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推しへ、私死にました

 私の趣味は推しの応援である。実は推しと出会うまでは二次元オタクとして細々と楽しみながら二十代を費やしていた。

 そして八年前。SNSの友人からオススメされた某テーマパークのショーの動画を見ていたとき、のちの推しである寧山 裕次郎(ねやま ゆうじろう)を知る。

 声が渋くていい感じに熟しそうな当時三十七歳のおじさんという印象だったのだが、何度か見ていく内に応援したくなる熱が湧き上がった。

 それから半年後、SNSでの彼のアカウントを知り、こっそりフォローしてみたら、後輩とよく写っている写真が上がっていて、SNS上で仲良く会話する様子を見て雷を打たれてしまう。


 橋本 絆奈(はしもと きずな)。当時二十二歳。元々腐女子ではあったが、この日を境に初めてナマモノというジャンルに足を踏み入れてしまったのだ。


 そして月日は流れ、三十路を迎えた私は推しの舞台を観に行っていた。

 和歌山に住む私はいつも東京へ遠征していて、この日も千秋楽を迎えた推しを拝見し、お仲間達とご飯を共にしてるときのこと。


「今日も推しの色気がヤバかった……」


 片手はビール。もう片手は目頭を押さえて、居酒屋で推しの尊さを語る。


「年々色気が出てるよね。やばい」

「あ、でもでも、白樺 譲(しらかば ゆずる)が千秋楽観に来てましたよね! しらねや尊い!!」


 しらねや━━。腐女子ならばすぐに理解出来るだろうが、これは白樺 譲×寧山 裕次郎のCP名である。


「しっ! ネココさん、大きな声で危ない話をしちゃダメ!」

「ハッ……! すみません、(えにし)さん。つい興奮しちゃって……」

「まぁ、確かにあれは興奮する。寧山も白樺の存在に気づいて目線やってたし」


 縁、とは私のSNS上での名前。大学生のネココさんと同年代の天月(あまつき)さんとは同じ寧山推しで更に貴重なしらねや推しカプ仲間。

 だから舞台やイベントで重なるとよくこの三人で飲みに行くのだ。あと創作活動もする。

 因みに、私とネココさんが絵描きで天月さんは文字書き。正直、二人が創作してくれるおかげで生きているようなもの。

 ただでさえ、実在の人物に同性愛の妄想をするだけでなく、創作までしているのでバレてしまえば社会的に抹消されてもおかしくはない。

 本人達にバレてはいけないからナマモノは腐女子界隈ではとてもデリケートである。もちろん、二次創作自体がグレーなので我々はそれを忘れてはならない。

 だからこそ、公の場でも誰に聞かれているか分からないため、しっかり用心しなくてはいけないのだ。


「それにしても最近の寧山は運が悪いよね」


 天月さんの言葉に私とネココさんは何度も頷く。


「年の初めに離婚しましたし……」

「先々月には足を怪我して一ヶ月は仕事もお休みだったし」

「数週間前には財布を落としたって言ってたなぁ……」


 はぁ、と三人で溜め息。

 そう。ここ最近の推しは何かと不運なことが続いている。

 最近、財布を落としたっていう内容のSNSを投稿していたし、先々月には舞台稽古中に足を怪我して役を降板したし、一番ヤバかったのは離婚である。

 SNSで離婚の報告をしたときは界隈がザワついたのだ。

 しかも、これは表沙汰にはなっていないが、別の役者追いの友人がその役者から「あの人、浮気されたんだって」という話を面会で聞いて、驚きながら我々にリークをしてくれた。

 あと、噂レベルではあるので信憑性はないかも知れないが、推しには可愛がっていた10歳の娘がいたが、どうやら推しの子ではないらしいという話も。

 だからなのか、娘の親権は元奥さんらしい。


「確かに前に一度娘さんの顔にスタンプを押し忘れて写真を上げたときがありましたけど、母親には似ていたのに父親には似てないなぁって感じてたので納得はしましたね」


 その誤爆事件、私見てないんだよね……。すぐに削除されたらしく娘さんの顔はわからずじまい。でも、ネココさんがそこまで言うのだから本当に推しに似ていないのかもしれない。


「あれ以来、寧山が何処となく沈んでるのもわかる。早く白樺に幸せにしてもらってほしい」

「ほんとそれ。白樺なら推しを幸せに出来る。早く結婚して」


 推しが辛いに日々にあっているというのに腐女子とは逞しい。だって仕方ないのだ。私達はいつまでもこれからもこのような夢物語を語り合って、ストレス発散しないといけない。


 一時間後、そろそろお開きにしないと帰りの夜行バスに間に合わなくなってしまうということで、都内住みの二人と別れた。

 正直まだまだ話し足りないが遠征民の運命。また次の現場で会おうねと約束して急いで駅に向かう。


「あ。推しが呟いてる」


 駅との距離は目と鼻の先。赤信号になった横断歩道で信号待ちをしている間、舞台の感想を呟こうとしたら推しが先にSNSに浮上していることに気づき、その内容を確認する。


「“千秋楽、無事に終わりました。舞台に観に来てくださった皆様、どうもありがとうございました! 帰ったら一杯飲みたいと思います”か。白樺と飲むんでしょ、知ってるんだか━━」


 ら。と言い切る前に目の前に広がる眩しさに我が目を疑った。

 夜なのに、こんなに眩しさを覚えることはないだろう。そもそも太陽は一つしかないのに、何故か二つの光源は勢いよくこちらに向かってくる。

 いや、太陽なんかじゃない。あれはトラックだ。

 そう理解したときには鈍い音と共に身体が吹き飛んだ。






 その後のことはよく覚えていない。ただ、今までに味わったことのない酷い身体の痛みで意識が朦朧としていた。

 人々のざわつく声、救急車を呼ぶ声、野次馬のように集まる人の中には写真でも撮ってるのか、カシャッという機械音も聞こえる。

 そのまま視界は暗くなり、意識も遠退いた。


 ━━あぁ、私は死んでしまうのか。いや、身体の痛みを感じないからもう死んでしまったのかもしれない。

 推しより先に死ぬなんて思いもしなかった。絶対推しを先に見送るつもりだったし、まだまだ応援したかった。推しが幸せになれるような良きファンでありたかったのに、こんなところで死んでしまうなんて。

 それにまだまだ、しらねやの新作だって上がるはずなのにそれらも見られないなんてあっていいのだろうか。

 未練タラタラだから幽霊になったりしないかな。そうしたら当たり前のように推しを近くで拝めるし。あぁ、出来ることなら推しのデビュー時から追いかけたかったな……。


 ……。そういえば、死んでるのならこの意識は何なのだろうか。目の前は真っ暗だから死後の世界にでも来てしまったとか?

 というか、物凄く窮屈だ。何かに押されて頭が痛い。……ん? 痛感がある? 死んでないのだろうか?

 暗くて何も見えないから自分の姿も確認出来ない。それでも身体はぐいぐい押されて、頭が圧迫しそうで痛みが増していく。

 待って、待って。超痛い。泣きそう。もう、やめて!

 声を出そうとしても上手く口が動かない。そうしている内に急に目の前が明るくなった。

 誰かいるのかもしれない。眩しくて目が開けられないが、とにかく助けて欲しくて、私は声を出さなければと無我夢中に口を開いた。


「おぎゃあ! おぎゃあっ!」

「橋本さん、おめでとうございます。女の子が生まれましたよ」


 ……え? 今なんて? 女の子が生まれた? 私、お腹に子どもがいなければ男性経験もないはずなんだけど!?


「あぁっ……絆奈、絆奈……」


 聞き覚えのある声に少しずつ目を開けてみると、そこには若かりし頃の母に似た女性が涙ぐんでいた。いや、待って。今、私の名前を口にしたよね?


「ふぎゃあぁぁ……」


 ていうか、私上手く喋れない! よく見ると手が小さい! もしかして、もしかして、赤ちゃんって私のことーー!?


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