第二章20 領主会談にて
残りの領主総登場
「止まれ!」
北と東の森の境界にある検問所、そこに来たエルフの一団に門兵のエルフは顔をしかめる。
「随分と大所帯だな。旅行…という訳ではなさそうだ」
門兵はそこにいる集団を見渡す。全員は白いローブを被り顔が分からないようになっている。だがそのローブでも隠し切れない体格が相当の手練れの者達であると分かる。
そんな彼らが囲うように一頭の馬の周りに配置されていた。
まるで、それに乗るこれまた白いローブを被っている者を護衛するかのように。
中央の馬に乗っていた者は他の者達とは違い明らかに華奢な体格をしている。女性である事は門兵に一目瞭然であった。
「そこの者。顔を見せろ」
馬に乗る女性と断定した者にフードを取るように命じる門兵。特に抵抗する事も無く命じられた者はゆっくりとフードを外し、その素顔を現す。
「っ!?…あ、あなたは……!!」
その顔に、門兵は驚愕せずにはいられなかった。
「領主館に行きたい。便宜を通してもらえるか?」
「は、はは…っ!!」
緊張のあまり言葉が詰まるが何とか肯定の返事を返し、慌てた様子で門兵は走り出した。
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「来たか」
場所は東の森領主館、その応接室。
高価な巨大机や椅子が並べられており、そこには既に対面するように二人のエルフが座していた。一人は男性、もう一人は女性だ。
それぞれの背後には護衛のエルフが立ち、事の成り行きを見守るように両者の主の背中を見る。
「全く、何だあの仰々しい集団は。あれでは目立ち過ぎだ」
西の森領主、ムヒュー・シグゼンは腕を組みながら言う。
「威厳を保つためだ。他の森へと足を踏み入れるのだ、相応の準備と言うものがある」
用意されていたもう一つの席に座ったのは北の森領主、ユス・クーラである。
女性…と言ったが男性である。華奢な体躯にそれにふさわしい流麗な顔立ち、だがその顔は微かに男である事を匂わせているのだ。
こうして三人のエルフがそこに対面した。
「阿呆が。俺のように二日前から隠密行動をしてここに来るべきだ。仮にも領主という事が分かれば民は混乱する。混乱は伝播し、動きを敵に悟られてしまう可能性だってある」
「問題ない。多少の混乱はむしろ起きてもらわねば困る。事態は既に進行しているのだからな」
ムヒューとユス、二人は互いに歯に着せぬ物言いが室内で飛び交う。
だがそれを遮るようにこの場で唯一の女性のエルフ…東の森領主、ベルン・ヌーイが口を開く。
「無駄話はもういい……。それではこれより、三つの森の領主による領主会談を始める」
領主、その名の通り森を治める長。
現在東の森領主館には北、東、西の領主が一堂に会していた。
「やはりブランカは来ないか」
ユスはこの場にいないもう一人の領主の事を思い浮かべる。
「奴は元々こういった事に消極的だ。まぁこのまま我々の思い通りに戦局が運べば、奴も動かざるをえまい」
「今いないエルフの事を嘆いていても仕方ない…バンジョー、現状は?」
「はっ」
ベルンの後ろに控えていたエルフは彼女の護衛団大隊長であるバンジョー・フヌトだ。
彼は彼女の命令通り手にしていた書類から状況報告を始めた。
「宣戦布告は為されました。宣言文書も送った事により聖地側は臨戦態勢、森側へ攻める気は見受けられませんが我々が聖地への本格攻撃には迎撃を行うものだと思われます」
「予定通りだな」
ムヒューは目を閉じ、何かを考えながら呟く。
「で、あの者は?」
「隣の部屋で待機させている…入れ」
ベルンの言葉に反応するかのように、隣接している部屋とを繋ぐ扉が開かれた。
「どうもー!」
「ご苦労だったなテノラ」
「いやいやー! 皆お金いっぱいくれるもん! 頑張るよぉー私!」
張り切るようにテノラは声を張る。
「というより、もうお前一人でいいのではないか?」
ユスは冗談気味に彼女を見る。
「んー、無理! あっち側に結構強いのが数人いる。やっぱり森の方の戦力も必要だなー」
「元よりそのつもりだ。我々の作戦にどうしても足りなかった駒、それがお前なんだからな」
ベルンは自信ありげな面持ちで答えた。
「我々はただこの数十年、森に引きこもっていた訳ではない。勝利への道を、革命への活路を見出すべく…常に奔走してきた」
「ふっ…流石元王族、執念が深い」
「『元』ではない。今も私は高貴な血を引く、王位の正当後継者だ」
言い切るベルン、その眼には復讐…そして野心の炎が灯っていた。
「私は必ず王座に返り咲く…! 我々王族を失脚させたあの巫女を殺してな…! そうして初めて、私の人生は真の意味で始まりを遂げる…!」
見ていて下さい…。父上、母上。
彼女は今は無き、自身の親に固く誓う。
「舞台は整った。兵力を集い、来る二週間後…聖地へ向けての総攻撃を開始する!!」
そして高らかに、そう宣言した。
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「フィムカーニバル」の一件から三日が経過。
テノラが聖地に残した傷跡は、あまりにも尾を引いていた。
そして現在、神殿内ではサーラや防人、聖地の要人を含めた軍事会議が開かれ今後の対策について綿密な話し合いが行われている。
「各地の兵の配備は?」
「南と北、西にはそれぞれ防人の二番隊、三番隊、四番隊を配置。最たる懸念点である東門には一番隊を配置しています」
「民の安全は?」
「聖地の壁周辺付近の住民は全て神殿付近の簡易施設で生活してもらっています。食料も当分は問題ありません」
必要確認事項を神殿の管理職であるエルフは淡々と報告する。
「いいでしょう。問題は…」
臨戦態勢を敷いてから神殿宛てに送られた東の森からの宣言文書に目を通す。
「あちら側が何故自らの戦力を開示したのかと言う事です」
何処からともなく魔獣を出現させ、あまつさえその魔獣を従わせる力。
奇襲と言う形で魔獣を放てばこちらに大打撃を与える事が出来た。それをしなかった事にサーラは疑問を感じていたのだ。
「力を見せつける事で、こちらの戦意を削ぎ、従わせる事が目的なのでは?」
「でしたら我々がこうして臨戦態勢を整えている時点で失敗でしょう。それに、従わせるも何も…あちら側からは何の要求も来ていない」
「奴らの行動の意味が不明瞭、ですが…奴らの最終目的ははっきりしています」
思案に暮れる中、ウォイドが口を挟む。
「東の森の領主は前王権を握っていたヌーイ家の生き残り、ベルン・ヌーイです。サーラ様の首を取り、自分がウルファスの最高権力者へと取って代わろうとしているのでしょう」
ギリギリと拳を握りしめ、彼は机を叩きつける。
「偉大なるウルファスの巫女に対し、何と無礼千万な行為か…。自分達の行動がどれ程愚かで醜いものか思い知らせてやりましょう…」
「落ち着きなさいウォイド…私はあちら側が攻撃してこない限りは迎撃するつもりはありません」
「…お優しく、ご寛大なそのお心は私も大変素晴らしく思います。ですが、やはり甘い。あぁいった輩は放っておけばどこまでも膨張し、増長し、危険を増す。それが今の現状ですよ…サーラ様」
「……確かに、そうですね」
ウォイドの言葉にサーラは少しか弱い声音を発する。
「ですが、私はやはり…こちら側から東の森に攻め入るという選択肢は選ばない」
「…何故?」
「私は聖地だけではない、この国…ウルファスの象徴であり神より力を賜ったエルフの巫女なのです。私にとってウルファス全ての民は平等に尊き者。例えそれが、私に牙をむく者であってもです。民が反乱を起こしたなら、それは私の不徳の為す所。私は真摯にそれに向き合わねばなりません」
「真摯に向き合う」、サーラの言ったこの言葉に意味は決して、対話ではない。殺戮、殺し合い、そう言った意味合いでのものだ。
会議内の空気が若干ひりつくのをその場の誰もが感じていた。
だが、それはウォイドの和やかで柔らかな笑顔で打ち消される。
「流石サーラ様。何とも聡明で、正に神託を賜った者に相応しい器の持ち主だ」
ウォイドは頭を下げた。それは謝罪の意を示すためのものに他ならない。
「いえ。ウォイドの言う事も一理あります…ですが、ここは堪えてほしい」
「えぇ勿論ですとも。私はサーラ様の腹心、全ては貴方の御心のままに」
緊張の面持ちで二人のやり取りを見ていた者達。だがその中でただ一人、カグだけは物悲し気な雰囲気を漂わせていた。
「では本題に戻りましょう。二番隊隊長カイル・ナード」
「はっ!」
サーラに呼ばれたエルフは胸を張りながら立ち上がる。
カイル・ナード。彼は一回目の魔獣突然発生の折、燈達の元に駆け付けた一人だ。使用していた強靭な斧は机に立て掛けるように置いてある。
一、三、四番隊は周辺警備と門の警備強化のためこの席には参加していない。
「今この場において最も戦闘能力と自軍を比較し分析できるのはあなたです。どうでしょう…あの巨大な
魔獣達と戦闘状態に入った場合、勝率は?」
「魔獣が単体ならば問題ありません。ですが、複数体が同時に現れた場合…かなり苦戦を強いられるものと思われます」
「…そうですか」
テノラが一体あと何体の魔獣を保持しているのか。どの程度の強さの魔獣を使役しているのか。
最悪の場合を考慮した場合、魔獣と聖地側の戦力は五分五分かそれ以下の戦いを強いられるのは間違いないだろう。
しかし、ここで問題がある。
今考えているのは魔獣のみを敵として考えた場合の計算だ。そこに森のエルフの兵力が加わればどうなるか、考えるまでも無く戦況は向こう側に傾くだろう。
「男性で成人しているエルフに召集を掛けます。後北と西、南の森に使者を派遣して下さい」
サーラはすぐに対策案を出した。
「ま、待って下さい! 森のエルフに援軍を要請するのですか!?」
彼女の案に神殿で管理職をしている者が目を見開く。
「今は聖地だけで対処する事に固執している場合ではありません。私の力があるとは言え、東の森側が魔獣と言う戦力がある以上…こちらも相応の武力を持たねばならない」
「承知しましたサーラ様。では、すぐに使者を手配して参ります」
ウォイドはサーラの命に忠実に従うべく、部屋を後にした。
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ははは、ははははは…。
軽快な、若年と錯覚させるような足取りでウォイドは歩く。
あぁ…いい。いいぞぉ、予定通りじゃ…!! 上手くいきすぎて怖いくらいじゃわい…!!
アイツが酔狂な事を言い出す者じゃから一時はどうなる事かと思ったが、ふふふ…がははは!!
「もうすぐじゃ…。もうすぐ、この国が…」
両口角を極限まで上げ、顔のしわが更に深く彫られるような凄まじい笑み。誰にも見せられないような顔つき。
薄暗い通路で、邪悪な笑みが跋扈する。
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