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第二章14 宴が終わり、朝が来た

「ん…んぅ…」


 軽い頭痛によって燈は目を覚ました。


「うぅ…頭痛い…」


 ズキズキと頭を押さえながら起き上がると、燈は周囲を見回す。


「みんな寝てるのか…」


 未だぼんやりとしている頭の中に視界で捉えた情報が入って来る。エリス、ジギルはジョッキを持ったまま机に突っ伏して寝ており、ハンズとマリリン、デフ、テノラの四人は床でいびきをかいている。

 辺りには酒の入っていた容器があちこちに転がっていた。


「えぇ…と、俺は昨日…うっ…頭が…」


 昨日の事を思い出そうとする燈、だが一向に思い出せる気配が無い。


「何だろう…何かとてつも無い目に遭った気がするんだけど…」


 酒のせいだろう…そう考える事にした燈の近くで「すぅ、すぅ」と小さな可愛らしい寝息を耳にした。


「ん…?」


 不審に思った燈は自身に掛かっていた毛布を剥がす。


「すぅ…すぅ…」

「バアル君?」


 見ると燈のすぐ隣で小さく体を丸めながらバアルが寝ていた。熟睡しているようだ。


「何で俺の隣で寝てるんだ?…しかも、裸で…ってあれ?俺も裸……何で?」


 バアルを見てすぐに自分も裸だった事に気付く燈。


「え、えーと…」


 あまりにも異質な状況に困惑するが


「うっ…」


 ズキズキと痛んでいた頭に今度はズキリと瞬間的に大きな痛みがそれを掻き消した。


「何だろう…よく分からないけど何も思い出しちゃいけない気がする」


 燈は半眼でそう呟きながら立ち上がる。

 彼は昨日バアルが酒に酔って暴走したバアルに襲われた事を綺麗さっぱり忘れていた。そして昨日の出来事は燈の無意識下の中でトラウマとして植え付けられ自己防衛として遥か脳の奥の奥へと押しやられ自身で思い出す事が不可能になっていた。


 ちなみに…バアルがあの後一体燈をどうしたのか、それはあの場にいた全員が酔っており思い出せないため、誰も知らない…。


--------------------


「ふぅ…」


 一人起床した燈は頭をスッキリさせるため芸者小屋外の水場で顔を洗い、水を飲んでいた。

 まだ明け方であり太陽が少し顔を出している程度の時間帯であり若干の肌寒さを燈は感じる。


「ん?」


 燈がぼーっと太陽が上昇しているのを見ていると、その視界の端に人影が見えた。


「あれは…」


 その姿に既視感を感じた彼は、人影の後を追っていった。


------------------


「…」


 早朝、サーラの側近であるカグは自身の弓の鍛錬に励んでいる。

 的は立てられている丸太に刻まれているアーチェリーのような円形のものだ。


「…」


 自分の呼吸を整えるカグ。

 矢を射る事で何より大事なのは精神の持ちよう…それは呼吸からくる。

 呼吸が肉体と精神を調和、そうすれば弓を引き矢を放つ…その一挙手一投足は寸分違たがう事が無い。


「…」


 カグは矢を放つ。

 すると矢は真っすぐに的の中央に刺さった。


「ふぅ…」


 矢が狙い通りに刺さった事を目視したカグは一呼吸吐くと弓を持っている腕を下ろした。


 パチパチパチ


「?」


 近くで手を叩く音がカグの耳に入る。一体何だと後ろを振り向くとそこには燈がカグに向かって拍手を送っていた。


「何だ?」

「い、いや…ごめん。そこで顔洗ってたら姿が見えたから、何するんだろうって思って」


 冷淡で圧のある表情を燈に向けるカグ、それに気圧けおされた燈は取り繕うように自分がここにいる理由を説明する。


「見られたくなかったんなら…ごめん」

「……いや、別に構いはしないが」

 

 申し訳なさそうに言う燈に対し、カグはまた抑揚のない冷たい口調でそう返す。

 しかしここで言っておきたい。

 カグの冷たい態度、そしてどこか近寄りがたいような雰囲気は彼のデフォルトである。別にカグが常に機嫌が悪いとかそういう話ではない。

 誰に対しても、カグと言う男はこうなのだ。


「あの…あなたって、巫女様の傍にずっといた人ですよね?」


 会話を続ける気の無いカグの返答に、沈黙が訪れるのかと思いきやそんな事はなかった。畳み掛けるように燈はカグに質問する。


「あぁ、そうだが?」

「じゃ、じゃああなたがカグ…さん?」

「そうだな」

「っ!!」


 カグが燈の質問に肯定するや否や、燈は目を輝かせカグに接近した。


「ありがとうございます!」


 カグの近くまで来た燈はそのまま頭を下げ感謝の言葉を伝えた。


「…何がだ?」

「お、俺達昨日聖地に突然発生した魔獣に襲われて危なくて!カグさんが助けてくれなかったら死んでたかもしれない!だから!!」


 そうか、こいつは昨日の…。


 燈の一連の行動や態度に合点がいったカグ。


「気にする必要は無い」

「いやいやいや!気にするって!」


 何でもない事かのように言うカグに燈は詰め寄った。

 ぐいぐいと来るその様子にカグは思わず顔を背ける。


「聖地内で魔獣が暴れ続ければ被害は拡大していた。俺は出来るだけ早く対処したに過ぎない。助かったのは、お前の運が良かっただけだ」


 ミラが神殿に駆け込み、カグに事の事情を話した。その説明の中に燈達の名前は出されていない。「魔獣が突然発生した。このままでは甚大な被害が及ぶ」…それを聞いて彼は弓を引いたのだ。


「…それでも、カグさんが俺達を助けてくれた事には変わらない」


 そう言って燈は笑顔を向けた。


「…そうか」


 何か、妙な男だな。


 燈の態度にそう率直な感想を抱くカグ。だが次に思ったのはこうだ。


 だが、何だ?不思議と…嫌いじゃない。


「お前の名前は確か…アカシだったな」

「あ、あぁ」

「アカシ、俺の事はカグで良い」

「えっ!?何で、俺敬意を籠めて…」

「何故かお前に「さん」付けされると違和感がある」

「何でぇ!?」

「後、下手に敬語にしようとするのもやめろ。お前…敬語とため口が混じってるぞ」

「ウソォ!?」


 自分の言葉遣いのおかさしさを指摘され燈は驚いた。


「マ、マジか…い、いやぁまぁ確かにウルファス(ここ)に来てからおかしい感はあったんだよなぁ。ほ、ほら…エルフの人たちって見た目は俺とかと変わらない見た目してるのに、平気で百歳超えてたりとかしてるだろ?だから敬語使えばいいのか、ため語使えばいいのかごっちゃになってさ…」

「なるほどな」


 燈の言葉にカグは納得する。


「まぁ、とりあえず見た目がお前より明らかに年上なのは敬語で…それ以外はため語で良いんじゃないか?」

「そ、そっか…分かった。じゃあ、改めて…俺は燈、よろしくな。カグ」


 燈は自身の右手を出した。


「あぁ」


 カグは弓を持ち替え、自身の右手を出し握手を交わした。


「そうだ、言い忘れていた」

「ん?」


 ふと思い出したように言うカグに燈は疑問を抱く。


「サーラ様には敬語を使え…いいな?」

「…は、はい」


 有無を言わさないその迫力に、燈は高速で頷いたのだった。


------------------------


「そうだ、カグ」

「ん?」

「お前神殿からあの魔獣を狙ったんだろ? 一体どうやったんだ?」

「あぁその事か。分かった、見せてやる」


 カグは背中に携えている矢筒から一本矢を取り出す。


「今からもう一度あの的を狙う」


 弓に矢をつがえながら言うカグ。


「そ、それはいいけどお前的に背を向けてどうするんだ?」


 燈の言う通りカグは今的に背を向けており、どう射ても矢が的に当たる事はあり得ない位置取りだった。


「いいから見てろ」

「お、おう」


 その言葉に押し黙る燈、それを確認したカグは先程と同じように呼吸を整え…そして矢を放つ。

 矢は当然的とは逆方向に進む。だがその最中、とても奇妙な事が起きた。


「えっ!?」


 真っすぐに進んでいた矢が風を纏いながらその軌道を自ら変化していったのである。

 軌道を変えた矢は通常有り得ない曲線を描き、逆方向だったはずの的を貫き丸太ごと粉砕した。


「俺は風の魔力特性を持っている。矢を放ち、周辺にある大気を纏わせ軌道を変え、威力を上げる…これが俺の魔法、蒼穹之弓(ウィンリシェイド)。あの時放ったのはこれの強力版だ」

「す、すごいな…好きな所に狙えて、あの威力を自在に撃てるなんて…」

「そんな都合の良いものじゃない。複雑な軌道を描こうとすればするほど、威力を上げようとすればするほど、魔力や精神力を削る…あんな威力は日に二発、よくて三発だ」

「それでもすげぇよ!へーいいなぁ…俺も何か魔力特性があればバアル君とエリスの足を引っ張らないで済むんだけど」

「…」


 心底羨ましそうにカグを見る燈、その視線があまりにも居たたまれなかったのかカグは次のような事を言った。


「まぁ…魔力特性は持って生まれたものだからどうしようもないが…弓くらいだったら、教えられるぞ?」

「え、いいのか?」

「あぁ。サーラ様が起きて来るまでまだ少し時間がある。それまでなら」

「あ、ありがとう!」


----------------------


「ふぁーーー……飲みすぎちゃったなぁ」


 テノラは芸者小屋の中をまだ酒によっておぼつかない足取りで歩いていた。


「ん?」


 そこで何やら男二人の話声が聞こえる。声に聞こえるようにテノラは窓から外を見た。するとテノラの視線の先にはカグに教えられながら弓の練習をする燈の姿がある。


「ふーん」


 楽しそうに笑ってるなぁ……ヤだなぁ。


 その様子を窓の端から見ながらテノラは目を細めながらそんな事を思った。 


 うん、でも大丈夫! すぐに絶望に染まるんだから!


 テノラはスキップしながら歓迎会の部屋まで戻っていく。


 芸者小屋ここに来てから考えた! どうすれば飽きないか、どうすれば計画の本筋を変えずに楽しめるか! 今はそのための準備準備! だから…今は、ガ・マ・ン! 


 圧倒的悪意は、すぐそこまで迫っていた。

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