第34話 投書箱、はじめました。
翌朝。
「ふふふ、佐久間さん」
「……おう」
俺は会長と二人で、登校していた。俺の家に半ば無理矢理に泊まったのだからこうなることは想像していたが、とにもかくにも、会長が近い。
「さ、く、ま、さん」
会長が俺の胸を指でなぞってくる。無理矢理俺と腕を組んでいる会長に少々の恐怖を感じる。
「お、おい、あれ見てみろよ……」
「嘘だろ、あの会長が……!?」
「そんな!? 冷姫が男と一緒に……!?」
なにやら熱いような驚きに満ちているような、そんな視線が俺たちに注がれる。
そうだ、思い出した。会長はこれでいて、実は冷姫などという、畏怖の対象だった。
結構広まったと思っていたが、まだまだ冷姫の印象が強いようだ。
「結梨、離れてくれ。人目が気になる」
「ふふふ、佐久間さんは恥じらい上手ですね」
なんだその微妙に苦い表現は。
「じゃあ会長、また後で」
「ゆ、り」
「……はい」
俺は結梨と別れた。
「おはよう諸君、今日も元気かな?」
放課後。今日は正直勉強をする気もなかったため、テンションを上げて生徒会室へと入った。
「あ、佐久間君……」
「おはよう……」
「こんにちは、だよ……」
が、生徒会メンバーは著しく落ち込んでいた。
「おいおい皆、どうしたんだよ、ったくよお。こんな良い天気なのに沈んだ顔しやがって。なぁ、つめさんや」
俺はがはは、と豪胆に笑うと、夏目さんの背中を叩いた。
「確かに……」
「そんな馬鹿な……」
夏目さんもテンションが低かった。
信じられない。明るくない夏目さんなんて初めて見た。
すぽ、と夏目さんが加えている飴を抜いてみる。
「……」
きゅぽん、と夏目さんの口に戻す。
反応なし。死んでるな。
すぽ、きゅぽん、すぽ、きゅぽん、すぽ、きゅぽん。
何度も夏目さんの口に飴を入れてみるが、無反応。
「なんか漫画で見たことあるな、こんな光景……」
俺は惣斉の前に立った。
「お~い、惣斉。元気か~?」
「何?」
惣斉はイライラと眉間にしわを寄せながら、俺を見た。
「クワバラクワバラ……」
俺は両手をこすりながら去る。
「一体どうしたんだ、皆。こんな良い天気なのにそんな湿っぽい顔して。折角の高級菓子が台無しじゃないか!」
俺は家から持ってきた一袋百五十円のカステラを開けた。
「ほらほら、夏目さんもこんなに美味しそうに食べてるのに」
「もがももももぐもがももももも」
俺は夏目さんの飴を取り上げ、ひょいひょいと夏目さんの口にカステラを押し込んでいく。
「なめめめめも! ももわままももっももんもモモンガ!」
「合言葉が違います。別の合言葉を入力してください」
「もっめもい!」
「合言葉の入力に成功しました。では冒険の続きを始めましょう」
俺は夏目さんの前に立った。
「いやぁ、装備を強化したらまさか呪いの巻物だったなんてなあ。全部装備破損しちゃったなぁ、あっはっはっは」
「最悪の場面でロードしちゃったじゃん!」
夏目さんが口をもごもごさせながら俺の背中に手を当てる。
「物を食うか喋るかどっちかにしろ!」
「もも!」
俺は夏目さんの口に再びカステラを入れた。
「もまめままっめむむままままもーーー!」
「で、今日の議題はんだ、諸君」
夏目さんの飴をがり、と噛んだ俺は本題に切り出した。
「実は、生徒会の投書をやることになったんだけど……」
「投書……?」
なんとも聞きなれない言葉だ。
「うん、あのね、最近生徒会にも新しい風が必要かな、って会長が言ってね、投書箱を設置したの」
「学校に物申す、とかのあれか?」
「うん、紙に意見を書いて投書するの。そしたら、こんなに……」
一宮が投書箱をさかさまにすると、ざぁ、っと大量の紙が出てきた。
「しかもこれのほとんどが生徒会への悪口だったから、僕たちまいってて」
「なるほどねえ」
確かにこの量のアンチ意見がやってくれば少しは気がまいるものだ。
俺は投書の中身を読み始めた。
「……ふ~ん」
俺は投書を右と左に分ける。
「何してるの、佐久間君」
「まともな意見と聞く必要のない意見に分けてる」
もちろん、聞く必要のない意見がほとんどだ。
「これほとんど同一人物からだろ。誰だよ、他人の悪意買ってる奴は」
「……」
「……」
「……」
「……」
生徒会メンバーが一斉に俺のことを見る。
「まあここで誰が悪いとか言っても仕方がないから置いといて」
「自分の責任になりそうになったらすぐさま話を転換する。あんたさすがね」
惣斉が俺に悪口を言ってくる。
「お、風紀委員の眼鏡女がウザい。いちいちルールルールうっさい、って意見もあるな」
「止めてちょっと!」
嫌がらせに、惣斉あての悪口を読む。
「何々、本当はあの眼鏡女、服の下――」
「うわああああああああぁぁぁぁ! うわああああぁぁぁぁ!」
惣斉が俺にダイブし、投書を散らかす。
「おいおい、危ないだろ惣斉。俺がいつでも構ってやるからここはちょっと落ち着けよ」
「死ね!」
惣斉は俺の呼んでいる投書にぶんぶんと手を伸ばす。
「え~っと何々、本当はあの女、服の下は――」
「あーーーーーーーーーーーーー!」
「服の下は綺麗な体してるからって、いい気になりやがって! お前が綺麗だからって俺らにも同じのを求めるなよ! だってさ」
「あ~~~~~~…………」
途端に惣斉の気力が下がる。
「ま、まあ、そういうことなら、考えないでもないですけど!?」
惣斉は眼鏡をくい、と上げ、つんとした口調で言う。
「アンチに見せかけたファンレターだったな」
「まあそういうのもあっていいんじゃない!」
惣斉を仲間に引き入れてやった。
「まあでも、本当に何のためにもならない悪口が多いな」
死ね、だとか消えろ、だとか生徒会崩壊しろ、だとか学校崩れろ、だとか、本当に聞くだけで気がまいりそうな言葉の羅列がある。文字も書き方も似ているし、紙の折り方も似ている。全く困ったものだ。
「強いてあげるなら、こういうのは聞く価値があるんじゃないか?」
俺は一枚の投書をすかした。
元々金髪なのに教師が黒に染めろと言ってくる。何とかしてほしい。
「そんな意見が……」
大量の悪口の投書に紛れて気付かれなかったのか。
「まあでも誰が言ってるか分からないからどうしようもないな。ここを開放してお悩み相談室みたいな形にするのはどうだ?」
「なんだなんだ、今日はやけに積極的だナ、後輩」
「まあそういう日もありますよ。チートデイってやつですよ」
「意味は違ってると思うけどナ。じゃあここを生徒の相談室にしてヨルが相談を受けてくれるんだナ?」
「いや、全く」
「え?」
夏目さんがアホ面をさらす。
「そもそも俺生徒会長じゃないし」
「じゃあ誰がやるんだヨ!」
「いや、そりゃあ人の相談聞くのが好きな人とかがやるんじゃないですか?」
「アイデアだけ!?」
「アイデア出すだけでも貢献してるでしょう」
さすがにそんな面倒なことはしたくない。
「俺は官僚になるんだ! そんな無駄な時間に手を取られてたまるか!」
「久々に佐久間君の決め言葉が……」
「ははは、なんとでも言うがいい。魔王に弱小パーティーの力など、全く効かんわ」
「ダメだこいつ」
俺はあははは、と大笑していた。




