第二章25 もう一つの悪
本領発揮
「サーラ様! 報告です! 西、東、南からリュドルガに乗った護衛団の一群が現れ、壁を越えて聖地へと侵入したようです!!」
酷く慌てた様子で祭壇へと走って来た伝達係である防人の一人が息を切らしながら報告する。
「現在の負傷者は?」
「重傷者はいません!! しかしそれよりも…!!」
「一番隊~四番隊で動ける防人は?」
「現在東西南北の門で行われている戦闘によって、人員を割く事が思うように出来ないとの事です!」
それぞれの門への攻撃は全て囮と誘導、真の目的はそこで足止めをする事で本命の部隊を直接神殿内へ送り込むこと…という訳ですか。
冷静に状況を分析し、吟味するサーラ。一瞬の考慮、彼女はすぐに口を開いた。
「分かりました。神殿内の弓兵部隊を派遣、空中のリュドルガ討伐に向かわせて下さい。」
「し、しかし高度が高過ぎて撃ち落とす事が…!」
「神殿へ来るためにはどうしたところでリュドルガは高度を下げざるを得ません。そこを狙って下さい。後、動けるものは神殿は帰還するようにと一~四番隊の防人に伝えて下さい」
「しょ、承知しました!!」
サーラの的確な指示に伝達係の防人は祭壇を出て走り出した。
その姿を見送りながら更に彼女は言う。
「そろそろですね…私も自分の為すべき事をするとします。ミラ」
「はい。コネクトは完了しました」
「いきます」
目を瞑るサーラ。
彼女はミラを含め五人の妖精と契約している。四人の妖精はそれぞれ東西南北の戦場におりそこから見える視覚情報をミラへ、そしてミラは送られた四つの視覚情報をまとめ上げサーラに送る。契約魔法により魔力パスを介して、視界情報を共有。
これによりサーラはそれぞれの戦場の様子が俯瞰するように捉える事が可能になった。
「一人、見つけました…創造再生」
そう言うとサーラの両手が緑色に光り輝き始めた。
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「うぅ…あ」
西門、ブランカに抱えられたままのアリューの負傷していた腹部が緑色に輝き始める。
「あらぁ。コレハ…」
当然それにブランカも気付いた。
「……治りました」
そう言ってアリューはブランカの腕から抜け出すと自身の足で再度地面に降り立った。
「ありがとうございます…。巫女様…」
「巫女様が治してくれましタカ?」
アリューは黙って頷いた。
「流石は巫女様です…。俺は、何としても…この恩義に応えなきゃならない…。もっと、もっと殺さなくちゃ……」
そう言いながらゆっくりと腰のナイフを抜こうとしたその時
「ハーイ!」
「ぅわぷっ!?」
両手でアリューの両頬を挟むようにブランカは叩く。
「な、何を…」
「それ駄目デス。そんな気持ちの方を、私は行かせるわけにはいきまセン」
「は、放して下さい…。あなたにも、感謝しています。ですが俺は…殺らなきゃならない。任を遂行して、責務を全うして…自信と価値を身に付けないと……そのために、サーラ様は俺を治してくれたんです」
「…別に巫女様はそうは思っていないと思いますケド…とりあえず、今は約束して下サイ。というか、私に従エ」
「っ!?」
突如、アリューの背後から激しい圧を感じた。埋められる事の無い絶対的な圧、少しでも意識の糸を放そうとすればそのまま気絶してしまいそうな濃厚な圧を。
勝てない…引き剥がせない。従わなければ死ぬと言う感覚を、生まれて初めてアリューは味わった。
「…お、脅そうとしても…無駄です。俺は…目の前の奴らを殺して…聖地に侵入した奴らを追わなないと…」
「はぁ…全ク、強情な方デスネェ……とりあえず、話を聞いて下サイ。いいデスカ、あの護衛団達は私が何とかシマス。ですからあなたは単身で神殿に戻って下サイ」
「っ!? い、一体どういう…」
「私がここで力を貸すと言っていマス。それとも、私では力不足と思いマスカ?」
「そ、そんな事…」
今ここで神殿に向かえる者誰一人としてはいない。だが今、状況が大きく変動した。
アリューがここから離脱した場合の大きな穴、本来なら埋める事が出来なかった穴をブランカが代わりに埋めると言っているのだ。
ブランカと四番隊の防人達、彼らがここで護衛団を食い止めれば聖地側に好転の兆しが微かにだが向き始める。
ならば答えは一つだった。
「……お願いします。ここは、任せました」
「ハイ! でも、約束デス…殺しは、無し…デスヨ?」
「……善処します」
「それが聞ければ、十分デス」
ニッコリと笑うブランカはアリューを離すとその背中を叩いて言った。
「行きなサーイ! 若者ヨ!」
「っ!!」
激励に応えるようにアリューは疾風輪舞で加速、一目散にその場を後に神殿へ戻って行った。
「ま、待て!!」
それを追おうとするアリューを殺そうとした護衛団の兵士たち。しかし彼らを止めるように立ちはだかったのは他でもないブランカである。
「アハハ、行かせまセンヨ?」
「その珍妙な服装と奇妙な言動、『南の森』領主のブランカだな? 貴様がここに来たという事は、南の森も聖地と共同戦線を組んだという事か』
「別にそういう訳ではありまセン。強いて言うなら、私は『平和』の味方デス」
「ぬかせぇ!! 同じ事だ!! 良いだろう、戦場に足を運んだ以上容赦はしない!! ここで死ね!!」
「おぉー、怖いデスネ。でも安心して下サイ! 私はあなた方を殺しません。ただ、数週間はまともに動けるとは思わない事デスネ」
構えを取るブランカ。彼に向かい十数名の護衛団は走り出した。
「殺せええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「野蛮な方々デスネェ」
護衛団の苛立ちを含んだ咆哮が、戦場に響き渡る。
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「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
「大丈夫か!?」
「う、腕がぁ……!!俺の腕がぁ!!」
「死ねぇ!!」
「くぅ……!?」
死を覚悟した防人、だが突如として斬り落とされ無くなった腕部の断面が光り出し新たな腕が作り出される。
「おおおぉぉぉ!!!」
「なっぐはぁ……!!」
その光景に気を取られていた敵の護衛団の首に防人は拾い上げた剣で斬りつけた。
「はぁ…はぁ…はぁ…サ、サーラ様!ご加護を…ありがとうございます!! お前ら!!俺達にはサーラ様がいる!! 俺達が死ぬ事は無い!! 勝利の女神は、俺達に付いている!!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
北門の防人達の士気が向上する。
その様子を直で見ていたバンジョーは憎たらしそうに呻く。
「やはり厄介だな…巫女の力はぁ……!!」
バンジョーが乗っていた馬はシムトによって殺害された。だがシムトとバンジョーの戦いは、一対一のまま未だ続いていた。
睨み合う二人、次の瞬間互いは距離を取った。剣と槍、二つの得物が奏でる音が止まる。
「風魔法:陣風斬!!」
「槍廻壁!!」
バンジョーは遠距離から無数の風の斬撃を放つ。それをシムトは風を纏った槍を高速回転させる円形の防御壁のようなものを作り出し悉く防ぎ切った。
「くっ…!」
「どうした? 魔法と技の精度が落ちてるぞ…」
「ふん強がるな…お前こそ、限界が近いだろう」
互いに強がる。既に戦いはどちらの心を折らせるかと言う次元にまで発展しつつあった。
「シムト隊長!! 報告です!! 先程のリュドルガの襲撃により神殿に人員を回してほしいと!!」
伝達係からの報告を受け取った防人が戦闘中のシムトに向かい叫ぶ。
「問題ない!! 既に、一人…行かせてある!」
シムトは即答した。そう、彼はリュドルガが森から飛び出してすぐ…命令しようとした。だがそれをする前に、彼女はただ一言、言ったのだ。
『行ってくる』、と。
君は元々、今回の作戦にカウントされていなかった戦力だ。だから…ここで君がいなかろうが、問題は無い。ここは、俺達だけで…何とかなる。
だから…神殿のほうは頼んだぞ…エリス。
既にこの場にはいないエリスに向け、彼は背中で語りかけた。
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「撃てぇぇぇぇ!!!」
リュドルガに乗った護衛団の一団は上空から神殿へ向けそれぞれの特性の攻撃魔法を放つ。
「防御魔法展開!!」
聖地内に配置していた一~四番隊に属していない防人、加えて北と東の森の兵士が上に向かい魔法を放つ。水と風、火に加え土の盾が上空からの攻撃魔法と激突し、激しい爆音が轟き、衝撃が周囲の地面や壁を破壊する。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし全てを防ぎきれる訳では無い。肌が焼け爛れたり、四肢のいずれかが欠損する防人や兵士が多数出た。
だがそれも一瞬、サーラによる回復が彼らの致命傷をたちどころに治していく。
「腕や足が無くなろうがすぐに回復する!! 立てぇぇぇぇぇ!!!」
『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
自分達が無くしたはずの足で立ち、無くしたはずの拳を天に掲げる者達。その光景をリュドルガに乗っているテノラとベルンはしかと目撃した。
「いやーやっぱりすごいね! あの力!」
「流石は神託を得た巫女、と言った所か。だが…」
攻撃の当たらぬ高度から含みのある笑いをして見下ろすベルン。
その時だった。
一閃、正にそう言うべきものが美しい曲線を描きながら一本の矢が神殿内から放たれた。それは何処へ向かうのか。
「なっ!?」
遥か上空、届かない距離であるはずの高度にいたベルンの脳天を貫くかのように精巧な射撃が彼女を襲った。
「っとぉ!ぉえ」
だがそれは彼女の頭部を破壊するには至らなかった。テノラが口から魔獣を吐き出し、その魔獣が彼女を包み込んだからである。
風を纏った一矢は魔獣の肉体を凡そ原型を留めない程に破壊したが、その内部にいたベルンにまで攻撃が至らなかった。
「今の攻撃は…カグか」
超越した芸当からベルンはその人物の名前を口にする。
「やっぱり厄介だねー。ここに居ても届いちゃうなんて…しかもこの威力、とんでもないなー」
どうやらテノラも彼には一目置いているようだ。
「ふっふーん。でも、今みたいに全体を守れば幾ら必中だろうと関係ないもんねー!」
そう言って彼女は得意げに鼻を鳴らした
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「流石じゃのうカグ」
「恐縮です」
ウォイドの賛辞を受け取ったカグはサーラに向き直る。
「申し訳ありませんサーラ様、狙撃は失敗しました。もう少しで敵のリーダー格を殺せたのですが、如何せん高度の問題で確殺に至りません」
「分かりました。次は彼女たちが高度をもう少し下げた際にお願いします」
「承知しました」
(す、すごいな……)
祭壇には絢爛さをもたらす為、幾らかオブジェクトとして宝物の品々が飾られそれは一週間に一度の頻度で取り換えられる。緊急時と言ってもこれは行われた。しかもその交換のタイミングが何と運の良い事にサーラ達が予測した日の前日だったのだ。
タイミングを見計らい、今回の交換で飾られる宝物の一つであるツボの中に隠れていた燈とバアルは見事に祭壇への侵入へ成功。ツボに極小の穴を開け、辛うじてカグ達のやり取りを見ていた。
後、サーラ様のチート……。遠方にいる人に触れもせず無くなった腕や足を再生させるなんて……何て力だよ……。
燈はサーラの持つチートの威力に冷や汗をかく。
(ア、アカシさん…ちょっと……態勢が…)
(え…? あぁごめん…! 苦しかった?)
(い、いえ…アカシさんとくっつけるのは嬉しいんですけど…)
ち、近い…アカシさんがすごく……。き、緊張する……!
そして色々な意味で、バアルは大変そうだった。
カチャリ
うん……?
くんずほぐれつ状態の中、燈の耳には確かに届いた。何か異様な音が…そう、まるで……。
「っ!!!!」
何か武器を構えるような音が
「何のつもり……でしょうか?」
向けられた刃の数々を目にしたサーラは、顔色一つ変える事無く言った。
「いやはや巫女様…ただの、謀反でございます」
ユスはそう言って頭を下げる。
「我々は、この時を待っていました…」
ムヒューはサーラの目を見て、淡々と答える。
北の森と西の森が、裏で東の森と結託していた事はサーラの知る所ではない。サーラは、いや神殿全体は自分達に仇為す敵を自らの陣地へと招き入れてしまったのである。
「う、裏切ったのかお主らぁ!!」
激しく、ウォイドが狼狽する。
「あなた方は王族ではありません。私と敵対する理由は無いはずです」
「そんな事はありませんよ。我々がこの戦争にあなた方の敵側として加担するのは至って単純です……それは、『金』です」
「金…?」
「はい。我々と交易をする裏で、あなた方聖地は外部から仕入れた品々を独占している。それではウルファス全土に金が回らない。金を全体に行き渡らせる…これは上に立つ者が行わなければならない責務です。あなたは、そう言った面を怠り、改善を見せようとしない…。ならば、革命を…起こすしかないでしょう」
「ユスが言ったため私から申し上げる事はほぼありはしませんが、強いて言うならば…あなたは、上に立つ者の器ではない…ただ、それだけの事です」
「な、何を…」
自分の不甲斐なさと不義理さを言葉によって突き付けられたサーラに動揺が走った。
「「巫女の首を、落とせ」」
『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
ユスとムヒューの声を皮切りに、祭壇にいた北と西の兵士が彼女に襲い掛かる。
「サーラ様」
だが当然それをやすやす遂行させるわけが無い。カグはサーラを庇うように立ち塞がり、襲い来る兵士を悉く返り討ちにしていった。
(ど、どうなってんだよ…!)
西の森と北の森が裏切った……!? というか不味いだろ!! もうすぐテノラも来る!! このままじゃ!!
「行くよバアル君!!」
「はい!!」
刹那の判断。サーラの危機を乗り切るため、ツボを割った燈はバアルと共に飛び出した。
その光景にユスとムヒュー、彼らの兵士たちも目を丸くする。
「構わん早く殺れぇ!!!」
だが領主たちの判断も早い。燈とバアルがサーラの元へ到達する前に彼女を殺そうという選択肢を取る。
しかしそうは上手くいかない。
「お前達、生きて帰れると思うなよ…?」
カグは、静かに怒りを燃やしていた。
洗礼されたその感情はいつもよりも彼の動きを鋭敏にし、肉体から放たれる拳や蹴りの威力は想像を絶していた。
「がはぁ!?」
「ごはぁ…!!」
兵士たちは次々に倒れる。このままカグ一人で、彼らを倒せてしまうのではないか。
答えは、否である。
何故ならば、彼は敵を見誤っているからだ。目先の殺意に目をくらませ、怒りを燃やした事で…真の敵を理解出来ていなかった。
彼は、背後にいたサーラ以外のもう一人の人物から発される殺意に、鈍感になっていた。
「……あ?」
その感覚に、思わずカグは胸元を見る。
血が出ていた。血は彼の衣服を真っ赤に染め上げた。
何故血が出たのか、それは拳が背後から彼に向かって突き刺されたからである。
拳の先数センチが、カグの視界に映り込む。
「……」
ゆっくりと、カグは背後を確認するために首を曲げた。そしてそこには、彼に拳を放った者の姿が、ありありと顕在していた。
「ようやく、隙を見せてくれたのう……。カグ」
凡そこの世のものとは思えぬ程の醜悪な笑みで、ウォイドはカグを見ていた。
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