第08話 已むに已まれず
「ここまで来れば大丈夫ですね、陛下」
「ああ、そうだな」
ある程度の高度まで上昇したアレックスへ、地上を見下ろして攻撃が届かないことを確認してブラックが声を掛けた。ゲイリーの部隊から攻撃魔法が打ち上げられ、アレックスたちは上空に退避したのだ。
ゲイリーたちは、攻撃の手を止めない。攻撃が届かないにも拘らず、攻撃魔法を撃ち続けている。よく観察してみると、少しずつ西へと移動して森の方へと移動を開始している。弾幕のつもりだろうか。
『殿、あっぱれにてござる。拙者のドラゴンブレスで一網打尽になさるつもりにてござるな』
シーザーが、深く切れ込みが入った口元を器用にニヤつかせて声を響かせる。
(ふむ、そう言うことでしたか)
ブラックが、納得して頷く。
が、
「あほか! そうしたら皆殺しじゃねえか。近くの集落にも人がいるんだぞ」
アレックスから出た言葉は、ブラックが全く予想していない内容だった。
『むむ、されど、この高度では、拙者以外の攻撃は届かぬでござりまする』
地上からの攻撃が届かないということは、逆もまた然り。そう、シーザーのドラゴンブレス以外は。ただ、そんなことはわかりきっている。いつまでも攻撃をためらっているアレックスに、ブラックが進言する。
「陛下、急がないと森に隠れられてしまいます! 最低限の方針をいただければ善処します。何かご指示を!」
焦っているブラックが早口で捲し立てる。その実、アレックスのあまりにもらしくない言動に、ブラックは我慢がならなかったのだ。
(陛下は、どうなさったのだ? いつもであれば常に先頭を走っていたのに……何を躊躇うことがあるのだろうか?)
胸の内をおくびにも出さず、ブラックが無言でアレックスの碧眼を見つめて返答を待つのだった。
――――――
ブラックの静かな茶色の瞳に見つめられたアレックスが、無言の圧力に負けて意を決する。
「ああ、わかったよ。一先ず急降下して側面攻撃だ。ただ、馬を中心に狙え。人は無力化程度で十分だ。森の中に逃げ込んだ相手には、炎系のブレスではなく、ヴォイスウェイヴで対応するように。いいな? 極力殺すなよ!」
「承りました!」
最低限の返答に止めたブラックが、フライングドラゴンと共に急降下して行く。単騎で迫るブラックに地上からの攻撃が殺到する。
翼を折り畳んだフライングドラゴンが、器用に身体を反転したり、回転したりと迫りくる火球を難なく躱す。地上付近まで到達すると、一気に翼を広げて滑空姿勢を取り、森の方へ駆けていく敵陣へ突撃を開始する。攻撃を軽々と躱して攻撃に転じる様は圧巻だった。
あまりにも美しく、見惚れていたアレックスがハッとする。
「シーザー、何をしているんだ! 他の者たちにも同様の指示を! ブラックの援護をしろ!」
アレックスの命令が、シーザー経由で残りのフライングドラゴンに伝えられ、それぞれが同様に急降下を開始した。
「よし、俺たちも行くぞ!」
皆の後を追うようにシーザーも急降下するのだが、いつものアレックスの戦闘スタイルとは全然違った。今までアレックスは、飛行系ユニットに乗って戦闘を行ったことがない。が、それは些末事だ。一番の違いは、アレックスが最後だということだった。
本来であれば、皇帝であるアレックスが最後尾なのは何ら問題はない。と言うよりも、戦闘に参加している時点で充分役目を果たしているようにも思える。ただそれも、ベヘアシャー帝国の歴史では、はじめてのことなのである。アレックスは、常に先頭を駆け、率先して敵将の首級を上げていた。
さらに言えば、アレックスが出した今回の指示は、あまりにも弱腰な内容だった。相手がシルファの身内であることが大いに関係していることは、兵士たちも理解してくれていることだろう。それでも、手加減しながらの戦闘の方がより難易度が高く、危険だったりする。負担を掛けて済まないと、心の中でアレックスは謝罪するのだった。
森の入口まで到達したころ。アレックスは自分の決断が遅すぎたことを今更ながらに後悔した。
「くそっ、遅かったか!」
ブラックや他の竜騎兵たちがゲイリーの部隊を後方から攻撃を行ったはいいが、攻撃が間に合って無力化できたのは、精々数十騎程度だったのだ。
九〇〇以上の敵兵に森まで逃げ込まれてしまい、その密度があまりにも濃く、フライングドラゴンでは侵入できずに上空を旋回する。そこへ、木々の切れ目から攻撃魔法が放たれる。散発的ではあるものの、格好の的であることには変わりない。
「すまない! 一旦、竜騎兵は降りて地上戦へと移れ!」
アレックスは、すぐさま今の状態が不利と見るや否や、命令を変更する。そして、そのままアレックスがシーザーの背中から飛び降りて、見上げる。
「ジャンは、そのままシーザーと上空に退避しろ!」
が、それをジャンが良しとするはずもなかった。
「嫌です!」
言下、ジャンが飛び降り、アレックスを見つめて宣言する。
「私も陛下と共に戦います!」
唇を真一文字に引き結び、その覚悟の強さが窺えた。
「な、お前……ジャンのレベルじゃ通用しないんだぞ!」
すかさず叫ぶアレックスに対し、ジャンは一歩も引かなかった。
「それは、承知しています。ですが! 私がシーザー上将軍の背に乗ったままでは、戦力ダウンです。私はそんなことで足を引っ張りたくないのでございます!」
決意の固さにアレックスが何も言えないでいると、シルファとラヴィーナもシーザーから飛び降りて近付いて来る。シルファがジャンの隣に並ぶと、そのままジャンの肩に手を置いてアレックスを覗き込んできた。
「アレックス、戦士の決意を尊重しては如何ですか?」
「ああ、もう、わかったよ! だが、いいなジャン。俺の側から離れるなよ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするジャンを他所に、アレックスが重く深いため息を吐く。その遣り取りの間にも、フライングドラゴンの背から竜騎兵たちが飛び降り、次々と森の中へと前進していく。
と言うよりは、
「おい、お前ら! 陛下に仇なす輩は皆殺しだぁああ!」
などと、ブラックが怖すぎる号令を掛け、それに中てられたように竜騎兵たちは興奮状態だった。
「おいおい、ブラックってバーサークのスキル持ちだっけか?」
アレックスは、ブラックが発した命令無視の発言よりも、その影響を及ぼされた竜騎兵たちの方が心配になった。
「ん?」
心配になって森に入っていく兵士たちを観察していると、一際大きなプレートアーマーを着込んだ者とそれに続く二人から見られている気がした。
「どうなさいましたか?」
「ああ、それが……」
ジャンから声を掛けられたアレックスが、そちらを指さす。
「えーっと、何か気になることでも?」
「……あ、いや、何でもない」
先ほどまでいたはずの彼らは、森の中へと入ってしまったのか、既にそこにその姿はなかった。
(気のせいだよな。あいつらが居るはずないし……いや、待てよ――)
休暇を出したはずの彼らの不思議な行動から結び付け、アレックスが編成画面を開こうとしたときだった。
「殿! 拙者たちも急がねば!」
いつの間にか人化形態になっていたシーザーが、片膝を突いてアレックスを見上げてくる。
「あ……ああ、そうだな。そうしたら先に行って、あくまでも無力化でいいんだからなと、ブラックたちに伝えてくれ」
「御意。これにて拙者は先に参るでござる!」
そう言うや否やシーザーが、刀の柄に手を添えた姿勢のまま、深い森の闇の中へと駆けて消えて行った。
「ふーう、悪いがシルファとラヴィーナは、集落の魔人族たちの避難を行ってくれ」
大きく息を吐いてからアレックスが、彼女たちには違うことをお願いする。
「何を仰るのですか! 彼らだって誇り高き魔人族です。彼らも必ず一緒に戦ってくれます」
少し声音を荒げたシルファがアレックスの要請を断ろうとした。
「べつに彼らを蔑ろにするつもりはない。あのレベルだと、俺の攻撃に巻き込まれたらひとたまりもない。だから、俺が戦い易いように離れておいてほしいんだ」
一瞬、顔を歪めたシルファだったが、引き下がってくれた。
「そ、そうですか。それであればわかりました。ラヴィーナ、行きますわよ!」
「承知しました」
彼女たちもシーザーと同様にあっという間にその背中が見えなくなる。二人が行く先の闇を眺めながら、アレックスは呼吸を落ち着かせるように胸を上下させる。
それほど遠くない場所から、魔法による爆発音やら悲鳴やらがアレックスの耳に届く。今までは、ゲームで同様の効果音を聞いて気分を高揚させていた。ただそれも、現実となると恐怖でしかなかった。
深呼吸をしてからアレックスが、アイテムボックスから愛剣を取り出す。
アダマンタイトを主要材料にした、最高ランクまで強化を施した神話級の大剣。刀身は、長さ一五〇センチ、横幅が三〇センチもある諸刃で、剣先に小さな鎌のような加工がされている。その超攻撃的な大剣を握りしめ、アレックスが覚悟を決める。
「よ、よし、行くか。ジャン、さっきも言ったが、俺から離れるなよ」
「はい」
二人もまた、喧騒の元となる場所を目指して駆け出し、闇の中に飛び込んでいくのだった。
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次話投稿ですが、7月1日(月)を予定しております。




