1,ザレルの口説き方
リリスがベスレムから帰り、そろそろ半年も過ぎた頃。
3人で夕食を食べながら、セフィーリアが黙々と食事をとるザレルをチラリと向いた。
「ザレルよ、わしは常々思うのだ。」
「うむ」
「やはり、リーリもこの世界で生きるなら、魔導師として身を立てる準備をした方が良いであろうとな。」
「うむ」
「えっ!」
思わぬ事を言われ、なんだか呆然とリリスが手を止める。
「そうさな、うちでできる事は知れているが、お前ならば弟子をとっても構わぬぞ。」
「そんな……とんでもございません。まだまだ私も勉学の途中、滅相もない。」
そんなことを師は考えていたのかと、ホウッと力が抜けて微笑んだ。
魔導師の指輪もない自分が、たとえ大人になっても弟子など取れるはずもないのに。
村では、ニセ者魔道師と言われて可笑しかったっけ。
ふふっ……
「……ま、それは追々語ろうぞ。しかしお前はそれだけの力を持っている。もっと自信を持つがよい。
のう、ザレルよ。」
「うむ」
ザレルは黙々と食事をとっている。
何を言っても動じない彼に、セフィーリアも身を乗り出して彼にささやくように言った。
「城からな、私も風の精霊として、神殿を建てて欲しいと話しが来ておるのじゃ。
完全バックアップで、ドーーンとデカイのをな。」
「うむ」
「色々忙しくもなろう。
居を移さねばならぬかもしれんな。」
「うむ」
もぐもぐもぐ
だからどうしたと、無言でザレルが語りかける。
少しは驚いて見せろと、セフィーリアが腕を組み憮然とした顔でザレルを見た。
「ふむう……で、お主はいつ、ばば様のいる家に帰るのじゃ?え?ザレルよ。」
「うむ」
もぐもぐと、ザレルはひたすら食べるばかりで返事がない。
旅から帰ったリリスのケガの世話をすると言って共に暮らし始めた物の、あれからさっぱり実家に帰る気配がない。
まあ、ザレルも昼間は城に出勤するので、今夜は帰ってこないだろうと思えば、また我が家のように帰ってくる。
「わしは精霊なのじゃ、人間ではない。いいか?風のドラゴンなのじゃ。
弟子もまだまだ育てねばならぬ。神殿も建てれば巫子も迎えねばならん。
忙しいぞ、のうリーリよ。」
「は、はあ……」
「わかっているのか?のう、ザレルよ。」
「うむ、そうか、それは忙しいな。」
ザレルはなるほどとうなずき、グラスをリリスに差し出す。
「あ、ああ、すいません。」
リリスがワインを注ぐと、美味そうに一口飲んだ。
「うぬう〜」
セフィーリアが眉をひそめ、同じくグッとワインを飲み干す。
グラスが空になり、2人を見ていたリリスが慌ててワインを注ぎに行った。
今は使用人は昼間しかいないので、朝と夜はリリスが一緒に食事を取りながら給仕までこなしている。
以前は小さい頃からの習わしで、給仕を済ませて、それから自分は暗いキッチンで食事をとっていたのだが、親子宣言後は昼間だけ使用人に通いで来て貰い、朝夕は3人だけでこうして一緒に食事をするようになった。
器用なリリスだが、慣れるまではグラスを空にしてしまうことがあって気をつけている。
「申し訳ありません、母上様。」
「おおリーリよ、このワインは美味いのでつい飲み過ぎるぞ。
手酌で構わぬのに、やはりお前に注いで貰うとなぜか美味さが倍増する、すまぬのう。」
「ええ、これは城からの頂き物です。
南ベスレムのガラーニャと言う銘柄の、とても良い物だそうですね。」
「なに?ガラーニャか、それは美味いはずぞ。」
「俺が頂いてきたのだ。」
ボソッとつぶやくザレルに、ムッとセフィーリアがにらんだ。
「ふ、ふん、通りでちょっと酸っぱいと思った。きっと持ってきた奴が悪かったのじゃ。」
「えっ!いいえ、いいえ、酸っぱいのでしたら私の保存が悪かったのです。
高価なワインを申し訳ありません。
ああ、どうしよう……あんなに気をつけていたのに。」
リリスがショックを受けて、頭を下げる。
「ち、ち、違うぞ!リーリは一つも悪うない!今のは言葉のあやじゃ。」
あわあわ、泡食ってニッコリ笑う。
しかしリリスは何度も何度も頭を下げて、どうしようと暗い顔になる。
ワインは貴重な物があるので、取り扱いには細心の注意を払うように小さい頃から教え込まれてきたのに。
「でも、酸っぱいのでしょう?お取り替えします。すぐにもう一本お持ちします。」
「いいや、リーリの仕事はパーフェクトじゃ。酸っぱくなど無い。」
「母上様、本当のことをおっしゃって下さい。お城から頂いた物を、どうしよう。」
「だから、美味しいと言うておるではないか!疑うなら飲んでみよ!」
「えっ?でも駄目です、まだリリスにはお酒は早うございます。
ベスレムで、せめて18になるまでは飲んではならぬとお医者様にきつく言われましたので、お館様に勧められてもお断りしてきたのです。」
「なに?ラグンベルクはお前に酒を勧めたのか?
けが人のまだ子供じゃぞ、おのれ〜あの変態め!だから心配だったのじゃ。」
「それはともかく、すぐに新しい物をお持ちしますから。」
「だから違うと言うに……ああもう!じゃあどうすればよいのじゃ!」
「くっくっく……」
ザレルが横で、とうとう笑い出した。
「ザレル様、いかがされましたか?」
「フフ、よく見よ、もう残り少ないではないか。
お前の杞憂だ、美味いから飲んでいる。心配不要だ。」
リリスがビンを見ると、確かに中はあと少しになっている。
「あ、ほんとだ。」
その手からザレルがビンを取り上げて、残りを自分のグラスに注いでしまった。
「あああ!もう少し飲みたかったのに!」
セフィーリアが慌ててビンを取り上げ、空の中身にザレルをにらむ。
「ん?そうか。」
彼は、なみなみとワインの入った自分のグラスを持ち、半分を彼女のグラスに注ぎ足した。
「ああ!なんと言うことをするのだ、汚いではないか!」
「ふむ、それは悪かったな。それでは俺が飲んでやろう。」
そう言って伸ばしてくる彼の手から、慌ててグラスを奪い取る。
「何をするのじゃ無礼者め!これは大事なわしのワインじゃ。
おお、もったいない、まことこんなに美味いもの人間にはもったいない。」
ちびちび、大事に飲み始める。
リリスがそれを見て、ニッコリ微笑んだ。
「良かった、ザレル様の仰るとおりですね。安心しました。」
ウフフと笑い、自分の席に戻る。
手落ちがなかったことにホッとして、食事を続けた。
ザレルを書く時、寡黙な騎士で滅多に喋らない男という感じで思い浮かべていたんですが・・・
「俺はそんな面白くない男ではない」とヒソヒソ耳元でささやくのです。
そっか、ただのガタイのデカい強面兄ちゃんか〜
と、なんとなくイメチェンで。