第35話 生徒会の顧問、いたのかよ
「いやぁ~、愉快愉快、あっはっはっはっは」
俺が上っ調子で盛り上がっていると、生徒会室の扉がノックされる。
「す、すみませ~ん……」
背の小さい私服の女の子が、入ってくる。
「おいおい、なんだなんだぁ!? ここがどこか分かってんのかぁ!? どうしたちび助!」
「え、わた、私……?」
女の子は自分を指さして目を丸くする。
「ちょっと佐久間、その人」
「うるせぇ! 俺に指図すんじゃねぇ! 酒持ってこい酒!」
「ちょっと!」
惣斉の言葉をものともしない。
「ここは生徒会室だ、ちび助。どうした~、学校迷ったのか~?」
「うぁ」
俺はよしよしとちび助の頭をなでる。
「え~っと……」
ちび助が頬をかく。
「私、先生なんですけど……」
「…………」
そしてちび助は、そう言った。
「いやいや、まさか。なぁ、夏目さん」
「……」
「なぁ、一宮」
「…………」
誰も答えない。
「なぁ、おい、お前らどうしちまったんだよ! 俺たちの絆はどこに行ったんだよ!?」
どうやら本物らしい。
「え~っと、あなたが噂に聞いてた佐久間くんですか? 噂通りの問題児ですね」
「おいこらてめぇらぁ! 早く先生に椅子を持ってきて差し上げろ! 何ぼーっと突っ立ってやがる! それでも生徒会の一員か! 自覚が足りねぇぞ!」
「ちび助とか言ってたじゃん」
「うるせぇ惣斉!」
俺はせこせこと椅子を持ってき、先生を座らせた。
「いやぁ、今日はお暑いですねえ先生。肩でも揉みましょうか。本日はお日柄も良く……」
俺は先生を椅子に座らせ、肩を揉む。
「今さらおべっかをしても無駄ですよ、佐久間くん」
「いやぁ~、あっはっは、こんな美人な方でもご冗談を言うとは驚きましたよ」
俺はゴマすりモードに移行し、先生をほめそやす。
「び、美人だなんてそんな……」
うへへ、と先生は頬を緩ませる。
「美しく可愛い、本当、俺が今まで見た女性の中で最も美しい、女神のようなお方ですよ、本当」
「うへへへへへ」
先生はにやけ、頬を両手で挟む。
ちょろい女だ。
「先生、たぶんそいつちょろい女だ、とか思ってますよ」
「あぁん!? おい惣斉あぁん!? てめぇは黙ってお茶でも入れて来い!」
「じゃ、じゃなくて!」
先生は急に立ち上がる。
後ろにいた俺の顎に先生の頭がちょうど当たる。
「あ、ご、ごめんなさい佐久間君」
「……つ~」
俺は顎をさする。
「えっと、しばらく休んでてすみませんでした、生徒会顧問、上野です。佐久間君は初めましてだね」
「生徒会顧問……」
そんな存在がいたのか。
誰もそんなこと口にも出してなかったぞ。
「どうも会長の推薦というようで佐久間君を入れたようですが、正直私は佐久間君が生徒会に見合う人間だとは思えません」
「女神」
「うへへへ」
「お前もじゃねぇか!」
「え!?」
いかん、咄嗟に思っていたことが。
「惣斉さん! あなたもびしっといってやってくださいよ!」
「分かりましたよ、先生」
惣斉は、はぁ、とため息を吐くと、俺を見た。
「このゴミクズ」
そして吐き捨てるように言った。
「もっと……もっとくれよ!」
「ひぃ!」
上野先生は俺から距離を取る。
「人格に問題があるだけでなく、変態さんなんですか!?」
「先生、俺年齢と容姿が見合ってない女の人すごいタイプなんですよねぇ……」
舌なめずりをする。
「すごいタイプなんですよねぇ!!」
そして上体を逸らし、先生を見る。
「た、助けてください!」
上野先生は惣斉の後ろに隠れた。
「今佐久間ハーレムという王国を建設中なので先生も良ければ是非」
「なんですかその不埒な王国は! クビ! 即刻クビにしてください!」
先生は惣斉、一宮、夏目さんを見まわす。
「いや、先生、クビはちょっと…………」
惣斉が言いよどむ。
当たり前だ。俺は惣斉の秘密を知っている。
「僕も佐久間君はいてくれた方が……」
一宮が。
「私も後輩がいると楽しいナ」
夏目さんが照れながら。
「あっはっはっはっは、先生、どうですか、この光景!? あっはっは」
「そ、そんな…………」
先生が膝から崩れ落ちる。
「すでにこの生徒会室は佐久間君のハーレム王国に……」
「先生!」
一宮が怒る。
「先生、もうちょっと実績で考えてくださいよ」
俺は先生の肩に手を置く。
「学校では会長に次いで二番目の頭脳を持ち、全国でも上位一パーセント以内の天才。運動をすれば俺の右に出る者はおらず、小学校のころから県に、国に、表彰され、数々の賞を総なめにしてきたんですよ。能力が違うんですよ、能力が」
「なんでこんなに性格が悪いのにこんなに能力があるの……!」
先生はうなだれる。
「先生、俺は愛に生きる戦士ですよ。弱きを助け、強気をくじき、東に困った人間がいればより困らせ、西に楽しそうな人間がいれば嫌がらせをする。そんな愛に生きる戦士に能力がなくてどうします」
「なんだかちょっとおかしいところがある気がするんですけど」
渋々といった表情で、先生は再び椅子に座った。
「俺はね、官僚になりたいんですよ。そのために生徒会に入ってるんですよ。それ以上でもそれ以上でもないですよ」
「後輩、被ってる」
「それ以下でもそれ以下でもないですよ」
「また被ってる」
「それはないですよ」
「まあそれで良いナ」
夏目さんは俺の隣に座った。
「はい」
「はい」
俺は夏目さんから渡された飴をもらい、口に含む。
「な、何してるんですか、佐久間君!」
上野先生が俺に突っ込む。
「いや、何も……」
俺は夏目さんの飴を舐めながら、先生に驚くしかなかった。
「それ夏目さんがおしゃぶってた飴じゃないですか!」
「おしゃぶってた、だって、夏目さん。ウケる」
「そこじゃなくて!」
先生は小さい体を大きく動かし、抗議する。
「夏目さんがさっきまで舐めてた飴ですよ!?」
「あぁ、そんなこと」
俺は足を組み、夏目さんを上に座らせた。
「俺たちは二人で一人、兄と妹のような!」
「姉と弟」
「姉と弟のような存在だ! 遠慮は無用! 心せよ!」
「いつからこの生徒会はこんな空気に……」
わなわなと先生が震える。
「夏目さん! 前までの生徒会を思い出してください! こんな生徒会じゃなかったはずです! 会長の指示のもとで動く、統率の取れた集団だったはずです!」
「先生……過去のことを見るのは止めましょうや……」
夏目さんは達観した目で言う。
「惣斉さん! 惣斉さんなんて破廉恥なことに一際厳しかったじゃないですか!?」
「い、いやぁ……」
惣斉は居心地の悪そうな顔で頭をかく。
「一宮さん! 一宮さんは……」
止まった。
「一宮さんは、夏目さんに服着させられてただけでしたね」
「せ、先生!?」
一宮は悲痛に叫ぶ。
「まぁ先生、とりあえずここに何しに来たか教えてくださいよ」
俺は夏目さんを膝から下ろし、先生と向き合った。
「そ、そうですね……」
いったん冷静を取り戻した先生は髪を整え、俺と向き直った。
「佐久間君のことはひとまず置いておいて、生徒相談の話をしましょう」
上野先生は真剣な顔をした。




