第37話 未玖ちゃん先生
「ここに来たら私の悩み解決してくれるって言われたから来たんだけど」
「ようこそ、アミューズメントパークへ!」
俺は両手で女を迎える。
「…………はぁ?」
女は一言そう言うと、どさっと、ソファに座った。
なるほど面白い。こいつの悩みは絶対に解決してやらねぇ。
「ってか生徒会の悩み相談とか初めて聞いたんだけど。実績とかあるわけ? 実績とか?」
「いや、お前が相談者第一号だ」
「……はぁ? 駄目じゃん」
「ひっ!」
女に睨まれた上野先生は縮こまった。
ちっちゃい体がなおちっちゃい。
「こういうの誇大広告っていうんだよね、誇大広告って!」
「佐久間くん……! 佐久間くん……!」
上野先生はソファの陰に隠れ、指示してくる。この人は一体どう言って連れてきたんだ。
「まあまあ落ち着いて。とりあえず話でも聞こう。惣斉、お茶」
「はい! ……って、え?」
惣斉は多少小首をかしげながらも、お茶を淹れに行った。
「ところで君、名前は?」
「千田梨菜。あんたとおんなじ一年」
「よく知ってたな、俺のこと」
「有名だから」
「ほう」
中々見どころがあるじゃないか。
「実は相談こそ一人目なものの、この生徒会には多数の相談が来ていてね」
「多数?」
バン、と扉が勢いよく開けられる。
「佐久間さん! すみません、遅くなりました!」
「遅かったじゃないか」
結梨が投書箱を三つ持ってきた。
「すみません、学校中に設置した投書箱を持ってきてたら遅くなって……」
「全く、心配したぞ」
「えへへへへへ」
結梨は頭をかく。
「さて、千田梨菜、この投書の数々を見てみろ」
俺は会長から受け取った投書箱三つを逆さにする。生徒会に寄せられた苦情という名の投書が、大量にどさどさと落ちていく。
「うぇっ!? やば! なにこの量!」
「しーーっ」
俺は人差し指を立て、唇につける。
そして投書箱の中から一枚、手紙に入った投書を取り出した。
「佐久間、お前はまた一体何を……」
「この手紙が読まれるとき、手紙を読みし者の近くに、生徒会会計、惣斉真紀がいることだろう」
「なっ……!」
お茶を持ってきた惣斉はぷるぷると震える。
「そして手紙を読みし者にあらぬ疑いをかけ、惣斉という女は義憤に燃えることであろう」
「そんなありもしないことよくもまぁぬけぬけと……」
惣斉は俺が呼んでいる手紙を見る。
「書いてある……!?」
「嘘!?」
千田梨菜も乗り気である。
「惣菜真紀、お前はこの手紙を読んでいるものに対して優しくなるべきだ。君はこの手紙を読んでいるものに対して少々無作法に働きすぎている。もう少し愛情を持って接しないと、大変なことになりかねない」
「……はっ、はい!」
びし、と背筋を伸ばす。
「バイ、佐久間夜」
「お前が書いたのかよ!」
惣斉は持っていたお盆で俺の頭をはたいた。
そして赤い顔で俺に言ってくる。
「手品か何かかと思っただろ!」
「学校の中で投書箱を見つけたその時から、俺はこれをやろうと思っていたんだ」
「投書箱知らないふりしてたんですね!?」
上野先生が俺の背後からひょこりと出てくる。
「さすがです佐久間さん!」
「面白~い」
結梨と一宮が手を叩く。
「ありがとう、ありがとう」
俺は各方面に向かって、軽く挨拶をした。
「……いや、私のお悩み相談わい!」
千田梨菜が立ち上がり、突っ込んできた。
「私のお悩み相談わい!」
「すまん、どうでもよくて忘れてた」
「本当、第一号に選ばれるとか最悪……」
ちっ、と舌打ちをし、再び上野先生が睨まれる。
「じゃあそろそろちゃんと話を聞こうか。未玖ちゃん先生、これ片付けて」
「はい……未玖ちゃん先生?」
俺は机の上の投書を未玖ちゃん先生に片付けさせた。
「で、お悩みとは?」
「……この髪のことなんだけど」
「綺麗な髪だな」
千田梨菜は髪を一房つまむ。
「もらっていいか?」
「こわ!」
「大丈夫。痛くしないから」
「髪切るのに痛いとかいう発想が出てくるのが怖いから!」
「俺の手持ちの市松人形にエクステしたいんだよ」
「やば! こいつマジでヤバい奴じゃん!」
変わってよ! と千田梨菜は大声で叫ぶ。
「今まつ毛エクステしたばっかりで、洋風の文化に憧れてるって言ってた」
「なんか憑いてんじゃん! マジでヤバいって!」
「リカちゃん、って呼んでんだよ」
「名前のせいだよ、絶対!」
千田梨菜は何度も突っ込む。
「ちょっと、誰か変わってって!」
「大丈夫大丈夫。テレビでも一番ヤバそうなやつが大体事件解決してるだろ? 問題児ばかり集めた捜査課が大体一番優秀で検挙率が高いみたいなシステムだ」
「いや、市松人形に同級生女子の髪エクステするとか言ってるやつ見たことないからぁ! しかも検挙とか事件とかそんな物騒な悩み事じゃないから!」
「見えます……見えてきました……ふふふ……味噌汁が欲しいデス」
「今さらキャラ付けしなくていいから! 止めてよマジで!」
俺は千田梨菜の声に耳を傾けない。
「今日もやってるなぁ、全くあいつは」
「本当本当。でもあいつがなんだかんだ言って一番頼りになるんだよなぁ」
「なんであんな変人なのにこんなに仕事が出来るのかね」
「君たち、遊んでないで仕事しなさい」
「お前が言うな!」
一人五役。
「ちょっとちょっと! 聞く気ある!? 何一人で何役もしてんの! 変人が集まる捜査課とかもうどうでもいいから!」
「で、フナ虫とダンゴムシの違いは何、って話だったか?」
「そんな話しに来たんじゃないから!」
はぁはぁ、と千田梨菜は肩で息をする。
「お前よく突っ込んでくれるな。俺の相棒にどうだ?」
「イミフ!」
「今佐久間ハーレム王国を建設してるところだから、俺の突っ込み役で募集かけとくわ」
「ハーレム王国ってなに!? てかそれ私ハーレム要因じゃないじゃん!」
言っている間も、生徒会メンバーは優しい目で俺を見る。
「てか、あんたらもなんとか言ってよ! 何、ハーレム王国って!? 怒りなよ!」
「私は佐久間さんの正妻ですから……」
結梨は顔を赤くする。
「私は姉」
「私は違うから!」
「え、私も違いますよ!」
夏目さんだけか、あと同意してくれたのは。
「マジキチじゃん、生徒会」
「人間万事、塞翁が吉、ってな」
「なんかうるさいし」
「で、悩みって?」
「聞く気あったんだ。私のこの髪のことなんだけど」
千田梨菜は再びソファに腰を掛ける。
「実はこの髪、黒に染めろって言われてて」
「ん~」
未玖ちゃん先生を見る。一つ頷いた。
「まあ一応ここも進学校だから、髪を染めたりとかは駄目なんじゃないか?」
「いや、分かるよ。染めたら駄目ならまだ百歩譲って分かるよ。でも、これ染めてないんだよね」
「……?」
「私クウォーターだから、これが私の髪の地毛の色」
「……あ~なるほど」
大体事情がつかめてきた。




