プロローグ
生徒会長、というものを知っているだろうか。
いわく、生徒たちを束ねる長としてその手腕を発揮する、だとか他校や先生との折衝に赴き事態を解決に導く、だとか、生徒会長に対する想いは人それぞれあるだろう。
そんな折、この俺、佐久間夜の属する高校にも、その生徒会長はいた。
高校一年の二学期にして生徒会長の座を勝ち取ったそいつは、それはそれは大した功績を持つ女だった。
全国模試では一位を獲得し、運動も出来る。女の属する部活、弓道では中学時代でも数多の賞を総なめにし、高校時代の今も全国大会を視野に入れ動いている、という有様だ。
そんななんでも出来る高性能でありながら、その容姿は他の追随を許さないレヴェルの美貌であり、校内一との呼び声も高い。細くしなやかな脚に、気取らないナチュラルな気風、遠目でも分かるほどのくびれに、胸にはたわわなメロンが実っている。
誰がどこからどう見ても欠点の一つすら見つかりそうにない。風になびくロングスカートに、生徒会長の腕章をこれでもかといわんばかりに装着したそいつがモテない訳もなく、今日もまた、男子生徒に告白されていた。
「会長、好きです! 僕と付き合って下さい!」
「お断りします」
「ああああぁぁぁぁ!」
そして、即粉砕。
男子生徒よ。君の遺骨はあとで拾ってあげよう。
告白に失敗した男子生徒は肩を落とし、とぼとぼと帰って行った。
「「おおおおおおぉぉぉ! 今日もまた会長が告白を断ったぞおおぉぉ!」」
「一体これで何人斬りだ!? キリがねぇ!」
「一体会長の想い人は誰だというの!?」
「会長! 私、お慕い申し上げております!」
今日も今日とて告白を断った会長は、凛とした顔でまた歩き出した。
「ったく、今日も騒がしいこったなあ、この学校は」
「そうだな」
そして俺は、そんな会長とその周りの状況をただただ眺めているだけだった。
俺は後ろの席で興味なさげに頬杖をつく大地に声をかけた。浅井大地、俺が小学校の頃からの悪友だ。
「ったく、どいつもこいつもお盛んなこって」
「会長はまたお断り記録を更新したみたいだな」
「見てりゃ分かるっての」
お断り記録。それは会長にまつわる記録だ。
その美貌に加え生徒会長という人目につきやすい役職についていることもあり、会長に告白する輩は数多くいた。が、全滅した。ものの見事に、会長の心を射止めた人間は一人もいなかった。
校内で会長は、まるで取りつく島のない冷徹冷血の美少女、冷姫という二つ名で、名を馳せていた。
「冷姫のお断りカウンターは今いくらだ?」
「十……二十……くっ、まだ増えるのか!?」
「くそ、大地でも観測不能な域に達しているか……」
公的に知られているだけでもこの数なのだから、実際はその倍以上はあるのだろう。まあそんなことは、俺には何も関係ないことだ。
俺は高校生活をただ静かに、安寧に過ごせればいい。出来るだけ少ない努力でいい大学に入り、そしていい会社に入り、いい女と結婚して良い人生を送る。それが俺の人生観。目標。努力をして研鑽をして陶冶をして、ひたすら自分磨きに徹する。そうすればやがて人生も開けてくるというものだ。
友達? いらねえ。恋人? いらねえ。どうせ高校生活だけのつまらない人間関係になるだけだ。
ならどうするか?
努力して将来の官僚生活の足しにする。それが俺の、人のあるべき姿だ。
高校生、俺は一切遊ぶことなく努力し続け、やがて官僚になって偉そうに生きていくのだ。とにもかくにも、面倒毎に巻き込まれず、勉強さえ出来ていればいいのだ。
そして現在。その会長の人気とは反面、生徒会長とは全く関係のない所でいちゃいちゃしているカップルも、いる。
「美羽ちゃん、今日も可愛いねえ~」
「えぇ~、そんなことないよぉ~」
美羽と言われる巻き髪の女は、いつものように髪をくるくると手で巻いていた。
「くそぉあの野郎共、教室の中でいちゃいちゃしやがって」
「夏休みに入る前に付き合ったカップルは沢山いるみたいだな」
「夏休みマジックか、畜生。非生産的な人間め」
俺は同じ教室のいちゃいちゃカップルに向けて片手を突き出した。
「呻れ盟友、引き裂け戦禍! 迸れ命の血潮、眼前のリア充に畢生の裁きを下せ! リア充エクスプローーーーーーーージョン!」
「リア充を爆発させる詠唱を唱えるな」
俺の突き出した片手は、大地によってあえなく降ろされた。
「全く、どいつもこいつも浮かれやがっ――――」
「サクこらああああぁぁぁ!」
話もそこそこに、後ろから鉄拳が飛んできた。後方から溢れ出る殺気に気付いた俺はしなやかに体を翻し、そいつの拳を避けた。
「こらサク、避けるな!」
「てめぇ、何の真似だこの野郎」
「サク、今日先に学校行ったでしょ!」
そいつ、上峰明日香は俺に向かって睨みを利かせて来た。生まれた時からずっと俺のそばにいた、隣の家に住む幼馴染だ。
「ふう……」
俺は一つ、深呼吸をした。
「今回、愛しいあなたに謝罪するため、心をこめて作りました。それでは聞いてください。申し訳ありまソング。WowWowWowWow~」
「何が申し訳ありまソングだぶっ飛ばすぞコラぁ!」
歌い始めた直後に、明日香から殴打を喰らう。
「なんだWowWowWowWowって! 曲の初っ端からノリノリじゃねぇか!」
「うっせぇ! 大体お前が遅いからだろ!」
「私を待てよ! 私だぞ!?」
「何が女の子の準備は時間がかかるの、だ。時間がかかる所ねぇだろうが!」
「はい出た女の子貶し発言~、サク今世界中の女の子敵に回しました~」
「上等だ、やってやる!」
「この!」
明日香は俺の首に腕を巻き付け、上体を捻るようにして関節をきめた。
「あああぁぁぁぁ!」
謎の姿勢に、どこかの骨がバキバキといっているような気がする。
「今日から二学期だから一緒に学校でも行くか、って誘ってきたのはそっちだろ!」
「お前が遅いからだろ! 俺はのんびり通学したいんだよ!」
「だからって一本先の電車で行くことないじゃん! このバカ!」
「馬鹿って言う方が馬鹿だ、この間抜けめ!」
「罵倒の言葉変わってるし!」
無理な姿勢が続き、俺はあぁ、やおぉ、など悲痛な悲鳴をあげてしまう。
「ちょ、明日香! タイム! 待ってくれ、タイム!」
「ちょ、どこに顔突っ込んでんの!?」
無理に姿勢を変えようとしたせいで明日香の胸に顔をうずめてしまったようだ。
「大丈夫だ、問題ない」
「お前の心配してないから!」
「大丈夫だ、日和さん」
「それ日本一低い山じゃん! 胸ないってか!?」
「大丈夫だ、低くても問題ない」
「その問題は違ぁう!」
俺はどうにかして、明日香の拘束を抜け出した。
「おい大地、見てないで助けろ!」
振り返ったが、大地は校庭をぼんやりと眺めているだけだった。
「見てすらいない……だと!?」
「とにかく、これは貸しだから、高くつくから!」
そう言って明日香は自分の教室へと帰って行った。
「全く……散々な目に遭った」
「授業始まるぞ」
「もしかして俺とお前で住んでる次元が違うのか?」
まるで何もなかったかのように振舞う大地を尻目に、俺はいそいそと授業の準備を始めた。
× × ×
そして翌日。
「…………」
「…………」
いつものように電車で通学した俺は、困ったことになっていた。
「えーと」
「…………」
俺の隣を会長が、冷姫が、零距離で歩いていた。みっちりと全く距離なく、くっつくようにして俺の隣を歩いていた。
「会長」
「…………」
会長と言うたびに、会長は頬を膨らまし、俺を上目遣いで睨みつけてくる。何も言わずにただ俺にくっついてくる会長は、それはそれで恐怖だった。
「どうしてこうなった……」
俺はただ安寧な生活をしたかっただけなのに……。
「どうしてこうなったあああぁぁ!」
俺は心中でそう叫ぶことしか、出来なかった。