3、放蕩息子の気まぐれ
「捕まって、簡単に逃げられると思うか?その足じゃあ無理だな。
お前達は山向こうの隣村から来たんじゃないかと、町の者が言っていたが……
まあそんな事どうでもいいか。
お前、器用だと言ったな。」
「だからなんだという、あなたは役人には見え無いな。」
「ああ、役人じゃない、ただの放蕩息子だよ。
帯を締めるのが上手な男を捜してるんだ。」
「帯?貴族か?」
「ま、そんなものだ。役人とは関係無い。いや、あるかな。
お前は人でも殺したか?ずいぶん逃げ回ってるようじゃないか。」
少年は迷って、視線が泳いでいる。
しかしガルシアのおおらかな様子に顔を上げた。
「ご主人様と旅の途中盗賊に襲われたんだ。生き残ったのは私たちだけ。
ご主人様の盾にもならなかった使用人が、村に戻れるわけもない。」
唇をかむ少年に、ガルシアがアゴに手を置いた。
そう言えば、先週隣村の名主貴族が父へ挨拶に来る予定だったのに、事故で死んだと言っていたな。
あれか……
「なるほど、お前の家はその村か?」
「そうだ。両親もお屋敷の下働きで、親類は皆ご主人様の下で細々と農家をしている。貧しい家だ。
だからこそ、家に迷惑をかけぬよう身を隠さねばならない。
私も死んだことになるだろう。」
「ふうん……なるほど。その若さで名捨ての死人という訳か。」
いさぎよい奴。
「お、お兄ちゃんは帯を締めるのうまいよ!ずっとご主人様のお世話をしてきたんだ!」
子供が懸命に声を上げた。
少年はしっと指を立て、子供を後ろに回す。
「へえ、そうか、それはいいな。じゃあ俺の帯を締め直してみろ。」
あぐらをかいて、ガルシアが腰の帯を指さす。
少年は周りを警戒して身を堅くした。
「私はお前が信用できない。」
「なんで?ここには俺しかいない。俺は男を襲う趣味はないぞ。」
「……私の手は汚れている。その帯はここから見てもたいそう上等の物。
汚しては、あなたのために丹精込めて作った方に悪い。」
「はあ?お前、面白いこと言うな。」
俺に悪いんじゃなくて、作った者に悪いとは。
「ぷっ、くっくっく、そりゃあいい、お前気に入ったぞ!
来い!俺の近くで世話をしろ!俺がお前を雇ってやる。」
「えっ!」
面食らう少年に手を伸ばし、ガルシアがにやりと笑った。
その背後から光が差し込み、まぶしく少年が眼を細める。
これは神のお慈悲なんだろうか。
同じ捕まって罰を受けるとしても、私は……
このちっぽけな人生、一つの賭けにかけてみても損はないかもしれないな。
少年は、彼の伸ばした手に恐る恐る手を伸ばし、そしてグッと彼の力強い手を感じた。
「死人よ、名を授けよう!
お前の名は今からレイトだ!」
「レイト……ですか?」
「ああ、今何となく口から出てきた。」
「そんな……名前に、なんておおざっぱな……ふふっ、クックック、なんてひどい方だろう。」
「ああ、俺はおおざっぱで、わがままで、たいそうお前を振り回すぞ。
覚悟しろ!おまえ年は?」
「15です。子供に見えると思いますが、一番背が低くて……」
「俺は13だ。一番背が高かったから、2つ下でも頼りがいあるぞ。」
ガルシアが、少年を明るい場所に引っ張り出し、手を貸して立たせる。
レイトの足はひどい腫れで、とても歩けそうにない。
「こりゃあ折れてるかもな。どうやって盗賊から逃げたんだ?」
子供が横から、杖代わりにレイトの手を自分の肩にやった。