭を過ぎる。
手作りしたくないなぁ……でもせっかくリクエストしてくれるなら差し入れに悩む必要ないし、その方が絶対喜ぶし……。
「……やるしかない」
こうなったら徹底的に異物混入を防ぎ、味もそれなりに美味しく出来る物を作ろう。そう決心した私はイベント数日前に行動を移すことにした。
滅菌キャップを被って髪の毛混入の対策をし、服も繊維が落ちたりしないようなシンプルな物にし、なんなら睫毛が落ちないようにゴーグル装備、菌を飛ばさないようにマスク装備、手袋装備だってしてる。ここまですれば大丈夫じゃないだろうかっ!
そして作るチョコなんだけど、私菓子作りは全然しないんだよね。甘い物は作るより買う派なので。
だから簡単そうなチョコのレシピを検索して、材料も使用する道具も少なそうなトリュフ、君に決めた。
もちろん、一発勝負だなんて馬鹿なことはしない。役者の口に入れる物なのだから練習だって怠るわけにはいかないのだ。
チョコレートを細かく刻み、温めた生クリームにチョコレートを溶かして、洋酒を少し入れて、チョコレートを冷まし、一口大の大きさにすくってクッキングペーパーに乗せたら冷蔵庫へドーン!
冷やしたらココアをまぶして形を整えたら良し。完成!
味見もしなければと一つ食べてみたら、練習するまでもなくめちゃくちゃ美味しいのでレシピが簡単に美味しくと書いてるのも納得だ。
「あとは百均とかでそれっぽい入れ物を買わなきゃだ」
すっかり入れ物のことを忘れていた私は百均のバレンタインコーナーにあるであろうラッピング用品を購入してから、本番用のトリュフを作ることにした。
あ、白樺用にはすでに百貨店のバレンタイン催事にて購入した一粒千円するブランド物を用意してあげたので向こうも文句はないだろう。
……しかし、これでは白樺が本命みたく見えるのが腹立たしい。




