推しへ、友人カップルが尊いです
ピピピピ。朝七時頃。アラームが鳴り、ベッドからもぞもぞ動いて音を発する元であるスマホを手にすれば、慣れた手つきで音を止める。
バサッと布団を捲って覚醒した私はベッドから降りた。すぐ傍にもう一組ある布団から私のアラームで目覚めた人物がいる。
「おはよう、ニーナ」
「んん……はよ」
実はニーナがこっちにいる間、私の自宅で彼女を泊まらせている。
私の両親や水泥くん家族、芥田くん達はウィークリーマンションを借りていて、ニーナもそのつもりだったのだけど、家賃は庵主堂さんが持つとのことだった。
しかし真面目なニーナは自分で払うからと遠慮してたし、水泥くん家族からすると仕事で来てもらうのに払わせるわけにはいかないということで「それなら私の家にお泊まりしなよ! 狭いけど一人くらい大丈夫大丈夫っ」と彼女をお誘いして今に至るわけである。
そして本日は物産展四日目ではあるが、私達同級生組はお休みであり、いつメンでエターナルランドに行く日だ。
ニーナと芥田くんは中学の修学旅行以来だし、しかも芥田くんと一緒に回るのは初めてである。なのでいつも一人でインパするより楽しみだ。
「楽しみだね、ニーナ! 私と水泥くんが一緒ではあるけど、ニーナと芥田くんにとってはエターナルランドデートになるもんね!」
「あー……せやな。……。……なぁ、絆奈。私、ほんまに稔と付き合っとるんやろか」
カーテンを開けて天気のいい清々しい朝日を浴びていたら、ニーナから不穏な話を切り出されて言葉が詰まった。
「なっ、な、なっ!? 一体どうしたのニーナ!? 芥田くんと喧嘩でもしたっ!?」
「いや、ちゃうねんけどな……そうやなくて……」
「それじゃあ、一体どうしたの? まさか芥田くんに何か問題が……ハッ! もしかして浮気? ちょっと問いただしてこなきゃ!」
「人の話聞かんかい!」
ニーナが勿体ぶるから予想しただけなのに怒鳴られてしまった。じゃあ、なぜそう思ったのかと聞いてみればニーナは言いづらそうにしながらも、いつもより少しトーンが下がった声で理由を話した。
「……実はな、付き合ってから一度も……キスしたことないねん……」
「なんだって!?」
驚かずにはいられなかった。だってニーナと芥田くんが付き合って確か二年は経っているはず。そりゃあ人様の恋愛事情の進み具合についてとやかく言うのは失礼だし、当人同士のことだから私が言うのもあれなんだけど……まだしてなかったの!?
思わずそう言ってしまったのだが、ニーナも「やっぱそう思うやんな?」と同意を得たので少なくとも私とニーナは同じ考えらしい。
ニーナが言うには付き合っているから所謂そういう雰囲気になることも多々あるのだけど、いつまで経っても相手からの動きはない。
それならばニーナ自身からやってみようかと試そうとしたこともあるが、いつも不自然に会話を切ったり、適当に理由をつけて逃げたりするのだとか。
そのせいで少し不信感を抱いてしまったらしく、ニーナは本当に付き合っているのかわからないらしい。
……これはもしかしたら二人の関係にヒビが入る恐れがある案件ではないだろうか。それはまずい。そう思った私は先に洗面所をニーナに譲って支度を始めている間、一人で部屋に残った私は水泥くんに電話をかけることにする。
『もしもし?』
「朝からごめんね、水泥くん。事件です」
『えっ、えっ? どうかしたのっ?』
開口一番に事件などと言ったからだろうか、電話越しの水泥くんが動揺した声を出す。
ニーナに告げられてからすぐに水泥くんに相談するのも悪いとは思ったのだけど、これは彼にも協力してもらわねばならない。
付き合って二年も経っているのに未だ接吻をしていないことでニーナが不安がっている話をすれば、水泥くんは心当たりがあるのか「実は……」と話を切り出した。
『昨夜、芥田くんから電話がかかってきて似たようなことを相談されたんだ』
「なんと」
『佐々木さんと恋人らしいスキンシップが出来なくてどうしたらいいんだろうって……』
水泥くんの話によると、友人としての付き合いが長いからその延長線のような感じになってしまい、手を繋ぐのは数えるほどしか出来ておらず、キスをしようとしても緊張してすぐ逃げてしまうのだと。
見た目はあんな手馴れてそうな風格だというのになんとも初々しいものである。このカップル可愛すぎてちょっと私の方が尊さで爆発しそうだ……。思わず目元を手で覆い、身悶えてしまう。
しかし、このままではこの二人がすれ違って破局する運命にもなってしまったら大変なのでなんとかしなければならない。
「水泥くん。私達であの二人の仲を進展させてあげよう!」
『それはいいけど、そういうのは当人同士の問題だから僕達が間に入っていいものなのかな……?』
「言いたいことはわかるよ。でも何もしなくて破局してしまったら死んでも死にきれない後悔が残るので私はなんとか取り持ってあげたいの」
『橋本さんは優しいね……。うん、わかった。橋本さんがそうしたいって言うなら僕も協力するよ』
「ありがとう水泥くん! もし二人が別れたりしたら結婚式で推しを司会に呼ぶっていう私の長年の夢が遠ざかってしまうからね!」
『動機が不純すぎるよ橋本さんっ』
いやいや、もちろん二人の幸せを願ってるのが第一だよ! そう水泥くんに訴えつつ『ニーナと芥田くんの恋愛ステップアップ大作戦』を決行することになった。
まずはエターナルランドで遊ぶこと。カップルデートの定番でもあるしね!
エターナルランドの最寄り駅近くで待ち合わせをし、四人仲良くインパした私達はニーナと芥田くんの意見を取り入れてアトラクションメインに巡るコースを提案する。
ニーナが私に気を遣ってくれたのか「ショーは見ぃひんの?」と尋ねてくれたが、残念ながら今日の推しはオフなのでどちらでもいいのであった。
「じゃあ、絆奈に任せるわ」
「了解っ! ダメなアトラクションあったら教えてね」
ゲートをくぐり入国するとショップが建ち並ぶ『始まりと終わりのマーケット』を抜け、時計回りにパークを満喫しようと『恐怖の魔女のエリア』へと向かった。
ホラーや絶叫系がメインなので苦手な人には本当に恐怖でしかないと言われる。しかし、好きな人にはとことん好きなエリアでもあるのでなかなかに人気どころの場所だ。
そんな中、早速向かったのは『ジュエリーマイン』
宝石が採掘出来る鉱山をトロッコに乗って進んでいくというアトラクションだが、恐らく初めての人だと油断するアトラクション上位に食い込むだろう。
ふふふ。気を弛めることなかれ。このアトラクションはゆっくりトロッコで走行したと思いきや、ブレーキが壊れて地下鉱山を驚くほどのスピードで走り抜けるのだ。つまり絶叫マシンである。
もちろん鉱山の中は輝くような宝石があちこち散らばっているので見るのも楽しいが、スピードが出てるので余裕がなければ目を向ける暇もないそうだ。
ジュエリーマインを乗り終えたあとは『ウィッチクラフトチェアー』
ここは魔女の住む洋館の中がアトラクションとなっていて、魔術により椅子が勝手に動き回り、ゲストを乗せて不気味な洋館内を激しく走行する。
スピードだけでなく回転もありなので三半規管が弱い人は控えた方がいいと言われるアトラクションだ。
インパして早々激しい絶叫系を続けて乗ったのだが、ここでアクシデントが。
「……ううっ」
なんと、芥田くんは実は絶叫系がダメな人だったらしく、ウィッチクラフトチェアーを乗り終わってすぐに「ギブ……」と顔色悪くさせながらベンチへと凭れ掛かるように座った。
「芥田くん、絶叫系ダメだったんだね。言ってくれても良かったのに」
「ほんまやわ。最初に言うときぃや」
「えぇやろ……別に……」
「良くないわ、アホ! 言うてくれたら最初っから除外したんに!」
「……せやからえぇ言うとるやろ!」
あ、これはヤバいぞ。二人の仲が拗れてしまう。
「ま、まぁまぁ! 次は落ち着いたアトラクションにでも乗ればいいじゃない。ねっ?」
「……飲みもん買うて来る」
言い合いにならないように二人の間に入ってみたものの、ニーナはフンと鼻を鳴らすように一人で飲み物を買いに行ってしまった。
……これはまずい。ちょっと亀裂が入ってしまったのではないだろうか?
「芥田くん、なんで苦手なアトラクションに乗ったの?」
芥田くんの隣に座る水泥くんが問いかける。少し気分がマシになったのか、ゆっくり座り直すと真面目な表情で彼はぽつりと答えた。
「……新奈が乗りたがってたんや」
「……」
「……」
なん、だと?
「芥田くんのバカ! そういうことは本人を前にして言いなよ!」
彼の一言で思わず顔を両手で覆ってしまった。なんなのこの子達。尊すぎてキレてしまう。
「ア、アホか! そんな恥ずかしいこと言えるわけないやろ!」
「言ってよ! ニーナが楽しそうにあれ乗りたいこれ乗りたいとか言ってるのを聞いて自分が我慢して乗ればニーナが楽しめるって思ったんでしょ! でも思った以上にアトラクションが激しくてダウンしたからかっこ悪い所見せた上にニーナのために我慢したなんてさらに恥ずかしくて言えないなんて考えちゃって! せめてそれを相手に言わなきゃ伝わんないよ!」
「は、橋本さん、ちょっと落ち着いて……」
つい早口で捲し立てたら水泥くんに宥められてしまった。反省反省。
「でも、芥田くん。橋本さんの言うことももっともだと思うよ。佐々木さんは芥田くんと一緒に楽しみたいはずだから、苦手なものを我慢して乗るのはきっと彼女も望んでないんじゃないかな」
「……せやな」
さすが水泥くん。勢いで言いくるめようとする私とは大違いである。でも、ニュアンス的には私も水泥くんと同じことを言いたかったんだよ?
「よし。芥田くんにひとついいことを教えてあげよう」
「いいこと?」
「実はエターナルランドでは縁起のいいとされてることがあって、エターナルファイヤーワークスっていう夜に行われる花火があるんだけど、そのイベント最中にエターナル場前で口づけをした恋人は永遠に幸せになるって言われてるの」
「はあっ!?」
「せっかくなんだからいい思い出作って来なよ、ねっ」
赤くなる芥田くんの肩を叩いてはグッと親指を立てる。生前からこのジンクスみたいなのはずっと言われ続けてきたのだけど、それにあやかろうとするカップルは少なくない。
まぁ、独り身の私からすれば、花火見なよ……と思っていたけど、最終的にはしらねやの薄い本のネタにしてしまったよね。
「自分ら何やっとんの?」
そこへ主に私を見て呆れた様子のニーナが帰って来た。その手にはペットボトルの飲料水。それを芥田くんの名を呼んでから彼に向けて投げ渡した。
「動けるようになったんやったら次行くで」
「お、おう」
……一先ず、大きな喧嘩にはならなかったようで少し安心し、次のアトラクションへと向かうことになった。
あれから数時間後、昼ご飯を食べてるときも、パーク内を歩いているときも、ニーナと芥田くんはいつもと違って口数が少なかった。お互いに先程の一悶着を気にしているのだろうか。二人とも互いに好きなはずなのになんとももどかしい。
後ろにいる二人の様子をちらちら確認しながら、並んで歩く水泥くんに小声で話しかけてみた。
「……ねぇ、水泥くん。これはやっぱりまずい状況なのでは?」
「うーん……どこかぎこちない気がするよね」
「このままじゃエターナルランドっていうおとぎの国のテーマパークで破局しちゃうんじゃ……!」
そりゃあ、確かにテーマパークはカップルが別れるきっかけのひとつとか言われるんだけどね! 待ち時間が長いから苛立ち故の喧嘩とか、アトラクションの好みが合わないとか、そんなのテーマパークじゃなくても起こり得ることじゃん!
エターナルランドは精霊と妖精のおとぎの国! 夢あるこの国で破局なんてさせるものかっ!
「とりあえず様子見、かな。喧嘩でもしない限り今の状態で僕達が変に取り持つのは逆効果になりかねないし」
「うー……エターナルランドの花火ジンクスに賭けるべきか……」
これで芥田くんが動いてくれないとニーナも愛想つかすかもしれないので彼には何がなんでも頑張ってもらわないと。
それからは日が暮れるまで遊び倒すことにした。時間が経つと二人は少しずつ口数が多くなり、いつもの調子を取り戻し始める。
パネルにボール当てるゲームコーナーでは全てのパネルを射抜いた芥田くんが景品であるケット・シーのケートぬいぐるみを手に入れてニーナにプレゼントしていたのでいい感じにポイントを上げている。
そして日が落ち、エターナル城の前で夜のパレードであるギフトオブライトパレードを鑑賞してから私と水泥くんは二人に気づかれないようにその場から離れ、目の届く範囲で彼女達の様子を見守ることにした。
芥田くん恥ずかしがり屋みたいだから私達がいるとキス出来ないかもしれないしね!
「花火はパレードが終わってからすぐだからあとは待つのみ」
「上手くいくといいんだけど……」
ニーナと芥田くんは私と水泥くんがいなくなったことに気づいて辺りを見回しているみたいだが、暗くなったこの状況で探すのは至難の業である。
そしてそろそろ花火が上がる頃だろうと思ったそのときだった。
『皆様にお知らせ致します。本日のエターナルファイヤーワークスは強風のため中止とさせていただきます』
まさかの中止のアナウンスがパーク中に流れた。
「う、嘘でしょっ!? そんなに風吹いてないのに!」
「上空の風が強いのかもしれないね」
「な、なんてタイミングの悪い風なのっ!」
これではニーナと芥田くんの仲が一歩進めないまま終わってしまう。かくなる上は怒られる覚悟でキスコールするしかないのでは?
「絆奈と水泥くんおらんくない?」
パレードに夢中で気づかんかった。友人が二人いなくなっていたことに。
「えっ? うわ、ほんまや! あいつら……!」
稔が焦った様子でその場から見える範囲で二人を探してみるけど暗くなった中では近くにいても気づくのは難しいやろ。
「まぁ、子どもやないしもうすぐ花火やろ? それが終わってから連絡して合流しよか」
「お、おぉ……」
未だにぎこちない稔。てか、なんや緊張してへん? なんやの。まさか今になって別れ話するとかちゃうよな? こんな場所ではさすがにやめてほしいんやけど。空気読め、アホ。
……せめて一回くらいキスせぇや。
『皆様にお知らせ致します。本日のエターナルファイヤーワークスは強風のため中止とさせていただきます』
突然流れるパークの放送に「マジかいな……」と残念な声が自然と出た。
もしかしたらこいつと来んの最初で最後かもしれんのに……いい締めくくりにならんかったか。
ふと、隣の稔へと目をやれば、なんでか知らんけど頭を抱えながらしゃがみ込んでいた。
「あーっ、くそっ、マジかよ……タイミング悪すぎやろ……」
「……そんなに花火見たかったん?」
「まぁ……せやな。……。……だーっ! ちくしょう!」
頭をガシガシと掻きまくると何か決心したように勢いよく立ち上がって、こちらを見るや否やいきなり両肩を掴まれた。
「新奈っ!」
「な、なんや……」
「あんな……橋本から聞いたんやけど、花火上がっとるときにこの城の前で……キスしたら、永遠に幸せになれるんやって……」
突然真っ赤な顔で何を言い出すんかと思えば。……なんや、もしかしてその胡散臭い縁起にあやかるつもりでキスしようとしてくれてたんか?
「花火は上がらんかったけど……そんなもんなくても俺はお前を幸せにしたる……せやから今からキスしても……ーーッ!?」
ほんま、焦れったい奴や。待ちくたびれたから稔の胸元を掴んで引き寄せ、こっちから先に唇を奪う。
すぐに解放し、触れるだけの口づけやいうのにこっちも恥ずかしなってきた。
「おっそいねん、自分……」
「わ、わりぃ……」
「……もう少し、恋人らしいことしたいわ。やないと……嫌いなんかって思うてまうし……」
顔を俯かせ、自分でもこんなこと言うのはらしくないと思いつつもずっと思っていたことを口にする。言葉にしてから余計に恥ずかしくなり、やっぱり言うんやなかったと強い後悔も覚えた。
すると、急に両手を掴まれて何事やと思い顔を上げると、そこには真剣な面持ちでこちらを見つめる稔がいた。
「わかったわ。俺は新奈のこと嫌いやないから……好きやからちゃんとお前のしたいことするで。一先ず、手を繋ぐのはどうや?」
「……えぇ案やと思う」
子どもかいななんて思うも、数えるほどしか手を繋げてへんからそれさえも嬉しく思うてしまう。
アホな奴やし、気も利かんし、変な所正直やし。けどそんなこいつが好きなんやからしゃあないんよな……。
「尊い……」
会話は聞こえないけど、ちゃんとキスする現場は見ましたとも。ニーナからっていうのは驚いたけど。ともあれ破局しないですみそうだから絆奈ばあちゃんは安心したよ。
しかし私の友人カップル甘酸っぱいね……末永く爆発してくれ。芥田×ニーナ永遠に……。
「良かったね、あの二人大丈夫そうで」
「本当だよ。知らないカップルならリア充めって思ってたところだけど、ニーナと芥田くんなら感動ものだよ」
「……ところで、僕達はいつ合流する?」
「もう少しあの雰囲気に浸らせてやりたいので私達の存在を思い出した頃に戻ってあげようか」
と、言ってみたものの、三十分くらいは軽く忘れ去られていたので我慢ならず突撃しに行くことになったのだった。
何はともあれ、ニーナと芥田くんの距離が近づけて良かった良かった。




