寧山さんへ、あなたの平穏のために頑張ってますよ
カチカチと、パソコンと向き合いながら巨大掲示板へとアクセスし、膨大なスレッドから特定の板を覗き見る。
この職業をしていると所謂エゴサをする人も多いけど、俺の場合は寧山サーチだ。
寧山さんに関する話を見るというより、寧山さんにつく害悪ファンを特定するため、である。全ては寧山さんの平和な役者生活のために。
大体はスレ民が「こんなヤバい奴いたんだけど……」みたいなリークから始まり、服装や言動など情報を得てオンステで特定する。……とはいえ、そう簡単にはいかないんだけど。
寧山さんファンだから同じ出勤日とかじゃない限り俺がその害悪を見つけるにはかなり時間がかかる。
まぁ、目立つ奴は目立つけど。見つけたら全力で構ってやれば案外楽に鞍替えしてくれるからチョロいものだ。
主な情報を得るスレタイはテーマパーク板にある『エタアクタースレ』エターナルランドのアクター情報はほとんどここで騒がれているため賑わいがある。
そしてもう一つ。『精霊の人スレ』エターナルランドのアクターの中でもさらにショーやパレードに出演の精霊アクターに関する話をしている。
こっちはアクスレより認知度が低いのでアングラのさらにアングラと言ってもいい。
そもそもテーマパーク板じゃなく雑談系板にあるからこっちのスレ民は少ないけど、その分なかなかに濃密な話題がよく上がる。嘘か本当かはわからないけど。
そんな中、最近面倒そうな寧山さんガチ恋の奴を見つけた。
0409 名無し
物産展でN山さんが食べてたのと同じ羊羹食べた。同じ成分を口に出来て嬉しい
0427 名無し
N山さんの自家用車に知らない女乗ってたけど、どこの誰? 何様なの?
0428 名無し
>>427
車の中まで見てるとかリアコ怖すぎ
0429 名無し
助手席に役者以外同乗する女なんて初めて見た。害悪ファンがあそこまでN山さんに近づいたとかルール違反もいいとこ。滅べ
0430 名無し
>>429
ソースはよ
寧山さんの車に女という言葉に俺も反応する。どこの誰とか言うのだから役者で一番近しい雪城ではなさそうだ。
「……。あー……」
心当たりがなくはない。役者じゃなく、一般人であの人に近い女を俺は知っている。
神作家であり、寧山さんのオキニだから敵でもある縁さん。
念のために寧山さんに『最近、絆奈って人を車に乗せてました?』と尋ねてみたら『よく知ってるね。もしかして見かけたの?』と、返ってきたのでビンゴであった。
0448 名無し
アナライ公演で見かけたら牽制してやる
この寧山さんのガチ恋、結構ヤバそうだな。もしこいつが面倒事を起こしたら寧山さんは悲しむだろうし、縁さんの顔を覚えてるようだから、いちゃもんつけられて下手すりゃしらねやから手を引く恐れだってある。
どっちも心の支えだからそうなったら困るし、行動に移さなきゃいいんだけど。
こいつをマークしつつ、後日迎えたAnother Lifeの初回公演にて、終演後の楽屋に呼ばれた縁さんに何もなかったか尋ねてみれば、なんのことかさっぱりわからないという間抜け面で、首を傾げたから大丈夫そうだなと思った。
そのあと先に帰宅する縁さんを何故かみんなで見送って、再び二階の控え室に戻る。
片付けや本日の公演についての話をする中、窓際に寄りかかった俺はふと外を眺めると、縁さんらしき姿ともう一人女が話しているのを確認した。
時計に目をやり、別れてから十分は経っているのにまだあの辺りにいるのかと考えたが、引き止められてる可能性もあるのでさらによく見てみる。
もしかして掲示板の寧山さんリアコだったりしねーよな? と思うも外は暗いし顔まではわからないが服装や髪型といった雰囲気くらいしか特徴が掴めない。
しばらくして二人は別れたようだが、どこか気がかりではあった。
0586 名無し
あのアマ今度は公演後にN山さんに見送られて出て来たんだけど。こっちは面会出来ないのにどんだけ居座ってあの人に会ったっていうの!?
0589 名無し
>>586
あのアマって?
0590 名無し
>>589
>>427 これだろ
0603 名無し
嫉妬乙
0622 名無し
接触した。明日絶対後悔させてやる
それから自宅で例の寧山さんガチ恋がまた何か言ってやしないか確認したら、どうやらというか、やはりというか、初日にいただけでなく縁さんになんらかの理由で近づいたようだ。
投稿時間や内容から察するに縁さんと話をしていたあの女なんじゃねーのかと疑うようになった。
「……やべぇのに目をつけられたな、縁さん」
一応、SNSで何か呟いていないかタイムラインをチェックするが、長々とアナライ公演の感想を綴っていた。何も愚痴ったりしてなさそうなので、ここで語るようなほどの出来事は起こっていないのだろうな。
とりあえずレポ絵とか上げてくれるのかもしれないのでそれは楽しみにしておこう。
しかし、事件は翌日起こる。千秋楽本番前にてスタッフの女一人が戸惑いながら控え室にやって来てこう言った。
「あの、昨日楽屋に呼んでいた皆さんのご友人の方が、盗難された公演チケットで入場しているとバックで騒ぎになってますっ」
どういうことなのかと寧山さんが詳しい話を聞いてみると、客の一人が昨夜千秋楽のチケットを奪われたらしく、犯人がこの公演に来るだろうと思ってスタッフに当選したチケット番号の書かれたスマホ画面を見せながら、自分の席に座ってる人をどうにかして欲しいと言われたのが始まりらしい。
そして盗難されたチケットの席に座っていたのが縁さんだった。縁さんの言い分は隣の人に譲って貰ったと言うんだが、確認したら赤の他人だと返される上に窃盗に遭った客ははっきりと縁さんが盗んだ、顔も見たと言っている。
ただの他人なら縁さんは結構怪しいんだけど、寧山さん達は何かの間違いじゃないのかとスタッフと話をしていた。
俺も掲示板のスレのことや昨日の夜に見た女のこともあるし、寧山さん達が話をしている途中で一度客席を軽く覗き見してみることにした。
縁さんが座っていた例の席が空席なのは変わらず。そして席を譲ってもらったという隣の客を見れば、昨夜の縁さんと話していた女と似ていることがわかった。
顔まではそうだと断言は出来ないが髪型や雰囲気は自信がある。
確認してから再度楽屋に戻ろうとすると道中、寧山さん達とばったり会って「今から絆奈ちゃんの所に向かうつもりなんだ」と言うので俺もその流れで縁さんと窃盗被害に遭ったという客のいるバックへと向かう。
まぁ、実際に盗難被害に遭ったと豪語する女の話を聞けばなんかそいつもヤバそうな奴だなって思ったし、縁さんを疑わない連中ばっかだからあっさりと白状した。なんとも呆気ない。
その後、動機などを聞いたスタッフからの話によると、やはりあの隣の席にいた女が首謀者なのでそいつの話を聞くため捕まえようとするが、休憩中も公演後も捕まることはなかった。
っつーか、休憩で捕まえられなかったから休憩明けの公演中に引っ張って来るしかねーだろと助言したのに、縁さんが待ったをかけたから実行は出来なかった。
被害者だから尊重してやったが、早期解決しねーと寧山さんが気にして平穏な日々を送れないだろうが。
事件は有耶無耶になり、縁さんも帰宅する。寧山さん達は少し乗り気ではないものの、旗揚げ公演の千秋楽を迎えたのだから暗い顔してはいけないと言って予定していた楽屋での打ち上げを始めた。
ケータリングが並び、アルコールの準備もばっちりではあるが胸騒ぎがする。
急遽スマホから例の掲示板へとアクセスし、寧山さんのリアコの動向を覗いた。
0704 名無し
役立たず。使えない。舞台観れなかったってギャーギャーうるさいからブロックした
0705 名無し
あのアマ潰したいのになんなの! 使えない使えない!
0708 名無し
>>705
N山リアコがまた発狂してんなwww
0710 名無し
何食わぬ顔でまたあのアマが出て来た。死ねばいいのに。とっとと死ねブス。
「……」
最新投稿時間がちょうど一分前。また何かしら絡みそうな雰囲気もするが、打ち込まれる文字は過激を増している。……想像はしたくねーけど嫌な予感しかしねー。
「おい、水泥。ちょっとついて来い」
「は? ちょ、何っ? なんなんですかいきなり! 引っ張んないでください!」
「寧山さーん。俺と水泥で買い出し行って来まーす」
「えっ? あ、うん。行ってらっしゃい」
水泥の首根っこを掴んで引きずりながら寧山さんに適当な言い訳を残して劇場から出て行く。まだそんなに離れていないはずだと思って早足で駅方面に向かった。
「おい、急げよ水泥」
「何を急ぐんですか……勝手に連れ出して……」
「お前の好きな奴がちゃんと帰れるか確認しとかなくていいのかよ」
「は? どういう……」
横断歩道で信号待ちしている縁さんの後ろ姿を発見。水泥の奴も「あ、橋本さん……」と口にしていたから間違いないだろう。
同時に、縁さんに近づく怪しい女もいた。静かに寄っていく様はどう見ても怪しい。
すかさずスマホで動画を撮る準備をする。何もなければそれでいいけど、万が一のことがあったときには脅しっていう武器になるしな。
「ちょっ、白樺さん何撮ってるんですかっ」
「いいからちゃんとあいつを見とけ。えにっ……じゃなくて絆奈になんかあったらお前飛んで行けんだろ」
「さっきから何言って……」
はた、と水泥の言葉が止まった。それもそうだろう。スマホ越しに映る謎の女は縁さんの後ろに立った瞬間、思い切り背中を突き飛ばした。
両手でドン、なんてもんじゃない。あれは体当たりと言ったほうが正しいだろうな。完全に車道へ突き飛ばす気満々なのがよくわかる。
しかし、その女は自身が捕まることを避けるためにすぐに逃げた。
隣の水泥は俺が言うまでもなく、縁さんの元へ駆け出したから俺はあのアマを取っ捕まえるため走り出す。
あいつマジふざけんじゃねーぞ! 寧山さんのファンなら問題起こさねー行儀のいいファンでいろや!
それに縁さんに何かあったらぶっ殺してやる!! あいつはしらねや神絵師なんだからな! 死んだら二度と新作読めねーだろ! せっかく俺が……ん? せっかく、なんだっけ。
まぁ、いいや。とにかくあの野郎捕まえて立場をわからせてやる。
「身の程を知れクソアマ!」
俺がついて来ているとも知らずに人通りの少ない道に入って安心したのか、女はスピードを落として街灯の前で立ち止まると、一人で笑ったり声を上げたりする。どう見てもやべー奴じゃん。
その周りの見てなさも相当あれだと思うけど、こっちに気づくのを待ってる暇なんてない。
「どーも、ぼっちで楽しんでるところいい?」
「は……?」
目を見開いてこちらを見る女はやはり例の疑わしい女だったし、ようやく真正面で顔を突き合わせることが出来たおかげで俺は確信した。俺、こいつのリアコっぷりを何度もオンステで見てたわ。
パレードで最前を取って酷いくらいに寧山さんに向けてアピールしてるのをよく見てたんだよな。
周りのことなんてお構いなしってくらいに両手で大きく手を振るわ、ジャンプするわ、カチューシャを装着したまま後ろへの配慮もないし、ぬいぐるみを肩車していたときもあった。
さすがに寧山さんも苦笑いしてたくらいだから印象深い。もちろん悪い意味で。
「し、らかば……さん?」
「ちょっと話しよーぜ。拒否はすんなよ」
撮ったばかりの動画を見せつけてやると見る見るうちに青ざめる。そりゃもうこいつの顔から犯行の瞬間までばっちりと。
いくら暗がりの中とはいえ、周りには人がいなかったわけじゃねーのになかなかに大胆なことするよなこいつ。
少なからず俺ら以外にも見てた奴はいるのに。まぁ、明らかに怪しいなって思ってちゃんと証拠を残した俺すげーけど。これはもう縁さんにしらねやリクエストする権利があってもいいはず。
「……っ!」
「っと」
俺からスマホを奪うため掴みかかろうとする女を躱す。あまりにも無謀であまりにも浅はか。わざわざ見せつけたのに奪われる可能性を考えていない馬鹿だと思うか?
「よくも人様の舞台で面倒事を起こしてくれたなぁ?」
「なんなのよ……私が悪いって言うのっ? あの女が寧山さんに近づくからいけないんでしょ!? ただのファンのくせになんでいい待遇受けてんのっ? あんたらもあんたらよ! なんで許してんのよ! 図々しいとか寧山さんに近すぎるとか注意くらいしなさいよ! バッカじゃないの!? 私の寧山さんなんだから!」
溜まっていた物を爆発するような、聞くに耐えない言い分をこれでもかとぶつける。ただ羨ましいだけじゃねーか。だから嫉妬乙とか言われんだよ。
「言っとくけどあんたの寧山さんでもないからな、朋原 天音」
「っ!? な、んで名前……」
「ファンレターで知った」
「私は寧山さんにしか出してないわよ!」
「あぁ、そうだな。でも俺結構うっかりでよ、たまに事務所に届いた寧山さん宛のファンレターも持って帰っちまう癖があってな」
ってのは嘘でただの害悪リアコ探しだけど。何枚か寧山さんのファンレターをくすねて、中身を確認する。やべーファンとか頭がお花畑な奴とか見極めるために。
「知らずに中身を見てようやく寧山さん宛だって知るドジっ子なんだよ。だからあんたの手紙も間違えて読んじまったってこと。プリクラ貼ってたり、電話番号からメアドまで書いてたし、それで顔も名前も覚えたってわけ。物覚えいいんだよ、俺」
いや、もう本当にガチで繋がりたくて仕方ないって感じなのが見え見えすぎて笑っちまったけどな。手紙の内容も自分の話が九割だし、ショーパレや舞台の話くらいしとけよファンなら……って思わずツッコミだってしたな。
とはいえ、ヤバそうなのは間違いねーからこいつは警戒しとかねーとなって思い、個人情報はちゃんと全部控えておいた。
「覚えないでよ、見ないでよ! なんなの!? キモいんだけど!」
「寧山さんを自分の物だと言い張るほうがキモいけど。まぁ、そんなのはどうでもいいんだよ。俺が言いたいのは証拠があるから大人しく自首しろってことだ」
「っ!」
よほど捕まりたくないのか、奥歯を噛み締めるような焦りの表情を見せた女は俺に敵わないと察して逃げ出そうとしたので、腕を掴み強く引っ張って阻止する。
てか、俺から逃げられると思ってんのか。役者ナメんなよ。俺、反射神経は結構いいし。
「いたっ……!」
「悪ィけど、俺手加減してる暇ないから。まぁ、あんたの言い分もわからなくはねーよ? 確かにあいつと寧山さんの距離近いし。でも、寧山さんに迷惑かけてる時点で俺が一番許せないのはお前だからな」
「ぅ……っ」
腕に食い込むくらいに力を入れたら小さな呻き声が上がる。このまま捻り上げてやってもいいけど、俺は優しいからすぐに離してやる。
「今すぐあいつの所に行って謝罪するなり罪を償うなりしろ。それとも俺が引っ張ってやろうか?」
「お断りよ!!」
せっかく自首させてやる機会を与えてやったというのに諦めの悪い女は捨て台詞を吐いて逃げ出した。
追いかけて取り押さえてやるか、と思ったところでスマホに着信が入る。やべ、寧山さんじゃん。
「はいはーい。あなたのゆずくんでーす」
『ゆずくん、まだ買い出し中なの?』
「そーなんですよ。何買うかって水泥と言い合いになったりしてますね」
『喧嘩ばっかりせず、気をつけて帰って来るんだよ?』
「はーい」
電話を切り、寧山さんも心配してるから帰るかと女はそのまま放っておくことにした。
あいつも逃げるとかバカだよな。こっちは名前だけじゃなく住所だって控えてんだよ。
とりあえず水泥を回収しておかねーと。脅し動画は縁さんにも回して、あとのことは被害者に任せるか。ここまでやった俺マジいい人ー。
これであの野郎を取っ捕まえたら頭のおかしい虫を寧山さんから追い払えるわけだし、縁さんも問題なく活動出来るってもんだよな。
よし、と呟き俺は縁さんと水泥の元へと向かうことにした。