2、放蕩息子の気まぐれ
作業場のあとにある井戸をのぞく。
滑車の壊れたつるべは使えないらしく、戸板の裏に古い縄でくくった桶が隠すように置いてあった。
ぼろぼろの縄は、これではあと何回くめるか分からないだろう。
辛うじて建っている家の中をそっとうかがうと、人がいる気配はない。
壊れた方へ足を踏み出そうとして、ふと足下に気がついた。
不自然に石が、家の板張りにまでまいてある。
うっかり踏むと、ガリガリ大きな足音を出してしまうだろう。
これは……
中の奴らも馬鹿じゃ無さそうだな
クスッと笑って少々考え、ガルシアは庭に積んである石の影にすわりじっと待つことにした。
やがて数十分ののち、パンを盗んだ子供が周りを伺うように出てきた。
盗んだパンを食べてホッとしたのか、いくらか顔が落ち着いている。
ずいぶん警戒している様子でキョロキョロしながら、手にはへこんで形の変わった水差しを持ち、井戸にたどり着くと水をくみ始めた。
桶を真っ直ぐに落とし、そして縄を切らないように慎重にそっと上げる。
水差しに水をうつし、大事に抱えて崩れた方の中に戻って行った。
わざわざ崩れた方にいるとは……
今にも崩れ落ちそうなのに。
ガルシアが、そっと後をつける。
中からかすかに、人の話し声が聞こえた。
「……もう、盗むのは駄目だ。」
「じゃあ、何を食えばいいっていうんだよ、飢えて死ぬのはいやだ。
この姿じゃ誰も雇ってくれないし、もう何度も盗みに行ったからきっと捕まったら殺されちゃうよ。」
「明日になったら森に行こう。山で食べ物を探して暮らせばいいじゃないか。」
「でも……小屋なんて作れないよ。家はどうするの?」
「それは……」
「それに兄ちゃんはまだ歩けないよ。足の腫れがひどいじゃない。
せめて足が治るまで、ここでがんばろう。
ね、向こうに畑を見つけたんだ。明日は畑から少しだけ取ってくるよ。
飢えないくらいなら、神様もきっと許してくれるよ。」
「盗みを許す神なんていないよ……」
中を見ると、自分と同じ年頃の少年の横に先ほどの子供が、落ちた天井の隙間に小さく身を潜めている。
少年はケガをしているのか、暗い中で子供が布を水に浸して彼の足に巻いていた。
切羽詰まった二人の間に、重い空気が流れる。
ガルシアは、二人がどうするのか興味があって、その場に膝をつきじっと耳を立てた。
少年は足をくじいていて動けない。
子供は小さくて腹を空かせている。
しかもこれまで盗みを働いて、町に救いを求めることもできない。
さて、どうする?
いっそ袋だたきにあっても、町に出て助けをこうか?
少年は痛む足を押さえ、うつむいて目を閉じる。
子供は疲れたのか横になり、彼に寄り添った。
もう、何も浮かばないか……
ガルシアが身を起こしかけたとき、ふと、少年が顔を上げた。
「お前は養護院に保護して貰うんだ。私は役人に捕まるから。」
「えっ?なんでお兄ちゃんが捕まるの?盗んだのは……」
「私がお前に盗ませたんだ。
ほら、井戸の桶につないだ縄があるだろう?
お前は明日、私をあの縄でくくって町に出て、そして私に脅されて盗みを働いたと町の人に言うんだ。
町の人は、まだ小さいお前を同情を持って迎えてくれる。
大丈夫、お前は演技が上手い。
良く嘘泣きして女中頭に謝っていただろう?あれでいいんだよ。」
「でも、それじゃあお兄ちゃんが……」
「私は大丈夫、おまえよりは上手くやり過ごせるよ。
まだギリギリ子供だし、裁判までは時間がある。
その間、役人はきっと足をきちんと手当てしてくれるよ。
痛みが軽くなったら隙を見て逃げて、そして山を越えて隣の国に行くから。
私の器用さは知ってるだろ?」
少年は、町の人々から暴力を受ける覚悟がある。
しかし、この子供だけでも救うにはこの方法しかないだろう。
せめて町の人々に、落ち着いた理性があることを願うだけだ。
子供は指をかんで迷いつつ、顔を上げた。
「お兄ちゃんについて行きたい。駄目?」
少年は首を振り、子供の頭をやさしく撫でた。
「養護院にいれば飢えることもないらしいよ。
上手く行けば、いい人の養子になれるさ。
たとえ使用人代わりにされても、またこれまで通りに言うことを聞いていれば、お前は家の名を引き継げるんだ。
孤児ではなくなるんだよ。」
「お父さんとお母さんが……できるのかなあ。」
「できるよ、お前はとてもいい子だから。
私は隣の国で働いて普通に暮らすよ。」
「うん、お兄ちゃんはなんでもできるから、苦労しないね。」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「へえ、お前はそんなに器用なのか。」
ガルシアが、とうとう姿を現した。
「あ!こいつ!」
子供が驚いてとっさに飛びかかるが、ガルシアは軽くやり過ごして腕を掴み、少年へと放る。
「わっ!この……お兄ちゃん!」
「こっちへ!」
少年は奥に逃げ道を作っているのか、子供を奥へと押し込み自分も這って逃げようとした。
「待て待て、面白い奴らだ。お前達は頭がいいな。」
ガルシアが、追いかけて崩れた天井の下に入っていった。
足の悪い少年は逃げられないと観念したか、出口をふさぐように座ってこちらを向く。
子供はいったん先に逃げて、すぐに戻ってきてしまった。
「何故逃げないんだ!」
「だって、兄ちゃんが!」
少年ががっくりと子供の頭を撫でた。
一人で逃げて、この小さな子供一人何ができる。
計画が台無しになって、少年がガルシアをねめつけた。
ガルシアはホコリに咳をして、やれやれと肩を上げる。
ひどいところにいるな、と周りを見回した。




