1、無二の宝石
人間の命は、尽きることを知らない彼らにすれば、とても、とても短いものだ。
だからこそ、その美しく聡明な少年の成長を眺めることは、退屈な彼の密かな楽しみになっていた。
そこはアトラーナでも辺境の痩せた土地。
少年は貴族とは言え領民も少なく、裕福と言えない小さな村の領主の息子。
それでも彼らは、毎日少ない領民と共に糧を分かち合い、平和に暮らしていた。
その美しい少年は身分などとらわれず、いつ見ても小まめに使用人の仕事に手を貸し、明るい顔でくるくると働いている。
本が好きで、たまにやってくる行商人を楽しみにして、その姿を見ると喜んで家へと駆け出した。
声は青い空のように高く澄み渡り、時折小鳥のように美しい声で歌を歌うと人々も手を止め、その声に耳を傾け疲れを癒やした。
領主の跡取りながら仕える農民騎士から剣を習い、その剣の腕はなかなかの物で、時には騎士を打ち負かそうとする。
良い剣が欲しいと父親にねだっては首を横に振られ、その理由が貧しさだとわかっていても、ふて腐れて森で動かない木を相手にカンカン叩いては木の精霊が泣き付くのに気がついてない様子だった。
見ていて飽きない、その輝くような美しさ。
緩やかにウエーブした金の髪は風の精霊がしきりに触れたがって群れ、真っ直ぐに先を見る宝石のような緑の瞳は、聖域の泉のように汚れを知らず澄みきってキラキラと輝き、見る者を引きつけた。
白い肌はきめ細かで透き通るように白く、整った顔は一分の狂いもなく見事な造形で完璧を成している。
森で初めて見たとき、それが精霊か人間かわからなかったほどだ。
彼はその少年が成長し、これから青年へと変化していく様を見るのが楽しみだった。
しかしある年、彼は自分の半身とも言える人間の巫子を今にも亡くそうとしていた。
巫子は長年連れ添ったが長寿とは言え年には勝てず、時々今にも旅立とうかと具合が悪くなる。
彼はその半身の黄泉への旅立ちを見送るために、ずっと巫子の側に寄り添い少年の様子を見に行く事が出来なかった。
それは、永遠を生きる彼にはほんの一時のことでしかなかったが、人間には半年という長い時間だ。
やがて巫子を失った彼は人間達の行う神事に付き合い、巫子の生まれ変わりを探しに旅立つことにした。
そして、途中楽しみにしていたあの少年の様子を見ようと、いつもの村に立ち寄った。
たった数ヶ月の間で、どれほどあの子は変わったろうか。
もしかしたら、異性の思い人が出来たかもしれない。
どんな顔で恋を語らうのか、初々しく恥じらうその姿、またそれを見るのも一興だ。
だが、彼は愕然とした。
それがあの村とは思えなかった。
あの、小さな村は消えていた。
ヴァシュラムとガラリアの出会いのような。
まだ出会ってないから、ヴァシュラムのストーカー日記のような。
そんな感じ。