2、ザレルの口説き方
ザレルがニヤリとセフィーリアを横目で見る。
「そうさな、嘘つきドラゴン殿には困った物よ。
騒がせた詫びを入れて貰おうか。」
「お詫びですか?クフフ、それは良いですね。
ねえ、母上様。」
ウッとセフィーリアが、2人の言葉に声を詰まらせる。
仕方ない、これでも風のドラゴン。
「フン、では、一つ願いを聞いてやろう。リーリの願いはなんじゃ?」
うーんとリリスが考えて、そして手を合わせて微笑んだ。
「リリスは、家族が増えるのは嬉しいことだと思います。私は……」
父上が欲しいです。
心でつぶやいた。
ザレルは小さい頃から頻繁に一緒に旅をして、そして呼び捨てを許してくれて……
それが自然にそう呼べた唯一の人だ。
皆から恐れられた男でも、リリスには一緒に精神修行をする仲間だった。
しかし、ここで一緒に暮らし始めてからは「ザレル様」と呼んでいる。
彼は眉をひそめたけれど、セフィーリアの養子になれなかった時に、そして旅を無事に終わらせても魔導師の指輪をもらえず、やっぱり正式にはセフィーリアの召使いの身分から抜け出せなかった事が、彼の心を少し狭くしたからかもしれない。
もう、今の身分を抜け出すのは無理だと諦めている。
でも、声に出すことはできないけれど、ザレルを心の中で父と呼びたい想いが、仲むつまじい2人の様子からずっと心にくすぶっていた。
「え?ええーっ??」
リリスまでザレルの味方かと、絶句してセフィーリアがあんぐりと口を開ける。
ザレルがフッとワインをあおった。
「俺の願いは……そうだな。」
「誰もお主の願いは聞いておらぬわ。」
「そうだな……俺の願いは……」
がっかり
「お主の悪いクセだ、人の話しを聞いてない。
なんじゃ、まだ実家に帰りとうないとでも申すか?」
彼女が諦め、頬杖を付いてため息をつく。
「俺の願いは、リリスの父親になりたいこと……かな。」
ハッとリリスが顔を上げる。
「そ、そんなこと……無理です。
またきっと、ザレル様にもご迷惑をおかけします。」
「心配無用だ。今日、母にも許しを得てきた。
お前を私の養子にする。
お前は嫌か?我が家、ランディールの名を受けるのは。」
「そんな、いやなんて滅相もない。でも……」
「ただ、俺は騎士長の職にあるだけに、城に許しを得ねばならぬ。
手を尽くすが、もしやと言うこともある。それでも良いか?」
思ってもなかった言葉に、リリスの目からポロポロと涙が流れる。
声を出すことができず、何度も何度もうなずいてセフィーリアを見た。
「なんという事じゃ、なんという……」
セフィーリアが立ち上がり、そしてリリスの元へ行き彼の肩を抱く。
そして潤んだ目でザレルを向いた。
「お主は、精霊のわしにはできなかった事をしてくれるのか?
わしにはこの子を、孤児の立場から救うことが出来なんだ。
それをお主は救ってくれるのか?」
ザレルが大きくうなずき、そして彼女の前に立つ。
その顔は、優しく真剣に2人を見つめていた。
「セフィーリアよ。俺の願い、聞き届けてくれるか?
俺はリリスの幸せを願っている。そしてそれはお前も同じであろう。
お前の願いは俺の願い、私も家族があるのは嬉しい。
人間と精霊王の婚儀は例がない。しかし、心で繋がることは如何様にもできよう。
セフィーリアよ、私の家族になってくれ。」
セフィーリアが手を震わせ、フッと気が遠くなりそうな気がしてよろめいた。
「なんという夜じゃ、こんな事があろうとは……
わしが人間を家族に持つのか?このわらわが。」
「なんだ、嫌なのか?」
ザレルが、キョトンと彼女を覗き込む。
「わしは精霊、お前と時間の流れが違う。」
「そうか」
「わしは死ぬことも無かろうが、お前は老いて死ぬ。」
「ふむ、まあ、仕方ないな。
まあ一時、花でも生ける気分で付き合ってくれればよい。」
「なんという……男か……お主は。」
呆れて彼女がクスリと笑った。
泣きながら、プッとリリスが吹き出して笑う。
長い時を生きる精霊にとって、自分たちは一時を咲く花なのか。
ならば、どう咲くかは自分次第。
たとえ指輪が無くとも、たとえ親に捨てられようとも、風雨に打たれても、ひっそりと咲く花となろう。
リリスの前で、セフィーリアがザレルの胸に包まれて泣いている。
自分はもう、独りぼっちではないのだ。
たとえそれが、仮初めの家族でも……
リリスはその後、結局城に認められずザレルの養子となることは叶わなかったが、
この夜の出来事は彼の大きな支えとなった。