縁さんへ、お前とはマジで気が合うよな
俺の推し神作家、縁さんがある日を境にぱたりとSNS上に浮上しなくなった。病気なのか? と思っていたけど、病気だろうと怪我だろうと、毎日何かしら呟いているあの方が何日も発しないなんて明らかにおかしかった。
寧山さんが新しい舞台についての詳細を出したのに浮上してこない。嘘だろ? なんでだよ?
彼女が最後に投稿したのは十月三十日。その日は寧山さんが出ていた舞台の千秋楽で、そのあと一緒に舞台を観に行ったフォロワーと食事にしたという写真付きの呟き内容が最後だった。
縁さんのフォロワー達は何も気にしていない様子だったから俺は思わず『縁さん、最近見ないですね……』と呟いた。
するとようやくそこで縁さんと繋がってるフォロワーも口々に『そういえば……』『寧山さんの舞台情報出たのに……』『忙しいのかな?』と話題になる。
……どうやら、誰も縁さんがどうしてるのか知らないようだ。所詮はネットでの付き合いだから当然か。私生活まではわかるわけない。
ちくしょう、と溜め息を漏らすと信じられない呟きを見つけた。
『……ここだけの話、実は縁さん……あの投稿の日に亡くなってると思う』
……はあ? ふざけんなよ、お前。んなタチ悪ィ冗談流してんじゃねーよ。
『あの日、交通事故があったし、しかも人通りの多い場所だったから事故写真を撮る人が後を絶たなかったんだけど、そのモラルのなさで連日テレビで放送されていたせいで被害者の写真もよく映ってたの。縁さんと面識ある人なら写真を見ればわかると思う』
『調べてきた……縁さんにとても似てた……そんな……』
『そっくりさんとかじゃなく? 誰か連絡出来ないの?』
『ずっと前から何度かメッセージ飛ばしたけど既読つかない……』
次々に流れる呟きに目眩を起こしそうになる。なんだよ、縁さんが死んだっていうのかよ? 事故死だと?
『縁さん。今タイムラインで縁さんが亡くなってるんじゃないかって話題になっていて……そんなことないですよね? 私生活が忙しいだけですよね? 心配です。一言でもいいので呟けませんか?』
急いで縁さんにDMを送るがいつまで経っても返事は来なかった。
「クソがっ!」
マジで死んだって言うのかよ! あの人がいたから、あの人の作品があったから、寧山さんが雪城さんと結婚してもなんとか心を死なずにすんだってのに! 離婚した今でも寧山さんは未練タラタラだしよ……結局俺の入る隙はねーし。
……ってことはよ、もう縁さんの新作も、SNSでの寧山さんについての語りさえももう見れないってのか? え、無理。あの人の解釈すげー好きなのにもう見れないのかよ?
は? 死ぬしかなくね? 誰だよ事故起こした奴……そいつが死ねよ……。
あぁ、いや、でもちょっと待てよ……?
「……死んだなら、生き返らせばいいじゃねーか」
「━━ッ!!」
ガバッと起き上がってから辺りを見回す。自分の部屋だと理解すると安堵混じりの大きな溜め息を吐き出した。
どうやら夢を見ていたようだ。妙にリアリティのあるキチガイな俺の夢。馬鹿みてーに病んでて気持ち悪く笑ってやがった。我ながら意味がわからねぇ。
「……」
夢だと思いつつも念の為にシロザクラのアカウントをログインし、推し神作家の生存確認をする。
『イベントで購入した戦利品をもう読み終えてしまって虚無でしかない……』
一時間ほど前に呟いてた。良かった良かった。生きてるわ。ある意味死んでっけど。
いや、それにしてもマジで人生何が起こるかわかんねーもんだ。縁さんとお近づきになれるなんてな。
ていうか、あいつが縁さんなんて最初は信じられなかったけど。
そもそも俺が今役者をやってんのは全部寧山さんに人生を狂わせられたから。
大学の頃、当時の友人が舞台に出るからと言うのであまり乗り気ではなかったが、初めて演劇舞台を鑑賞することになった。
そこで初めて寧山さんを見た。マスカレードマスクを付けてただならぬ色気を振り撒いていて、息を飲んだのをよく覚えている。
演技だってやばかった。流暢に喋るのはもちろんのこと、キャラクターのせいもあるが大胆に動く演技はどこへ立っていても目が離せない。そして寧山さんの声がまた好みであった。
幕が降りるまで胸がずっと高鳴り興奮して魅入ってしまう。つまり、一目惚れだった。
この思いをどうにか本人に伝えたくて面会の時間、友人に会うよりも先に寧山さんとの面会列へと並んだ。
ちゃんとした素顔のあの人は演技をしていたときはまた違ってどこかほわほわしていて、少し頼りなさげな印象だった。あの妖艶な姿とは思えないほど。しかし、それでも可愛い人だなと感じてしまうから一目惚れとは恐ろしい。
「あの、俺、あなたの演技を見て……役者、目指したくなりました……」
「本当? そう言ってくれるのは初めてだよ。嬉しいなぁ。一緒の舞台に立てたらいいね」
はにかみながら笑う寧山さんの表情に心臓を射抜かれてしまい、会話のネタとして適当に言ってしまった言葉ではあるが、本気で役者になろうと決心した。
とはいえ、演劇の世界とはなかなかにハードで思い通りにならないのが現実。俺みたいな夢も目標もなかった大学生がいきなり役者の道へと目指すのだから周りは大層驚いていた。
それからは必死に役者として必要なスキルを得るため努力した。元々ルックスは悪くないだろうし、自信はあったので事務所に入るのも一発合格である。寧山さんと同じ事務所。そして寧山さんの後輩になれた。
……さすがにあの人は俺が舞台を観に行っていたなんて覚えてはなさそうだったけど仕方ない。今はあの人の後輩となったのだからこれから関係を築けばいい。
と、思ったのだが、なかなか寧山さんと接点が持てない。つまり話する機会がない。それでも挨拶とかして少しずつ俺の存在を根付かせながら寧山さんと交流を育む。
同時にあの人と同じ舞台に立ちたいがためにエターナルランドのパレードアクターオーディションも受けた。
自信があったのに、まさか一年後輩の水泥に役を奪われるなんて思ってもみなかった。
悔しくて次の機会を待ちながらSNSで寧山さんに関する情報を漁っていたときのこと。いつしか絵描きの垢に辿り着き、エターナルランドのキャラクターイラストを上げている人達がいて、中には演じてる人に似せて描いてる人もいた。
もちろん、その時代はサラマンダーの役を担っていた寧山さんに寄せたイラストもよく見た。そんな中、俺好みの絵を描く人と運命的な出会いを果たす。それが縁さんだ。
寧山さんに似せたサラマンダーがまた格好良くて、この人の絵をまた見たいと思って観賞用のシロザクラという適当につけた名前のアカウントを作り、縁さんをフォローする。
すると『中の人の話はこちらでします』と厳重に鍵のかかった別垢の情報が流れたのですぐさまそちらもフォローした。
それからがもうヤバかった。寧山さんに対する想いというか解釈というか俺と同じだったし『寧山はノーム役がお似合いだと思う』という発言には大きく頷いたものだ。
そう、俺も寧山さんという人柄を知ってからあの人はサラマンダーよりノームが似合うよなと何度も思ったことがある。まさか同じことを考えている人がいるとは思わなくて嬉しさのあまりついリプまでしてしまった。
鍵垢の説明文で腐垢と記載されていたからいつの間にか得た知識もあってなんとなく察してはいたが、表では置いてなかったらサラノムのイラストや漫画も投下されていて、最初は興味がなかったのだけど思わず全部見てしまう。
特に中の人として描き分けをしていなかったからというのもあったのだろう。これがもし、寧山さんのサラマンダーのサラノムなら解釈違いになっていたし。
しばらくして寧山さんがノーム役に変わったときなんて待ってましたと言わんばかりに喜んでいたし、俺も大喜びだったから共に盛り上がった。
そんなある日、居酒屋で水泥と縁さんと鉢合わせる。その頃はまだ縁さんだなんて知らなかったけど。
相手は俺のこと知ってるような雰囲気だった。こっちは知らないんだけど、俺のファンとかじゃなそうだし。
そう思ってたら寧山さんのファンだと知り、同時に思い出した。役者になる前の俺が寧山さんの舞台に行った帰りに見た寧山さんと飯を食っていた女だ。よく寧山さんの舞台にも来ていたし、見たことある顔だった。
しかし見れば見るほど……
「パッとしねぇ顔だな」
可もなく不可もなく。どこにでもいそうな女という印象。あの日、飯を共にした人は彼女なのかと寧山さんに問うたことがある。
あの人は友人だと言っていたけど、もしかしてそれで調子に乗ってる害悪ファンなんじゃねーの? と懸念した。
次にそいつと会ったのは大晦日。まさかまた会うとは思わなかった。
そもそも俺は寧山さんに初詣に行きませんかと誘ったのにすでに先約があると言われて、それでも寧山さんと一緒に過ごしたいからお願いして「相手の子がいいって言ったら……」ということで仮ではあるが許可を得た。
そしたらまさかのあいつだよ。寧山さんの初めてのファンになったっていう害悪。心底腹が立ったけど、とりあえずそのときは下手に出るしかなかった。
その後、二人になる機会があったから寧山さんに気があるのか確かめることした。狙ってるなら協力してやると。
というのは建前で、顔には自信があるから害悪を寧山さんから引き離してこっちに鞍替えさせてやる。そうやって寧山さんを守ろうとしたのだが。
「いえ、私そういう目で見てないので……」
敵は手強かった。チッ、と胸の中で舌打ちをし、胸糞悪くなったので心の平穏のために裏垢にこもることにした。
年末で盛り上がるタイムライン。ある呟きでは『寧山さんは何してるかなー?』とか『年明けまでに大晦日ネタ書き上がるのか心配になってきた』とか、人それぞれの年末を過ごしていた。
まぁ、寧山さんは俺と(その他と)一緒に過ごしてるけど。と思いながらフォロワーの呟きを眺めていたら……。
『焼き鳥なう』
という縁さんの呟きと共に写真が載せられていた。……その焼き鳥、ついさっき見たばっかだなと思って隣を見る。害悪と同じ焼き鳥のように思えた。
いや、さすがにないか。と思って縁さんの写真に目を戻すと焼き鳥の後ろに撮影者の靴が見えたので一応隣の奴の靴も確認。
……同じじゃん。は? いや、まさか縁さんがこいつ? そんな馬鹿な。これくらいじゃ判断出来ねーし。しかし、他に判断材料がない。しばらく写真と隣の奴と見比べるが新しい情報は得られなかった。
っつーか、その日は結局寧山さんと害悪が二人ではぐれたから全然寧山さんと一緒にいられなかったし。
後日、過去の縁さんによる発言や写真などを漁って、あの害悪と縁さんが同一人物なのかそうでないのかを調べた。
……とはいえ、あいつのこと全然知らねーし調べた所で俺には判断出来なかった。
しばらくして、俺が念願のアクターデビューを果たし、寧山さんと同じ舞台に立てるようになったその日。初演を終えてバックに戻るとすぐにエゴサに入った。
うん、目に見える評判は悪くない。では鍵のかけられた裏垢の住人はどうだろうとそちらも調べてみる。
『皆様に大事なお知らせがあります。本日のウェルスプでの新火×地による絡みにて白樺×寧山に目覚めたことをご報告します。現地からは以上です』
縁さんの呟きは思いもよらないものだった。そりゃあ、ちょっとは期待してた。俺と寧山さんのカプ流行んねーかなとか思ってたけど。まさかこんなすぐに好きな絵師からハマったって報告聞くとは思わねーじゃん!?
よっしゃあ! って思わず叫んだし、嬉しさのあまりリプして喜びを分かちあった。
「……しかし、あいついたんだよな」
呟きによれば縁さんも初回公演を見たみてーだし、実際に現場はあの女もいた。……まだ偶然の可能性もある。
しかし、のちに確信することになった。切っ掛けは縁さんの発言だ。
『朝の仕事が終わったので賄いとして新商品の野菜チップスパン貰った~!』
「……」
写真に写っているパンを見て、すぐにどこで売られているかを調べる。あっという間に売られている店を発見したが、ベーカリーチェーン店らしいのでいくつかの店舗があった。
縁さんの行動パターンは朝に仕事して、時間があればパーク通いをしているわけだからパークに行きやすい場所に勤めているはず。駅から遠い場所は基本的にないだろうし、そうなると駅近か駅構内……か。
けど、大体絞れるな。過去の呟きで確か『今仕事終わりなのでインパしますー! 初回は間に合わないので二回目からで!』とか言ってたから、大体の所要時間を割り出してその時間内で行ける店舗を探すと……たった一店舗、縁さんが勤めていそうな店を見つけた。
鍵垢だからって顔を出さなきゃいいってわけじゃねーんだよな。調べようと思えば調べられんだよ。
そんなわけであとは縁さんとあいつが同一人物かどうか確認するだけ。
「いらっしゃいませー」
……ゲッ。マジでいたわ。レジ前に立ってるし。っつーか、一発であいつと会えるとは思わなかったんだけど。もっと日数がかかると思ってただけに呆気ないものだな。
しかしよ、これでわかったのは縁さん=あいつってことだ。さすがにここまで偶然が続くわけじゃねーし。縁さんじゃなくても関係者なのは確実だろ。
なんかもうここまで来ると、あいつが縁さんでもショックとかそんなのはなかった。むしろ神とお近づきになれるチャンスじゃね? って思ったし。
一応、店に入ったからにはパンを購入させてもらったけど、俺が客として来店したことに多少動揺していたのは面白かった。
その後、冬の新刊を拝読させてもらったけど、マジヤバい。なんで俺の好きな内容を描けるんだろ、縁さん神すぎる。
シロザクラとして感想を綴ったが、高揚した気持ちはそれでも治まらなかった俺はついに本人に突撃して直接感想を伝えることにした。
ついこの前は神作家のサークル参加も手伝ったし、直接新刊も買えたしいい経験だったなあれは。
……けどよ、いくら推し神作家とはいえ寧山さんに近いんだよな……それだけがいただけねーし、寧山さんも縁さん気に入ってるみたいだから、あれはどうにかなんねーかな。
そんなふうに色々と思い出してたらスマホに電話が入った。誰かと思えば寧山さんと表示されていて、光の如く速さで通話ボタンを押す。
「もしもーし」
『あ、ゆずくんー。おはようー。いや、もうこんにちはかな。起きてて良かったよ』
「起きてましたけどどうしたんですか」
『あのね、そろそろ物販用のブロマ撮影に入らなきゃ間に合わないからみんなの予定を聞いてるんだけど、ゆずくんの空いてる日程教えて欲しいなぁって』
「あーはいはい」
俺と寧山さん、雪城さんに水泥で結成したグループ“Another Life”の旗揚げ公演が今秋行われる。
その物販にて売り出すグッズのひとつであるブロマイドの撮影をしなければならないらしいので、俺は通話をしたまま自身のバッグからスケジュール帳を取り出して空いている日を確認し、寧山さんに伝える。
『ゆずくんありがとー。あとさ、ゆずくんってスーツ持ってる?』
「スーツ? まぁ、一着くらいは」
『それは良かった。実はね、ブロマイドの写真はどういうのがいいか、絆奈ちゃんに相談してみたんだけど』
って、おい。なんでそこであいつの名前が出るんだよ。
『スーツとかあと水に滴ってる写真があれば嬉しいって言ってたから参考にしようかなって』
マジかよ、縁さんグッジョブ! リクエストしてくれてマジありがとう。俺も寧山さんのスーツ姿と水に濡れてるブロマ欲しいから絶対に買うわ。
『だから日程が決まったらスーツと濡れてもいい服の準備をしててね』
「りょーかいです」
『それじゃあ、また現場でねー』
「お疲れ様でーす」
と、会話をして通話終了と同時に「よっしゃあ!」と強くガッツポーズをして叫んだ。撮影日もめちゃくちゃ楽しみになってきた。




