推しへ、その仕事引き受けましょう
物産展七日目の最終日を無事に終え、その翌日の昼頃、みんなが地元和歌山へと帰る日が訪れた。
新幹線の改札口近くでみんなを見送る。残念ながら水泥くんは本日オンステなので私一人だ。みんな大きなバッグやキャリーケースを傍らに別れの挨拶をする。
「絆奈ぁぁ……父さんは帰りたくないよ~」
「はいはい、また家に帰るからね~」
相変わらずの娘大好きな父による強いハグを受けながら宥めるのだが、これではどちらが子どもかわからない。
しばらくして「いい加減にしなさい」と母が父を無理やり引き離した。
「絆奈、一緒に仕事が出来て楽しかったわ。家に帰るのも待ってるからね」
「うん。また連絡するね」
家族とはこの物産展の間、よく顔を合わせていたと思う。Cafe・和心の里に勤める母と、仕事の合間に覗いて来る父。この一週間は久々に家族とも色々と交流が出来た。
「絆奈ちゃん、また恵介と一緒に遊びに来てね」
「手伝いしてくれておおきにな。恵介にもよろしく言うとってくれ」
「はい、皆さんも一週間お疲れ様でした」
幸枝さんと安堂さんにも声をかけてもらい、水泥くんのお父さんも少し照れながらぺこりと会釈をしてくれた。
水泥くんがお見送りに来れなかったのが残念ではあるけど、閉店間際に来てくれたりと家族の様子を窺っていたから相変わらずいい子である。
「ニーナと芥田くんもお疲れ様ー。これからも仲良くね。それで結婚する際は推しを司会に! 費用は出すから!」
「ほんま自分ブレへんな……」
「てか、橋本。そんなに言うんやったら自分で結婚して呼べばえぇやん」
「君は勝ち組だからそんなこと言えるんだけど、それが出来たら苦労しないんだよ芥田くん」
「なんでその勝ち組の俺に向かってバカにした顔すんねん。めっちゃムカつくわ、それ」
「簡単に結婚して呼べって言うからだよ。まずそんな相手すらいないんだから」
「いやいや、おるおる。フッツーにおるわ!」
「むしろめっちゃ近くにおるからなっ? 俺でもわかるからなっ!?」
友人達のお世辞が逆に心を抉られそうな気がしてきた。……そこまで必死に言わなくても良くない? 自分の結婚式の方が難易度高いんだけど。
「ずっと推しを贔屓に応援しても気分を害さずに許してくれる相手がいるとは思えないんだけど」
「「あー……」」
何。その確かにな、みたいな相槌は。
そんな友人達の呆れ顔を最後に私はみんなを見送った。あっという間ではあったけど、またみんなとワイワイやりたいものだ。帰省もちゃんとしなきゃだなぁ……。
物産展が終わり、次に控えてるアナライ旗揚げ公演までは穏やかに過ごせると思っていた。……そう、思っていたのだ。
一週間後、推しのご自宅に私はいた。ダイニングテーブルの前へと席に着き、目の前にはプリンが置かれる。
なぜ、こうなったのか。話は数日前に遡るのだが、推しから『絆奈ちゃんに大事な話があるから直接話出来ないかな?』とメッセージが届いたのが始まりだ。
そのときの私は推しからの誘いにまた頭を抱えたのだが、それよりも何よりも大事な話という漠然とした内容の方が気になっていた。
わざわざ私と顔を合わせて話す内容とはなんなのか。もしかして私、推しに何かして怒らせてしまった? 気をつけてはいるつもりだけど私が気づいていない可能性が……?
ううん……私に対する親愛度が下がったなら顔を合わさなきゃいいだけなんだし、もう少し前向きなことも考えてみよう。
大事な話の定番といえば……仕事に関することや恋愛に関することだろうか。
仕事は前生の記憶では特に大きなことないしなぁ。むしろ新しいグループ築き上げちゃってるし。
恋愛は……雪城さんと結婚してない上にファンの子を好きになってるからその子と進展があったとか? 付き合うようになった、または結婚? いい話だといいんだけどなぁ。
と、色々考えながら約束していた当日。私の地元の駅で待ち合わせと告げられた。
私の地元なんてゆっくり話せるような所少ないですよと伝えたのだが、推しは大丈夫だよと返事をするので何が大丈夫なのかと心の中でツッコミを入れる。
いや、さすがに行き当たりばったりではないだろう。どこかのカフェに目星をつけているのかもしれない。
そう思って待ち合わせ場所に待っていると、見たことのある車から推しが降りて来た。……薄々車で来るんじゃないかと考えていたのでもうそこまでは驚かないのだけど、ニコニコしながら「乗って」と推しが言うので車に乗ることになってしまう。
車が発車し、どこに行くのかと尋ねても「秘密」と答えるので、どこかデジャヴを感じた。前もこんなことがあったし……まさか私は推しの自宅に向かってるのでは……?
そう察してしまったが気のせいであってくれと願うも、その予感は当たってしまった。
推しの家に上がることになった私はなぜか推しにプリン出されて今に至る。
「あの……これは?」
「かぼちゃプリンだよ。秋らしい物を作りたいなって思って」
やはり、推しの手作りだった! また推しの手料理を食べる日が来るなんて思ってなかったのに! なぜこんなことに!?
「ど、どうしてスイーツを……?」
「絆奈ちゃんがうちに来てくれるなら何か甘い物を用意しようかなって考えてね」
推しの家に行くって知ったのはついさっきなんですけどね! ……なんて言えるわけもないのでその言葉を飲み込んだ。
そして推しの食べてっていう表情に負けてしまい、スプーンを手に取って一口すくって食べてみる。
甘い秋の味覚が滑らかでいて、とろけるような美味しさ。というか、料理が得意な推しが作るのに不味い物なんて有り得るわけがなかった。
「美味しいです!」
「ほんと? 良かった~」
ふにゃりと微笑む推しの顔の良さが今日も最高に良くて、それだけで胸もお腹もいっぱいになる。推しの手作りかぼちゃプリン食べてる上に笑みまで貰ってしまったら私そろそろ死ぬんじゃないかって気がしてきた。
……ていうか、私は大事な話があると聞いたのになぜ推しの家でプリンを食べてるのか!
「寧山さん……大事な話とは……?」
「あぁ、実はね、絆奈ちゃんをスカウトしようかなって」
「……はい?」
スカウト? 何を? 役者? 私役者だなんてしませんよ! もう高校の文化祭でこりごりなんです! いや、それとも再度アナライのスタッフ勧誘!? それはお断りしましたけど! っていうか、旗揚げ公演まであと一週間くらいなんですが!
「エターナルランドのショーキャストに」
「お断りしますっ!」
推しの発言中だというのについ勢いで言葉を被せてしまった。いや、でもこれは拒絶してしまうのも無理はない。だってショーキャスだよ!? ショーパレのゲスト誘導や案内をし、ショーやパレード中に何も起こらないように見張る役目もあるショーキャス!
ただでさえアクオタがエターナルランドに勤めるとアクターと繋がりたいがための接触厨だって言われるのに! しかも一番アクターとの関わりが強いショーキャスだなんてもってのほか!
「……せめて一考した上で返答してほしかったなぁ」
「秒で考えた上での返答です。なんなんですかいきなり」
「いや、ショーキャストがちょっと足りないらしくて誰かやってくれそうな人いないかって聞かれてね。それを聞いて一番に絆奈ちゃんを思い浮かんだんだよ。一緒に仕事が出来たらいいなぁって」
「無理です無理です。私、求職してるわけではないので……」
「どうしても?」
「どうしてもですっ」
目立ちたくないんです! ショーキャスなんかしたら推しが私へ何かアクションを起こす度に「あのショーキャス何? 色目使ってんじゃねーよ」って炎上しちゃう可能性も大いにあるんだから!
「そっかぁ。残念だけど、予想はしてたよ」
「はぁ……」
じゃあなぜ勧誘しようとしたのか。私は仕事中の推しを見たいのに仕事をさせようとしないでほしい。
「それじゃあ、PR動画の出演をお願い出来ないかな?」
「PR動画?」
「エターナルランドオフィシャルホテルの宣伝動画の撮影依頼がきててね。それの出演者として絆奈ちゃんにお願いしたくて」
オフィシャルホテルの宣伝動画……。それには一度目の人生での記憶があった。
エターナルランドのいくつかあるオフィシャルホテルのサイトにて、ここのホテルに泊まりたいと思わせるようなPR動画が掲載されているのだけど、そのほとんどに推しが出演している。
公式に愛されし推しは時にはカップル設定、時には子持ち夫婦設定、時には友達グループ設定……などなど、そのホテルの動画によって推しの設定が変わるのだけど、顔がいいのでずっと見ていてられるのだ。
……で、私はその出演をお願いされているというわけなの? アクターの仕事じゃん!!
「いや、あの、私は役者じゃないですよ?」
「大丈夫。出演って言ってもエキストラみたいなものだから絆奈ちゃんに演技をしてほしいとかはないよ」
「エキストラ? PR動画にいるんですか?」
「うん。ほら、ホテルの朝食の様子とかそういう絵を少し撮りたいらしくてね」
推しの話によるとこうだ。ホテルの朝食ブッフェを紹介する場面を撮る予定なのだが、主役はあくまでも推しではあるけど、周りに人のいないレストランは寂しいから人が欲しいとのこと。
宿泊客の許可を撮っての撮影でもいいんだけど、好奇心なのかカメラを気にする人がたまにいるらしい。
撮り直すのも手間になるし、しっかりと自然な感じで食べている様子を収めたいから、それならばエキストラを使おうという話になったそうだ。
「なるほど」
「メインでは映らないし、絆奈ちゃんもその方がいいでしょ?」
「まぁ……そうですね」
「じゃあ、大丈夫そうだね」
嬉しそうに微笑む推しにつられて頷きそうになったが、ちょっと待って。なぜ私が参加する前提の話になってるのっ?
「で、でも私じゃなくてもいいのでは?」
「僕は絆奈ちゃんがいてくれたら頑張れるなぁって思って」
うぐっ。そのちょっと照れながら言うのは狡い。そりゃあ私だって推しのためなら応援は惜しまないし、お金も積むけど……ホテルのホムペにアップする宣伝動画でしょ? ネットに晒されてしまうのか。ううん……エキストラならあまり気にしなくてもいいのかな。
「それに雪城さんも喜ぶと思うよ」
「えっ!? もしかして雪城さんも一緒なんですかっ?」
「うん。今回は恋人役で僕達が抜擢されてね」
雪城さんが恋人役のホテルPR動画……。知ってる。心当たりがある。私の記憶にちゃんと残っていた。
恋人という設定でホテルに宿泊する五分くらいのムービー。あまりにもお似合いで推しも楽しそうだったから「推し尊い……」って何度も見たものだ。
そういえばそのホテルって確か……。
「あの、そのホテルってどこですか?」
「エターナル城ホテルだよ」
「!!」
やっぱり! やっぱりエターナル城ホテルだ!
エターナル城ホテルといえばパーク内にある唯一のホテルで、客室が百も満たないが故に常に予約戦争を繰り広げている値段も張るホテル。パークオタクじゃなくとも誰もが一度は泊まってみたいホテルである。
ホテルも宿泊客以外は基本的に入れないため、あまりメディア公開も多くない。とはいえ一部のレストランだけは誰でも入ることが出来るが、もちろん宿泊者専用のレストランもある。
そこの朝食ブッフェや夕食ブッフェなどはとても美味しいと有名らしくて、ずっと食べてみたいなぁと思っていた。
「……つかぬこと伺いますが、朝食ブッフェのレストランって宿泊客しか行けないレストランです?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、そこのご飯が食べられるってことですか?」
「もちろん。撮影が終わってからもゆっくり食べていいって許可も出てるからね」
心の中で強くガッツポーズをした。これはまたとないチャンスである。
あの選ばれし者しか入れないエターナル城ホテルに踏み込めるなんてそうそうないのだから。
「ぜひともご協力させてください!」
「ほんと? ありがとう! 日時の詳細はまた後日知らせるよ」
エキストラなら自分の映る尺なんて大してなさそうだし、推しと雪城さんの仕事中の様子を見守ることも出来る上に宿泊客しか入れないレストランでのブッフェも楽しめるなんて! それで推しのためになるならこれは参加せねばならない!
「その代わり、他にも何人か友人に声をかけてるから撮影の間だけは絆奈ちゃんだけじゃなく、その面子とテーブルを囲むことになるかもしれないけど」
「水泥くんとか白樺さんですか?」
「いや、さすがに彼らは目立つから……」
あぁ、なるほど。確かにアクター界隈の知名度は上がっているからエキストラにするのは勿体ないか。まぁ、撮影の間だけだし、推しの友人ならあまり気にすることはないね。
「わかりました。粗相のないように勤めます!」
「あはは、そんなに気を張らなくていいよ。ただご飯を食べるだけなんだから」
いやいや、推しの友人ならば一ファンとして礼儀の正しい姿を見せねば。
それにしても気になる点が一つある。
「でも、その話なら電話でも良かったんじゃないですか?」
「……。僕が絆奈ちゃんと二人で話をしたかったからだよ」
これまた恥ずかしげに話す推しに心臓が痛いくらいに締めつけられる。可愛いが過ぎるよ、推し。「ん゛んっ!」と変な声が出そうになったけど、下唇を必死に噛んで漏らさずにすんだからいいけど。
そんなわけで推しの依頼を受けることになったあとはすぐに帰宅……は出来なくて、推しが「エターナルランドの新しいショーパレDVD見る?」と言うものだから条件反射なのか「見ます!」と返事をしたため、推しのノームが出演するショーパレDVDを鑑賞してから、再び推しの車で家まで送ってもらうなどをした。
それは絆奈を乗せた寧山の車が彼女を自宅に送り届けるためマンションの駐車場から出たときのことだった。
その様子をジッと見ていた女性が電信柱の影からゆるりと姿を現す。
「……誰よ、あの女」
その人物はかつて絆奈が天月さんと呼んでいた女だった。彼女は紫に色づけた親指の爪を噛みながら、心に芽生えた憤嫉を表情に出していた。




